転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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一章 真紅の王冠(レグルス編)

3.会ってやるよ、王子様とやら

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 *** 

 流されるように婚約の申し出を受けることにしてから早二か月が経った。
 それなのに、婚約者様であるレグルスは一向に会いに来る気配がない。というか、本当にきちんと婚約の話が進んでいるのかも分からないような状況だ。

 なんだ、王子よ。アルキオーネほどの美人を嫁にできることに怖気づいたのか。自分で言うのもどうかと思うが、こんな惚れ惚れするような美人はなかなかいないよな。気後れするのは当たり前か。
 俺はティーカップの中の紅茶に映る自分の姿を見ながらニヤニヤと笑う。 

 いや、待て。自分で言い出しておいて何も進展させないということは、何か問題が見つかったのではないか。そう、例えばアルキオーネの中身が男だとバレたなんてこと……いや、両親にもまだバレてないのにレグルスが知るわけないだろう。

 来ないなら来ないでこちらは有難いが、情報がないのは何だか気味が悪い。でも、なにか行動して興味があると思われるのも癪に障る。

 今日も今日とて、俺はできることが何もないので、普段通り、家庭教師の授業を受けたあと、のんびりとアフタヌーンティーを楽しむことにした。
 しかし、一人でお茶とは味気ないものだ。

「メリーナ、貴女もお一ついかがです?」

 目の前の侍女に菓子を勧めた。勧められたメリーナは困ったような表情をして小さく首を振る。

「ありがとうございます。でも、お嬢様のものをいただく訳にはまいりません」
「あら? わたくしの言うことが聞けないのですか。少しだけだから、ね?」
 俺はメリーナの困った顔が見たくて意地悪な冗談を言う。

 メリーナはますます困ったような顔をした。

 本当に可愛い。
 アルキオーネも可愛いが、メリーナも俺の好みの顔をしていた。この世界の女の子は本当に可愛すぎる。スピカといい、アルキオーネといい、メリーナといい、三者三様、顔も良ければ性格も良い。

 本当になんで俺は女に生まれてしまったんだ。俺はこの世界に女として転生させた神を恨んだ。
 もう攻略対象とか贅沢言わないからモブでもいいから男にしておいてくれたらワンチャンあったかもしれないのに。いや、俺の性格、見た目からしてないか。モブ同士でくっつくのがオチだ。
 そう考えてから頭を振った。いや、待てよ。メリーナがこんなに可愛いんだから、モブもきっと可愛いぞ。クソ。やっぱり、モブでもいいから男が良かった! 

 やっぱり俺は神を恨むことにした。チートもなければ、性別も女でしかも嫌いなヤツの婚約者だなんてハードモードすぎる転生だ。せめてなんでもいいから特典をつけておけよな。

「失礼します、お嬢様。ご主人様がお呼びです」
 お父様の執事であるセバスティアンが恭しく告げる。

「ありがとう、セバスティアン。じゃあ、メリーナ、こちらは下げてくれますか? 残念ですが、今度のお茶は一緒にしましょう」

 私はにっこりとメリーナに笑顔をつくってみせた。
 メリーナは困ったような顔のまま、笑顔を返す。つくづく可愛らしい。

 それにしても、お父様はなんで俺を呼ぶのだろう。

 何だか嫌な予感がした。
 俺は首を振る。やめよう。せっかく、メリーナの笑顔が見れて癒されたばかりなのだ。不吉なことを考えるのは精神衛生上良くない。だたでさえ、レグルス王子のクソ野郎と婚約という悪夢が現実になっているのだ。これ以上の悪夢なんか要らない。御免蒙る。
 先を行くセバスティアンが扉をノックした。
 よし。気分を変えよう。この扉を開けると、きっとお父様の部屋には可愛い猫耳の女の子がいて可愛らしいポーズをとっている。お父様の性癖に疑問を抱かずにはいられない妄想だが、そう考えると幾分気持ちが楽になった。

