推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【中】

7.提灯

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そう。鳴らしたのはこの朝比堂賀あさひどうがさんなんですよ、と。
だが根耒生祈ねごろうぶきはそう言わない。
知ってはいた。
鳴らしたというのは梵鐘のことである。
朝比は時間がいで鳴らしたのである。

恋愛成就キャンペーンではない時間帯に、鳴ったものがある。
そうして、僧侶の岩撫衛舜いわなでえいしゅんが話へ出した件だ。
鳴ったのは時間外に鳴ったということで。
それを鳴らしたのが、朝比だったということ。

知っていたのは陳ノ内惇公じんのうちあつきみさんもまた同じなのである。
と生祈は思う。






朝比さんは

「第一条件にはなり得ない」

と言った。
それは恐らく梵鐘が鳴るかいなかについてだろう。

岩撫衛舜いわなでえいしゅんさん。
鐘楼しょうろうにて女の子と鐘をいていた。ということだった。
恋愛成就キャンペーンの最中さいちゅう、地下で遺体が出たとされる時間帯にである。
岩撫さんは女性と一緒だったという。
朝比さんのう、第一条件についてまだいまいち。
私はよく分かっていない。
岩撫さんの話を例に取るのであれば、その第一条件には女の子。
参拝客は関係ないということになるのかな。






「何か、朝比さんご自身心当たりはありませんかね、そのへん

岩撫がそう言った。

朝比が返す。

「僕は調査をしていました」

確かにそれは嘘ではないと、生祈は思う。
調査のために梵鐘を勝手にゴンゴンした。
それは事実なのである。
だが誰が鳴らしたかは話題に、出せない。






「以前に地下で亡くなった二人が出た際も」

桶結俊志おけゆいしゅんじがそう言う。

西耒路さいらいじ署の刑事だ。

朝比へ向かって言った。

「ああ、そうだな。地下で亡くなったって言えばなんですけれど」

朝比の返事を待たずに岩撫いわなでが言った。

「寺で噂になっていることがあります。寺という場所柄、どうしてもそうなってしまうのか」

桶結が尋ねた。

「どうしてもそうなると。いうのは?」

「ですからね。要するにオカルトネタ。さすが寺という感じですね」

「オカルトネタね」

「そのオカルトへ引っ掛けるんです。地下のことをね」

「なるほど」

「そう。オカルトと場所柄だ。だからここは、その対象になりやすいでしょう。すると参拝客の方々にとっては、『慈満寺じみつじで鐘が鳴ると』なんとやらだ」

あまり桶結の興味を引かなかったようだ。

鐘楼しょうろうの鐘が勝手に鳴ったことについて。何か心当たりは。あなたは?」

岩撫は桶結の反応が薄いのを気にしたようだ。

少しテンションが落ちた。

「そう、何かあったらですね」

苦笑。

「私の口からいろいろ出て来てもおかしくはない。だがね。何も心当たりはありません。あの梵鐘が勝手に鳴ったことについては、何も」

「ご存知ない」

「ええ」

「ではそれに関しては、参拝客にも再度当たってみます」

「その方がよろしいでしょう。刑事さんとしてはね」

岩撫は続ける。

「何しろ一番びっくりしているのは慈満寺じみつじ全体でしょうからね」

「すると慈満寺内の方々でも心当たりがない、ということでしょうか」

「少なくとも慈満寺内に心当たりのある人は、何人かは居るでしょう」

それも確かにそうなのだ。
そう生祈は思った。
思ったし、誰が梵鐘を勝手に鳴らしたのかも知っていた。
朝比堂賀なのである。






岩撫は言った。

「その勝手に梵鐘が鳴った件に関しては、私としては心当たりとかはないのですが、朝比さん宛の物を持って参りましたよ」

「僕宛というと」

朝比あさひは眼をぱちくり。

岩撫は少し笑いかけた。
おもむろに取り出したのは茶封筒一枚。
縦に長い。
ちゃぶ台の上へ滑らせて、朝比の方へ。
朝比はそれを見て二度ほど眼を瞬き、肯いた。
何かを「心得た」様子。
岩撫は苦笑する。

