ユニークシリーズ

サカナ丸

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ユニーク:魔法刺激部の悲劇な喜劇

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「リコッタ・シャウルス! あなたって人は……!」
 ルクロンの額に血管が浮き出る。いわゆる激怒である。
「ん、なんだ? 怒ってるのか?」
「あなた! あのとき七大魔法なんて放ったの!?」
「心配するな。最低でも消し炭になるくらいで済むぞ」
「あれは禁断の魔法よ! 落ちこぼれのあなたが放ったらどうなるか分かってるの!?」
「ホウキが五本くらい折れる」
「っていうかなんでそんなカード持ってるの!?」
「私の手にかかればその程度は造作もない」
「下手をすれば大陸が沈むって噂なのよ! それを人間に向けて撃つなんて、あなたホントに最低よ!」
「でも大陸は沈んでないだろう。ラッキーじゃないか」
「ラッキーなわけないでしょ! ホウキ五本よ! いくらの価値があると思ってるの!」
「さぁ。ダイコン三本くらいか?」
 徹頭徹尾、反省の色はない。さすがにここまでナメた態度を続けられると、温厚――かどうかは不明だが、ルクロンも我慢の限界突破だ。
「り……リコッタ・シャウルスゥ……!」
 温度計のように足先から旋毛まで真っ赤に染まり、我慢の限界突破。
 我慢の限界突破をしたルクロンは、通常よりも血糖値が上昇する。なるべく日常において血糖値の上昇を避けたいルクロンだが、否が応にも血糖値が上昇するのは避けられない。全てリコッタのせいである。
「もう我慢の限界突破よ魔法刺激部! 明日、我がホウキ部と勝負しなさい!」
 リコッタに突き付けられた指先から、僅かに魔法で生成された火花が迸っている。威嚇、牽制の意味が込められている。つまり喧嘩を売っているのだ。
「勝負か、どうするクロミエ」
 質問を投げかけられたクロミエは膝抱えフォームのままで、
「眠いから帰っていいですか? この眠さ、右に出る者はいないと思います」
 あくびを炸裂させ、抱えた膝の間に頭を埋めた。
「クロミエもこの通りだぞマキロン」
「そうそう、傷口に塗ればすぐに消毒――ってルクロンよ! ルクのロン!」
「この通りクロミエにはやる気がない。お引き取り願おう」
「バカ言わないで! 勝負するのよ!」
「勝負勝負うるさいな。一人でやればいいだろ」
「一人でやっても無意味でしょうが!」
「分かったよ、やるやる。また来られても面倒だしな」
 リコッタの生返事に対し、ルクロン歓喜のガッツポーズ。
「そうね、やるならキリのいい人数がいいわね。ホウキ部は私を含めて三人を出すから、そっちも三人目を用意してみんなで仲良く首をゴシゴシ洗っているがいいわ」
「ゴシゴシじゃないとダメなのか?」
「ゴシゴシでもツルツルでもどっちでもいいわよそんなもの」
「はいはい。りょーかい」
 満足そうな顔でルクロンは頷いた。勝負内容を一切決めていないが、リコッタは気づいていない。
「それはそうとリコッタ・シャウルス。一つ聞きたいことがあるのだけど」
「ラブレターなら下駄箱に頼む」
「そんなわけないでしょ! そうじゃなくて、あの……」
 ルクロンは常に強気でプライドが高いが、なぜか今回ばかりは言葉をうまく紡げない。その理由は、魔法刺激部の奇行に対する焦りにある。
「さっきの雌豹のポーズと猫みたいな動き、あれはなに?」
「部室の外から見てたのか? なぜそんなことを聞く?」
「なぜって……」
 実はルクロン。あの爪研ぎアクションや雌豹のポーズのことを、新しい魔法か何かと勘違いしている。
 エリート故に簡単には他者に心を開けない性分なものだから、如何せん奇行には条件反射的に臨戦態勢をとってしまうのだ。
 ――これから勝負をする相手の隠し玉を予め潰しておくのは、賢い勝負の鉄則よ。
 などとインテリっぽいセリフが脳内で展開され、不要な心配をしてしまう。
 勝負のために情報収集をしたい気持ちはある。だが、もしもただの奇行ならば、こんなに恥ずかしい警戒はない。だから警戒心を悟らせないようさりげなく情報を得るつもりだ。
「なんだ、言ってみろ」
「それは、ただ気になっただけよ」
「なぜ気になる?」
「私は学校でも一番の美人で、成績は常にトップの人気者。あなたみたいな変人問題児は監視しているのよ……」
「ほう、監視ねぇ」
 ルクロンが監視と言ったとき、一瞬だけ目を逸らした。リコッタはそこに嘘や焦りが含まれていることを瞬間的に察し、逆にゆさぶってやろうと考えた。
 リコッタは普段はバカで膝を抱えることばかり考えているが、こういうときだけ妙に優秀になるのだ。
「な、なによ」
「まさか、あれが新しい魔法の唱え方だ。とは言わないよな?」
「そ、そんなことは」
 また目を逸らす。図星。
「でも奇行って言ったよな、その可能性は考えなくていいのか?」
「べ、べつに」
 またまた目を逸らす。図星。
「いいのか? 学校一の美人秀才エリート様様が、そんな異常事態を放置して」
「放置はしてないでしょう」
「だったら詮索してみろよ」
「べつに、そこまで詮索するほどでは」
