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彼女と僕
沈黙……その後に
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左肩にかかる心地よい重み。ソファに体育座りをして僕に寄りかかっている朱里に、僕は満足する。こんなに近くにいる朱里は実に1ヶ月ぶりであった。
「朱里」
「ん?」
「誕生日おめでとう!」
預けられていた体を起こし、座り直す朱里に少し残念に思っていると、こちらをじっと見てきたあとに微笑む。その微笑みを見て、ホッとした僕。
「裕、ありがとう。私もとうとう32になっちゃったよ……おめでとうって言われて喜ぶ年ではなくなったんだけどね。でも、今年は、裕に祝ってもらえてすごく嬉しいよ!」
体勢を変え、そっと僕の首に腕を回し抱きついてくる。暖かい朱里の体温を感じて、そっと抱き返した。
「裕から、私と同じシャンプーの匂いがする!」
「ごめん、僕の切らしてて……」
「うぅん、いいの。私のものだって感じがするから。それに、初めてうちに来た日を思い出すね?」
朱里も覚えていたのだろう。この部屋で、一緒に飲んで、ぐだぐだのうちに告白され、彼氏にしてもらった日のことを。
「思えば……私、なかなか大胆なことしたよね? 真夜中に男の子を家にいれるだなんて……軽率でした」
「あの日の朱里は、もっと大胆だったよ?」
「そうだっけ……?」
とぼけて、そっぽを向いたがほんのり赤くなっている頬をみると覚えているのだろう。勢い余って体を重ねようとしたことを。
結局、翌日には朱里と成したわけだが……あの日誘われてなければ、僕はまだ、朱里への片想いを拗らせていたのではないだろうか? そして、こんなことになっているだなんて、あの頃の僕は夢にも思わなかっただろう。
ポケットに入った小箱を確認する。
「朱里もお風呂に入っておいでよ! 僕はもう入ったからさ!」
「もうちょっと甘えたらね?」
抱きついたまま離れない朱里が愛しい。抱き返して耳元で囁く。
「今晩は、朱里が欲しい」
抱きついていた朱里の体が瞬間的に強ばったが、それもすぐに元にもどる。
「……いいよ」
耳元で遠慮がちに囁かれる言葉に僕も緊張する。
「お風呂入ってくるね!」
そう言って抱きついていた朱里はするするっと離れお風呂へと向かった。
「朱里が風呂から出てきたら、まずはこれからだな」
今朝もらいに行ってきた結婚指輪。リボンで包装されたままの小箱を握る。
◇
「髪、乾かさないと風邪ひくよ?」
手にドライヤーを持っているということは、乾かしてという意味なのだろうか?
誕生日だから、甘やかすのは仕方ない。「はい」と手渡されたドライヤーを手に朱里の髪を乾かしていく。朱里はソファの下にぺたんと座り、髪を乾かす間、猫のように目を細めご機嫌であった。
朱里の髪を乾かし終えると後ろから抱きしめる。くすぐったそうに身じろぎしているが、僕の腕の中から逃げる気配は全くしない。
ここかな?
