推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【中】

17.館内

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慈満寺じみつじでのアルバイト申し込み。
調査に興味があること、それから取ったメモについて。
改めて根耒生祈ねごろうぶきは話をしてみる。

周囲。
鮮やか。
古久籐こくとうに入ってそのあとから、どのくらい経っただろう。
生祈は正確に把握していなかった。
二時間くらい居たのかな。
スマホを見てみる。
時刻は十時を回っている。

様々な煙と香り。
古久籐こくとう前を通り過ぎ。
色の様々に景色が成る。
小店と小店。
小道。
小さい生き物が通り過ぎる。
やがて煙突が見えて来た。
オレンジいろ
煙突の中間辺りまで迫っている。
そこから上は夜空だ。
すっかり暗くなった。
と生祈は思った。

陳ノ内惇公じんのうちあつきみ

九十九つくも社へは?」

朝比堂賀あさひどうが

「一旦寄ってきました」

「そうか」

「ありますからね」

朝比は苦笑した。

「ああ」

と陳ノ内。

「そこも片付けるのか」

「さあ。おそらく。今ここにいるのはそのためです。大月深記子おおつきみきこさん次第でしょうがね。岩撫いわなでさんにも伺ってみます」

「通知が来たのだよな」

「ええ。アツも眼の前でしたが」

「そうだな」

「とりあえず僕の慈満寺への派遣は一旦」

「なるほど。それで部屋を」

「そのまま散らかしています」

「そう」

言った陳ノ内。






十時。お腹の中。
古久籐の料理。舌鼓。美味しかった。
舌鼓から箸の先、出汁。
余韻が残っている。
調査の話も、進展は今後あるかないかに関わらず。
少しずつ進みつつあるでしょう。

私は、さいさんとの相部屋だ。
朝比あさひさんは確か、慈満寺に派遣で来ていた。
それが先程、岩撫いわなでさんより渡された通知によって。
くつがえった。
つまり慈満寺の調査を今まさにしようとしている時に、慈満寺の派遣として来られなくなるのだ。
それは表立ったことで。
と生祈は思う。

表立つのと朝比さんと。
いま現に調査の話はしたわけだ。
朝比さんとしては、今後も調査をするのだろう。
ただ九十九つくも社に居て、そこから慈満寺の調査をする。

「朝比さんも慈満寺会館に」

生祈は尋ねた。

「ええ」

と朝比。

慈満寺のアルバイトが決まった以上は、慈満寺の部屋を借りる。
その前にちゃぶ台眼の前で一人、泊まるのか泊まれないか。
うんうん考えていた。
そして今日は同じ部屋で、さいさんと相部屋だ。
収まるところに。

「では派遣は一旦で、九十九社に戻るのね」

と采。

朝比。

「ええ。ただ調査はね。三人目が出てしまった」

苦笑する。






砂利が靴の先で鳴り、銭湯の入口付近。
明かりと眩しさ。
「あかり湯」。
着いた。

四人はくぐった。
途端に煙の気配が全身を覆っていく。
湯に来たぞ。
そんな感じ。

「あの」

と生祈。

陳ノ内と朝比。
彼らは先頭で、采が隣だった。

「少し、お腹を休めてから入るとか」

采は苦笑する。

「酔い醒ましってことで?」

生祈は肯いた。

采。

「だがまあ、一応慈満寺地下の話である程度、酔いは醒めたな」

「お腹、私はまだ」

「空き容量?」

「違います」

言って生祈は赤くなった。

最初はコンビニの夕飯に始まり。
続いて古久籐に来て親子丼その他。
更に奥のにておつまみ。
食べた。そう。

采。

「そうね。朝比さんはともかく。我々三人はよく食べた」

生祈。

「はい」

で、改めて館内を見回した。

夜の中のオレンジ色。
一方でこの館内。
十時を過ぎた時計の針。
暖色基調の館内。
受付には人がいる。
ロビーも広くとってある。

自販機。
椅子。
リクライニング。
恐らくマッサージ付き?
仮眠を取ることが出来そう。
と生祈は思った。

館内奥の方へ続いていく通路。
受付すぐ後ろの位置、一軒の蕎麦屋。
暖簾があり、写真をつられたボードがその前に。

「泊まることは?」

と陳ノ内。

采。

「それは館内でかしら」

「そう」

采はかぶりを振る。

「あくまでも銭湯、温泉、湯。宿泊なら慈満寺」

苦笑。

「そうだね」

「予約したんでしょうお部屋」

「うん」

「そして私は相部屋」

それぞれ受付を済ませる。
料金は先払い。
それぞれロッカーのキー。
ロッカー自体は、湯の方。脱衣所にあるという。
今このエリアにあるのは、靴用のロッカーだ。

生祈の眼は館内をぐるぐる。
天井が高い。
受付の人が着ている法被にはロゴ。
「あかり湯」。
浴衣も売っている。






采と陳ノ内はグッズを見に行った。
朝比の動きには迷いがなく。
彼は受付のあと真っ直ぐに、自販機へ向かった。
手はコーヒー牛乳の購入ボタン。その上。
生祈は空いていた椅子へ腰をおろす。

