聖戦記

桂木 京

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第7章:ローランド王国の最も長い一日

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一方。

「王子が、少しずつ後退している……。」


互角に見える戦いで、その交戦位置の変化に気付いたのは、ローランド城の城壁の上から戦況を見守るガーネットだった。


「自らゼルドに挑み前進し、交戦しながら後退……周囲の兵たちは出来るだけ遠くに散らして……。」


ガーネットはグスタフの行動の真意を探る。


「……平原の地図はあるか?」

「……はっ、此処に!」


念のため、ガーネットは平原の地図を部下に要求し、その地形を見る。



「……なるほど。」


そして、何かを悟ったようだった。


「弓騎士団に告ぐ!!」

そして、城壁周辺に配置された弓騎士団たちに大きな声で命令を下す。


「私の合図で、一斉照射を開始する!!私あは王子と戦う将を狙う。半数は私に続き敵将を一斉に狙い打て!!残りの半数は……。」


グスタフの狙いが、ガーネットの推測と一致するなら、グスタフが最も弓騎士団に要求するのは、ゼルドへの攻撃ではなく……


「火薬を矢に仕込み、『射程距離いっぱいに』ありったけの矢を放て!!敵を狙うのはもちろんだが、外しても構わん!!とにかく、城内のありったけの火薬を矢に込めて放つのだ!!」


グスタフの要求は、おそらく弓騎士団による『爆弾射撃』。
平原の地形を変えるために、グスタフは敢えてゼルドと戦いながら、弓騎士団の射程内にゼルドを誘い込んでいるのだ。

「王子……これほどまでの戦略家だったとは……。」


平原は、名の通り平らなので敵軍が進軍しやすい。
そこで、グスタフとゼルドの戦いによる地形の変化、そして爆弾による地形の変化を狙っているのだ。

多少でも、地に穴がいくつも開いていては、敵軍の行軍も遅れてくるはず。

一糸乱れぬ行軍が不可能となれば、敵も散らばり、前線の騎士団も攻撃がしやすくなる。
被害を最小限に食い止められるというわけだ。


もちろん、爆弾で敵兵を少しずつ減らしていくという選択肢もある。


王子である自分が最前線で、将軍を相手にすることで、その戦いの大きさで自軍・敵軍双方の気を引き、真の目的を悟られず、いつしか敵を術中に誘い込む。


『戦士』は同時に『軍師』でもあったのだ。

「あやつめ……とんだ策士じゃの。」


シエラと共にセラを目指して進撃していたヨハネも、グスタフの策略に舌を巻く。


「あやつがゼルドを引き付けているお陰で、敵軍が少しずつではあるが前がかりになってきておる。しかも、弓騎士団の射程に徐々に入ってきておる。ひとりで戦うつもりは端から無かった様じゃの……。」


シエラも、その光景に驚く。


「確か王子は、より強い方と戦えるようになるために己を磨く、と修行の旅に出たと聞いていました。まさか、これほどの戦略を身につけるとは……。お陰で、敵軍とセラさんの間に大きな隙間が出来ました。もう少し待てば……。」


