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1巻

1-2

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 そうして、話は冒頭に戻る。
 せめて一匹だけでも倒そうとスライムに近づいたが、結局やられてしまった。撤退するのが正しかったのかもしれない。
 まぁ仕方ないか。みんな苦労しているんだ。慎重に戦わないといけない。
 そんなことを思いつつ、ホームポイントへ戻ろうとしたときだ。俺たちを囲んでいたスライムが、炎の塊に一撃で吹き飛ばされた。

「キャー! サマナーすごーい! ドラゴンつよーい!」

 スライムを一撃でなぎ倒したのは、小さなドラゴン。そのかたわらで、主と思われる金髪幼女が両手を上げて喜んでいた。
 俺は理解してしまう。
 確かにドラゴンは強いかもしれないが、まだゲームは始まったばかりなのだから、そこまで圧倒的な強さというわけではないだろう。
 では、中身がおっさんかもしれないあの幼女が強いのか?
 それも違う。同じサマナーなら、俺とスペックは変わらないはずだ。
 では、なぜこんな結果になった? ……考えるまでもない話だ。
 ゴビーは、ゴブリンは――弱いのだ! それも格段に! 最弱だろうと思われるスライムとタイマンして負けてしまうほど!
 なるほどと納得し、俺はホームポイントへ戻ることにした。


 そしてホームポイント。
 もちろん、経験値は1も入っていない。自分たちの弱さがわかったことが収穫だろう。

「ゴブー……」
「どした? えっ、お前泣いてるのか!? どっか痛いのか? 見せてみ?」

 ゴビーは両腕をだらりと垂らし、盛大にうなだれている。

「ゴ、ゴブゴブ」
「ふむふむ、そうかそうか」
「ゴブー」
「うんうん」

 何を言っているのか、さっぱりわからん。が、しょげていることはわかった。
 ゴビーが落ち込むようなことって、何かあったか?
 俺は、今日の出来事を思い出す。……ああ、そうか。

「まぁ、なんだ? ちょっと目を離した隙に一人で宝石を眺めていたからって、そんなに怒ってないから気にするなよ。迷子にはならなかったしな」
「ゴブッ!? ゴブゴブッ!」

 ゴビーは首を振っている。どうやらそれじゃないようだ。なら、あっちか。

「『ゴビー』って名前が嫌だったのか? ならゴブ太、ゴブ郎、ゴブもんの三つから選んでもいいぞ?」
「ゴーブー!」

 ゴビーは右足で地面を何度も踏みつけている。どうやらまた外したようだ。
 ……ってなると、やっぱりあれか。
 俺はかがみ、ゴビーの肩へ手を載せた。

「戦闘のことか! なーに気にしてんだよ! 俺もボコボコにされたんだぞ? 二対一だったのに、いつの間にか二対四になってるし、全然倒せないし! いやー面白かった!」
「ゴ、ゴブ?」

 笑顔で肩を叩くと、ゴビーは少し驚いたような反応を見せた。

「次はもうちょっと考えて戦わないとな。まぁ俺たちの戦いはこれからだぜ! 二人なら勝てるさ!」
「……ゴブッ!」

 正確に伝わったのかはわからないが、ゴビーは嬉しそうに飛び跳ねていた。よきかなよきかな。
 っと、もうこんな時間か。せっかくゴビーは元気になってくれたが、そろそろいったん落ちないとな。
 立ち上がり、ゴビーの頭へ手を載せた。

「じゃあ、ちょっと休憩だ。また後でな!」
「ゴブー? ゴブッ!」

 ゴビーを残し、ログアウト。AIに疲れがあるかどうかはわからないが、俺が落ちたらゴビーも休めるだろう。
 それにしても、召喚獣って感情豊かだなぁ。
 ベッドから起き上がり、腕を伸ばす。
 さて、早く昼飯を食って、また遊びますか!


