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三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)
22.王子様とアルファルド
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***
俺たちは応接間に場所を移し、レグルスに今日の出来事を説明した。
お茶会でアルファルドが具合が悪くなったところから始まり、屋敷にアルファルドの母親が侵入したこと、それからあの女が捕まるところまで一通り話す。
レグルスはいつになく真面目な顔で考え込んでいる様子だ。
「それで、プルーラは捕まったのだな」
「はい。もう既に騎士たちに引き渡したところですわ」
「それで、アルファルドはどうしたい?」
「おれ?」
レグルスもあの誘拐事件で大人たちに傷つけられたはずだ。だからアルファルドの気持ちを理解して優しい言葉を掛けるとばかり思っていた。しかし、レグルスの口から出たのは労りや同情の言葉ではなかった。
アルファルドにとってもそれは予想外の言葉だったのだろう。アルファルドも突然の指名に驚いた様子で固まっている。
「嗚呼、彼女の処遇についてはわたしの方からも一言添えておこうと思ってな。どんな親でも、アルファルドの母であることは間違いない。一番の被害に遭ったのもアルファルドだろう。アルファルドの意思を優先させたいんだ」
レグルスの言葉を聞いて、俺は自分の今までの言動が途端に恥ずかしいものに思えてきた。
まだこんなに幼いレグルスがここまで他人を考えられるのに、俺は何をしていたのだろう。
俺は自分の意思に基づいて動いていた。それが正しいとおもっていたからだ。
でも、レグルスは真っ先にアルファルドの意思を聞いた。あのゲームの中では俺様だったレグルスが他人の気持ちを、意思を、尋ねたのだ。俺はアルファルドの意思を聞くなんて全く思いつかなかったのに。
「もう一度聞こう。アルファルドは何を望む?」
レグルスは真っ直ぐアルファルドを見つめている。
アルファルドは少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「おれは、あの人が幸せならいい」
「幸せ?」
「そう。あの人は、おれといると不幸せだったから」
アルファルドはレグルスの言葉に頷く。
堪えきれなかったようにユークレース伯爵夫人が動いた。
「違う、違うわ。アルファルド、貴方は何も悪くないの。貴方といると不幸になるんじゃない。プルーラは自分で選んでああなったのよ」
「それでも、おれは幸せにできなかったから。あの人にはおれしかいなかったのに……」
ユークレース伯爵夫人の言葉にアルファルドは大きく頭を振る。
「逆よ、貴方を不幸にしたのがプルーラなのよ。貴方は何も悪くないわ」
「そうです。思い詰めないでください」
ユークレース伯爵夫人はアルファルドは悪くないと何度も何度も言い聞かせる。俺も、俺のお母様もその意見には同意していた。
それなのにアルファルドは頑なにそれを認めようとしなかった。
「なにも違わない。だって、おれがいなければ、あの人は家に戻れたでしょ?」
一瞬、俺は想像してしまった。やつれてもいなければ、あんなに取り乱すこともない普通の少女だったプルーラ・ユークレースが笑っている姿を。
本当にアルファルドがいなければ、プルーラは幸せだったかもしれないと一瞬でも思ってしまった自分に気付き、俺はぞっとした。
「外に出ることを決めたのも、貴方を産むと決めたのも、戻らないと決めたのも、全部プルーラ。その結果を受け入れられなかっただけ。プルーラの不幸はプルーラのせいなの」
「違う。おれがいなければ……」
アルファルドは首を振る。どれだけユークレース伯爵夫人が否定してもアルファルドはやはりそれを受け入れることはない。
きっと、それだけアルファルドは傷付いてきたんだろう。
何か言わなければと思うが、咄嗟に言葉が出てこない。安っぽい慰めではアルファルドの気持ちを軽くすることすらできないのは分かっていた。
必死になって考えれば考えるほどどんな言葉をかけていいのか分からなくなっていく。
