夢奇現

ゆーとき

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魚さげ男のこと

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はじめは、何とも思わなかった。俺が主役なんだから。

信号が青になり、横断歩道を渡る俺。向かいから来るのはただの通行人。
すれちがう。ムカッときた。なぜだ?
振り向いてさっきの男を探したが、雑踏に紛れてしまっていた。

「なんだ、アイツ。」と、また道を進む俺。
歩いてるうちにまた嫌な気分が襲ってきた。
奴だ。さっきの奴!俺はムカついていたので今度は思いっきりその男を睨みつけてやった。
奴は、本当に変な男だった。
表情が、まったく無いのだ。気持ち悪くなるくらいの無表情。
その上、奴は右手に何を持っていたと思う?
人間の頭ほどもある、大きな魚の頭をスーパーのビニール袋に入れて、プラプラと下げて歩いているのだ。
しかもその魚の頭が生きてやがるんだ。魚の目玉がギョロンと俺の方を向いたので俺は目を閉じた。
恐くて、倒れそうだ。

またもや奴は俺を無視して通り過ぎて行った。やめてくれ。
ここで何をやってもいいのは俺だけだぞ。ここは、俺の、夢の中なんだぞ!
それなのに、なんであんな男がしょっちゅう現われるんだ?それもただ通り過ぎるモブの役なのに、あんな生臭い魚なんかをいつまでも持ち歩きやがって!俺の夢なのになんでアイツ一人にこんなにイライラするんだ?俺が想像した産物なんだろうけど、我慢できん。今度会ったら一発殴ってやる。俺の夢から出ていけ、と。

ゾクッと寒気がした。来た、奴が!よーし、一発……

「ぎゃああああああああっ!」
振り向いた瞬間俺は逃げた。あいつは、もう通り過ぎて行った。いつものごとく、無表情のまま。

俺の耳にはパラパラパラ…という音が焼き付いていた。
あいつ、デカいドローンに乗って俺を追っかけてきやがった。あの時、もし俺が逃げなかったら、あの生魚の頭が俺の顔にブチ当たって……ちくしょーっ!新しいバリエーションなんか作るんじゃねぇっ。
なんなんだあいつは。

俺は眠るたび何度も何度もすれ違ってくるあいつが、何の為に俺の夢に出てくるのか知りたくなった。
精神的にまいっていた。そうだ、あいつは始めから違和感があった。
あいつは本当に俺の夢の産物なのか?ああ、また奴が来た。

「おい。」と、俺は俺の側を通り過ぎようとしている魚さげ男に声をかけた。
やっぱり返事はなく、奴はスタスタ歩いて行く。俺は急いで追いかけて奴の肩を掴んだ。
「おい、どうしたら俺の夢から出て行ってくれる?」
もう哀願になっている俺。情けないが、もう限界なのだ。
それほどあいつの存在は俺の精神を脅かす。共存なんてできない。俺の本能がそう言ってる。
どうしても合わない相手というのがいるだろう?俺にとっては奴がそうだ。
力ずくがダメなら下手に出て頼んで出て行ってもらうしかない。
奴が、初めて俺の声に反応した。振り返ってこっちを向いた。
俺は、走って逃げたいのを我慢して待っていた。お前なんか、嫌いなんだ。ほんと、鳥肌が立つほど…。

「出て行ってくれるのか。」
俺がこんなに下手に出ているのに、奴は一言も答えず、無表情のままだった。
俺はどうしようかと思った矢先、悲鳴をあげそうになった。
奴が右手を俺の顔の前に差し上げたからだ。あの魚のどアップに、気絶しそうになった。
そうすれば現実に戻れるのだろうけど、また眠るたびにこいつはいるんだから、ここでカタをつけなくてはいけない。俺は恐る恐る、その魚入りのビニール袋を受け取った。

「こいつを持てば、消えてくれるんだろう?」
そう、俺がしたくもない愛想笑いをしながら魚を受け取った途端、奴はさっと手を離してニヤッと笑った、気がした。「え?」俺はうろたえた。

「…後はよろしく。」
奴はそう言って、明らかに笑顔と分かる表情を作っていた。
あの、無表情男が、嘘のようなほど爽やかな、生き生きとした表情をしていた。
「え…え?」
こいつ、こんな顔してたっけ?なんだか変わってきてないか、なんだか……俺に似てきているような…?
奴が背を向けて去ろうとしていた。俺は、慌てた。こんな魚を持たせたままにさせないでくれと右手のそれを持ち上げる。ビニール袋からはみ出た魚の頭がユサリと揺れる。目と口が動いて、テラテラ鱗が光って不気味だった。
俺は何を血迷って、こんな物を受け取ってしまったんだろう。
俺はそのビニール袋を捨てようとしたが、どうしたことか指が離れない。
「う、うわっ?離れないぞ?」
焦って手をブンブン振って魚を捨てようとした。

「俺も、そうだったんだよ。」
奴は振り向いた。あっ、と俺は驚いて言った。

「ななっ、何だよ!今度は俺に化けやがったのか?出て行ってくれるんじゃ、なかったのか⁉」

奴は俺と同じ顔をしていた。

じゃあ、と奴は俺に手を振って言った。

「がんばれよ、魚さげ男くん。」

奴の姿がスーッと陽炎の様に消えて、周りの景色もグラリと揺れて闇になった。

奴が去ったのはいいが、どうしてこんなに真っ暗なんだ。
右手が重いぞー、お願いだから離れてくれ。あいつに魚下げ男なんて言われる筋合いないぞ。見えない。
魚が重い…これじゃあ前より悪い。嫌だ嫌だ、もうそろそろ目覚めたい。俺は夢から覚めたいぞー。
おーい誰かぁ、起こしてくれえ!



俺は歩いている。とりあえず、歩くしかない。何も見えない闇の中を、何も聴こえないこの空間を。
俺はもう自分が何なのかわからなくなってきている。
闇の中で感じる事は、右手に張り付いたまま取れない、スーパーのビニール袋に入っている魚の頭の重みだけ。
もうどのくらい歩いているんだろうか。疲労のせいか、顔の筋肉がこわばって人形になったようだ。
きっと今の俺は、奴のような無表情になっているのだろう。ああ重い…俺は奴に「俺」を乗っ取られたんだ。
俺が、この魚を受け取った時から、俺の夢も、現実も、奴の「居場所」になっちまった。
俺は幻のまま、これからずっとここにいなければならないのか。
いや違う。とりあえず歩こう。
まだ希望はある。奴はあの時こう言ったんだから。「俺も、そうだったんだよ。」と。
こうして歩いているうちに誰か、なわばり意識の強いサカナが食いついてくれるかもしれない。
そう、これは己の夢なんだからと主役気取りでのうのうとしている夢の住人はいくらでもいるさ。
俺は知ってる。





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