「まぁそうだよなぁ、雌豹のポーズなんて怪しい動きは新しい呪文だと思っちゃうよなぁ。でも勘違いだったら恥ずかしいよなぁ。でも気になるよなぁ」
 単語を一つ一つ紡ぐ度にドヤ顔に拍車がかかり、ルクロンを煽りに煽る。
 ルクロンは探るような視線を振り払いたくて、さらなる攻撃へシフトする。
「へ、へぇそう。知らないのね、あの魔法」
「は? あの魔法?」
「あなたたちがやっていた雌豹のポーズはね、新種の魔法として正式に研究されているのよ」
 嘘だ。古今東西、雌豹のポーズで発動する魔法など存在しない。煽ってきたリコッタを煽り返すためのハッタリだ。
「ま、マジであるのか?」
「えぇ。私たちホウキ部も練習中でね。特殊なポーズで一手間加えれば、あっという間にすっごい魔法を出せるんだけど、知らないわよね」
「まるで料理レシピみたいだな……」
 しかしリコッタも煽り返されたままでは気が済まない。煽り返し返しに打って出る。
「でも、知ってるさ。雌豹のポーズからライオンのポーズへ移行して、空中三回転してからニャーニャーニャーだろ」
「そ、そんな技まであるの……!?」
「ふん。知らないようだな、笑止」
「いいえ、でも甘いわ。そこはニャーニャーニャーじゃなくてウーボウボウボウにするだけでさらに限界突破で強くなるのよ?」
「バカめ、ウーボウボウボウなら知ってる。だが真理はニャーニャーニャーしながら左右の二人がウーモウモウモウだ、笑止」
「ま、まさか左右の二人まで使って合わせ技!?」
「つまり、そういうことだ、笑止」
「でも甘いわ。そこは左右だけでなく前後にも人を配置することで気の流れが変わり、攻撃範囲が限界突破する追加効果があるのよ」
「なんだと!? くっ、人数が少ない魔法刺激部には厳しい技だ!」
「知らないようね!」
「いいや知ってる! 笑止!」
「なによ笑止笑止って!」
「笑止!」
「さっきから笑止笑止うるさいのよ!」
 それから数分間、互いの笑止は絶えなかった。
 最終結果、リコッタが三十笑止。ルクロンも三十笑止。互角の笑止対決はついに決着がつかなかった。
「リコッタ・シャウルス、今日はこの辺で勘弁してあげるわ」
「そうか。この辺で勘弁されてやる」
 互いに息が切れ満身創痍でも、プライドと意地の応酬は留まらない。
「まぁどのみち新しい魔法があろうとも、勝つのは私たちホウキ部よ」
「へっ、吠え面なら今のうちに聞いておいてもいいぞ?」
 本来は天使であるが、付け上がったリコッタはどう見て悪魔そのものだ。
「ちなみに吠え面は聞くものではなく見るものよ」
「バカいえ、目と耳で楽しむ4DXみたいな感覚で吠え面かけ」
「あ……そう。とにかく勝負に必要なのは三人。頑張って部員を集めておいてちょうだい。オーホッホッホッホ!」
 高笑いしながらルクロンは背を向ける。そして去り際に、
「まぁ、三人目を用意できればの話だけど」
 そう言い放ち、ひらひら手を振ってピシャリと扉を閉めた。
「なんだ、今の」
 去り際に見たルクロンの背中には、ある違和感があった。とても人間のものとは思えないような、ある違和感に。
「おい見たかクロミエ」
「はい、一瞬だけですけど、見ました」
「ルクロンの背中に、アレあったよな」
「はい、アレありました」
 ルクロンの背中にあるアレ――それは、
「真っ赤で丸いボタンがあったよな」
「はい、花の牡丹じゃなくてボタンでした」
 赤が目を引く色なのは言うまでもない。そんな本能を見透かすほど真っ赤なボタンが視界に入れば、押すなというのが無理な話だ。
「クロミエ、スペインに闘牛ってあるだろ」
「あぁ、あの豆から作るやつですね」
「それは豆乳だ。闘牛は、闘牛士が赤いマントを持っているだろう。あれはなんのために赤いか知っているか?」
「え、牛を興奮させるためじゃないんですか?」
「大半の人はそう言うだろう。だがそれは違う。マントが赤いのは観客を興奮させるためだ」
「へぇ~。リコッタさんからそんな博識な一面が見られるとは思いもよりませんでした」
「つまり、赤とは人間の本能的に興奮するものなのだ」
「じゃあ、あの赤いボタンにそそられるのはそういうことなんですね」
「その通りだ。だが……あんなの今まであったか?」
 十メートル先からでも容易に見えるだろう。白いキャンバスに赤い絵の具を一滴垂らしたような存在感がある。気づくなというほうが無理な話だ。
「いえ、見たことないですね」
「押したらどうなると思う?」
「ポジティブに考えれば昇天。ネガティブに考えれば爆発ってとこですかね」
 どちらにせよ死亡である。
「気になるな……だがこっちが電気ビリビリとか食らったら嫌だよな」
「そうですね、体中の穴から血が噴き出すかもしれません」
「おのれルクロンめ、あのボタンの件はいったん忘れようか」
「忘れましょう」
 二人揃ってパンと手を合わせ、とりあえず仕切りなおす。
 膝抱えフォームを解いて立ち上がったクロミエが問う。
「それで、勝負はどうするんですか? あのボタンは隠し玉ですかね?」
「なーに、どうせジャンケン三本勝負とかだろ、笑止だな」
「余裕ではないと思いますけど」
「相手はホウキ部だぞ、どうせグーしか出さんだろ」
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