 扉の向こうでは開くことを許可する声が聞こえた。

「お待たせ致しました、お父様……」
 俺は絶句して、その後の言葉を続けることが出来なかった。

 お父様と一緒にいたのは、猫耳の可愛い女の子などではなかった。
 悪夢よ、再び。そこにいたのは金髪に真紅の瞳の少年だった。彼は透けるように白い肌で、金の長い睫毛、薔薇色の唇をしていた。その顔は男とは思えぬほど整っていて、王子という言葉が良く似合う。
 あの写真の少年――本物のレグルスだ。そう思うが、唇が震えて、何も言えない。

「こんにちは、オブシディアン伯爵令嬢」
 その少年の声はゲームの声とは違い、幼く高い声をしていた。しかし、その整った顔はまさしくレグルスだった。

 レグルスと目が合う。深く澄んだ赤い瞳に見つめられて、俺は石化したように動けなかった。

「アルキオーネ、どうしたんだい?」
 お父様が絶句して動かなくなった俺を見て、不審そうに尋ねる。

「あ、嗚呼、申し訳ございません。まさかレグルス殿下も一緒にいらっしゃるとは思ってもみなかったもので。とんだご無礼を。申し訳ございません」
 お父様に声をかけられた途端、呪縛が解けたかのように声が出るようになった。俺は慌ててその場を取り繕った。
 なんで、ずっと音信不通だったレグルスがここにいるんだよ。前もってアポとっとけよ。急すぎるだろうが。お父様もせめて心の準備する時間をくれよ。俺は心の中で毒づく。

「嗚呼、こちらこそ急に押し掛けてすみませんでした、オブシディアン伯爵令嬢。この近くに用があったもので婚約者の顔をついでに見ておきたくて……」
 レグルスははにかむように笑った。

 うっ。目が潰れるかと思うほどの眩い笑顔に一瞬、俺は目を細めた。なんていい笑顔してるんだよ。これがこの国の第一王子か。あのゲームの中の性悪男に顔以外似ても似つかない。暴言のぼの字もないじゃないか。
 そんな顔をされては、自分の記憶と目の前のレグルスどちらが正しいのか分からなくなってしまう。

 もしかして、このレグルスは良い奴だったりするのだろうか。それなら気持ちが男だから結婚は無理だけど、友だちにはなれるかもしれない。
 急に目の前が明るくなったような気がした。

「光栄ですわ。ありがとうございます、殿下」
 俺は自然と笑顔で返事をする。

「嗚呼、オブシディアン伯爵令嬢、わたしのことは殿下ではなく、レグルスとお呼びください。貴女は婚約者なのですから」
「畏れ多いですが、そう呼ばせていただきます。では、レグルス様はわたくしのことをアルキオーネと呼んでいただけますか?」

「ええ、勿論です。アルキオーネ」
 レグルスは笑顔を俺に向けた。俺が女だったらきっと恋に落ちてしまうような、そんな穏やかで優しい笑顔だった。
 ゲームの中のレグルスでは、有り得ないような表情に俺は驚いて固まる。

 そうか。ゲームの作中のアルキオーネもこういうレグルスの一面を知っていたから、あんな酷いことを言われても黙ってついていったのかもしれない。
 アルキオーネは健気だ。やっぱり俺の中で嫁にしたいナンバーワンはアルキオーネだ。最近、浮気していてごめんよ。

「そうだ、アルキオーネ。折角だから殿下を我が家の庭園にご案内してはどうだろう?」
 お父様が思い出したように提案する。

 娯楽の少ないこの世界では、趣向の凝らした庭園を観賞することが娯楽の一つになっていた。
 我がオブシディアン家の庭園は薔薇を中心に構成されたもので、今の時期は特にそれは見事な薔薇が咲き誇っている。勿論、それ以外の季節もその季節に合わせた草花が植えられているので、庭園はいつ行っても違った表情をみせてくれる。アルキオーネもお気に入りの場所だった。

 後は若い二人でってやつか。
 いやいや、それは大きなお世話なんだよ、お父様。例え、レグルスがいいやつだったところで、やっぱり結婚なんて考えたくもない。断固として拒否! 仲良くさせようとしないでほしい。

