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第8章:悲しみの地、エリシャ
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そして翌朝。
ゼロは夜通し中央の火を絶やさずに番をした。
途中、ゼロを休ませようという男たちの厚意もあったのだが、ゼロは気持ちだけ受け取ることにした。
ゼロのここでの使命は、民を無事に避難させ、再び帰還させること。
そのためには、民たちが十分な体力を保持することも大切な事だった。
「……明るくなってきたな。」
エリシャの国境付近。
ゼロは、昔からエリシャの夜明けが好きだった。
他国よりも開発は進んでいないが、その分未開拓の自然の美しさが良く映える。
そんな自然を夜明けが照らす、その瞬間がゼロは好きだった。
「懐かしいな……。」
昔、良くこの風景を姉・アインと見たものだ。
その度に、アインはゼロを騎士団に誘い、それをうまくゼロがはぐらかしてきた。
「あの時……俺が騎士団に入っていたら、姉貴を守れたのかな……。」
自由気ままに生きたくて、騎士団とか国のためにとか、そういう戦いからのらりくらりと逃げてきた。
姉ばかりが重責を背負い、そして戦場で散った。
ゼロは、自分の生き方を、後悔していたのだ。
「……眠れなかったのですか?」
娘が一人、目を覚ましゼロの下に歩み寄る。
「……寝なかっただけさ。俺はみんなを安全にエリシャに避難させるって言う重大な役目があるからな。」
笑顔で答えるゼロに、娘は心配そうな表情で。
「これから行くエリシャは……ゼロ様の故郷で、その……滅ぼされてしまったんですよね?」
「……あぁ。」
「あ……ごめんなさい。」
そう。これから避難するエリシャ自治区。
そこに援軍がいるから避難するわけではない。
安全だから、避難するわけでもない。
既に滅ぼされ、もう敵軍が進軍する価値が無くなった国だから。
「……気にするな。事実さ。俺はエリシャを守れなかった。姉貴を逃がしてやれなかった。この国は、もう死んだ国。」
俯いて、瞳に涙をためる女性に、ゼロは困った表情を見せる。
「そんな顔するなよ。俺の方が困っちまう。大丈夫、もう気持ちの整理は済んでるんだ。亡びた国でも、俺はエリシャのことを誇りに思っている。それは変わらない。……エリシャの王城は、守備に本当に適した場所なんだぜ。だから、俺はここを避難先に選んだ。」
鉄壁の騎士団と、その騎士団をもって鉄壁となる城塞。
騎士団に所属していなかったゼロが、どれだけ王城の仕組みを理解しているのかは不安だが、故郷の王城、何度も訪れたことがある。
「大丈夫。絶対に皆を守るし、俺も死なない。」
それから、ゼロは民たち全員が起きるのを急かさずに待ち、移動を始めた。
そして、1時間も経たないうちに、一行はエリシャ城下町へと辿り着いた。
「……荒れてるなぁ……。ま、あの日から誰も此処に足を踏み入れてないんだろう。仕方ないか。」
花と水が美しかった城下町。
花は枯れ、水は乾き、色とりどりだった城下町は今や褐色の街と化していた。
「城下町……それなりに観光名所でさ、良く国外からの観光客が来てた。街並み自体が観光名所とか、住んでる人間からしたらおかしな話だったけどな。」
笑いながら言うゼロに、民たちは複雑な表情を見せる。
「さて、俺ひとり感傷に浸ってても仕方ないな。行こう。」
そんな民たちの雰囲気を悟ってか、ゼロは移動を始める。
石畳の道をずっと真っ直ぐ進んでいく一行。
所どころに、黒く変色した血痕や、殺されたエリシャの民が持っていたものなどが目についた。
民たちは敢えてそれから目を背けるように歩いたが、ゼロはそのエリシャの民の遺したものをひとつひとつ、目に焼き付けるように見て歩く。
(……ごめんな。)
守ることのできなかった民たち。
もう少し早くたどり着いていれば、殺されなかったかもしれない人。
回復魔法が使えていたら、助けられたかもしれない、いのち。
ゼロは城への道を歩きながら、その力の無さを悔い、そして詫びた。
城下町の一番奥。
大きな門で隔てられた一角に、エリシャの宮殿があった。
姉・アインが毎日詰めていた、ゼロにとっては少しだけ居場所の悪かった場所。
「よし……封鎖もされてないし、焼けてはいるが使えるな……。みんな、ここを少しの間の根城にしよう。たしか2階に騎士団の宿舎があったはず……。」
民たちを引き連れ、城の中を歩く。
「凄い……ローランドの城よりも大きいですね……。」
「本当。それに、柱の彫刻とか宮殿の造りがとても綺麗……。」
ローランドの民が、口々にエリシャ宮殿の中を見て感嘆する。
「まぁ……軍事国家でもなかったし、自治州だったしな。所どころに職人たちの遊び心があるのさ。」
ゼロはそんなことを言いながらも、ローランドの民たちが彫刻や造りについての感想を口にしなければ、自分も気にしなかったなと、笑いながら頭を掻く。
「さて、たぶんみんなにベッドはいきわたると思う。持って来た食料は、一番奥に厨房があるからそこに置こう。もしかしたら保存食が残ってるかもしれないから、あとで地下倉庫も見ておこう。」
ゼロは民たちにそう言うと、リラックスして時間を過ごすよう促し……。
