転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ

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第二十二話 三年目:後夜祭の裏側、大人たちの決着

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 後夜祭の舞踏会へ出席できるのは、基本的に王立学院の生徒だけである。保護者や来賓は解散となるが、講堂の二階・三階のバルコニーから舞踏会の様子を眺めることは可能となっており、赤百合の姫と白百合の姫のファーストダンスは、会場の学生だけではなく多くの大人たちにも見守られた。

 現在、リーリエ様の侍女であるターニャ、アルベール様の従者ヘクター、ピヴォワンヌ様の侍女サラさん、ナディル様の侍従カイは、舞踏会中の主人の代わりに呼び出されていた。講堂二階のロイヤルボックスの後方に設えられている、王族や国の重鎮のみが使うための部屋で、構造上細長い形の部屋だが、大きな楕円形のテーブルには、ゆうに二十名はゆったりと座れるスペースがある。

 国王陛下の命でここに集められたのは、今回の第一王子アルベール様の婚約解消劇の関係者である。私たち従者・侍女の他、ピヴォワンヌ様の父上であるピアニー侯爵、ナディル様の父上であるディセントラ公爵、リーリエ様の父上であるジプソフィラ子爵、そして王の側近のひとりであるオリアンダー伯爵が呼ばれている。オリアンダー伯爵はイーサン様とエヴリン様の父上で、噂では王の耳として諜報的な活動を担当しているらしい。今回の件についてはイーサン様とエヴリン様、従者アールさんと侍女エマさんの四名を中心に、うまく情報を流してもらうよう協力を仰いでいたため、オリアンダー家の当主である伯爵がこの場に呼ばれたのだろう。

「皆の者、そんなに気を張らんでも良い。叱ろうと思って呼んだわけではない。当人たちは舞踏会で不在だが、これだけの面々が一堂に会する機会はそうそうないのでな。お主たちには確認のために代理で来てもらったのだ」

 従者・侍女でありながら国王に呼び出されるなど通常はありえない状況で固まっている私たちを見ながら、陛下は柔らかな声で告げた。集められた大人たちは、さすが貴族家の当主だけあって誰しもが落ち着いている。
 国王陛下ご夫妻と当主方は同じテーブルに着いていることからも、対等な目線で今後について相談しようという姿勢が見える。私たちは各々が当主の後方に立って控えている。

「まず、詫びねばならぬだろうな。本来であれば順を追って当主それぞれと話をつけるべきところだが、様々なことが同時に起きたため、一度に話した方が公平だと判断した。愚息たちも、そうすることが最も悪影響が少ないと判断して行動に出ておる。また、過程がどうあろうとも、すべての責任はアルベールと王家にあると考えておる」

 陛下の言葉に、場の一同が了承の意を込めた目礼を取る。

「その上で、数点確認することがあるので、皆には正直に答えてもらいたい。此度の件、アルベールと、ディセントラ公爵のご子息が中心となって計画したものと考えて間違いないか?」

 陛下はヘクターとカイを見て問いかける。

「恐れながら、申し上げます。此度の件は殿ことであり、ディセントラ公爵家のナディル様は我が主からの協力要請にお応えくださったまででございます」

 ヘクターの言葉に、カイが慌てて付け加える。

「お言葉ではございますが、我が主人ナディルより言付けがございます。“本件は殿ものであり、咎めは同じように受ける”と申しておりました」

 ふたりの言葉を受け、陛下はディセントラ公爵へ目を向けた。

「…とのことであるが、ディセントラ公爵はご存知であっただろうか」

「はい、国王陛下ならびに多大なご迷惑をおかけしたピアニー侯爵へ心よりお詫び申し上げます。我が息子ナディルからは、夏の帰省の折に自身の意向については報告を受けておりました。まさか学院祭のこのような場で動くとは思いもよりませんでしたが、ひとえに末息子として甘やかした私の不始末でございましょう。アルベール殿下がお咎めを受けるのであれば、愚息ならびに我がディセントラ公爵家としても同様に処罰を受けるべきでございます。なお、手前勝手とは存じますが、本件は我がディセントラ公爵家の責とし、どうかリリーヴァレー王国ならびにカクトゥス大公国の関係とは分けてお考えいただきたく、お願い申し上げます」

「ふむ、貴公の意向については承知した。ピアニー侯爵、ジプソフィラ子爵、そなたたちは本件については知らなかったということで間違いないだろうか?」

「はい、お恥ずかしながら存じませんでした。しかしながら、陛下ならびに妃殿下もお気づきのとおり、ピヴォワンヌは長らくアルベール殿下の婚約者でありながら、殿下のお心に触れることはとうとうできませんでした。人の心は定められぬものとは言え、娘にも落ち度はありましょう」

 国王陛下の問いかけに、ピアニー侯爵は申し訳なさそうに答えた。陛下が頷いたのを見て、今度はジプソフィラ子爵が口を開く。リーリエ様の父上である旦那様には、今後起こりうる可能性については、夏の間にすでに私が報告しているが、ここは白を切る場面である。