 ◇ ◇ ◇


 昼食を終えて早速ログインし、ゴビーとともにクエストを受けに「!」マークへと向かう。しばらく時間を置いたので、少しは人が減ったはずだ。
 昼食を食べている間、さっきのドラゴン使いのサマナーのことが気になっていた。
 彼女はクエストを受けて、レベルを上げてからフィールドに来たんじゃないだろうか?
 それなら俺との戦力差も理解できる。時間的に、てっきり俺と同じくログイン後に外に直行したのだと思い込んでいたが、クエストが短時間で終わったり、何らかの移動手段を確保できたりしていれば、クエスト達成後にあの場にいても不思議ではないのかもしれない。
 ということで、今度こそクエストを受けに来たのだが……人だらけ! むしろさっきより多い!
 昼からインする人が多かったのか、予想外の混み方。
 しかし、ここでめげるわけにはいかない。NPCに近づくべく、努力するしかなかった。
 みんな列を作ることなく、NPCに近づこうと押し合いへし合いしているので、遅々として進まない。
 受け終わった人が去って空いた場所へ進み、前に詰めていく作業。それを繰り返し、少しずつ進む。
 昔のネットゲームで、空いたマスを取り合っていくような感じだ。後ろから押されているので、気分はよろしくない。
 だが、もう少し。もう少しだ……!
 そして、奮闘すること一時間。

「あなた、守護者ガーディアン?」
「「「そうだよ!」」」

 俺を含め、周りにいたプレイヤーが、NPCの問いかけに一斉に応える。
 しかし、NPCは俺へと笑いかけた。
 周囲から舌打ちやねたみの声が聞こえる。悪いな、俺の答えが一番早かったみたいだ。

「実はお店の薬草がなくなっちゃって困ってるの。よかったら、東の森で五つ採ってきてくれる?」
「オッケー! 任せて!」
「ゴブゴブー!」
「ありがとう。待ってるね」

 無事クエストを受けることができたため、俺たちは人混みから抜け出す。
 ……あれ? もしかしてだけど、報告するときもこの中に入り込まなきゃいけないのか?
 想像してげんなりしたが、クエストをいまだ受けることができない人よりはいいだろう。
 俺は前向きに考えることにし、ゴビーとともに東門へと向かった。
 今度は忘れずにトーテムポールでワープポイントの登録をしてから、門を出て出発する。
 マップを見ると、さっきスライムにボコられた辺りから少し南に行った場所が、丸い円で囲まれていた。そこは、今歩いている森とは別の森だ。
 一時間ほど歩き、モニュメントの前に辿たどり着く。忘れないうちに触れて、ワープ地点を確保。
 これで、あの道を一時間歩く必要はない。……けれど、気持ちのいい道だったから、たまには歩こうっと。
 さぁ、では――探すか!
 マップ上に円で示されている森の中へ入る。
 奥に進むと強いモンスターがいるかもしれないので、なるべく浅いところで薬草を……って、人多いな。もうなんというか、ここは本当に森か? って疑問に思うほど人がいた。

「薬草を探すか。緑色のこんな形の草な」
「ゴーブー!」

 ソロプレイヤーが多い中、こっちは一人と一匹。他の人よりも有利に探せる。だから、五つくらいすぐに採取できると思っていた。
 しかし、だ。
 薬草を探す。見つける。先に採られる。これを何度となく繰り返す。
 それなりに出現ポップしているようだが、人が多すぎて出たそばから採取されてしまうのだ。
 しかし、あきらめずに探す。……採られる。駄目だこりゃ。

「ゴビー、休憩にしようぜー」
「ゴブー……」

 こいつも成果がないらしく、へこんでいる……ように見えるが、実際は薬草を探さずに虫を追いかけていたり、穴を掘ったりしていたのを俺は目撃していた。まぁ、レベル1の召喚獣なんてそんなもんだろう。

「なぁゴビー、薬草を見つけたら教えてくれるか? 他のことをしながらでいいから」
「ゴブー?」
「さっき見つけたけれど、先に他の人に採られた草があったろ? あれを見つけたら、俺を呼んでくれ」
「ゴブゴブ!」

 ゴビーはコクコクとうなずいて、任せろと言わんばかりに自分の胸を叩いた。
 本当にわかったかな? わかったと信じたい。
 小休憩を挟み、薬草探し再開。
 そして、それはすぐに起こった。

