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15 和気さんの花金
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姉様が言っていた「再来週の頭」は、果てしなく遠かった。スマホを触る度に、和気さんの番号を表示させてしまう。もちろんこんな時にかけるわけにはいかないから、うっかり分別を失って通話ボタンを押してしまう前に慌てて画面を閉じるのだが。
そして「再来週」の火曜日になった時、ようやく和気さんが出社してきた。さすがに少し疲れた様子はあるが、幾分力の抜けたニコニコがちゃんとそこにあって私は安心した。
ランチタイムに上のカフェテリアでサンドイッチを食べていると、和気さんが藤野さんと連れ立ってやってきた。私を見つけてひょいと手を上げた和気さんと、それにつられてこちらに目を向けた藤野さんに、私は黙って会釈する。
二人は私からは少し離れたテーブルで向き合い、担々麺らしきものをすすりながら何かしゃべっている。もちろん不在中の業務の動きについても積もる話があるだろうが、何となく仕事の話ばかりではないように見えた。もしかしたら、俺のオヤジの時もなあ、みたいな共感トークが繰り広げられているのかもしれない。
そっか、今はおっさん同士でいたい時かもな……。
一刻も早く二人で会って、和気さんの精神状態が大丈夫であることを確認したかったが、連絡するのはしばらく待ってからの方がいいかもしれない。
しかしその日の晩、和気さんの方からこんな携帯メールが届いた。
<<ご心配おかけしました。お陰様でもろもろ無事に済み、ようやく落ち着いてきました。それはそうと、お昼あんなんで足りるの? 夜はいっぱい食べるのにね(笑)>>
和気さん!!!
思わずスマホを抱き締めそうになる。電話したくなる気持ちを抑え、返信を打つ。
<<おちょぼ口なのでお昼の一時間ではあれが限界です。夜いっぱい食べる時も、ちょっとずつだから時間かかります。効率悪っ!!!>>
「また和気さんといっぱい食べたいです」と最後に入れかけたが、それは消去してから送った。今は、和気さんが家で一人で一瞬ニコッとしてくれればそれでいい。
その週の金曜日、私は帰りのエレベーターで珍しく和気さんと鉢合わせした。
「おぉ、今帰り?」
「はい……」
他にも同じ会社の別部署と思われる数人が乗り合わせているため、うかつな口は利けない。慎重に「上司との会話」を演出する。
「ちょっとお早めですか、今日?」
「今日ねえ、近所のスーパーで豚バラが特売なんだって。まだあるかなぁ」
「ふふ、抜け目ないチェックですね」
「アプリでね、通知が来るのよ」
「すごーい。使いこなしてるじゃないですか」
「うちにさ、うっかりもらっちゃったキムチがいっぱいあって」
「ああ、それを豚キムチの刑に」
「そう。そんで一杯やろうかなと思って」
「野球見ながら」
「そうね」
一階に着くまでの間に、私はすっかり頬が緩みきってしまっていた。和気さん、和気さん。いいね。おいしそうで楽しそうな花金の晩酌だね。私もお呼ばれにあずかりたいな……。
もちろん、たとえ和気さんが一時的に一人暮らしだからといって自宅に上げてくれるようなことはないとわかっているし、そんなことを要求するつもりもない。それなのに……。私の意思とはまた別のところで、ハッピーな妄想が暴走してしまうことが、このところ時々あった。
その日の実家の夕飯は天ぷらで、テレビは母の好きなバラエティだったが、私の頭は和気さんの豚キムチとプロ野球のことで一杯だった。和気さんのことを考え続けていないと、一ヶ月ほど前にビルの陰であんな独創的なキスをしたことが果たして現実だったのかどうかすらも、確信が持てなくなりそうだった。
そして「再来週」の火曜日になった時、ようやく和気さんが出社してきた。さすがに少し疲れた様子はあるが、幾分力の抜けたニコニコがちゃんとそこにあって私は安心した。
ランチタイムに上のカフェテリアでサンドイッチを食べていると、和気さんが藤野さんと連れ立ってやってきた。私を見つけてひょいと手を上げた和気さんと、それにつられてこちらに目を向けた藤野さんに、私は黙って会釈する。
二人は私からは少し離れたテーブルで向き合い、担々麺らしきものをすすりながら何かしゃべっている。もちろん不在中の業務の動きについても積もる話があるだろうが、何となく仕事の話ばかりではないように見えた。もしかしたら、俺のオヤジの時もなあ、みたいな共感トークが繰り広げられているのかもしれない。
そっか、今はおっさん同士でいたい時かもな……。
一刻も早く二人で会って、和気さんの精神状態が大丈夫であることを確認したかったが、連絡するのはしばらく待ってからの方がいいかもしれない。
しかしその日の晩、和気さんの方からこんな携帯メールが届いた。
<<ご心配おかけしました。お陰様でもろもろ無事に済み、ようやく落ち着いてきました。それはそうと、お昼あんなんで足りるの? 夜はいっぱい食べるのにね(笑)>>
和気さん!!!
思わずスマホを抱き締めそうになる。電話したくなる気持ちを抑え、返信を打つ。
<<おちょぼ口なのでお昼の一時間ではあれが限界です。夜いっぱい食べる時も、ちょっとずつだから時間かかります。効率悪っ!!!>>
「また和気さんといっぱい食べたいです」と最後に入れかけたが、それは消去してから送った。今は、和気さんが家で一人で一瞬ニコッとしてくれればそれでいい。
その週の金曜日、私は帰りのエレベーターで珍しく和気さんと鉢合わせした。
「おぉ、今帰り?」
「はい……」
他にも同じ会社の別部署と思われる数人が乗り合わせているため、うかつな口は利けない。慎重に「上司との会話」を演出する。
「ちょっとお早めですか、今日?」
「今日ねえ、近所のスーパーで豚バラが特売なんだって。まだあるかなぁ」
「ふふ、抜け目ないチェックですね」
「アプリでね、通知が来るのよ」
「すごーい。使いこなしてるじゃないですか」
「うちにさ、うっかりもらっちゃったキムチがいっぱいあって」
「ああ、それを豚キムチの刑に」
「そう。そんで一杯やろうかなと思って」
「野球見ながら」
「そうね」
一階に着くまでの間に、私はすっかり頬が緩みきってしまっていた。和気さん、和気さん。いいね。おいしそうで楽しそうな花金の晩酌だね。私もお呼ばれにあずかりたいな……。
もちろん、たとえ和気さんが一時的に一人暮らしだからといって自宅に上げてくれるようなことはないとわかっているし、そんなことを要求するつもりもない。それなのに……。私の意思とはまた別のところで、ハッピーな妄想が暴走してしまうことが、このところ時々あった。
その日の実家の夕飯は天ぷらで、テレビは母の好きなバラエティだったが、私の頭は和気さんの豚キムチとプロ野球のことで一杯だった。和気さんのことを考え続けていないと、一ヶ月ほど前にビルの陰であんな独創的なキスをしたことが果たして現実だったのかどうかすらも、確信が持てなくなりそうだった。
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