浴衣を買おうか。
ただお金が。
着替えらしい着替えを、家から取って来なければ。
足りないと思われる。
それでも、慈満寺のバイトは明日からだ。

「恋愛成就キャンペーンへは、何故」

と言って朝比は隣へ腰掛ける。

生祈の眼はコーヒー牛乳の瓶へ行く。

「ああ」

朝比は微笑む。

「飲んでも?」

「ええと」

いいなあ。

「どうぞ」

「では」

何故? と訊かれて生祈は思い出すのに少々時間を要した。
朝比さんの食べた饅頭は、甘かった?
肉まんかな。
浴衣を着て館内を歩いている誰か。
スーツ姿で蕎麦屋から出てくる誰か。

生祈。

「一応、彩舞音あまねから誘われたっていうのもあります」

「ええ」

「あと」

と生祈。

「一応、成就ってなっているのもある」

「ああ」

朝比は苦笑する。

「片思い。あるいは失恋」

生祈はむっとする。

「悪いでしょうか」

「いいえ」

「いいえ、か」

生祈はシュンとする。

「いずれにしても生祈さんは。恋愛で成就したいことがある?」

なんかオブラートに包まれた。

「でも実際、慈満寺にはお客さんがいっぱい来ています。恋愛成就キャンペーン中に。さっき居酒屋さんに行った時。そこの大将、店長なんかも話題にしていて。お店のメニューにキャンペーンって付いていたんです」

「ええ」

「朝比さんは。罪滅ぼしとして、慈満寺へ来ていたのでしょう?」

訊き方がちょっと乱暴かも。
と思ったけれど言った。

朝比。

「罪滅ぼし。ですか。ええ」

「十月にいろいろあった、とかで」

「よく御存知で」

古久籐こくとうで聞きました」

「なるほど」

「だったら」

と生祈。

「朝比さんは慈満寺へ、長く行っていることになります」

「少なくとも、生祈さんよりはね」

「それなら恋愛成就キャンペーンに、とても詳しそう」

「あくまで僕は裏方の仕事が多い。表立った仕事はほぼありませんね」

生祈は少々顔をしかめた。

「例えば?」

「そこは、葬儀屋ですからね」

と朝比は苦笑した。

「罪滅ぼしと言えば、十月ですが。昨年の話になります」

香炉。
偲ぶ会。






陳ノ内と采は、浴衣のコーナーからグッズのコーナーへ移動している。
二十分くらい経ったかもしれない。
十月の話題になる。
八尾坂宗次郎やおさかしゅうじろうとの間で展開した。
再度の話もある。
今は朝比だ。
生祈がキャンペーンに来る所以になっている元彼の話、楓大そうただ、その話。
大学はどうするんだ。八尾坂の研究室。彼の名刺。
続く話。

「調査については、どう捉えます」

と朝比。

生祈はきょとんとした。

「捉える?」

「調査を」

「朝比さんの?」

朝比がきょとんとする番だった。

生祈。

「一応。わたし慈満寺で取調を受けました」

「ええ」

「最初から元々部活単位で、慈満寺に関しては気になっていたところではあります」

「なるほど」

「恋愛成就キャンペーンも、彩舞音に誘われて行くことにしたのがそもそもです。友葉ともは先輩の影響もかなり大きいです」

生祈は赤くなって言う。

「その。さっきも言いましたけれど。別れた彼氏のことも含まれています感じで」

朝比は苦笑する。

成就とは言う。
しかし私はキャンペーンの最中に倒れた。
そうすると。例えばご利益はどうなる?
全部パー?

「調査に関してなんですが」

「ええ」

「朝比さんは九十九社にいながら、いつも個人的に何かを追って調査とか。そんな感じですか」

「さあ」

「正直言うとですね。慈満寺というか今回のはかなり」

「そうですか」

「だって。実際に地下で遺体が」

「ええ」

朝比は少々姿勢を正す。

「慈満寺でアルバイトを?」

生祈は肯いた。

「大月深記子さんと話しました。慈満寺会館の一部屋にお世話に」

「では調査に関しても報酬を」

「い、いや。だってほら。さっきちょこっと私メモしたぐらいで」

調査のメモ。
と言っても、情報が今は少ない。

朝比。

「では。失恋か片思いのほうでは」

「オプションみたく言うんです」

朝比は苦笑。

「何か、アクションは起こしました」

「え」

生祈。

「それは、その」

「あなたはキャンペーンの最中さいちゅうに倒れた。なら、自分からアクションを起こすことで。倒れた分がなんとかなるかも。しれません」

「なんとかって」

「僕にも確証はありません」

飲み干す。

「慈満寺にいながら僕は。あまりご利益に関しては意識したことがない」

「ええと」

「ではこうしましょう。キャンペーンの御利益分を、生祈さんがアクションを起こす。例えば、連絡をするでもなんでも。あとのことは、また。生祈さんがアクションするごとに」

「つまり、恋愛成就を中心にサポート?」

「あくまでも報酬。慈満寺に関する調査に協力いただく上での。僕自身正式な調査ではありません」

「そうですね」

お互いに苦笑する。
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