俺だったらどう言われたら納得できるのだろう。
「確かに、アルファルドがいなければ違ったかもしれませんね」
「アルキオーネ!」
お母様の窘めるような声が聞こえた。それでも俺は言葉を続けた。
「でも、本当に違ったかどうかなんて実際は分からないでしょう。だって、アルファルドはわたくしの目の前にいるんですもの。いるものをいないことにはできません。それに、わたくしはアルファルドに不幸せにされたことなんてないんです。だから、アルファルドがいない世界のことも、アルファルドが誰かを不幸せにすることも、ちっとも分かりませんわ」
同情だけの薄っぺらな言葉ではアルファルドに届かない。それならせめて自分の言葉でなんとか話そうと思った。
しかし、出た言葉は説得にもならない言葉だった。
(結局のところ、何も分からないってことしか言ってないんだよな。本当に締めるところ締まらないな、俺は。)
俺がそう言い終えると、レグルスは声を上げて笑った。
「嗚呼、そうだ。そうだったな。わたしの婚約者の言う通りだ。お前がいない世界なんてわたしだって分からない。だから、もしものことなんて言ったって仕方ないだろう」
その言葉は俺自身にも返ってくる言葉だった。
レグルスの言う通りだ。もしもなんてない。もしもを考えるよりこれからのことを考えた方がずっといい。
「難しいことはどうだっていい。もしもなんて今は考えるな。お前が母親の幸せを望むなら、どうするのが一番いいかだけ考えたらいい。そういうことだろう、アルキオーネ?」
「え、ええ……」
そこまで考えていなかったのに、レグルスはいいように受け取ってくれたようだ。レグルスは他人のいいところを見つけるのがとても上手いように思う。
「でも……」
「そこまで言ってもお前が母親に対して罪悪感を持つのなら、そのときは一緒に償い方でも考えたらいいだろう?」
「いいの?」
「嗚呼。まあ、そうは言っても、わたしも自分自身について考えているところなんだ。一緒に考えていこう」
レグルス自身、実母のこと、義母のことーー母親のことで思うことがたくさんあるに違いない。
一緒に考えようというのはレグルスにしか言えない言葉だ。
「ありがとう」
アルファルドははにかむように笑った。
俺たちは応接間に場所を移し、レグルスに今日の出来事を説明した。
お茶会でアルファルドが具合が悪くなったところから始まり、屋敷にアルファルドの母親が侵入したこと、それからあの女が捕まるところまで一通り話す。
レグルスはいつになく真面目な顔で考え込んでいる様子だ。
「それで、プルーラは捕まったのだな」
「はい。もう既に騎士たちに引き渡したところですわ」
「それで、アルファルドはどうしたい?」
「おれ?」
レグルスもあの誘拐事件で大人たちに傷つけられたはずだ。だからアルファルドの気持ちを理解して優しい言葉を掛けるとばかり思っていた。しかし、レグルスの口から出たのは労りや同情の言葉ではなかった。
アルファルドにとってもそれは予想外の言葉だったのだろう。アルファルドも突然の指名に驚いた様子で固まっている。
「嗚呼、彼女の処遇についてはわたしの方からも一言添えておこうと思ってな。どんな親でも、アルファルドの母であることは間違いない。一番の被害に遭ったのもアルファルドだろう。アルファルドの意思を優先させたいんだ」
レグルスの言葉を聞いて、俺は自分の今までの言動が途端に恥ずかしいものに思えてきた。
まだこんなに幼いレグルスがここまで他人を考えられるのに、俺は何をしていたのだろう。
俺は自分の意思に基づいて動いていた。それが正しいとおもっていたからだ。
でも、レグルスは真っ先にアルファルドの意思を聞いた。あのゲームの中では俺様だったレグルスが他人の気持ちを、意思を、尋ねたのだ。俺はアルファルドの意思を聞くなんて全く思いつかなかったのに。
「もう一度聞こう。アルファルドは何を望む?」
レグルスは真っ直ぐアルファルドを見つめている。
アルファルドは少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「おれは、あの人が幸せならいい」
「幸せ?」
「そう。あの人は、おれといると不幸せだったから」