ゼルドに引っ張られるように進軍したアガレス軍は、次第に前がかりになり、計らずも後方で指揮を執るセラとの間に大きな間を生んだ。


「……シエラよ、ここまでくればもう大丈夫じゃ。ある程度の交戦は覚悟し、一気にセラの下へ急ぐぞ!!」

「はい!!」



気配を消しながら、慎重に進んでいたシエラとヨハネだったが、これを機にと一気に進む速さを上げる。


「ヨハネ様!もう少し進んだら、もう転移魔法で飛んでしまって構いません!すぐに追いつきます!!」

「……うむ。先に妾から仕掛けてやるとしよう!!」



速度を上げたことで、ふたりの姿が敵の目に留まる。


少しずつ、ゆっくりと敵軍がふたりの方向へと動いていく。
シエラは、ヨハネの魔力をできるだけ温存できるように、ヨハネも前方を走ることで、露払いをしようと試みる。


「……弓騎士団が、動いた……。」


遠くに見えるローランド城壁で、光る炎のようなものが見える。
それは少しずつ、敵の飛兵を射抜いていく。
飛兵は燃えながら、次々と地に落ちていく。



「凄い……ほとんど、というより全て撃ち落としているではありませんか!!……これが、ローランド弓騎士団の実力……。」


その的中率に、シエラは驚きしかなく、ヨハネはそんな弓騎士団の戦いぶりを見て笑う。


「それはそうであろう。弓騎士団を率いているのは……。」


光る矢の雨。その中で一際遠くの敵を確実に射貫く矢が見える。


「我が戦友に勝るとも劣らない、弓の使い手なのじゃからの。」


「さぁ、我々の見せ場だ!!武勲を焦るな!!目前に迫る敵を1体ずつ、確実に仕留めていけばいい!!」


城壁の一番高い場所。
ガーネットは、グスタフとゼルドが射程距離に入るか入らないかのギリギリの距離を見極め、弓騎士団に合図を出す。

「総員、放て!!」


ガーネットの合図で、弓騎士団が一斉に矢を放つ。
事前の指示通りに、弓騎士たちは火薬・火矢などそれぞれの矢を番えて放っていく。

その攻撃に驚いたのは、アガレス軍。
これまで近づく敵にしか攻撃をしてこなかった弓騎士団が、ここにきて総攻撃を始めたのだ。
しかも、普通の矢ではなく、それは火を纏い、燃え盛る火薬と共に自軍に降り注ぐ。

それだけならまだしも、そのうちの矢の一本は、ただの矢。
しかし、その『ただの矢』は、他のどの矢よりも正確に、近づく自軍の兵の眉間を寸分違わず射抜いていくのだ。

失敗という言葉とは無縁の矢が、いつ自分に向けられるか分からない恐怖心と、アガレス軍は戦わざるを得なかったのだ。



「……流石は我が軍の誇る弓の達人。期待以上の活躍だな。」


総攻撃を始めた弓騎士団の様子を見ながら、グスタフが満足そうに微笑む。


「……テメェ、こうなることを最初から見越してやがったな!!」

ゼルドが怒りに顔をゆがめる。
しかし、グスタフはそんなゼルドを見て再び笑う。


「……『こうなること』?貴様は何を考えているのだ?ここは戦場。闘技場ではない。何処から矢が飛んできて、いつ地形が変わるかなんて、見越すものではないだろう?」


グスタフが、炎の斧・クリムゾンを構える。


「それとも、平坦な地面で周囲の邪魔の入らない、且つ敵と1対1の状況じゃないと、貴様は力を出し切れないのか?……だとしたら、戦場の猛者に『将』という称号を明け渡すといい。」


