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2(副会長千葉さん視点)
しおりを挟む「──精一杯頑張りましゅ」
松田くんは立候補者演説の最後をそう締めくくった。
さざ波のような笑いが徐々に大きくなり体育館全体を包みこむ頃、もうそれどころではない人物が舞台上に二人いた。
一人は、先程の演説を見事な噛みっぷりで終え、真っ赤な顔を両手で覆い俯く会計候補の松田くん。
もう一人は、なぜか赤くなった顔を両手で覆いやはり俯く会長候補の神野くん。
松田くんはまぁわかる。きっと穴があったら今すぐ入りたいという気持ちでただ時間が過ぎるのを待っているのだろう。
神野くんはなぜそのような様子になってしまったのかがわからない。もしかしたら先程の松田くんに自分を重ね失敗するかもしれないと恐れ戦いているのだろうか…………そんな性格ではなかったはずだが。
その後も順に応援演説、立候補者演説と続いている間まだ松田くんは復活しなかった。神野くんはいつの間にか復活しており、自身の演説も卒なくこなすとその最後になぜか「頑張りましゅ」と言った。
彼は噛んでない──誰しもがそう思った。なぜなら言う前も言ったあとも表情が一切変わらなかったからだ。よって全校生徒それについてはスルーし、今でもそれはなかったことになっている。
もしかしたら松田くんのためにわざと言ったのかもしれない、しかしそれならば聞いて欲しかったであろう松田くんは残念ながらまだ復活していなかった。
不穏な後期生徒会執行部の幕開けである。
明らかに、神野くんは松田くんを意識していた。
私と書記の広瀬くんは早々にあれはフォーリンラブであるという認識を共有した。おそらく「頑張りましゅ」がクリーンヒットしたのであろうという意見も一致した。
しかし文武両道の生徒会長はこと恋愛に関しては超絶ヘタレであるらしかった。
ヘタレ会長の空回りっぷりは見ていていっそ清々しいものがあった。彼は松田くんとの接点を自らの手でひとつずつ潰していた。
神野くんはとにかく、松田くんの仕事を先回りしてやってしまう。
神野くんがやってしまうので松田くんはいつも所在なさげに生徒会室にいる。しかし、来ないという選択肢はないらしく健気に来る。一時期早めに来て仕事をやろうとしていたようだがそうなると神野くんはその優秀さからか自分の仕事を早く終え前日のうちに松田くんの仕事をやってしまう。ある種の嫌がらせだろう、しかし神野くんにその意識はないようだ。
一緒にやればいいのに、教えてあげればいいのにと思う。しかし神野くんの中ではその選択肢はどこかにいってしまったようで今日も彼は松田くんの仕事をまずはじめにこなす。
言ってあげればいいのかもしれない、松田くんやることなくて可哀相だよ一緒にやったら──と。しかし私と広瀬くんは二人を生暖かく見守る会を結成してしまったためその空回りっぷりを生暖かく見守るのみである。
ある日、やることがなさすぎたのであろう松田くんはうたた寝をはじめた。
起こそうとした私の背後から「……すぎる」と言う声が聞こえる。振り向くと神野くんがわずかに赤くした顔を片手で覆いもう直視できないといった感じで床を見つめていた。
「……神野くん今なんて言った?」
「可愛いすぎる」
「……かわいい?」
「可愛いだろ」
お前何言ってんだと言った表情で神野くんが私を見る──お前が何言ってんだ。
「どんなところが?」と広瀬くんが楽しげに聞いた。神野くんは「言っていいのか」と言ったあと私達の返事を待たずに松田くんの可愛いところを語り出した。
──彼は語った。
松田くんの一挙手一投足がどれほど可愛いのかを具体例も上げつつ話し続けた。広瀬くんが何回か「ちょ……」と話しを中断させようと試みたが私達が口を挟む余地はなかった。
「あと……」と神野くんがさらに語ろうとひと呼吸おいたところで──「あれ……ごめん、寝ちゃった」と少しぼんやりしつつもハニカミながら寝起きの松田くんが言った。
これは可愛いポイント高いかもしれない。神野くんを見る──やはり直視できないらしく神野くんは窓の外を見ていた。
──これは、ベタぼれじゃないですか。
神野くんの語りからいくつかの謎が判明した。
まず、神野くんは松田くんが可愛いすぎるあまり一緒に仕事をすることが困難なようだ。曰く、「どうやったらひらがなになるのって……可愛いすぎる」だそうで、もうそんな初期段階で可愛いすぎていてはその後の作業など無理であろうことは想像に難くない。
そもそも、一緒の部屋にいるだけで何かしていないと落ち着かないらしく、とりあえず松田くんの仕事をやってしまおう──という結論に至ったようだ。
「このままではまずいね」
広瀬くんが思案顔で言った。
「これから学祭準備も本格的に始まるのにこんなにギクシャクしてるんじゃあ生徒会の活動に支障が出る」
「……ギクシャクはしてないと思うけどなぁ、ただひとりテンパってるだけで……」
「それだよ──」と言って広瀬くんが私を指差す。そっとそれをどけて「どれ?」と聞いた。
「松田くんは自分は神野くんに嫌われているんじゃないかと思っている」
「…………え…………なんで、ベタぼれなのに……」
「本人がそう言っていた」
「松田くんが?」
「ここに来てもやることないし、神野くんは自分と目も合わそうとしないし、話しかけてもそっけないし、何かやろうかって言ってもやらなくていいって言われるし、俺って嫌われてるのかな──って、ちょっと可哀相だった」
「確かにそれは……ちょっと可哀相かも……」
「だから神野くんには慣れてもらう必要がある」