面と向かっては恥ずかし過ぎて言えない気がしたので、耳元で囁く。
「……朱里」
「ん?」
「朱里さん、僕と結婚してください」
いつの間にかソファに転がっていた小箱を引き寄せ、朱里の前に差し出す。
長い長い沈黙。
いつまでも、手に取ってもらえない小箱。
手に持った小さいはずの小箱が、だんだんと重くなってくる。
それと比例して、気持ちもずっしり重くなる。
やっぱり、僕じゃダメだったかな? 心の中で、しょげていく。そのうち、ポキリと心が折れそうだ。
すると、重かった手がふっと軽くなった。朱里が小箱を自分のところへ持ってきて、じっと見つめている。
「裕、もらってもいいの?」
「うん、いいよ! 朱里のためのものだから」
「ありがとう、嬉しい!」
体が小刻みに震えている。パジャマの袖で目元を押さえているのか、引っ張って俯いた。
「朱里、大丈夫?」
グズグズな声で「大丈夫」と返事が返ってきた。
「裕、私とで後悔しない?」
「むしろ、朱里以外と結婚するなんて考えられない」
「……うん、ありがとう。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
朱里がこちらに反転して抱きつき、僕も支えるように朱里を抱く。キスをせがむように甘えられたから、軽く唇を重ねる。
「これ、開けてもいい?」
手に持ったままの小箱。何が入っているのか想像はつくだろうが、気になっていたようだ。
「いいよ! 朱里が絶対気に入ってくれるものが入ってるから!」
「すごい自信だね?」
「当たり前! 朱里が好きなものしか入ってないから!」
笑いかけると、微笑みかけてくれる。
シュッと包装用のリボンを解くと、箱をゆっくり開ける。小さな小箱は、オルゴールになっており、僕たちの想い出の曲が優しく流れた。それを聞けば、また、驚いたり喜んだりしている。
今日は、目まぐるしく朱里の表情が変わっていく。
開ききった瞬間、そこに並ぶ指輪を見て、かなり驚いていた。
「これ……」
「そっちが欲しかったんでしょ?」
朱里の左手を僕の右手におき、プラチナリングを僕は手にとった。期待と不安を目を僕に向けてくる朱里。
お約束の指輪が入らない! ってことはないだろう。下調べも朱里自ら進んで手伝ってくれたわけだし……これで、トラブったら……もう、顔向けできない……。
僕の心配はよそに、スルッと入り所定の位置に収まる指輪。収まるべきところに収まると、あぁ、やっぱり、こっちで正解だなと口角が上がる。
「素敵だね!」
まじまじと見ながら、思わずというふうに口元が綻んでいる。目があった瞬間、大輪の花が咲いたように笑う朱里。
「ありがとう! 大事にするね!」
「うん、僕も大事にしてくれると嬉しいよ!」
「僕も? 裕も、もちろん大事にするよ!」
朱里の左薬指に収まった指輪を見て笑い合っていたのだが、ふと、オルゴールが気になったらしい。手に取ると、大きめのリングがもう一つ台座には、僕の分の指輪があるのだ。
朱里は、その指輪を手にとり、僕がしたように僕の左手を手に取る。指輪の中を確認して、ニコニコしているのを見て、あぁ、刻印を確認しているんだなと思った。その刻印の両端に黄緑色と水色の石があるのを不思議そうに見ていたが、気を取り直して、僕の左薬指に指輪を嵌めてくれる。
「なんだか、結婚式みたいだね!」
「本番は、まだまだ先だけどね? 近いうちに、結婚式もしよう!」
戯けて笑いあう。
「あっ!」
嵌めたばかりの指輪を外し、朱里の指輪の内側を確認している。
「バレたか!」
「裕の宝物?」
