『REIMEI 』

紫苑(SHION)

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第10章

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第10章

 二度目の別れの際、僕は以前より少しは大人だった。それまでの彼の言動から何となく別れ話の到来を予測していたこともあって、実際切り出された時も然程動遥はなかった。今回は、彼が一体何から逃げているのか察しがついていたし、彼が弱く脆い人間であることもよくわかっていた。無論、そういう人間がどんな行動に出るのかも。
 それでもすんなりとはいかなかった。僕らは、別れる別れないを幾度か繰り返した後、最後は彼の家族によって散々に掻き回されての終幕となった。周囲が騒ぎ出すことは容易く想定出来たが、避けられるものなら避けたかった。案の定、僕らの戦場はかつて無いほどに泥沼化した。先ず、彼の行動を不審に思っていた妻が興信所を使って僕らの関係を暴き、僕の家に乗り込んできて、針の筵のような話し合いの場を設けさせられた。驚いたことに、彼女は妊娠していて、しかも臨月だった。彼はそんな妻を欺いて、この数ヶ月、僕と会っていたのだ。数回に及ぶ処刑裁判のような話し合いにおいては、随分と罵詈雑言や呪いの言葉を一方的に浴びせられた。やがて、彼の親に深刻な癌が見つかって、余命宣告を受けた親本人から泣く泣く説得されるに至り、散々擦った揉んだした挙句、僕らは憔悴のうちに別れを余儀なくされた。
 周囲を傷付け、苦しめたことは心が痛む。しかし、僕にはただ一つ、彼の真実だけが重要だった。だが彼は、またしても周囲の作り出した渦に巻き込まれ、流されようとしていた。こんなことを二度と起こさなくていいように、今度こそ自身の心と向き合って決めて欲しかった。家族の為にも。僕の為にも。そして、何より彼自身の為に。
 しかし、彼は流された。周囲の影響をもろに受け、それを跳ね返す力もない彼は、最後に僕にこう言った。一緒に生きていく覚悟が無い――と。
 残酷な言葉だが、妙に納得できる言葉でもあった。前回よりマシだなと何処か頭の隅で思う僕がいた。僕は、「わかった」と告げた。
 そして、彼と僕は別れた。歪に重なり合って一つになるかに見えた道は、この時はっきりと二つに離れた。


続く💫

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