「先程の件もですけれど、あまり感情的になられる様子でしたから」

岩撫の言う先程とは、大月深記子おおつきみきこがこの和室に来ていたこと。
そして怒鳴って出て行ったこと。
それもそうだが梵鐘が勝手に鳴ったことについても、どうやら感情的になったらしい。
生祈はそう思うことにした。

鐘楼の鐘が勝手に鳴ったことに関して。
岩撫さんの話を聞く限りでは、誰がやったのかというのは判明していない様子。
だが、慈満寺で幹部に当たる人にとってはかんづくものが、いろいろあったということだろう。
岩撫さんを除き?






「ええ」

朝比はそう一言。

そして微笑んだ。

岩撫は続けた。

「私からではありませんよもちろんね。ただ、朝比さんは再び九十九つくも社へということで」

「そうなりますか」

「そうなります」

岩撫は肯いた。

朝比は茶封筒を破って中を取り出した。

読まずに放り投げた。

「なるほど、では調査は引き続き行いましょう」

「え」

その発言に眼をぱちくりしたのは、生祈だった。

一方いっぽうで岩撫はあまり驚かない様子。

「やっぱりそうなりますよねえ」

「ええ。地下で遺体は出てしまいました」

「そう、そりゃそうなんですけれどね」

岩撫は困ったような顔をした。

「私の予想ですよ。朝比さんに調査されているということ。知っている者はごくわずかだと思いますが、大月の御住職なんかは既に感づいているでしょう」

「やはり正式な捜査ではないんだな」

桶結がそう補足した。

「正式な捜査は、桶結さんたち刑事さんでしょう」

岩撫は頭をいた。

「朝比さんご自身が個人的に何か調査しているということが仮に、勘づかれていないとしてもですね。大月の御住職や深記子さんにとって面白くはないでしょうね」

陳ノ内惇公じんのうちあつきみが言った。

「何故面白くないのか、その理由は分かりますか」

「いやいや、理由を分かるも何も」

岩撫は少々慌てて。

「何が何だか私にはさっぱりなんですよ。でも、朝比さんはこのまま調査を続けられるおつもりだ。そうなんでしょう。例えそっちの封筒があろうがなかろうが。中身投げちゃったし」

「捜査をするのは、我々の役目なんですがね」

桶結おけゆいはツッコんだ。

岩撫は返す。

「朝比さんは葬儀屋さんですから。ご遺体や仏壇や、そう。その辺に関しては人とか情報に、我々より詳しい部分があるかもね」

言われて桶結は微妙な表情をした。

「そりゃまあ、そうかもしれません」

陳ノ内は、立てひじしながらそう言った。

「地下で出た今回の遺体に関して、何か」

桶結は朝比へ尋ねる。

「何もまだ」

朝比はそう言った。

「では、例えば」

「オケ!」

という声が和室に響いた。

「遺体をそろそろ移動するらしいんだけれど。あれ」

そう言った人物は帽子ごと頭を掻いた。

のを生祈は見た。

なんでこんなに人が多いんだい」

「なりきですよ」

桶結は言った。

「オケ!」と言ったのは桶結と同じく西耒路署の刑事、怒留湯大誠ぬるゆたいせいだった。






外へ出た。
さすがに暗くなってきていた。
時間的には午後七時をもう、とうに過ぎている。
和室に居た時にもらったコーヒー飲料。
飲み干したがまだ足りない。
飲料であって固形ではない。
慈満寺じみつじ会館には何階か階があるようだ。
生祈には確認する余裕がなく、何階がどうでとか、よく分からない。

外へ出た。
それは地下で亡くなったとされる人の、遺体を確認するために。
西耒路署の刑事である桶結おけゆい怒留湯ぬるゆとしては、遺体をそこから移動するために。
行く先は慈満寺の本堂だ。

移動というのは、そろそろ検死へ回すという意味なのだろう。
検死へ回すにあたって、劒物けんもつ大学病院の方へ回すということになったらしい。
九十九つくも社からも何人か今、遺体の置いてあるという本堂へ来ているということだった。
空が暗くなってくると、敷地内もそれに応じて暗くなっていく。