「そう、僕の宝物。なんか、朱里のをパクったみたいで、恥ずかしいんだけど……いいなって思って」
照れたようにいうと、「お揃いでいいね」と朱里は喜ぶ。もう1回嵌めてと指輪と左手を出して来たので、同じように指輪を嵌めてあげると、ずっとニコニコと眺めている。
「ねぇ、朱里?」
「何?」
「指輪も僕も逃げていかないからさ……」
「ふふ、わかった」
スッと立ち上がり、僕の手を取り寝室へと向かう。繋いだ手に、あげたばかりの指輪があたり、幸せな気持ちになったのである。
◇
「まだ、起きてたの?」
カーテンがほんの少しだけ空いていたのか、部屋に月明かりが差し込む中、寝転んで指輪を眺めていたらしい。
「うん、嬉しくて、眠れない。裕は良く寝てたね?」
「あぁ、うん……」
体を寄せると、直に朱里の体温が伝わり温かい。
「そんなに嬉しい?」
「ふふ、そんなに嬉しい」
「それは、僕の人生をプレゼントしたのと、どっちが……」
「重いな……それ。でも、2つとももらって嬉しいものだから、大切に宝箱にでも閉じ込めておきたいわ!」
「僕、箱には収まらないと思うよ」
「棺桶という宝箱でもイイかしら? 予約しておくわ!」
「まだ、予約しなくていいよ!」
冗談で言っていることがわかる。くすくすと笑い、二人は指を絡める。銀色の指輪が2つカチッと当たって音がして、慌てて離した。
「裕の指輪は、シンプルなんだね?」
「宝石がいっぱいついてたらダメでしょ? 朱里の指輪に合わせてプラチナだし、二人の誕生石が入ってるから、シンプルでもいいんだよ」
「そっか。この指輪、結婚式までつけるとダメ? ずっと、つけてたい」
「いいよ、僕も外したくない」
「いきなり、隣通しが指輪してたら、みんな驚くかな?」
「大丈夫じゃない? デザインが違うから、わからないよ」
「そっか……じゃあ、裕は朱里さんを諦めて違う女に走ったのかと罵られるがいい!」
「それより、朱里さんにピカピカ光る高そうな? 指輪を贈ったセレブな男が出来て、やけでも起こしたかと慰められそう……」
職場での反応を二人で予想してみた。たぶん、僕が言っている方が、多くの意見として賛同を得るだろう。人気者の朱里とこうして裸で抱き合っているのが、僕だなんて誰も思いもしないだろうから、きっと、みなに慰められ、よく諦めて別の彼女を作ったと褒められることだろう。
「朱里は、ウェディングドレスがいい? 白無垢?」
「結婚式の話?」
「そう」
「うーん、洋装和装どっちもいいよね! 色打掛とかもいいね?」
「和装だと襟足とか、エロいよね……」
「裕くん?」
「あ……はい。すみません、いらないことを申しました」
早々に謝ってみたが、今日は朱里がご機嫌なのでなんでも許されるような感じである。
「じゃあ、リクエストしてもいいのかな?」
「いいよ! 何がいいかな?」
「僕、ドレスがいい。他のやつに見せるのは癪だけど、それ以上に綺麗な朱里を自慢したい」
「自慢されるなんて光栄だね!」
「明日さ、時間あるなら……結婚式場見に行かない?」
「早くない?」
「善は急げって言うし、ドレスの試着とかあるなら……」
「着ないわよ!」
「えっ!」
「まだ、先でしょ? 今の仕事片付かないと……」
「あぁ、そっか……そうだよね。お義父さんにも挨拶行かないとね。僕で大丈夫なのかな……」
何か想像しているのか、クスクス笑ながら体を震わせてる。
「何かおもしろいことでもあった?」
「あれ、やってね?」
「あれって……?」
「お嬢さんを僕にください!」
「違うよ! お嬢さんに僕をもらっていただいてもいいですか? だよ!」
「えっ?」
「えっ?」