翌日から、松田くんの席は神野くんの隣になった。そして松田くんは神野くんに積極的に話しかける。
どうやって? と小声で広瀬くんに聞いた。
「神野くんはものすごく人見知りだから、俺たちのためにもまず松田くんが積極的に話しかけて神野くんの心の壁を壊してって、松田くんにしかできないことだって言ったら──やる気出してた」
なんとも単純な……。
「まぁ可愛いってのわからなくもないよね」
広瀬くんが言った。なんだ、君もあちら側の人間か。
「違うよ、そんな目で見ないでほしいな。ほら、カメレオン可愛いなぁってのと一緒」
なぜカメレオン、たとえがマニアック過ぎて一緒と言われても程度がわからない。とりあえずそうなんだーと頷いた。
そして、この作戦は功を奏した。
最初はかなりぎこちなかった神野くんだが順応性は高いらしく数日もするとかなり松田くんを直視出来るようになり普通の会話もできるようになっていた。ちなみに耳を澄ますと二人はこんな会話をしている。
「なぁ神野」
「……なんだ」
「今日も俺やることないのかな」
「……すまん、ついついやってしまった」
「お前ついついやりすぎだよな、別にいいけど……お茶飲む?」
「……頼む」
そんな感じで松田くんのお茶を入れるスキルも上がった。
学祭準備も本格的に始まり松田くんはちょこまかと動いて我々のサポートをしてくれた。しかし基本的な仕事はやはり神野くんがやってしまっていた。
松田くんは相変わらず神野くんに積極的に話しかけているため神野くんも今ではポーカーフェイスで松田くんと話すことができる。
…………もう少し感情を表情にのせたほうがいいのでは? と思わなくもないが私は生暖かく二人を見守る。
そんな一見平和で問題なく進んでいた学祭準備だが、神野くんは度々暴走した。
「あれ、可愛すぎないか」
実行委員が作っている着ぐるみを見た神野くんの口からそんな言葉が飛び出す。
「あー確かにすごく良くできてるよねぇつぶらな瞳が可愛い……でもすぎるってのは……」
「だって、中に松田が入るんだぞ!」
真面目な顔で神野くんは言った。この人本気だ。可愛い松田くんが中に入ると可愛いの大渋滞ってことか。
「……私が入ったら?」
「ん? ……ちょうどいいんじゃないか?」
なぜ、中の人間のステータスが外側にまで現れると思うのだろう。そしてなぜ、中身と外側のバランスを取ろうとするのだろう。だがこの人、本気で中の人間を当てそうな雰囲気はある。もしかしてオーラでも見えているのだろうか。
「ちょっと言ってこようかな」と言う神野くんを私は止めなかった。生徒会の恥を外部に晒すことになるが仕方ない。
決して先程ちょうどいいと言われたからではない。
しばらくして神野くんは不機嫌な顔をして戻ってきた。意味がわからないと言われたと憤っている。
まぁわからないよね。中に入る人間が可愛すぎるから外側をちょっとブサイクにしてくれとか意味不明だよね。しかも中に入るのは松田くんで決して可愛すぎるわけではない普通の男子だもんね。
実は水波ちゃんから『会長疲れてる?』という連絡がもう届いている。すいません、通常運転です──という返信をするのは少し戸惑われる。結果『ちょっと疲れてるみたい』と返信した。
しかし、神野くんはむしろ元気だ。
だってここ数日は一日中松田くんと一緒なのだから。
順能力が高すぎる神野くんは松田くんに対し少しそっけなくはあるが完全に普通の態度で接している。しかしもし、私に神野くんの尻尾でも見えればそれは大きくぶんぶんと揺れていることだろう。だからいっそ、それを表情に出しさえすれば部屋の片隅であんな怪しげな動きをする必要もないだろうに……。
「……広瀬くん、あれは何?」
「なんか…………松田くんの可愛いのがカンストするとああなるらしいよ」
「神野くんは内に貯め込むタイプなのかな」
「……まぁ今は波状攻撃されてるようなもんだから多少の不具合は起こるんじゃない」
波状攻撃……今も「買ってきたぞー」とニコニコ顔の松田くんが私達にジュースを手渡す。なぜただのパシ……お使いをそんな嬉しそうにこなすのか。私でもうっかりお釣りはいらないよと言いそうになるではないか。
そして松田くんはとても楽しそうな顔で神野くんのもとに向かった。
「じんのー、神野はいちごミルクな」
「そんなもの頼んだ覚えはないが」
「なんでもいいって言ったからさぁ。それ俺、すっごい気になってて──」
──お、もしかして一口くれってやつだろうか。
「飲み終わったら感想教えて」
──違ったか。
「…………わかった」
──あれ?
「広瀬くん……なんかあの二人さぁ」
「松田くんなかなかひどいね。しかも感想は飲み終わってからとか全部飲まないとだめなやつだ──ん? 何か言った?」
「あ、いやなんでもない」
神野くんが穏やかに笑ったような気がしたのは気のせいだろうか。
自分のジュースを片手に松田くんは神野くんの横に座り楽しそうに神野くんを見つめる。
神野くんはジュースを一口飲んで「……甘すぎる」と言った。
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神野くんも松田くんも可愛い♡
周りの見守り方もおもろい♡
その後も気になるので続きがあれば是非お願いします。
ありがとうございます
続きも書けたら投稿したいと思います☺️
2
2人とも可愛いが過ぎます!!🥰
神野くんがんばれっ!!
ありがとうございます😊
めっちゃ神野くん好みです。
というか、千葉さんや広瀬くんもステキ!
松田くんも…生徒会サイコーです。
もっと読みたい!
ありがとうございます😊