「はい、私も殿下やディセントラ公爵家ご令息のお考えについては何も存じませんでした。…しかしながら、つい最近のことではございますが、我が娘リーリエの気持ちには気付いておりました。娘が何か愚かな行動を起こすとも思いませんでしたので、青春の思い出として殿下を遠くから想うだけであれば問題ないだろうと放置してしまったのは親である私の責任でございます」

「ふむ、よく分かった。此度の件、ピヴォワンヌ嬢とリーリエ嬢は何も知らなかったのだな?」

 今度はピヴォワンヌ様の侍女サラさんと私を見て、国王陛下が問う。

「はい、さようでございます。…しかし、恐れながら申し上げます。後で主から叱責を受けようとも、これだけは申し上げたいのです。ピヴォワンヌ様は、長きに渡りアルベール殿下の婚約者として相応しくあろうと努力しつつも、殿下を異性として想うことはできず、苦しんでいらっしゃいました。そして心の奥底ではディセントラ公爵家のナディル様のことを想われていたことを、私は存じております。ピヴォワンヌ様は、私にさえも胸の内を明かしてはくださいませんでしたが…」

 学院祭の舞台上では語られなかったピヴォワンヌ様の気持ちを、サラさんが代弁した。しかし、講堂でナディル様の手を取ったピヴォワンヌ様の表情と、先ほどの舞踏会での様子を上から眺めていた一同は、ピヴォワンヌ様の想いについてもすでに察していた。

 陛下はサラさんの発言に無言で頷いたあと、目線だけで私に発言を促した。

「我が主人リーリエ様は、まったく何も存じませんでした。ただ何も望まず、ご自身の胸の中でだけ、密やかにアルベール殿下を想っていらっしゃいました。…侍女である私は、殿下やナディル様が何かご計画なさっていることには気付いておりましたが、主を巻き込むべきではないと判断し、事前に何も告げませんでした。そのために本日の舞台上で穏便に解決することができず、アルベール殿下のお考えも台無しにしてしまいました。侍女の首で許されることではないと存じますが、どうか主人には寛大なお許しをいただきたく、お願い申し上げます」

 私はあくまでもリーリエ様は何も知らなかったことを強調する。というよりも、それは紛れもない事実だった。従者・侍女ネットワークを持つ私は全部知っていたけれど、そのあたりは都合よくぼかして伝えた。嘘はついていない。

 私の返答を聞き、国王陛下はふっと表情を緩めた。

「心配せんで良い。貴族科特別クラスの優秀な生徒の首を刎ねたところで、王国にとっては損失にしかならん。我は便宜上、各家の当主と、本人たちの代理として従者・侍女であるお前たちに状況を確認したまでだ。さて、オリアンダー伯爵よ。貴殿には公平な目で本件を見てもらうべくここへ来てもらった。貴殿はどう思う?」

「はい。まず、どなたの言葉にも嘘偽りがないことは、我がオリアンダー伯爵家が保証いたします。すでにある程度調査と確認も済んでおりますので。その上で申し上げますと、カクトゥス大公のご令孫であるナディル様ならびにディセントラ公爵家と王家の間で綻びを作ることは、リリーヴァレー王国にとって益にはなりますまい。ピアニー侯爵家とディセントラ公爵家も古くから繋がりが深いですし、殿下との婚約解消後に国内の貴族子弟を見繕うよりも遥かに良いご縁と言えましょう。ナディル様のご寵愛の様子を見れば、ピヴォワンヌ嬢と結ばれることは美談として国民にも受け入れられることと存じます」

 オリアンダー伯爵の発言に一同が頷き、賛同を示す。

「また、アルベール殿下におかれましては、他の女性に懸想して婚約解消を行ったというのは、どうしても負の印象がつきまとってしまいます。しかしながら、白百合の姫への誠実な愛の告白と、先ほどの舞踏会でのおふたりの恥じらいながらも幸せそうな初々しい様子を目にした者たちは、口を揃えて真の愛を手にした王子を祝福しております。婚約解消を受けたピヴォワンヌ様がお幸せそうであることも大きな要因でしょう。おふたりの婚約解消は驚くほど好意的に受け止められております。
 その上で、今さら利だけを求めて殿下に他家や他国のご令嬢をあてがったところで、人の口に戸は立てられません。かえって王子や令嬢の幸福を引き裂いたと国民の反感を買うだけと思われます。幸いなことに今夏よりジプソフィラ家は子爵位を得ております。リーリエ嬢が貴族科特別クラス在籍で、優秀なクラスメイトを抑えて常に学年トップの成績をアルベール様と争うほどの才女であることを加味すれば、婚約者として立つことも十分に可能と言えましょう」

 国王陛下夫妻を含め、その場の皆も同じ考えのようだ。というよりも、この部屋に集められた時点で、すでにこれは規定路線となっていた。舞踏会での二組の幸せなカップルの様子と周囲の反応を見れば、誰も反対する気はなかったのだ。
 そもそもここにいる大人たちは、息子と娘の幸せを願う親でもあり、それぞれの相手が家格的にも人格的にも問題がなく、政治面や権力バランスの問題も起こらないのであれば、この婚約解消と新たな婚約について反対する必要は薄かった。国内の情報に明るいオリアンダー伯爵から中立の視点で意見を受け、問題がないことを便宜上確認しただけなのだった。