沢山カフェインを摂るような気もした。
だがコーヒー飲料がカラになって生祈は、自販機でミルクティーを手に入れた。
一階。
慈満寺会館は鳴りを潜めたようになっていた。
それはきっと、職員の人も皆どこかで取調を受けているからだろう。
そう生祈は思った。

先頭は岩撫衛舜いわなでえいしゅん
提灯ちょうちんあかりを入れて、それを持ち歩いている。
敷地内にも灯篭とうろう、そして外灯はぽつぽつある。
夜の闇が深くなれば、その光は小さい明かりとなる。
提灯の方が、視野を確保しやすいのかもしれない。

朝比と陳ノ内じんのうち怒留湯ぬるゆ桶結俊志おけゆいしゅんじ
しんがりが生祈だ。
所々静かに鳴く蝉か蜩かあるいは。
夜になっていく空の色合いは紅色べにいろから、ラベンダーと紺の中間に染まっていく。
明かりの速い星々。
ちらちらと白い点を穿うがつ。






怒留湯は指折り数えている。

「今の人。先頭の坊さんのことだけれど。セキュリティ担当だって言ったかい」

桶結。

「ええ。怒留湯さんは取調、どのくらいまで行きましたか」

「セキュリティ担当が二人だな。あと御住職とか、たぶん偉い人たちの。慈満寺じみつじの中で偉いってことね。それが三人か四人くらい。今他の人たちにも、いろんな奴が当たって話を訊いているよ。何か有力な情報、オケはあったかい」

桶結はかぶりを振った。

「地下について分からない点は、多くなりましたがね」

「有力な情報じゃあないと」

「そこのところはまだ」

「亡くなった人が出た件についてじゃないの?」

「ええ」

「そうかい。確かに地下については分からない点が多い。遺体に外傷が少ないっていうのもまず。セキュリティに関しても分からない点が多いということかな」

「それも一つあります」

「管理がなってないんじゃない。何か壊されたとか聞いたよ」

「地下入口の部分だそうです。監視カメラとかね」

「ああ、それは聞いているな」

桶結は肩をすくめた。

「あの!」

先頭の岩撫が振り向いて、怒留湯へ声を掛けた。

なんですか!」

怒留湯も大声で答えた。

「何か壊されたっていうのはIDロック盤のことですよね!」

「そう、そうですけれど、よく聞いてるな。先頭にいるのに」

「そりゃ聞いていますよ!」

「あなた確かセキュリティ担当のかた?」

「そうですよ!」

「ならそのことに関して何か分かることってあります」

「ないです!」

「ないのか」

怒留湯はそうツッコんだ。

どんどん暗くなる。
怒留湯と岩撫の声はその中を、騒がしくこだました。
朝比はそのやりとりを見て苦笑を、浮かべている。
手には陳ノ内から受け取ったファイル。
朝比はそれをパラパラとめくっている。






「ないです!」

岩撫が再度言った。

「分かりました」

怒留湯はかぶりを振って言う。

「何度もいいですってば!」






一応私を含めて朝比さんと陳ノ内さんは、IDロック盤に関して知っていることがある。
地下で亡くなった人とIDロック盤のこと。
それがつながるかもしれないと。
既にちゃぶ台にて麗慈くんが言っていたことだ。

「亡くなった人がIDロック盤を壊した人かもしれない」

それは推測に過ぎない。
特に他の人から見ればそうだ。
証拠は確固たるものと言えば何もない。
何もないし、証拠と言っても麗慈れいじくんの作ったシステムで確認したことなのだ。

生祈は考えている。

だが現時点で、セキュリティ担当である円山さんを含め。
地下入口に関して、いろいろ分からないことが多いという印象だ。
なら、IDロック盤が壊れたはっきりした理由というのも分かっていないだろうと、予測は出来る。
そうであれば、麗慈くんのシステムの話を出したところで、どうだろう。
亡くなった人とIDロック盤がつながるということは、あまり考えてもらえないかもしれない。
第一麗慈くんのシステムは、正式なものではない。
独自で、岩撫いわなでさんたちセキュリティ担当の人々の、それとは違うのだ。