ゼルドを嘲笑うかのように笑うグスタフ。


「……テメェが初めてだ。俺をこんなに愚弄した奴は……。」


悪魔。
そう形容した方が合っているであろう、ゼルドの形相。
大剣を携えた手は怒りでぶるぶると震え、右腕の筋肉は常人では考えられないほど隆起していた。


「……本気で殺しに来るか。それでいい。この戦争は、貴様が本気で俺を殺しに来ないと『動かない』んだからな……。」


背筋に冷や汗を感じる。
それでもグスタフは、不敵に笑って見せた。

一瞬でも気を抜けば、間違いなく命を落とすこの状況。
それでも、グスタフは退くわけにはいかなかった。



「背後には我が母国があるのだ。恐怖など感じぬよ。私は負けるわけにはいかないのだから。」

「……まったく、圧倒的に劣勢の戦いだったはず……。それをここまで善戦するなんて、驚きです。」


そして、ついに。


ヨハネとシエラは、敵陣の奥深く、軍を率いるセラの下へと辿り着くのであった。


「あいにく、其方に将がふたりいるように、此方には『英雄』とかつて呼ばれた将がふたりいるでな。」


セラの眼前で、全く消耗しないままセラの下にたどり着いたヨハネ。


「シエラ、此処までの援護、ご苦労じゃった。」

「……いいえ。このくらい何ともありませんわ。」



そして、その傍らには何度も魔法を使おうとしたヨハネを制止しながら援護に徹したシエラ。


「……貴女は、ヨハネ様が私と対等に戦えるように、ひとりでヨハネ様を援護しながらここまで来た、という事ですか……」



セラが冷たい視線をシエラに送る。

「……えぇ。私にはこの聖剣シンクレアがありますから。貴女の軍の兵士たちとは相性が良かったもので、そう苦労はしませんでしたわ。」


アガレス軍の後方は、万が一セラのいる後方までローランド軍が進軍してきた場合、消耗した敵を討つためにと、アンデット兵を大量に配置していた。

消耗しても、何度でも呼び出せばいい。
戦場に死体がある限り、アンデット兵は際限なく生み出せるのだ。


しかし、シエラの持つシンクレアは、聖なる光を宿した剣。
アンデット、つまり不死人との相性は抜群に良く、普通の剣では何度斬りつけても倒せないアンデット兵を、僅かひと振りで浄化することが出来た。

それが、ふたりがセラの下に素早くたどり着くことが出来た理由でもあった。


「属性と相性、か……。来るべくして来たわけですね。」


セラが、素直に敵の力を認める。
そして、群がってくるアンデット兵をその手で制し、


「……もはや、貴方達が何人いようと、このふたりには勝てないでしょう。ここで無駄に消耗するくらいなら、そのまま前線へ侵攻しなさい。」


そのまま前線へとアンデット兵を送る。

その結果、アンデット以外の少数の魔族とセラが、ヨハネとシエラのふたりを迎え撃つ形となった。


「……良いのか?相性が悪くとも、体力と魔力を削る役目にはなろうものを……。」


ヨハネが笑みを浮かべて言う。


「……侮らないでください。私だって、アガレス軍四将を冠する者。ヨハネ様……貴女様がいかに高名な大魔導士と言えど、私も厳しい修行に打ち克って来た身。簡単に負けはしません。」


笑みを浮かべながらも鋭い視線を向けるヨハネに、セラは凛とした佇まいで応えた。


「……私たちには時間が無いのです。夜明けまでに勝負を決しないと、事実上我が軍の敗北。アガレス様の顔に泥を塗るわけにはいきません。」


そして、1歩踏み出し、ヨハネと対峙するセラ。

セラにとっては、里の大魔導士という『生きた伝説』との戦いでも、退くことの出来ない戦いだったのだ。

「オラァァァ!!」


ゼルドの大剣が風を切る音と共に、グスタフの胴を両断しようと襲い来る。


「……ちっ!!」


グスタフはそれを紙一重でかわすと、今度はクリムゾンの爆炎をゼルドに見舞う。
しかし、ゼルドはそれをよけようとせず、敢えて身体で受ける。


「……効かねぇなぁ。その斧はサウナ発生装置か何かか?」

「……全く、痛覚が鈍っているのか、それともマヒしているのか……それとも、頭がちと鈍いだけなのかな?」

「……ぬかせ!!!」



地を削り、木々をなぎ倒し、衝撃波を周囲に放つグスタフとゼルドの戦い。
それは、周囲の両軍を一歩もその戦闘領域に近づくことを許さなかった。


「……なかなかやるじゃねぇか……俺とここまで打ち合える敵は、久しぶりだぜ……。」

「お前も、口と威勢だけではないようだ。流石は将と言うべきか。戦い甲斐のある相手で嬉しいよ。」


グスタフも、圧倒的な身体能力を誇るゼルド相手に一歩っも引くことなく、対等に渡り合っていた。

(そろそろ……敵将にたどり着いたか?)