「ちょっと、外を見てくる。危険があればすぐ戻る。」
そう言い、城の外に出た。
ゼロは夜通し中央の火を絶やさずに番をした。
途中、ゼロを休ませようという男たちの厚意もあったのだが、ゼロは気持ちだけ受け取ることにした。
ゼロのここでの使命は、民を無事に避難させ、再び帰還させること。
そのためには、民たちが十分な体力を保持することも大切な事だった。
「……明るくなってきたな。」
エリシャの国境付近。
ゼロは、昔からエリシャの夜明けが好きだった。
他国よりも開発は進んでいないが、その分未開拓の自然の美しさが良く映える。
そんな自然を夜明けが照らす、その瞬間がゼロは好きだった。
「懐かしいな……。」
昔、良くこの風景を姉・アインと見たものだ。
その度に、アインはゼロを騎士団に誘い、それをうまくゼロがはぐらかしてきた。
「あの時……俺が騎士団に入っていたら、姉貴を守れたのかな……。」
自由気ままに生きたくて、騎士団とか国のためにとか、そういう戦いからのらりくらりと逃げてきた。
姉ばかりが重責を背負い、そして戦場で散った。
ゼロは、自分の生き方を、後悔していたのだ。
「……眠れなかったのですか?」
娘が一人、目を覚ましゼロの下に歩み寄る。
「……寝なかっただけさ。俺はみんなを安全にエリシャに避難させるって言う重大な役目があるからな。」
笑顔で答えるゼロに、娘は心配そうな表情で。
「これから行くエリシャは……ゼロ様の故郷で、その……滅ぼされてしまったんですよね?」
「……あぁ。」
「あ……ごめんなさい。」
そう。これから避難するエリシャ自治区。
そこに援軍がいるから避難するわけではない。
安全だから、避難するわけでもない。
既に滅ぼされ、もう敵軍が進軍する価値が無くなった国だから。
「……気にするな。事実さ。俺はエリシャを守れなかった。姉貴を逃がしてやれなかった。この国は、もう死んだ国。」
俯いて、瞳に涙をためる女性に、ゼロは困った表情を見せる。
「そんな顔するなよ。俺の方が困っちまう。大丈夫、もう気持ちの整理は済んでるんだ。亡びた国でも、俺はエリシャのことを誇りに思っている。それは変わらない。……エリシャの王城は、守備に本当に適した場所なんだぜ。だから、俺はここを避難先に選んだ。」
鉄壁の騎士団と、その騎士団をもって鉄壁となる城塞。
騎士団に所属していなかったゼロが、どれだけ王城の仕組みを理解しているのかは不安だが、故郷の王城、何度も訪れたことがある。
「大丈夫。絶対に皆を守るし、俺も死なない。」
それから、ゼロは民たち全員が起きるのを急かさずに待ち、移動を始めた。
そして、1時間も経たないうちに、一行はエリシャ城下町へと辿り着いた。
「……荒れてるなぁ……。ま、あの日から誰も此処に足を踏み入れてないんだろう。仕方ないか。」
花と水が美しかった城下町。
花は枯れ、水は乾き、色とりどりだった城下町は今や褐色の街と化していた。
「城下町……それなりに観光名所でさ、良く国外からの観光客が来てた。街並み自体が観光名所とか、住んでる人間からしたらおかしな話だったけどな。」
笑いながら言うゼロに、民たちは複雑な表情を見せる。
「さて、俺ひとり感傷に浸ってても仕方ないな。行こう。」
そんな民たちの雰囲気を悟ってか、ゼロは移動を始める。
石畳の道をずっと真っ直ぐ進んでいく一行。
所どころに、黒く変色した血痕や、殺されたエリシャの民が持っていたものなどが目についた。
民たちは敢えてそれから目を背けるように歩いたが、ゼロはそのエリシャの民の遺したものをひとつひとつ、目に焼き付けるように見て歩く。
(……ごめんな。)
守ることのできなかった民たち。
もう少し早くたどり着いていれば、殺されなかったかもしれない人。
回復魔法が使えていたら、助けられたかもしれない、いのち。
ゼロは城への道を歩きながら、その力の無さを悔い、そして詫びた。
城下町の一番奥。
大きな門で隔てられた一角に、エリシャの宮殿があった。
姉・アインが毎日詰めていた、ゼロにとっては少しだけ居場所の悪かった場所。
「よし……封鎖もされてないし、焼けてはいるが使えるな……。みんな、ここを少しの間の根城にしよう。たしか2階に騎士団の宿舎があったはず……。」
民たちを引き連れ、城の中を歩く。
「凄い……ローランドの城よりも大きいですね……。」
「本当。それに、柱の彫刻とか宮殿の造りがとても綺麗……。」
ローランドの民が、口々にエリシャ宮殿の中を見て感嘆する。
「まぁ……軍事国家でもなかったし、自治州だったしな。所どころに職人たちの遊び心があるのさ。」
ゼロはそんなことを言いながらも、ローランドの民たちが彫刻や造りについての感想を口にしなければ、自分も気にしなかったなと、笑いながら頭を掻く。
「さて、たぶんみんなにベッドはいきわたると思う。持って来た食料は、一番奥に厨房があるからそこに置こう。もしかしたら保存食が残ってるかもしれないから、あとで地下倉庫も見ておこう。」
ゼロは民たちにそう言うと、リラックスして時間を過ごすよう促し……。
「ちょっと、外を見てくる。危険があればすぐ戻る。」
そう言い、城の外に出た。
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