「レグルス様、よろしいでしょうか?」
 己の表情筋に鞭を打つようにして内心とは裏腹に努めて笑顔をつくる。

「嗚呼、それは楽しみです」
 社交辞令だろうが、レグルスは快く頷いた。
 こら、また眩しい笑顔をこちらに向けてくるんじゃない。俺はほんの少しだけ幼気な王子に対して悪意を持ったことに罪悪感を覚えた。

 ***


「これはみごとな……」
 レグルスは庭園に着くなりため息を吐いた。
 無理もない。オブシディアン家の庭園は、今の時期は赤や黄、ピンクといった様々な色の薔薇が綺麗なグラデーションを織り成していて圧巻なのだ。

「レグルス様、今の季節も良いのですが、他の季節もそれはそれは素晴らしいんですよ」
 俺は鼻高々に言った。

 見事な薔薇が見れる今の季節も良いのだが、本当の俺のおすすめは雪の降る庭園だ。雪の季節は見事な白と椿の赤のコントラストが素晴らしい。
 アルキオーネは病弱なのでなかなか雪の季節は外に出してもらえないのだが、王子がいたら少しくらい許してもらえるかもしれない。そんな下心もあった。

「これは母上にも見せたいほど美しい。ほかの季節にも是非来てみたいものだ」
 レグルスは興奮したように俺の手を取った。
 言葉遣いも先程より砕けた話し方だ。どうやらこちらが素らしい。十二歳らしい素直な口調だと好感を持った。

「是非、よろしければ、今度はお母様とご一緒にいらしてくださいませ」
「しかし、母上はいつも忙しいようでな。なかなか一緒に出かける機会がないのだ」
 レグルスは下を向いて落ち込む。

「では、いくつかの薔薇を持ち帰られて見せるのはいかがでしょう?」
「良いのか?」
「ええ、勿論です。色は……そうですね、レグルス様の瞳のような真紅の薔薇はいかがでしょう。手配いたしますわ」
 優しくお淑やかな伯爵令嬢を長年やってきた俺は息をするようにレグルスを気遣う。
 レグルスよ、このアルキオーネの優しさに好きなだけ感謝するといい……なんて、俺様傲慢男がそんな感謝なんてするはずないよな。

「すまないな。よろしく頼む」
 レグルスは想像に反してあっさりと素直に礼を述べた。
 くそ。このレグルス、やっぱりいいやつかもしれないなんて簡単に思ってしまう辺り、俺はチョロいのかもしれない。

 それから俺とレグルスはガゼポで薔薇を眺めながら話をした。
 例えば、レグルスの母は薔薇が好きで王宮にも専用の薔薇園があるとか、今やっている勉強の話とか、レグルスは薔薇の蜂蜜を紅茶にいれるのが好きだとか、ごくごく日常の、そんな取るに足らないような話ばかりだった。
 特別、興味のあるような話ではなかったが、レグルスがあまりにも楽しそうに話すので、俺はつい話を聞いてしまう。
 話している間は不思議とレグルスへの嫌悪感はなかった。寧ろ、とても魅力的だと思ったくらいだ。目の前にいるレグルスは明るく快闊で好感の持てる性格をしていた。
 いずれは俺をいびってくるはずでゲーム開始時はあんなに最悪な性格をしていたと言うのに、そんなことをしてくるようなやつには到底そう思えない。何がレグルスを変えてしまったのだろう。

「アルキオーネ」
 レグルスが俺の名前を呼ぶ。

 顔を上げると蕩けるように甘い微笑みを浮かべたレグルスがいた。
 不意をつかれて、俺は妙に狼狽えて何も言えなくなっていた。

「またこうして会って欲しい」
 そう言ったかと思うと、レグルスは俺の手を取り、手の甲に口づけをした。

 嘘だろ。本当に女の子の手にキスを落とすなんて!
 クソ王子のはずのレグルスはどうやら本物の王子様だったらしい。俺は本物の王子様の色気に当てられて、レグルスが帰った後も、暫く顔を赤くしていた。
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