グスタフが自分のいる前線からもう少し前方を見遣る。


(……よし、たどり着いたようだな。後は、いかにして時間を稼ぐか、だ。)


敵将の魔導士の下に、ヨハネとシエラが到着したのを確認したグスタフ。
今度は、『時間稼ぎの戦い』が始まる。


時間稼ぎは、敵との勝負を決する事より難易度が上がる。
もしも敵より強い場合、直ぐに勝利してしまっても時間を稼げないし、敵より弱い場合、いかにすぐ殺されないか、耐え凌ぐ、逃走を繰り返すなどしなければならない。

時間稼ぎ、それは文字通り、『時間を使って戦う』ことに相違ないのだ。


(時間稼ぎには最悪の相性ではあるがな……。)


その『時間稼ぎ』において、ゼルドという将は最も相性の悪い相手であった。

魔法を使う者ならば、魔法防御の高い防具で凌ぎながら戦える。
手数の多い敵であれば、防御力の高い防具をそろえれば、それだけである程度の時間稼ぎになる。

しかし、ゼルドは『一撃必殺』にもなり得る腕力の持ち主。
いかに防御力の高い防具を装備していようとも、その上から叩き潰されてしまっては元も子もない。


つまり、『当たらずに躱す』守備をしつつ、時間稼ぎだと悟られない攻撃をし続けなければならない。

それも、アガレス四将相手にだ。



「まぁ……失敗すればどのみち国が亡びるのだ。……腹を括って臨むとしようではないか!!」



泣き言など言ってはいられなかった。
それも、我が祖国のため。

「……ヨハネ様、私は周囲の兵を倒していきます。ヨハネ様はセラさんとの一騎打ちを……。」


セラの下にたどり着いたシエラとヨハネ。
ふたり同時にセラと戦おうと当初考えていたシエラであったが、ふと、ヨハネの言葉を思い出した。


『同じ里の天才』


ヨハネがずっと隠し、守ってきた魔導士の里。
その場所の希望ともいえる、天才魔導士。

ヨハネにとっては、愛すべき子ともいえる存在。

そんな相手を、たとえ敵軍の将軍だとしても、ヨハネの前でしかもふたり掛かりで討っても良いものか、そう考えてしまったのだ。


考えた結果、『邪魔はしない』という選択肢を選んだシエラ。
そして、それは同時に『邪魔させない』という戦術にもつながった。

セラが進撃の命令を下したとはいえ、まだまだ敵陣には多くの兵がいる。
指揮官の危機となれば、命令など無視して助けに来る者もいるだろう。

シエラの役目は、そういった敵兵の露払い。


「……シエラ、済まぬの。気遣い痛み入る。」


当のヨハネも、普段なら私情を捨てて勝利のための策を取るのだが、この時ばかりは私情を尊重し、一騎打ちという選択を選んでくれたシエラの気持ちに感謝した。


「出来るだけすぐに終わらせる。遅くても、夜明けまでには……。」

「……構いませんわ。久しぶりの再会なのでしょう?思う存分お話ししてください。そのくらいの時間なら、充分稼げますし、稼ぎます。この聖剣シンクレアの名にかけて。」


少しだけヨハネを前に進ませ、背中合わせになるようにシエラが敵兵の前に立つ。


「……久しぶりじゃ。妾が他人に背を預けて安心だと感じたのは。」

「他人ではないでしょう?私たちは、もう仲間ですわ。」



それ以上、ふたりは言葉を交わさなかった。
迫り来る敵軍に向かいシエラは地を蹴り、一方ヨハネはセラに向かい、一歩進んだ。



「……侮られたものですね。ふたり掛かりなら、接近戦に弱い魔導士などすぐに倒せたでしょうに……。」

「……かも知れぬな。『戦争』であることを考えれば、この作戦は愚の骨頂じゃ。じゃがの……。」


ヨハネがセラの下に、もう一歩進む。


「じゃがの、どうやらシエラは『家族の会話』を重んじてくれた様じゃ。さぁ……同じ里の家族として、思う存分語り合おうではないか!」

「話し合い……もちろん、『話し方』は自由……で良いですね?」


セラが、両手に魔力を込める。



「もちろんじゃ。どんな話し方でも構わぬ。妾は、お主と『話し』をしたかったのじゃ!!」


対してヨハネは、右手に魔力を集中させる。


魔導士の里の伝説と天才。
ふたりの戦いが、始まろうとしていた……。

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