 そして、ヘクターの口から「すべては殿下の意思」であること、カイから「ナディル様もアルベール殿下と同じ咎めを受ける」ということを確認した上で、当主たちからも反省の言葉を引き出したのは、落としどころを見つけるためだった。流石というかなんというか、国王陛下夫妻を前にしても平気でほらを吹く度胸のある人物が多いことには感心してしまったが。

 ピヴォワンヌ様とリーリエ様が何も知らず、一切計画に加担していないのは事実だが、ピアニー侯爵もジプソフィラ子爵も、ついでに子どもや使用人たちを動かしていたオリアンダー伯爵も、詳細までは知らずとも何が起こるかは知っていたのだ。ヘクターとカイも肝が据わっている。

 しかし、誰よりいちばん狸なのは、国王陛下ご本人だろう。アルベール様は夏休みの間に陛下への根回しもしていたのだから。アルベール様から陛下には事前に婚約解消を進めたいという意向も、次の婚約者にリーリエ様を迎えたいということも伝えられていた。今日想定外だったことは舞台上でアルベール様とリーリエ様が想いを伝え合ってしまったことだけで、本来であればアルベール様の婚約解消が整ってから、時間をかけて次の婚約を進める予定だったのだ。

 その上で、陛下は姫たちのお披露目の場で起きた騒動に驚いた様子を演じ、殿下を咎める姿勢を見せつつ、来賓や生徒を証人として二組のカップル誕生を祝福する流れに持っていったのだ。ついでに言えば今この場で話している内容すら、「こういう話の筋でまとめよう」という確認にすぎない。

「あいわかった。愚息アルベールには何らかの形で責任を問うが、それにディセントラ公爵家子息を巻き込み、現在のディセントラ公爵家ならびにカクトゥス大公国との良好な関係にヒビを入れるわけにはいかん。したがって表立っては穏便に婚約解消が整ったこととさせてもらおう。ピアニー侯爵、それで良いだろうか。先だって伝えたとおり、王家とピアニー侯爵家の関係が変わらぬことを我は望む」

「勿体ないお言葉でございます」

 これで、アルベール殿下とピヴォワンヌ様の婚約解消は、滞りなく円満に整った。次に、ナディル様とピヴォワンヌ様について、陛下は言及した。

「ディセントラ公爵、ピアニー侯爵、両家の子息子女の新たな婚約については、我は最速で許可することを約束しよう。良い報告を待っている」
 
「ありがとう存じます」
「寛大なお言葉に感謝申し上げます」

 ここから先は家同士の話になるので、後は両家でどうにかするだろう。元々懇意にしているディセントラ公爵家とピアニー侯爵家なので、この縁は問題なくまとまるはずである。

 最後に、国王陛下はジプソフィラ子爵に声を掛けた。

「そして、ジプソフィラ子爵よ。自分勝手に婚約解消を行ったアルベールの次の婚約を、すぐに許すわけにはいかない。それがあやつにとって一番の咎めとなるだろうしな。しかし、王家としてはリーリエ嬢を次の婚約者、ひいては未来の王子妃として内々に準備を進めたいと考えておる。正式な婚約が調うまで、リーリエ嬢は少々難しい立場となってしまうが、許してもらえるだろうか」

「はい、もちろんでございます。今は子爵家の娘とは言え、元は平民として育った娘ですので、大変なご迷惑をおかけするのではないかと案じております。当家といたしましても、殿下との婚約までに少々お時間をいただき、王家ならびに国民からの信を得るに足る者か、見定めていただきたく存じます」

 子爵の言葉に国王陛下は笑って答えた。

「父親であるそなたがそのように考える者である以上、我としてはすでに問題がないように思うがな。ただ王子からの寵愛を望み、権力に取り入るような娘であればこうはいかないが、本日のリーリエ嬢の立ち居振る舞いを見ても、そのあたりは心配しておらぬ。どちらかといえばリーリエ嬢の資質よりも愚息への制裁期間としての意味合いの方が強いと心得てくれ」

 国王陛下の言葉にジプソフィラ子爵はしっかりと頷き、リーリエ様の妃教育については追って検討することとなった。ちなみに、オリアンダー伯爵家の諜報能力によってすでにリーリエ様の身辺調査は済んでおり、次の婚約者として資質・素行・能力・人格のどれを取っても問題ないことは陛下に報告されている。本来であれば婚約解消からもう少し間を空ける予定だったが、公の場で両想いであることが周知され、この場でジプソフィラ子爵の意向確認もできたことにより、当初の予定より早めに婚約準備を進める運びとなったのだ。

 こうして、アルベール様とピヴォワンヌ様の穏便な婚約解消と、真に愛し合う二組のカップルの新たな婚約への道筋が内々に定まったのであった。

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