木積さんと奇怪な日常

浅木宗太

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第一怪

はじまり7

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「さて、と。まずはパトロールの前に見てもらうもんがある。これなんだけどな」
そう言って彼方は一枚の紙を広げる。
「これは、地図?」
「ご名答。この辺一帯の地図だ」
「じゃあ、この描かれてるマークは?」
地図に書かれたそれを指差しながら聞けば彼方は「代紋だよ」と教えてくれた。
「俺たち妖怪には組によって縄張りがある。その縄張りのなんだ?あれだ。識別用のマークみたいなもんだと思ってもらえばいい。身につけてるやつも結構いるから、覚えてると便利だぞ。この辺りは俺ら積の縄張りだから、これだな」
彼女の指差した先にあったのは猫と一緒に書かれた「積」の文字のシンプルなものだった。よく見ればどれもどこかに漢字の一字が組み込まれているのがわかる。
「まんま組の名前が入ってんのもあるし、この地図は貸してやるから暇な時にでも見なよ。なくすなよ?」
「ん、ありがとう。なくさないよ」
地図をくるくると丸め、彼女は部屋の隅に投げるとこちらに向き直る。その表情は引き締まっているわけでもなく、かと言って油断しきっているわけでもなく、なんとも感情が掴みにくい。
「今回含めて、何度かは俺も一緒に行くけど、そのうち一人で行ってもらうことになるだろうから、道は覚えてくれよ?」
こう見えても会議だなんだと忙しいのだと付け加えた彼女は立ち上がるとそのまま障子を開ける。ふわり、風が彼女の髪を持ち上げる。まだまだ肌寒い夜の風が部屋の中に吹き込んでくる。
「んじゃあ、出かけっか。なに、不安になるのは最初の方だけサ。つっても、“初心忘れるべからず”だ。いつだって気は抜くなよ?」
「わかってるよ。大丈夫。修行に来たんだもん。それができないとこれから陰陽師生活なんてやってけないよ」
「それもそうだな。まぁ頑張んな」
「言われなくても」
楽しげに笑う彼方を見て私も笑いながらそう返した。
いざ、と意気込んでパトロールには出たものの、確かに彼方の言う通り、特に何か起こるわけでもなし、何かあるかと言われると全く何も無い。あったことと言えば何匹か猫とすれ違ったくらいだろうか。あと、どっかの犬が脱走してたのに出くわした程度だ。きちんとあの犬帰ったかな。白い毛脚の長めの犬だったな。他何があったかと言われても何も無いので、日記に書くにしても手紙にするにしてもネタのないパトロールだったと言える。しかも街一周だったというのに2時間足らずで戻ってきてしまった。
「なんていうか、ちょっと拍子抜けしたような……」
「最初なんだからまぁこんなもんだろ。ゲームや漫画じゃないんだ、初っ端から大仕事なんてねぇよ。まぁ、あってもウチの奴らに始末させるけどな」
「ですよねぇ……」
分かってはいた。そう、分かってはいたさ!でもそういうお年頃なのだ。理解して欲しい。
「今日は本当にぐるりと歩いただけだから、明日から少しずつこの街のまぁ何だ?パワースポット……?いやなんか違うな……まぁなんだ、うん、アレ。覚えてもらうからな。暫くは自分の足でその場に行って覚える作業だな」
「ざっくりした説明だなぁ……要は、いくつか場所を覚えとけーって話でしょ?」
そう聞けば、彼方は腕組みをしてまたもや、なんとも言えない顔をする。
「そうと言えばそうなんだが……そうじゃないと言えばそうじゃない」
「またあやふやな」
「仕方ないだろ?その場所に在るかどうかはお前次第なんだからな」
「私次第?」
聞き返せば彼方はそうだ、と頷く。
「俺達は語り継がれてなんぼ、認知されてなんぼ、そこにあると思われてやっと存在できるような存在なんだぜ?お前が本当にあるのかと疑ってかかると見えにくくなる。まぁ、かと言って疑わずにホイホイ行くのはお前の就こうとしてる職には良くないことだ。要は見極めが肝心、という事だな」
「なんというか、矛盾だらけだね」
「妖怪なんてそんなもんさ」
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