推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【中】

14.勘

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慈満寺じみつじ側と何かあったこと、ですか」

根耒生祈ねごろうぶき
地下で発見された遺体になった人と、慈満寺側。

「地下を閉鎖した方がいいっていう円山まるやまさんの意見を、大月深記子おおつきみきこさんも飲んではいませんでした。それも何かあったことに入る、ということでしょうか」

「そうねえ」

寿采ことぶきさい

地下は開いていた。
そして壊されたIDロック盤。
いていて壊されたこと。
地下を閉鎖した方がいいという意見が退けられたこと。
地下を前にして矛盾が生じている。
何回か回数があったことだ。
と生祈は思う。

「大月さんと円山さん、地下の入口前で少し揉めていたように見えました」

「それは考えすぎじゃないのか」

陳ノ内惇公じんのうちあつきみ

生祈はお腹いっぱいだ。

「そうかもしれません。ただ地下のことは、たくさん気になることがあります」

「例えば?」

「うちの部活、友葉ともは先輩です。地下の宝物殿の扉は開いていた時期もあったって。そのへん彼女すごく詳しいので。今は、それが閉じている」

「地下を閉鎖するしない。IDロック盤を壊す壊さない、そして地下で人が亡くなったこと、か」

と采。

料理を少しお休みした。今は酒だ。

「なんだか意見の対立たいりつってのは、ありそうかもねえ。慈満寺内なのか、それとも慈満寺とそのIDロック盤に掛かる何かってことだけれど。これも飛躍しすぎかしら」

地下でいろいろ起こっていることはとにかく。
気になることではある。
そう生祈は思う。

采はもう少しで、皿をカラにしそうだ。
陳ノ内の丼はカラである。
そして采の側から、焼き鳥二本を頂戴する。
焼き鳥の皿は、全てカラになった。

「地下を閉じるっていうのはともかくだ。生祈ちゃんの話では、大月深記子と円山梅内まるやまばいないは閉じる閉じないで揉めていたとする」

采はそう言って語り出す。

「閉じるっていうのはともかくとしてね。それが壊すってなると話がまた、違うわ」

「違うかもな」

と陳ノ内。

「閉じるはそうだけれど。壊すっていうのは破壊。ドカンといかないと出来ないことだと思う。だから思った。壊す行為がIDロック盤だけに向けられたか、慈満寺側に向けられたか。閉じる閉じないの話だったら、大月と円山二人だけの話かもしれないでしょう」

「地下の話だから、慈満寺全体の話になってくるとは思うが」

「それもそうね」

采と陳ノ内の議論。

生祈は八尾坂宗次郎やおさかしゅうじろうの方を見つめる。






八尾坂さんのアドバイスといって。
ITと考古学では全然、専門分野が違う。
専門分野が違うものに携わって、製作をした。
その少しでも製作に携わった物が、先程さきほど壊されてしまったということを知っていたとしたら。
いや、知らないだろう。八尾坂さんはあの盛り上がり方なのだ。
知ってしまったら、あの教授はどんな顔をするだろうか。

楽しく飲む席で、IDロック盤の破壊の話。
あまりないことだなあ。

さて紙とペンがある。
八尾坂の名前もそこにある。
そして「古久籐こくとう」で今んでいるのも彼だ。
陳ノ内の書いた、名前はほかに五人。

岩撫衛舜いわなでえいしゅん
円山梅内。
大月深記子。
大月紺慈おおつきこんじ
田上紫琉たがみしりゅう

僧侶関係者は、今ほぼ慈満寺から動けていないはずだ。
慈満寺に刑事さんたちが来ているからである。
朝比さんは、どうするのだろう?
怒留湯ぬるゆさんたちは、一度移動をした。
慈満寺にまた来る感じになるのだろうか。

生祈は尋ねた。

「朝比さんは、今どちらに?」

陳ノ内。

「たぶん遺体と一緒に劒物けんもつ大学病院だね。一旦九十九つくも社へ戻るって言っていた。どうして」

「なんとなく」

「そう」

生祈は肩をすくめる。

調査ファイルの中の情報。
陳ノ内が朝比あさひへ渡したものだ。
その情報欄を思い出していた。
八尾坂の欄。
全体的に文字の多いファイルだったから、生祈の頭には写真くらいしか入っていない。