アルファルドはレグルスの言葉に頷く。
堪えきれなかったようにユークレース伯爵夫人が動いた。
「違う、違うわ。アルファルド、貴方は何も悪くないの。貴方といると不幸になるんじゃない。プルーラは自分で選んでああなったのよ」
「それでも、おれは幸せにできなかったから。あの人にはおれしかいなかったのに……」
ユークレース伯爵夫人の言葉にアルファルドは大きく頭を振る。
「逆よ、貴方を不幸にしたのがプルーラなのよ。貴方は何も悪くないわ」
「そうです。思い詰めないでください」
ユークレース伯爵夫人はアルファルドは悪くないと何度も何度も言い聞かせる。俺も、俺のお母様もその意見には同意していた。
それなのにアルファルドは頑なにそれを認めようとしなかった。
「なにも違わない。だって、おれがいなければ、あの人は家に戻れたでしょ?」
一瞬、俺は想像してしまった。やつれてもいなければ、あんなに取り乱すこともない普通の少女だったプルーラ・ユークレースが笑っている姿を。
本当にアルファルドがいなければ、プルーラは幸せだったかもしれないと一瞬でも思ってしまった自分に気付き、俺はぞっとした。
「外に出ることを決めたのも、貴方を産むと決めたのも、戻らないと決めたのも、全部プルーラ。その結果を受け入れられなかっただけ。プルーラの不幸はプルーラのせいなの」
「違う。おれがいなければ……」
アルファルドは首を振る。どれだけユークレース伯爵夫人が否定してもアルファルドはやはりそれを受け入れることはない。
きっと、それだけアルファルドは傷付いてきたんだろう。
何か言わなければと思うが、咄嗟に言葉が出てこない。安っぽい慰めではアルファルドの気持ちを軽くすることすらできないのは分かっていた。
必死になって考えれば考えるほどどんな言葉をかけていいのか分からなくなっていく。
俺だったらどう言われたら納得できるのだろう。
「確かに、アルファルドがいなければ違ったかもしれませんね」
「アルキオーネ!」
お母様の窘めるような声が聞こえた。それでも俺は言葉を続けた。
「でも、本当に違ったかどうかなんて実際は分からないでしょう。だって、アルファルドはわたくしの目の前にいるんですもの。いるものをいないことにはできません。それに、わたくしはアルファルドに不幸せにされたことなんてないんです。だから、アルファルドがいない世界のことも、アルファルドが誰かを不幸せにすることも、ちっとも分かりませんわ」
同情だけの薄っぺらな言葉ではアルファルドに届かない。それならせめて自分の言葉でなんとか話そうと思った。
しかし、出た言葉は説得にもならない言葉だった。
(結局のところ、何も分からないってことしか言ってないんだよな。本当に締めるところ締まらないな、俺は。)
俺がそう言い終えると、レグルスは声を上げて笑った。
「嗚呼、そうだ。そうだったな。わたしの婚約者の言う通りだ。お前がいない世界なんてわたしだって分からない。だから、もしものことなんて言ったって仕方ないだろう」
その言葉は俺自身にも返ってくる言葉だった。
レグルスの言う通りだ。もしもなんてない。もしもを考えるよりこれからのことを考えた方がずっといい。
「難しいことはどうだっていい。もしもなんて今は考えるな。お前が母親の幸せを望むなら、どうするのが一番いいかだけ考えたらいい。そういうことだろう、アルキオーネ?」
「え、ええ……」
そこまで考えていなかったのに、レグルスはいいように受け取ってくれたようだ。レグルスは他人のいいところを見つけるのがとても上手いように思う。
「でも……」
「そこまで言ってもお前が母親に対して罪悪感を持つのなら、そのときは一緒に償い方でも考えたらいいだろう?」
「いいの?」
「嗚呼。まあ、そうは言っても、わたしも自分自身について考えているところなんだ。一緒に考えていこう」
レグルス自身、実母のこと、義母のことーー母親のことで思うことがたくさんあるに違いない。
一緒に考えようというのはレグルスにしか言えない言葉だ。
「ありがとう」
アルファルドははにかむように笑った。
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