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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第四話「忍び寄る影」

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『……まぁ、なんて言うか……確かに血は流れてないんだがな……』

タロは目の前に広がる惨状を見て、頭を抱えた。

そこには地面になぎ倒され、身動きも出来ずに呻き声を上げる男達の姿があった。

アリスは手に持つ巨大なハルバートを軽やかに操ると、峰打ちよろしく刃の付いていない部分で男達を次々と打ち倒して行ったのだ。

その動きは、とても彼女の体格に似合わない巨大なそれを手にしているようには見えず、その面には愉悦の表情さえ浮かべていた。

アリスの戦いを見ていたイリスは、その凄まじさに目を見開き、知らず体が震え出すのを抑える事が出来なかった。

アリスはならず者達を粗方片付けると、最後に残った頭目の男へ冷たい視線を投げた。

「口ほどにも無いとはこの事ですね。貴方は多少は楽しませてくれるんですか?」

目の前で繰り広げられた信じられない光景を唖然とした表情で見ていた男は、怒りに顔を真っ赤に染めると、

「ふざけやがって!!貴様、どこの国の手練れだ!!」

そう言ってアリスを睨みつけた。

だが、男の予想は次のアリスの言葉で軽くいなされた。

「何を言ってるのですか?私は単なる旅の美少女占い師ですよ?」

「……はっ??」

男はアリスの言葉に呆気にとられ、その言葉を聞いたタロは『既に定型文だな』とため息をつきながら頭を押さえた。

数瞬、アリスの言葉をよく理解できなかった男だったが、その面に再び怒りが浮かび上がると、

「このバケモノがー!!」

そう叫びながら手にした長剣を振りかざしてアリスに襲いかかった。

男の動きには無駄がなく、普通の相手にならば負ける事はなかったであろう。

男がアリスを捉えたと思った瞬間、彼の意識はそこで途切れた。

目にも止まらぬ速さで男の背後に回ったアリスは、軽く跳躍すると男の首筋に手刀を打ち込んだのである。

意識を失った男は、そのまま前のめりに倒れこむと、ピクリとも動かなくなった。



戦いが終わったと見たタロが再びアリスの肩口に飛び乗ると、アリスはパチンと指を鳴らした。すると、イリスを囲むように展開していた防御陣は消え去り、地面に差し込まれていた筒もいつの間にか無くなっていた。

「イリス、終わりましたよ」

アリスはそう言ってその子供に話しかけたが、当のイリスはまるで現実感のない虚構を目の前で見せられたような妙な浮遊感の中で話しかけられた事にも気付かない風であった。

「イリス?大丈夫ですか?」

アリスがそう問いかけながらイリスの顔を覗き込むと、間近のアリスの顔に気付いたその子供は、顔面を硬直させて座ったまま反射的に数歩後退った。

「何ですか、その反応は?」

「あ、いや……つい?……は、はは……は」

アリスは乾いた笑いを浮かべるイリスを不満げに見つめていたが、その様子を見ていたタロは、

『別の意味でトラウマを植え込んだかも知れんな……』

そう言って深いため息をついた。



「アリス……さんは、どこでそんなに強くなったんだ?……なったんですか?」

「……何ですか、その言葉遣いは?」

あれから、叩きのめした男達を放置して、二人と一匹は森を抜けるべく移動を開始していた。

意外にもイリスは方角が分かると言ったので、とりあえず人里へ連れて行ってもらう事にした。

それならどうしてこんな森の中にというアリスの問いには笑って答えなかったが……。

その道中、出会った時の無礼な振る舞いと言動が鳴りを潜め、おっかなビックリにアリスに敬語で話しかけようとするイリスの姿が見受けられた。

「いや、だって・・・ちょっとどう話しかければいいのか分かんない・・・」

シュンとした様子のイリスを少し困ったような表情で見ていたアリスは、苦笑を浮かべると、

「あの男たちは明らかにならず者でしたし、とても臭かったので、お仕置きをしました。別にあなたに危害は加えないし、そもそも私は単なる占い師です。自分から好んでは戦いをしません。だから、さっきまでと同じように接していただいて大丈夫ですよ」

そう言ってイリスを見やった。

単なる占い師はあんな凶悪な得物は持ち合わせていないし、戦っている時の表情など突っ込みどころ満載のセリフではあるが、アリスのセリフと表情を見たイリスは、少し考えると笑顔を取り戻し、