「婿養子?」
「そのつもりだけど……? あれ?」
ベッドの上で体を起こして僕を見つめる。月光が彼女を照らして後光のようで、女神のようだ。
「いいの? 婿養子で」
「いいよ? うちの家系、女系だから僕が跡取りじゃないし、朱里と同じ橘になれるなら喜んで! 橘裕か……なんか、漢字並べるとかっこいいな」
朱里は、僕に突然キスをしてくれる。一人っ子だと言うのは聞いていたし、父子家庭だというのも知っていた。
だから、僕が朱里の籍に入る方が、都合がいいのもあるし、朱里と出会ってからずっと憧れていたのも事実。
『橘裕』
僕は、そうなれる日を指折り数える日々をこれから過ごせるかと思うと胸躍る。
「やっぱり、明日ダメ元で式場に行ってみよう! 楽しみすぎて、確認しないとどうにかなりそうだし……」
仕方ないなと呆れている朱里。
「それより、目が冷めちゃった」
「……仕方ないな」
本日2度目の「仕方ないな」と呟いている朱里を僕は引き寄せるのであった。
「朱里」
「ん?」
「誕生日おめでとう!」
預けられていた体を起こし、座り直す朱里に少し残念に思っていると、こちらをじっと見てきたあとに微笑む。その微笑みを見て、ホッとした僕。
「裕、ありがとう。私もとうとう32になっちゃったよ……おめでとうって言われて喜ぶ年ではなくなったんだけどね。でも、今年は、裕に祝ってもらえてすごく嬉しいよ!」
体勢を変え、そっと僕の首に腕を回し抱きついてくる。暖かい朱里の体温を感じて、そっと抱き返した。
「裕から、私と同じシャンプーの匂いがする!」
「ごめん、僕の切らしてて……」
「うぅん、いいの。私のものだって感じがするから。それに、初めてうちに来た日を思い出すね?」
朱里も覚えていたのだろう。この部屋で、一緒に飲んで、ぐだぐだのうちに告白され、彼氏にしてもらった日のことを。
「思えば……私、なかなか大胆なことしたよね? 真夜中に男の子を家にいれるだなんて……軽率でした」
「あの日の朱里は、もっと大胆だったよ?」
「そうだっけ……?」
とぼけて、そっぽを向いたがほんのり赤くなっている頬をみると覚えているのだろう。勢い余って体を重ねようとしたことを。
結局、翌日には朱里と成したわけだが……あの日誘われてなければ、僕はまだ、朱里への片想いを拗らせていたのではないだろうか? そして、こんなことになっているだなんて、あの頃の僕は夢にも思わなかっただろう。
ポケットに入った小箱を確認する。
「朱里もお風呂に入っておいでよ! 僕はもう入ったからさ!」
「もうちょっと甘えたらね?」
抱きついたまま離れない朱里が愛しい。抱き返して耳元で囁く。
「今晩は、朱里が欲しい」
抱きついていた朱里の体が瞬間的に強ばったが、それもすぐに元にもどる。
「……いいよ」
耳元で遠慮がちに囁かれる言葉に僕も緊張する。
「お風呂入ってくるね!」
そう言って抱きついていた朱里はするするっと離れお風呂へと向かった。
「朱里が風呂から出てきたら、まずはこれからだな」
今朝もらいに行ってきた結婚指輪。リボンで包装されたままの小箱を握る。
◇
「髪、乾かさないと風邪ひくよ?」
手にドライヤーを持っているということは、乾かしてという意味なのだろうか?
誕生日だから、甘やかすのは仕方ない。「はい」と手渡されたドライヤーを手に朱里の髪を乾かしていく。朱里はソファの下にぺたんと座り、髪を乾かす間、猫のように目を細めご機嫌であった。
朱里の髪を乾かし終えると後ろから抱きしめる。くすぐったそうに身じろぎしているが、僕の腕の中から逃げる気配は全くしない。
ここかな?
