魔法殺しの理科準備室

桜咲

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第十四話

潜入、美少女(?)と二人の従者

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ヴォルガ帝国との国境付近。
 魔力が枯渇し、魔法使いがただの無力な人間と化す「デッド・マナ」の領域へ入るため、レオンたちはある「完璧な変装」を強いられていた。
「……ねえ、校長を殴ってきてもいいかな?」
 宿場の鏡の前で、レオンが死ぬほど冷たい声で呟いた。
 そこに映っていたのは、淡いフリルがあしらわれた旅装のドレスを纏い、編み込みの髪をサイドに流した、どこからどう見ても「可憐な貴族の令嬢」そのものの姿だった。
「ひ……ひ、ひぃ……」
 背後で、カイルが喉を鳴らして固まっている。
 彼は現在、令嬢(レオン)を護衛する無骨な騎士に変装していたが、あまりのレオンの美しさに、直視することすらできずにいた。
「ちょっとカイル、鼻血出てるわよ! ……でも、確かにこれは反則だわ……」
 シシルは、レオンの「メイド兼家庭教師」という設定で、地味な服に着替えていた。彼女は、ドレスの裾をいじって不機嫌そうにするレオンの「女の子にしか見えない仕草」に、女としての敗北感を感じていた。
「いいかい、二人とも。このエリアでは君たちの魔法は使えない。僕が『魔法の効かない病弱な令嬢』、カイルが『兄の騎士』、シシルが『侍女』だ。設定を忘れるなよ」
「わ、分かってる……。分かってるが、その……レオン。お前、その格好で『君』とか言うのやめろ。脳がバグる」
「……あ、そう。じゃあ、こうすればいい?」
 レオンは鏡に向き直り、少し首を傾げて、上目遣いでカイルを見つめた。
「……お兄様、守ってくださるんでしょう?」
「ぐふっ……!!」
 カイルが膝から崩れ落ちた。破壊力は絶大だった。
「ちょっとレオン! こいつを甘やかさないで! さあ、行くわよ。国境の検問所が目の前なんだから!」
 一行は、帝国軍が管理する検問所に到着した。
 そこには、魔法探知機を捨て、最新鋭の「蒸気機関」や「火薬兵器」を装備した冷徹な兵士たちが立ち並んでいた。
「止まれ。……ふむ、旅の貴族か。こんな魔力の死んだ場所へ何の用だ」
 兵士が冷たくレオンを見下ろす。カイルが反射的に剣の柄に手をかけたが、レオンがそれを制した。
「……私の、持病の療養に……。この地には、体に良いとされる『不思議な泉』があると聞いて……」
 レオンは、か細い声を出しながら、演技で咳き込んでみせた。その「儚げな美少女」っぷりに、兵士たちの顔がわずかに緩む。
「……病気か。かわいそうにな。だが、馬車の中を改めさせてもらうぞ」
 兵士たちが馬車を調べようとしたその時、レオンは懐からこっそりと「特殊な香料」を取り出し、カイルにだけ聞こえる声で囁いた。
「カイル、僕の腰を抱け」
「……は!? な、何言って――」
「演技だ! 早くしろ、疑われる!」
 カイルは震える手で、レオンの細い腰をぐいと引き寄せた。ドレス越しに伝わる体温と、驚くほど柔らかい体の感触。カイルの思考が真っ白になる中、レオンは兵士に向かって、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「……あまり、中を調べられるのは……。着替えや、乙女の嗜みが入っておりますので……」
 レオンがこっそり撒いた香料が、兵士たちの鼻を突く。それは生理的に「不快感」ではなく「気まずさ」を感じさせる特定のホルモンに似た化学物質だった。
「……あ、ああ、分かった。……もういい、行け! 美少女の荷物を漁るほど俺たちも野蛮じゃない」
 兵士たちは顔を赤くして、あっさりと通行を許可した。
 検問所を通り抜け、森の奥へ入ったところで、カイルはようやくレオンを解放した。
「……レオン、お前、恐ろしい女……じゃなくて男だな……」
「科学的な心理誘導だよ。それよりカイル、さっきから腰を握る力が強すぎる。いつまで触ってるんだ?」
「あ、す、すまん……!」
 慌てて離れるカイル。シシルがジト目で二人を見ている。
「……ねえ、潜入は成功したけど、これ一歩間違えたら、私がいなくても二人でやっていけるんじゃないかしら?」
「そんなわけないだろ! ほら、わちゃわちゃしてないで先を急ぐよ。……この『魔力枯渇』の正体、僕が暴いてあげるから」
 ドレスを翻し、茂みをかき分けて進む「令嬢」レオン。
 その背中を追う二人は、彼が持つ「科学」の恐ろしさと、それ以上に「レオン自身の可愛さ」という暴力に、今更ながら恐怖を感じていた。
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