乙女ゲームに転生したモブの僕は最悪ルート(ハピエン)に爆進した悪役令嬢の義理の兄になったので、可愛い義妹を溺愛したい!

悠月 星花

文字の大きさ
1 / 31

第1話 靴を舐めるくらいで、許して差し上げますわ!

しおりを挟む
「おーっほっほっほっ! メアリー、あなた平民のくせに私と張り合おうだなんて、1千万年は早くてよ!」

 大きな物音と共にドレスを着た女性が階段上から踊り場転がり落ち崩れるように倒れた。メアリーと呼ばれた少女は、怯えたような潤んだ瞳で階段の上で腕を組んでいる男女を見上げる。その仕草や表情はとても儚げで思わず手を差し伸べたくなるほど可愛らしい。
 メアリーの周りを遠巻きに囲った貴族たちはみな口元を抑え、ヒソヒソと隣同士で話をしているが、誰も彼女を助けに行こうとはしなかった。その中の一人である僕自身も彼女に駆け寄ろうとは考えられず、どこか演技めいたメアリーのことを冷めたように見ていた。

 階段の上から降ってくる言葉は、ひとつひとつが冷たく棘のあるもの。とうとう、メアリーと呼ばれた彼女は「酷いですわ、アルメリア様」と弱々しく震え涙を流し始めた。

「メアリー!」
「いきなりなんですの? レオナルド様。耳元で叫ばないでくださいまし、煩いですわ!」

 階段の上、アルメリアと呼ばれる高嶺の花のような女性は、突然叫んだ隣に並び立っていた彼を眉間に皺をよせ迷惑そうに睨んだ。階上から二人のやり取りをアルメリアの隣で一部始終見ていたボンクラそうな彼が腕を組んでいた彼女をドンと押しやり、階下にいるメアリーの傍らに駆け寄った。
 レオナルドはメアリーをそっと抱きしめ「大丈夫か?」と心底心配しているような声音でケガの具合をきいている。
 僕から言わせれば、メアリーのケガなんてたいしたことはないだろう。どうせ、か弱く見せるための演技なのだろうから。あの手の女性は、ああいう頭の弱そうな王子様風の男に守ってくださいと雰囲気だけだしておけば、勝手に守られて生きていけるすこぶる人生イージーモードな人種だ。僕とは無縁の女性だからこそ、これっぽっちも興味がわかないし、正直、裏表がありそうで苦手なタイプでもある。好きなだけその甘ちゃん王子様をいいように使ってあげればいい。

 むしろ、この後の展開こそが、僕には気になった。
 階段の上から甘い雰囲気を駄々洩れにさせている二人を見下ろし気丈に振る舞っている彼女こそが、僕の目を惹いた。大勢の貴族の目の中でどのようにこの難局をすり抜け、あまつさえ甘ちゃん王子様の顔を見るも無残に顔を歪めさせるのか、きっと、彼女……アルメリアと呼ばれた女性は、僕のこの高鳴る期待に応えてくれるに違いない。じっくりその場を見てやろうと意地の悪い僕は楽しくなって仕方がなかった。

「アルメリア! メアリーに何てことをしてくれるのだ! そなた、何の権限でこのような恐ろしいことができる! これまでのメアリーへ虐めや恐喝など学園でのことも含め、今すぐ悔い改めよ!」

 階段の上、豪奢な赤い薔薇のドレスに輝くような金髪を揺らすアルメリアは、とても困ったような顔をしてレオナルドを見つめていた。……いや、見下《みくだ》していた。
 エスコートもなしに優雅にドレスを揺らし、二人のいる階段の中ほどの踊り場へゆっくりと降りていく。
 その気品に満ちた彼女にどれほどのものが悩ましいため息をついたことだろう。

「『』ですか? 私に悔い改めることなど、どこにもありませんが、何を悔い改めればよいのでしょう? レオナルド様は、私にそもそもなぜそうおっしゃるのですか? わかりかねますわ。残念なことにレオナルド様は私の婚約者。その婚約者に悪い虫がつかぬようにするのも、ティーリング公爵家の令嬢である私の役目ではありませんか?」

 アルメリアは、甘ちゃん王子レオナルドにニコッと笑いかけながら、スッと扇子を取り出し先端を頬にあてる。その表情は、「何をおっしゃるのかしら? 全然意味が分かりませんわ」と少々威圧的であったが、それくらいで慄く王子ではないと思いたい。実際は、腰が引けて尻餅をついたことが、こちらからでも見て取れ情けなくて笑えてくる。

「私が好き好んで貴族の夜会に迷い込んでしまった礼儀知らずのお可哀想な勘違い平民を私の手を使って階段から突き落としたわけでもありませんし、メアリー自身が勝手に階段から転んで落ちただけではありませんか? お二人とも何を騒ぎ立てたいのか知りませんが……。レオナルド様には目がついていらっしゃるのかしら? それとも……考える頭《おつむ》が溶けてしまわれたのかしら?」