面と向かっては恥ずかし過ぎて言えない気がしたので、耳元で囁く。
「……朱里」
「ん?」
「朱里さん、僕と結婚してください」
いつの間にかソファに転がっていた小箱を引き寄せ、朱里の前に差し出す。
長い長い沈黙。
いつまでも、手に取ってもらえない小箱。
手に持った小さいはずの小箱が、だんだんと重くなってくる。
それと比例して、気持ちもずっしり重くなる。
やっぱり、僕じゃダメだったかな? 心の中で、しょげていく。そのうち、ポキリと心が折れそうだ。
すると、重かった手がふっと軽くなった。朱里が小箱を自分のところへ持ってきて、じっと見つめている。
「裕、もらってもいいの?」
「うん、いいよ! 朱里のためのものだから」
「ありがとう、嬉しい!」
体が小刻みに震えている。パジャマの袖で目元を押さえているのか、引っ張って俯いた。
「朱里、大丈夫?」
グズグズな声で「大丈夫」と返事が返ってきた。
「裕、私とで後悔しない?」
「むしろ、朱里以外と結婚するなんて考えられない」
「……うん、ありがとう。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
朱里がこちらに反転して抱きつき、僕も支えるように朱里を抱く。キスをせがむように甘えられたから、軽く唇を重ねる。
「これ、開けてもいい?」
手に持ったままの小箱。何が入っているのか想像はつくだろうが、気になっていたようだ。
「いいよ! 朱里が絶対気に入ってくれるものが入ってるから!」
「すごい自信だね?」
「当たり前! 朱里が好きなものしか入ってないから!」
笑いかけると、微笑みかけてくれる。
シュッと包装用のリボンを解くと、箱をゆっくり開ける。小さな小箱は、オルゴールになっており、僕たちの想い出の曲が優しく流れた。それを聞けば、また、驚いたり喜んだりしている。
今日は、目まぐるしく朱里の表情が変わっていく。
開ききった瞬間、そこに並ぶ指輪を見て、かなり驚いていた。
「これ……」
「そっちが欲しかったんでしょ?」
朱里の左手を僕の右手におき、プラチナリングを僕は手にとった。期待と不安を目を僕に向けてくる朱里。
お約束の指輪が入らない! ってことはないだろう。下調べも朱里自ら進んで手伝ってくれたわけだし……これで、トラブったら……もう、顔向けできない……。
僕の心配はよそに、スルッと入り所定の位置に収まる指輪。収まるべきところに収まると、あぁ、やっぱり、こっちで正解だなと口角が上がる。
「素敵だね!」
まじまじと見ながら、思わずというふうに口元が綻んでいる。目があった瞬間、大輪の花が咲いたように笑う朱里。
「ありがとう! 大事にするね!」
「うん、僕も大事にしてくれると嬉しいよ!」
「僕も? 裕も、もちろん大事にするよ!」
朱里の左薬指に収まった指輪を見て笑い合っていたのだが、ふと、オルゴールが気になったらしい。手に取ると、大きめのリングがもう一つ台座には、僕の分の指輪があるのだ。
朱里は、その指輪を手にとり、僕がしたように僕の左手を手に取る。指輪の中を確認して、ニコニコしているのを見て、あぁ、刻印を確認しているんだなと思った。その刻印の両端に黄緑色と水色の石があるのを不思議そうに見ていたが、気を取り直して、僕の左薬指に指輪を嵌めてくれる。
「なんだか、結婚式みたいだね!」
「本番は、まだまだ先だけどね? 近いうちに、結婚式もしよう!」
戯けて笑いあう。
「あっ!」
嵌めたばかりの指輪を外し、朱里の指輪の内側を確認している。
「バレたか!」
「裕の宝物?」
「そう、僕の宝物。なんか、朱里のをパクったみたいで、恥ずかしいんだけど……いいなって思って」
照れたようにいうと、「お揃いでいいね」と朱里は喜ぶ。もう1回嵌めてと指輪と左手を出して来たので、同じように指輪を嵌めてあげると、ずっとニコニコと眺めている。
「ねぇ、朱里?」
「何?」
「指輪も僕も逃げていかないからさ……」
「ふふ、わかった」
スッと立ち上がり、僕の手を取り寝室へと向かう。繋いだ手に、あげたばかりの指輪があたり、幸せな気持ちになったのである。
◇
「まだ、起きてたの?」