「ゴブー! ゴブゴブー!」

 ゴビーが興奮しながら俺の服を引っ張り、三メートルくらい先にある木の根元を指差す。

「お、見つけたか……採られた」

 仕方ない、次だ次……と思ってたら、また服が引っ張られた。

「ゴブー!」

 今度は向こうにある岩陰か。

「また見つけた? やるなぁ、ゴビー……採られた」

 さっきと同じく、他の人に先を越されてしまった。
 が、落ち込む暇もなく、またゴビーに呼ばれる。

「ゴブゴブー!」
「ん? んんん? ゴビー、ちょっとこっちに来い」

 それは小さな違和感だった。
 俺は一分に一回見つければいいほう。なのに、ゴビーは十秒かそこらですぐに見つけて合図をしてきた。
 そして、それに気づいた周囲のプレイヤーたちがゴビーを追いかけ、先に薬草を採取しているのだ。これじゃあ、俺たちにまるでメリットがない。
 俺は中腰になって、ゴビーの目を見て告げる。

「よし、こうしよう。薬草を見つけたら俺に教えないでいいから、自分で採取するんだ」
「ゴブッ!」
「元気よく返事したが理解してないだろ! 段々と顔を見てわかるようになってきたぞ。いいか? こうだ、こうやって薬草を見つけたら採るんだ」
「ゴブゴブ」

 身振り手振りで薬草の採り方を教えると、ゴビーは何度もうなずいていた。今度はきちんと理解している感じだ。
 二手に分かれ、薬草探し。
 数分後、ようやく一つ採取する。よしよし、悪くないな。
 ゴビーの様子も見てくるかぁ。
 ――そう思い、立ち上がったとき。

『ゴビーが死亡しました』
「へ?」

 突然現れたメッセージに変な声が出る。
 マップを開いて確認すると、少し離れたところにいたゴビーを表す緑色の点が、灰色に変わっていた。運悪く、敵にでも絡まれたのだろう。
 リサモンしてもよかったのだが、襲ってきたモンスターを確認しようと思い、急ぎ向かう。
 しかし、そこに群がっていたのは――

「あんたら、何してんだ?」
「……」

 見た目からすると、戦士、ナイト、アーチャーだろうか。
 三人のプレイヤーが、ゴビーを取り囲んでいる。

「おい、何してんだって聞いてるだろ。なんで倒れているゴビーから薬草を取り上げてんだよ」
「……」

 無言だ。何も答えずにプレイヤーたちはゴビーから薬草を奪い、その場を立ち去ろうとしていた。
 このゲームはPKプレイヤーキルできる、ということよりも、ゴビーを殺して薬草を奪ったという事実が許せない。
 頭に血が上り、俺は戦士の男の肩をつかんだ。

「話を聞けよ!」
「うるせぇな、ゴブリンだから敵かと思っただけだ」
「はぁ? 緑色のネームモンスターは敵じゃないってわかるだろ」

 敵モンスターの名前は赤、召喚獣などのプレイヤー側のモンスターの名前は緑で表示される。しかも、召喚獣なら主人がつけた固有の名前が出るはずだ。
 だから、敵だと思ったなんて言い訳は通じない。
 俺は肩をつかむ手に力をこめて、男をにらみつける。

「……あぁ、面倒だな。そうだよ、薬草を大量に抱えているゴブリンがいたから、殺して奪った!  そう言えば満足か?」
「ふざけんなよ!」

 俺は思いっきり突き飛ばすが、男は少しよろけただけでだるそうにめ息をつく。

「もういいから、お前も死ねよ」

 そして、腰の剣を抜いた。

「――ッ!? フレイ」

 ム、の一文字を言うことはできず、俺は男たちに攻撃され死亡した。
 なんだかなー、やってられん。
 しかもあいつら、俺の装備まで全部盗っていったぞ。
『YOU DEAD.
 ホームポイントへすぐに戻りますか?』
 ローテンションになりながら、俺はホームポイントへと戻った。


 戻ったのは東門ではなく、最初にこの世界に来たときに見た大樹の前。
 パンツ一丁で正座する俺、隣には悲しそうにしているゴビー。
 装備も薬草も、全部失ってしまった。

「元気を出せよ、ゴビー。俺たちは何も悪いことはしてないんだからな。とりあえずGMコール……は無駄かもな。掲示板に注意喚起でも載せておくしかない、か」

 PKがゲームの仕様なのだとしたら、GMゲームマスターに通報しても意味がない。
 なのであきらめて、掲示板画面を開く。
 すると、薬草強奪犯というタイトルが並んでいた。
 いくつか開いて見てみたが、どうやらあいつらは薬草を無理やり奪って、他のプレイヤーに高値で売りつけるという悪徳っぷりらしい。
 すでに正義感溢れるプレイヤーたちが彼らの討伐へ動き出しているようなので、俺にできることはなさそうだ。
 さて、お金もないし装備もない。
 これからどうしたものか……。