そのシステム上で「かもしれない」が分かったというだけだ。
麗慈くんのシステムに関しても、岩撫さんたちは何も知らないはず。
そもそも円山さんは「不正」だと言っていろいろ警戒しているという。

麗慈くんのシステムの話をしたところで、麗慈くん自身がそのシステムを展開してここにいるわけではない。
岩撫さんや円山まるやまさんにとっては「不正」かもしれない、そのシステム。
それで見たものを亡くなった人と「壊れたIDロック盤」とつなげる。
それは刑事さんとしても難しいことだろう。
生祈うぶきはそう思った。






参道をそのまま歩いていく一行。
午後の時間帯は人で、賑わっていた参道。
明るい光があった。
いろんな煙のたぐいがあった。
参拝客たちによって作られていく何か。
今はそれを夜が覆っている。
明るい光のあった午後の時間。
それとはまるで別の空間を作り出している。

飛沫しぶきを跳ねかしていた手水舎ちょうずしゃ
立て看板や、何か瓦のついたいろいろ。
夜は夜でまた別の表情を宿やどすそれら。
提灯の明かりは明るい。
白い光。

朝比はファイルに夢中になっている。
だがあまりが乱れるということはない。
遺体のあるのは本堂で、そこから移動する際に九十九つくも社も協力するということだ。

朝比は荷物を持っている。
それは肩からげたバッグだ。






「遺体を本堂から移動するんだな」

陳ノ内じんのうち朝比あさひへ尋ねた。

「ええ」

「そのあとは?」

「一旦僕も社へ戻ってみます」

言って朝比はまたファイルへ眼を戻す。

「どうするんです検死は」

桶結おけゆいは尋ねた。

九十九つくも社として、立ち会わせていただきます」

「立ち会う?」

怒留湯は眼をぱちくり。

「ああ、葬儀屋さんです。九十九社からの」

「え、そうなの!? その人」

怒留湯は声が大きい。

「葬儀屋、で。葬儀屋さんなの」

朝比は顔をあげて言った。

「ええ」

「ええって。じゃあそのファイルってなんだい」

「頂きました」

「頂きましたじゃないよ。明らかに情報が満載しているじゃないか」

「ええ」

「ねえ葬儀屋さん。明らかにあんたの管轄外ではないのかい」

「そのファイルはそいつから、です」

桶結はそう補足を入れ、陳ノ内を顎で示した。

怒留湯は陳ノ内を見る。

陳ノ内は肩をすくめた。

「あんたは記者だよな」

怒留湯はすかさず言った。

「よく見ると情報だらけだよ。ねえ」

怒留湯はファイルを覗き込んだ。

「慈満寺のデータベースかなんかだろうか。抜いたのね」

「そんなところでしょう」

桶結おけゆいは補足。

岩撫もファイルを覗いた。

「いやあ私の情報まで載っていますねえ、参ったな」

「いやいや。そうじゃない。そうじゃなかった」

怒留湯ぬるゆはかぶりを振った。

「何で記者がここにいるんだよ」

「葬儀屋への協力です」

陳ノ内は言う。

「葬儀屋への協力てなんだよ」

「我々とは別の観点から、ということらしいです」

と桶結。

「いやいやいやいや。オケ」

怒留湯はかぶりを振りまくる。

「当たり前のように言うのかい」

「今更どうしようもないでしょう」

「そんなあ」

「刑事さん」

岩撫がそう言った。

「少なくとも朝比さんは、慈満寺へ派遣としていらしていたかたでしょう。いま新来でやって来られているあなたがたよりは、うちの寺の事情に明るいと思われますよ」

ニコニコして言う。

「おい。なんだよそれもう。俺らは正式な捜査なんだから」

怒留湯ぬるゆは帽子ごと頭を掻いた。

「少なくとも事件性はあると、上も判断し始めている。だからこうして出向いているわけだよ」

続けて陳ノ内へ。

「記者殿へ渡す情報は何もないからね」

陳ノ内は苦笑した。

「ええ」

「あんたの独自情報網なわけ、いま朝比さんとやらが持っているのは」

「そうなりますね」

苦笑。
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