「大げさね?」と詰め寄るようにレオナルドへズイッと近づき、口元をパッと開いた扇子で隠して睨んでいる。王子といえど、アルメリアのその堂々とした態度に逆らうことが難しいのか、子犬がきゃんきゃんと鳴いて喚く寸前のようで、見ていて情けない。

「……なっ、不敬であろう! 王太子である俺に、そのような……」
「ど、の、ようなです? ふふっ、レオナルド様。私、レオナルド様に対しても、メアリーに対しても、何もしておりませんわ」
「き、貴族……、公爵家の娘であるだけのアルメリアには、王太子の婚約者候補だというだけで、権限など何もないであろう!」
「……そうですか。実に残念ですね? 見た目だけではなくて中身やおつむまでとは」

 憂いを帯びた表情は美しくアルメリアに注目していた貴族たちからは悩まし気なため息が再度聞こえてくる。こちらから見えるのは瞳だけであるのに、表情をさらに曇らせていることが全てを雄弁に語っていた。

「レオナルド様は私ではなく、あの小汚い何もできない小娘を妃としてお選びに?」

 明らかに挑発をしているアルメリアは、憂い顔の裏側は少し楽しそうに見える。

「そ、そうだ! そ……そなた、アルメリア・ティーリングと……」
「と?」
「お、俺は、アルメリア・ティーリングとただちに婚約破棄をし、聖女メアリー・ブラックと婚約をする!」

 さっきまで、ヒソヒソと話し合っていた階下の人だかりは、王太子の言葉に静まり返った。まるで、その言葉を王太子が言ってくれるのを待っていたかのようにだ。みながその場に膝をつき、メアリーの隣でアルメリアに人差し指をさし婚約破棄を宣言した王太子レオナルドと侮蔑の視線で王太子を見下している公爵令嬢アルメリアを仰いだ。
 二人が婚約を宣言したかのような雰囲気には違和感しかないが、この貴族たちはどちらに向けて頭を垂れたのだろう? と観察する。

 ……残念ながら王太子ではないな。みるからに、アルメリアのほうが女王らしい風貌なのだから。

「ここに宣言する!」

「……ふーん」とレオナルドの堂々たる宣言を聞き流し、同時に興味なさげにアルメリアはレオナルドへ失笑した。広げていた扇子をパチンと閉じると、明らかにレオナルドはぶるっと大きく震える。露わになったアルメリアの表情はまさに悪役令嬢そのもの。ニィっと口角をあげ、高笑いがホールに響き渡る。その様子を見て顔をひきつらせたのは、他の誰でもなくレオナルドだ。俯いたメアリーの表情は見えないが、一瞬、歯を食いしばったように見えた。

「レオナルド様」
「……ひゃ、ひゃい!」
「なんですの? その情けない返事は。王太子なら、もっとしっかりしてくださいませ! 王太子の位が泣いていますわ。クスクス」
「……アル、メリア?」
「気安く私の名を呼ばないでくださいませ。私はもう、あなた様の婚約者ではありませんもの。それとも、何かしら? 私に泣いて、縋って、媚びて……婚約破棄を取り消してほしいなんて、泣きついてきますか? 今なら、」

 扇子を華奢な顎に当てて「うーん」と考えている。言葉を選んでいるのだろう。年相応の可愛らしい仕草にはみなが釘付けだ。

「そうですね……、私の靴を舐めるくらいで、許して差し上げますわ!」
「そ、そ、そんなことするわけが!」
「えぇ、えぇ、えぇ、そんなことできませんわよね? この国一高い山よりプライドは高い王太子殿下がたかだか公爵令嬢に頭を下げるぅ? 靴を舐めるくらいの安いプライドなんて私もいりませんし、ばかげていて全く笑えませんわ!」
「な……何を!」

 立ち上がろうとするレオナルドを扇子で肩を叩いて立たせない。レオナルドに向けられたその冷笑には強い意志が込められていた。

「ふふっ、メアリーとのご婚約パーティーのおりは、是非とも私もご招待ください。とびっきりのドレスを着て、おしゃれして、お祝いにはせ参じますわ!」

「ごきげんよう!」とドレスを翻し、颯爽と残りの階段を下りるアルメリア。その手を取ろうと多くの階下にいた貴族令息が争っている。レオナルドはそんな令息たちのことを蔑む様に睨み、泣いていたはずのメアリーはさっきまでとは違い、意地の悪い微笑みを浮かべていた。
 その様子を蚊帳の外である僕は、よくやるよなぁ……と壁際の花となり、ぼんやりと笑えない茶番劇を見ていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...