「あの」

 今の状態じゃ、モンスターと戦って金銭を得るのは不可能。薬草採取の場所も今は強奪犯と討伐隊による修羅場と化しているだろうし、下手に行ったら巻き込まれる。

「あの……」

 これはもう、ものいをするしかないか? 人の多いこの場所で、空き缶を置いてお金を恵んでもらうしか――

「あの!」
「はい!」
「ゴブッ!」

 ゴビーと同時に返事をする。
 考え事をしていたせいで気づかなかったが、目の前には《いやしの聖女アリス》という、なんとも痛いネームの人がいた。
 金髪碧眼、白いシスター服。恐らくだが、ジョブはクレリックだろう。

「私、このゲームを始めたばかりなんですけど、下着だけで正座するゲームなんですか? ちょっとそれは真似できないなって……」

 パンイチの俺を直視するのは躊躇ためらわれるのか、視線を彷徨さまよわせながら彼女は戸惑いの表情で尋ねてきた。

「いえ、勘違いです。俺は装備を全部巻き上げられて黄昏たそがれているだけで、普通にクエストやったりモンスターを討伐したりするゲームだと思われます」
「あぁ、そうなんですね。よかったぁ」

 そう言って、ほっとした顔を見せる。
 初心者なのに痛いネーム。しかも、どこかとぼけた質問。かなりやばい。んでるかもしれない。
 後、一つ大事なことがある。
 ネットゲームにはおっさんしかいない。
 いいか? ネットゲームにはおっさんしかいない!
 これを忘れた馬鹿な奴らは、大体グループ内の女性プレイヤーをこうとし、周囲の人間関係までグシャグシャにしていく。
 過去にやったネットゲームで、メンバーが一気に辞めたときは、ほとんどが女性問題だった。
 では、それを踏まえて彼女おっさんと話そう。

「とりあえずマップを開いたら『!』マークがあるから、そこでクエストを受けるといいよ。人が多いけれど、めげずに頑張って」
「わかりました」
「ゴブ」

 アリスさんの隣に立ち、ゴビーも一緒にうなずく。

「後、薬草採取のクエストなんだけれど、クエストを受けたらマップに円が出る。そこで採取できるよ。でも今は悪い奴らが薬草強盗をしているから、気をつけたほうがいいかも」
「はい」
「ゴブゴブ」
「いや、ゴビーは俺と一緒にやってたろ」

 俺はめ息をつきながら、ゴビーの肩を叩いた。
 まったく、なんでお前まで、アリスさんの立ち場でうなずいているんだ。

「ゴッブゴブー」

 ピョンピョン飛び跳ねるゴビーを見ていたら、ささくれ立った心が落ち着きを取り戻し始めた。
 よし、とりあえずもう一度、薬草採取に向かってみるか。危険かもしれないが、じっとしているよりはマシだ。
 立ち上がり、ゴビーを連れて歩き始める。
 すると、なぜかすぐ後ろから足音が聞こえ、俺は気になって振り向いた。
 足音の主は、アリスさんだ。

「まだ何か聞きたいことがあった?」
「いえ、あの……」
「ゴーブー?」

 ゴビーと二人、首を傾げる。アリスさんは、困った顔のまま口を開いた。

「どっちに行けば、この『!』マークに辿たどり着きますか……?」
「えっ」
「ゴブッ!?」

 俺の真似をしているだけのゴビーの頭を押さえ、アリスさんにマップの見方を……いや、面倒だな。
 俺はマップを閉じ、彼女に手招きした。

「どうせ暇だし、道案内するよ」

 俺が微笑むと、アリスさんは少し驚いて目を伏せる。

「え、でも悪いです」
「いいよいいよ。な、ゴビー」
「ゴブゴブッ!」

 拳を突き上げて、ゴビーも賛成してくれた。

「……ふふっ、ありがとうございます」

 ゴビーを見て彼女もなごんだのだろう。緊張した顔つきは緩み、笑顔を見せてくれた。
 さて、では案内しますかね――


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