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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第二十一話「天使の歌」
しおりを挟む「ふはっふははははっはははは……」
ライアーは一歩、また一歩と後退りし正気を保つ時間も限界に来ていた。フーリンも自身へのとどめを回避すべく、満身創痍の体で少しづつ距離を空ける。そんな二人にツェッペリンは葉巻に火をつけながら近づいてくる。
「もうゲームオーバーだ。ありゃ俺の知ってる嬢ちゃんじゃねぇ」
これまで幾多の修羅場を経験したからか、ギャンブラーとして命をベットした結果を受け入れたか。ここ一番この男は肝が据わっていた。
「ふははは、なんだ、なんだこれは!見た者、触れられた者が次々と死んでいくじゃないか!こんなものが世界にあるのか!」
ライアーの顔は引き攣りながら恐怖が笑い声に変換され目の前の惨劇を認められないでいた。
「あん?何ってありゃあもう二つに一つだろ」
「……カミ……カ……アクマ……カ」
漆黒の影は周囲を見渡し、何かを察したかの様にライアーを視線上に置く。正確にはライアーの額から伸びる奇品。ユニコーンの角を見ていた。
ゆっくり。
ゆっくりと絶望がプレイヤーの3人に近づく。
「やめろ!来るな!何が神だ!悪魔だ!そんなものこの地上に、自然界にいて良いはずがない!」
少女の形をした絶望はゆっくりと右手を差し出してライアーに触れる。美麗な顔立ちは狂気に歪み、笑みとも恐れとも知れない表情を浮かべなすがままにされる。
「私はこの美しい海を守る為に全てを捧げた。ありとあらゆる自然の破壊者を葬ってきた!この船に乗る為、あの男に誇りもくれてやった!」
そう叫ぶとライアーの意識はゆっくりと闇に溶け込んだ。
そよ風そそぐ草原。
そこで少女は歌を歌う。
揺れる草木も集まる小鳥達も、風が運ぶ歌声さえ、少女には全てが美しかった。
この美しい世界を守りたい。
少女はこの想いを大事にか抱え、やがて成長した。だが伸びた背丈から見えた世界は子供の頃に感じた美しさとは程遠かった。戦争が、貧困が、略奪が、搾取が。この世界を愛した少女に絶望を与えるには充分な光景だった。だがそれと同時に強い意志が魂に宿った。この醜く、汚らわしい世界から美しいものを守りたいという意志が。
少女は変わった。
この世界で人間が穢れの根源であるとして、自然に生きるものを守った。その為には手段は選ばなかった。利用出来るものは自分自身であろうと全て利用し、破壊や殺人も厭わなかった。世界を統べた神は信じなかった。いわば自然ご神だった。
少女は女性へと変わり。仲間を集めた。自分と同じ主義を掲げる狂信者を作り、自然に害なすと判断したものへ、手段を選ばず制裁した。
そんな折、海の生物を乱獲し、快楽に興じる街が有ると聞いた。当然その街に、そして支配している女帝に粛正の手は伸びた。だがその街への手出しは統一教会の手によって阻まれた。
知性を持ち、海を守るとも言われるクジラ。絶滅の危機に瀕す美しい生物を思い、怒りと焦りが頂点に達する頃、女性の元を一人の男が訪ねる。無造作に伸びた髪を後ろで束ね、無精髭と軽薄な言葉が一層胡散臭さを増長させたが、手に持つユニコーンの角が女性を快楽の街へ向かわせた。
環境守護ギルド「蒼の草風」
ギルド長はライアーと名乗り、文字通り目的の為に策略を張り巡らせ、今まさに女帝と街を壊滅せんとしていた。
絶滅の危機を免れ、美しい海を優雅に泳ぐクジラの群れ。脳裏に浮かぶ光景は、少女の頃に見たあの美しい自然を彷彿とさせる。
シャグ……
「おい‼︎」
「‼︎……」
ライアーの頭半分が何かに喰いちぎられる。
「何か」とは、そばで見ていたツェッペリンとフーリンでも信じられないが、先程まで額に触れていた漆黒の手が、耳まで裂けた狼の口となり、ユニコーンの角を食いちぎった。
アリスを模した漆黒の少女は、ユニコーンの角をゆっくり飲み込み、突き破られた天井から空へ浮遊する。
舞う様に上昇し、遥か上空で止まった少女を、街にいる全てが目撃した。混乱の最中、闇に紛れる漆黒の少女をそれでも見つけるに至った理由は「歌」だった。
「歌ってやがる……」
どこの言葉か分からない、聞いた事もないこの歌に、意味も分からず人々は動きを止められた。
取り残されたツェッペリンもフーリン、未だクジラの群れと戦うE'sとクーリン。そして女帝の城で街を眺める男にも、それは異なる意味を持って聞こえていた。
「呪われたエルフの頭蓋、永遠を司るユニコーンの角、これでついにグリモワールの書はその本来の役割を果たす……」
スパイクは頭上に浮かぶ、かつての顧客へ杯を掲げる。
「アリス様。申し訳ありませんが、そのお身体を贄とさせていただきますよ」
頭上から街中に響いていた歌声が止まる。
静けさは不気味さを伴って街中を不安の闇に閉じ込める。少女の形を模した漆黒の物体は動きを止め更に上空を見上げる。その瞬間、月と見間違えるかと思えるほどの光球が出現し再び少女を吸い上げた。
「期は熟し、熟れた果実は母樹を離れ旅立つ……産まれ落ちた新たな神は力を求めて……」
スパイクの顔は期待に満ちあふれ興奮していた。目の前の出来事を、そしてこれから起こる事を全て知っているようだった。
再び街は明かりに照らされた。少女を吸い込んだ光球は大きさを増し、光の強さも増している。やがてその光が形を変え、瞬く間に漆黒の少女に形を変えた。
恐怖と混乱、そして死を撒き散らした漆黒は消え、眩い光に包まれた少女。空は仰いでいた人々は口を揃えてその名を呼んだ。
「神様」
しかし、光はまた消えた。
街の人々は突如起こった事に頭がついていかなかった。ただでさえ目の前で起きている様々な不可解さを、何とか頭の中で整理しようとしているが、最悪の奇跡は既にそれをゆるさなかった。
上空の光は突如消えた。正しくは何物かが光を飲み込んだ。闇夜に舞う巨大な「それ」は、光を飲み込んだまま海へと帰り。しばらくして、海中からの轟音と激しい揺れをきっかけに、再び街は静寂に包まれた。
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