八尾坂さんの持っていたビールの名前とかも、情報には入っていたのだろうか。






「八尾坂さんの持っているビール瓶、でしょうか? なんだか他のと色が違いますよね」

と生祈。

「じゃあ、あたし当ててみよう」

と采が言う。

「何を」

「当ててみるの」

「だから何を」

「外国産。よく見えないけれどハイネケンじゃないかな」

「その当てるじゃないだろう。お前の言いたいの」

陳ノ内は尋ねている。

采。

「ドイツと言ったらビールでしょう。ああ逆か。ビールと言ったら?」

「いろいろあるだろう」

采はメニューに、手を伸ばした。

「あのビールに、日本酒キャンペーン割引適応かどうか。当ててみる」

陳ノ内は笑った。

「当たりだったらどうなる」

「割引になるわ」

「じゃあ、割引になるんじゃない」

「ならあたしはその逆で」

「何の賭け」

「賭けてもいない」

酔ったんだな。

と生祈は思った。

少し時間が経つのを待つ。
陳ノ内はそのあいだ。朝比とやりとりをして、生祈の電話帳に朝比の名前が増えた。
調査に参加するとして、出来ることは何だろう。

「何かもう一品。取ろう」

采が言う。
大将の方を見た。
大将側の店員が、いつの間にか増えている。

「何か他には!」

言ったのは大将である。
自らこちらへ来た。






卵、焼き鳥、野菜炒めと来て。

采はメニューを見ている。

「うーん。そうね。生祈ちゃんはまだお腹どう?」

生祈は眼をぱちくり。

「たぶん」

「じゃあこの小鍋こなべにしよう。季節の小鍋モツ入りってのにします」

采は大将に言った。

「夏でも鍋はやるんです?」

大将。

「ああ、小鍋ですから。お好きなかたは頼まれる感じですね」

大将は采の隣へ腰掛けた。
あれ、と生祈は思う。
陳ノ内はそのつもりという顔をしている。
そうか。
大将から何かを訊きだしたいと先程、言っていたから。
慈満寺の話に持って行って、八尾坂やおさかさんへつなげるのだ。
と生祈は思う。

店員が一人メニューを、取りに来た。大将の元へ来る。
店内は客が固定になっている状態だ。
それが保たれている。あまり忙しくはない様子。

「日本酒キャンペーン、ですよね」

と陳ノ内がメニューを、示して大将へ言った。

生祈は改めて、朝比へ渡った調査ファイルのことを考えてみる。

夕飯や酒、その目的もあるだろうけれど。
調査の過程で八尾坂さんと古久籐こくとうと、その八尾坂さんのお気に入りビールの種類が何か入っていたとしたら?

「ええ、日本酒キャンペーンです」

大将はにっこり。

陳ノ内。

「割引対象にはビールも含みます?」

「いや、あくまでも日本酒ですからね」

采。

陳ノ内は苦笑。言う。

「慈満寺、大将は何か気になることおありですか」

「ああ、キャンペーンつながりだからね。よく分かったね」

「参拝客ですんで」

「なるほどねえ。あなたがた二人も?」

と大将はさい生祈うぶきを交互に。

うなずく二人。

なんか流れがそうなった。
と生祈は思う。

采は言う。

「美味しくいただいています」

大将は微笑んだ。

「そりゃあよかった。私こうして座ってしまいましたが」

と大将は言った。

「慈満寺。そうさな、そうさね。キャンペーンはそうですよ。日本酒と違って、慈満寺では恋愛成就キャンペーンですがね」

大将は店員を呼んで、お茶を持ってさせた。
陳ノ内は八尾坂の方を見る。
そして大将に。

「いつもの、って聞こえましたが」

「ああ。常連さんなんですよ。常にハイネケンですね」

采は喜色満面。
生祈はただ聞いている。

大将。

「慈満寺なら、私より彼の方が詳しいかもしれません」

陳ノ内。

「なぜです」

「携わることが多いんだと思いますよ。恐らく。参拝のことで私にきたいことですか? キャンペーンというと?」

「ええ。大将の知る範囲でなんでもいいのですが」

「なんでもか。近くに店を構えてそこそこ経ちますからね」

大将は茶をすすった。

「恋愛成就の御利益はまあね。あると思います」

「それは興味深いですね」

と采。

大将。

「いやあその反面、いろいろあったことも確かなんです。御存知?」

大将の話しぶりを聞くに。
今回恋愛成就キャンペーンで起きた、イレギュラーというのは含まれていないように見える。
と生祈は思った。

「いろいろと耳にすることは多いんですが。それ以上にご利益が多いとからしい。だからキャンペーンは慈満寺としてもやっている。私らもキャンペーン部分をメニューへ取り入れた」

大将は言う。

「なるほど」

と陳ノ内。

大将。

「ええ。いろいろってのはね」

慈満寺の噂などについて。
なぞられていく話。
やっぱり大将も知っていた。
と生祈は思う。
調査は一体、どこまで行けるのか。

采は大将へ向かって瓶を傾けていた。

グラスで受ける大将。

「そうなりますよ。八尾坂さんも今の話ならよくご存知のはずです」

「八尾坂さん。では、常連さんのお名前は八尾坂さんとおっしゃるんですね」

と采。

既に知っているがここは濁すことにしたみたい。
と生祈は思った。

大将。

「ええ。大学教授さんでしてね。よく利用していただいています」

「大学っていうと、ここからなら陸奥谷むつだに大学とかですか」

「そう。御存知ごぞんじでしたか」

「いえ。今初めて」

これも濁しである。

「よく、慈満寺を利用される方々は。お店にいらっしゃる」

と生祈は尋ねる。

大将。

「いや、その辺は私にはよく分かりません。お客さんお一人お一人にたずねて回るわけではありませんから」

生祈は赤くなった。

「IDロック盤の話は、私も知っていますよ」

と大将。

「大学の感じで言うと、大学全体でITに力を入れていらっしゃる。八尾坂さんも考古学の研究の際には、利用したりということらしいですから」

店内は一段と落ち着いた。
更に奥のがあった。
八尾坂は一通ひととおり呑み、一緒に来ていた二、三名は店から出たという。
おごると言われたが、生祈も少々出した。
先に勘定を済ませる。
奥の間では軽く、まめる何かを。
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