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1、いつも通りの日々。けれど、十六歳の誕生日に私は食べられる。
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しおりを挟む暴動から不良息子が昼まで寝ていることに母親が腹を立てているシーンからはじまる。
このドラマのごくありふれた日常場面だ。
『ヒロシ、あんた! 学校も行かずに一日中ゴロゴロして、父ちゃんみたいに馬鹿になったらどうすんの! あたしゃ知らないよっ』
『うるせえババア! 俺とクソ親父と一緒にすんなっ。俺はいずれ世界のトップになる男だ!』
『は~ん、よく言うわね! あんたのその口癖、父ちゃんと一緒だよ! あーあー、親子だねえ』
『ババア! てめえ、クソババア!』
『はいはい、クソババアは仕事に行きますからねえ。せいぜいクソ親父を見習って、世界のトップになってくださいよう。あんた! 学校行くなら鍵しめて行きなさいよ!』
『うるせえババア! 俺に指図すんなッ』
『はーいはーい。はなたれ小僧が煩いよう、まったく~』
小馬鹿にした様子で玄関を出て行った母親は、自転車の籠にバッグを入れて家を出て行った。
そこでオープニングの映像がはじまり、宝稀は今度は困惑の溜め息を零す。
「……わからないわ」
宝稀は呟いた。
「ババアというのは、お婆様のことよね。お二人の続柄は母と子のはずで、お婆様ではないのだけど、なぜそう呼ぶのかしら……第一話から観ているから間違いはないはずなのだけど……言葉というのは深いわ。それに難しい。これにはきっと大きな意味があるのよね、だからあんなにも繰り返すのでしょう? ババアと繰り返す理由は一体なに?」
宝稀は眉を顰めながら思考を巡らせる。
オープニング映像が終わり、コマーシャルになった。あの「包丁の極み」がはじまり、危うく引き込まれそうになる。
そこで宝稀は気が付いた。
「お母様をお婆様と例えているのかしら? 年齢を重ねて存在に深みが増すわけだから、もしかして敬う言い方なのかもしれないわ。でも待って。うるせえは、うるせえよ。尊敬する相手にうるせいと言う。それはなぜ?」
うるせえ。うるせえ。
宝稀はぶつぶつと小声で繰り返しながら「うるせえ」という言葉にも別の意味が隠されているのではないかと考え、本棚から辞書まで出して広げてみたが「うるさい/煩い」はあっても「うるせえ」の掲載はない。
「やはり。うるせえは煩いを崩した言葉だと考えるしかないわね。ひとまずうるせえは置いて、ではクソとは何かしら……?」
宝稀はお茶を一口飲んで、暫く考えた。
閉じたばかりの辞書を開きかけたが、まずは自分自身のイメージを膨らませていく。
『調べる前にまずは自分で考えてみる。言葉からイメージしていくんだ』は、父の教えだ。
「ヒロシさんはまるで口癖のようにクソと呟くわね……。それも巧くいかないときばかり。怒ったり、不満があったりするときによくクソと言うわ。つまり不本意なときね。不本意な感情に重ねてお婆様と例えているのなら……ヒロシさんは昇華できない不満に苛立ち、お母様に縋っているのかしら……? それがもし『クソババア』という短い言葉に凝縮されているのだとしたら、この言葉、深いわ……クソババア」
宝稀は自分には到底得られない感情に思えて、主人のヒロシ青年と母の関係に深い親子の絆を覚えた。
「クソババア……私もいつか上手に使えるかしら。クソババア。クソババア。……きっと心の強い叫びを込めて告げる言葉なのよね」
一つ咳をして。
「くっ、クソばばあっ……ダメね。おなかに力が入ってないわ」
腹の手を当てながら、背筋を正し。
「……くっ、クソババア。クソババアっ、……クソババア! 今のは良い感じ。おなかに力が入ってた。もっと……クソババア! クソババア! クソババア!」
渾身のクソババアを言えた気がして瞳を輝かせると、ノックが聞こえて慌ててポータブルテレビの電源を切った。本で隠し、そっとドアを開けるとメイドがワゴンで夕食を運んできた。
「お夕食をお持ちしました」
「あ、ありがとう。あとは私がするので大丈夫よ。制服のクリーニングをお願いするわ」
「かしこまりました」
制服を受け取ったメイドは一礼して、宝稀はドアを閉めた。
そっと鍵を閉め、ドアに凭れて安堵の息を吐く。
「……今の、絶対に聞こえてしまったわよね。ちゃんと言えてたかしら。ヒロシさんのように感情を込めないと、きっと効果を成さない言葉なのよ。重要な言葉に違いなわ。あっ、ドラマっ」
お楽しみのドラマの最中だったのを思いだし、宝稀はワゴンをデスクの側まで運び、再び席に着くとポータブルテレビの電源を点けた。
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