「うん。わかったよ、アリス」

と言って歩を進めた。

二人の後ろを歩きながら様子を見ていたタロは、

『取りあえず、怯えられなくて良かったか』

と安堵の言葉を漏らした。

「ところで、あなたは本当に男の子なんですか?」

アリスは先程の男の言葉を反芻するようにイリスに問いかけた。

「当り前じゃないか!なんなら証拠を見せようか?」

そう言って道の真ん中で服を脱ぎだそうとするイリスを、アリスは押しとどめ、

「それは結構です」

と威圧感を込めて言った。

「あ……そう。分かってもらえればいいんだけどね……」

そう言って、若干引きつった笑みを浮かべながら服に伸ばした手を戻した。

一連のやり取りを後ろから見ていたタロは、やれやれという表情を浮かべながら、

『まぁ、いずれホントの事が分かるだろう……』

と意味深な言葉を吐いた。

二人と一匹は、その後もたわいの無い会話を交わしながら、人里へと進んでいった。

その背後を気配を消しながら追尾する人物がいる事に気付いているのかは分からなかったが……。



「……はっ!……痛て、て……」

アリスに打ち倒された男達の頭目であるゴサロは、目覚めると猛烈な痛みを感じて呻いた。

「俺は一体……はっ!そうだ!あのガキとアマぁ!!」

先程自分をいいように弄んでくれたメイド服の小娘の事が鮮明に思い出された。

それとともに、自分の任務が失敗に終わったことにも気づいた。絶対に失敗するわけにはいかなかった仕事を。

自分の体の痛みと置かれた状況に暫く思考を捕らわれていたゴサロだったが、辺りに自分がかつて慣れ親しんだ錆び臭いにおいが立ち込めている事にようやくに気づいて辺りを見回した。

「なんじゃあー、こりゃ!!!」

そこには血にまみれた自分の部下達の成れの果てが転がっており、誰一人として生きて動くものは無かった。

先程、自分が倒れるまではあの小娘に打ち倒されてはいたが、少なくとも殺す意思は無かったようで、すべて峰打ちであった。

その部下達が、今は見るも無残な肉塊に変じていた。

ゴサロは元々傭兵を生業として各地の戦場を渡り歩いた男だったが、ある男に誘われて今は人さらいを生業とする一端の悪党となっていた。

彼を誘ったのはその道では有名な奴隷商人であり、かつての彼の上司であった。

その名をブラックオパールと名乗っていたが、本名は誰も知らなった。それはゴサロも例外ではなく、である。

そして、その背後には巨大な国家の後ろ盾があると実しやかに囁かれているが、その真実を知るのはブラックオパールその人のみであり、その秘密に首を突っ込んだ者は、二度とその姿を見る事は無かった。

それだけ危険を孕む仕事だったが、ゴサロは気に入っていた。

決して人には誇れない仕事だが金回りは良く、部下となった連中も一癖も二癖もあるような者たちばかりだったが、一緒に仕事をしていれば愛着も湧いた。

何より、そんなどうしようもない連中と馬鹿騒ぎしながら生きていく事が、自分には合っているように思われて楽しかったのである。

そんな苦楽を共にした部下達は、既に誰も残ってはいなかった。

呆然と辺りを見回したゴサロは、不意に気配を感じて剣を片手に振り返った。

そこには黒いフードを目深に被った数人の人物が立っていた。

「……お前達がコイツらをやったのか?」

絞り出すように問いを発したゴサロに対して、フードの人物の一人がゴサロの問いに答えるでもなく、抑揚のない声で告げた。

「依頼は失敗に終わったな。お前が生き残る道は一つしかない。指示に従え」

不気味な威圧感を感じているが、心の奥底からフツフツと沸き上がる怒りから、ゴサロは反発の言葉を発した。

「俺はコイツらを殺したのはお前らかって聞いてるんだよ!答えろ!!」

激昂したゴサロとは裏腹に、その答えは平坦なものだった。

「そうだが、それが何か問題か?」

あまりに平然と答えるため、ゴサロは唖然とした。

そんなゴサロを気にする風でもなく、先程答えた人物とは別の者が口を開いた。

「お前の部下達では今回の依頼はこなせないと判断した。そして、今回の事は決して外に漏らす事は出来ない。だから、不要なモノは排除した。それだけだ」

更に続けて別の人物が言葉を続ける。

「手練れの冒険者崩れを用意した。そいつらを使って任務を果たせ。失敗すれば、今度はお前がこの連中の仲間になる」

有無を言わさぬ口調で指示を伝えるその者達は、まるで人では無いかのように感情も何も感じ取ることが出来ず、自分の目の前にいるのが一体何者なのかと思わずにはいられなかったゴサロだが、ひとつだけ確認したい事があった。

「……この事はあの人も承知している事なのか?」

あの人とは勿論、自分をこの世界に引き込んだ張本人の事である。

「勿論、ブラックオパールは理解している。お前が心配する必要は無い」

予想した通りの答えを聞き、慚愧の念に堪えない思いがした。

一緒に戦場を駆けている時は、快活でとても頼りになる隊長だった。

命を救われた事も一度や二度では無かった。

この仕事に誘ってきた時、同じ人物とは思えないほど陰鬱な表情と氷のような声音で話しかけられた事を覚えている。

体調が良く無いのかとも思ったが、この人の誘いならと思って言葉に乗ったのだ。

そして今この時に、あの時の決断を一瞬後悔した。だが、既に時はもどらす、自分が取れる選択肢は一つしか残っていなかった。

「分かった。で、どうすればいい?」

覚悟を決めた目で、ゴサロは目の前のフードの人物に問いかけた。
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