カーテンがほんの少しだけ空いていたのか、部屋に月明かりが差し込む中、寝転んで指輪を眺めていたらしい。
「うん、嬉しくて、眠れない。裕は良く寝てたね?」
「あぁ、うん……」
体を寄せると、直に朱里の体温が伝わり温かい。
「そんなに嬉しい?」
「ふふ、そんなに嬉しい」
「それは、僕の人生をプレゼントしたのと、どっちが……」
「重いな……それ。でも、2つとももらって嬉しいものだから、大切に宝箱にでも閉じ込めておきたいわ!」
「僕、箱には収まらないと思うよ」
「棺桶という宝箱でもイイかしら? 予約しておくわ!」
「まだ、予約しなくていいよ!」
冗談で言っていることがわかる。くすくすと笑い、二人は指を絡める。銀色の指輪が2つカチッと当たって音がして、慌てて離した。
「裕の指輪は、シンプルなんだね?」
「宝石がいっぱいついてたらダメでしょ? 朱里の指輪に合わせてプラチナだし、二人の誕生石が入ってるから、シンプルでもいいんだよ」
「そっか。この指輪、結婚式までつけるとダメ? ずっと、つけてたい」
「いいよ、僕も外したくない」
「いきなり、隣通しが指輪してたら、みんな驚くかな?」
「大丈夫じゃない? デザインが違うから、わからないよ」
「そっか……じゃあ、裕は朱里さんを諦めて違う女に走ったのかと罵られるがいい!」
「それより、朱里さんにピカピカ光る高そうな? 指輪を贈ったセレブな男が出来て、やけでも起こしたかと慰められそう……」
職場での反応を二人で予想してみた。たぶん、僕が言っている方が、多くの意見として賛同を得るだろう。人気者の朱里とこうして裸で抱き合っているのが、僕だなんて誰も思いもしないだろうから、きっと、みなに慰められ、よく諦めて別の彼女を作ったと褒められることだろう。
「朱里は、ウェディングドレスがいい? 白無垢?」
「結婚式の話?」
「そう」
「うーん、洋装和装どっちもいいよね! 色打掛とかもいいね?」
「和装だと襟足とか、エロいよね……」
「裕くん?」
「あ……はい。すみません、いらないことを申しました」
早々に謝ってみたが、今日は朱里がご機嫌なのでなんでも許されるような感じである。
「じゃあ、リクエストしてもいいのかな?」
「いいよ! 何がいいかな?」
「僕、ドレスがいい。他のやつに見せるのは癪だけど、それ以上に綺麗な朱里を自慢したい」
「自慢されるなんて光栄だね!」
「明日さ、時間あるなら……結婚式場見に行かない?」
「早くない?」
「善は急げって言うし、ドレスの試着とかあるなら……」
「着ないわよ!」
「えっ!」
「まだ、先でしょ? 今の仕事片付かないと……」
「あぁ、そっか……そうだよね。お義父さんにも挨拶行かないとね。僕で大丈夫なのかな……」
何か想像しているのか、クスクス笑ながら体を震わせてる。
「何かおもしろいことでもあった?」
「あれ、やってね?」
「あれって……?」
「お嬢さんを僕にください!」
「違うよ! お嬢さんに僕をもらっていただいてもいいですか? だよ!」
「えっ?」
「えっ?」
「婿養子?」
「そのつもりだけど……? あれ?」
ベッドの上で体を起こして僕を見つめる。月光が彼女を照らして後光のようで、女神のようだ。
「いいの? 婿養子で」
「いいよ? うちの家系、女系だから僕が跡取りじゃないし、朱里と同じ橘になれるなら喜んで! 橘裕か……なんか、漢字並べるとかっこいいな」
朱里は、僕に突然キスをしてくれる。一人っ子だと言うのは聞いていたし、父子家庭だというのも知っていた。
だから、僕が朱里の籍に入る方が、都合がいいのもあるし、朱里と出会ってからずっと憧れていたのも事実。
『橘裕』
僕は、そうなれる日を指折り数える日々をこれから過ごせるかと思うと胸躍る。
「やっぱり、明日ダメ元で式場に行ってみよう! 楽しみすぎて、確認しないとどうにかなりそうだし……」
仕方ないなと呆れている朱里。
「それより、目が冷めちゃった」
「……仕方ないな」
本日2度目の「仕方ないな」と呟いている朱里を僕は引き寄せるのであった。
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