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人魚の世紀
しおりを挟むここは核戦争で砂漠化した地球。どこもかしこも砂だらけ。
「ねえねえ、そこのあなた。」
と、砂に埋もれて肘から上だけしか地上に見えていない手が、通りすがりの青年を指さして呼んでいる。
「は? 僕ですか?」
青年は驚いて振り返ると、地面から右腕だけ出ている物がまた言った。
「そう、あなた!
ちょっと助けてくださらない?」
「はあ…」と青年は答えて、その右手を掴んで引っ張った。けっこう重い。
「もう少し引っ張って。」 と右手が言う。
「うーん、うーん!」ズズッズズッと少しずつ引き上げて、あともう少しだな、と青年は全力で引っ張った。
ズボッ!
「わっ、抜けた!」青年は勢いで仰向けにひっくり返った。
「ありがとう。」
さっきの右手の主の声がして、見上げるとその主は笑っていた。その顔の右半分は皮膚が剥がれ、目蓋もなく、眼球が剥き出しになっていた。その上、頭には髪の毛一本もない、つるっぱげの女だった。
「うわーーーー!お化けーーーーーっ!」
「きゃ。」
「急に大声出さないでよ。」つるっぱげの彼女は言った。
「なによ失礼ね。私は人間よ。あの核戦争後の地上で生身のままで生きてられる訳ないじゃない。
だからと言ってお化けなんかじゃないわよ。脳以外を捨てて、サイボーグ手術を受けてなけりゃ…あっという間に残留放射能に被爆して死んじゃってたわよ。あなたもそうなんでしょ?」
ああサイボーグかぁ。お化けじゃなくて良かった、と青年はホッとして言った。
「いや、僕はそんなサイボーグ化するなんて金なかったから、ずっとこのままさ。
…生身の人間だよ。」
「嘘よ。だってそれならあの核戦争で死んでるはずだもの。」顔面片側見た目崩壊の彼女は信じない。
「うん、たくさん死んだよ。」
青年は彼女があの核戦争以来眠り続けていた富裕層のお嬢さんなのだと分かり、昔の話を彼女に話しはじめた。
「あの戦争を前もって知っていて、核シェルターに入っていた人達とかが主にね。彼らはシェルターの外の、君の言う残留放射能を恐れてね。ずっと閉じこもってたからか、僕らの様に生き残る機会を失い、餓死したんだ。」
「え?じゃあ、放射能汚染はもう消えてるの?私そんなに眠ってたかしら………」と、彼女は考え込む。
青年は砂漠の上の青い空を見つめながら言った。
「もう、この放射能は永久的に消えないと思うよ。本来なら、この地球が死んでしまうくらいあった世界中の核が爆発したんだもの。」
「じゃあ何で生きてんのよ。」両腕を腰にあてて、彼女、イライラしてる。
僕もあの時思ったんだ。
始めにどこの馬鹿がボタンを押したのかは分からないけど、そのお陰で僕らは真っ白な闇を見たんだ。
そしてやっぱり、核で戦争を起こしたり、生き残ったりなんてできるのは、ごく限られた特別な上層の人間たちだけなんだなって。僕達みたいなのはただ、こうして自分の意思に関係なく死んで行くのかって。
悔しいけれどこれも運命だと思った…だけど、
「僕達は死ななかった。死なないどころか、いつまでたっても、年をとらない。」
彼女は青年が何言ってるのか理解していない。青年は面白そうに彼女を見ながら言った。
「…つまり~、地上にいた僕らは不老不死になっちゃったんだよ。」
「えーーー!うそ!何で何にもしてない人間が?」
「何にもできずにすっとそこにいるしかなかったから突然変異が起こったのか。」
あの日以来、生命に必ずある筈のDNA・RNA中の「成長」と「死」のプログラムが何故か消滅してしまったみたいなんだ。と青年が話し続けているのをサイボーグの彼女は砂の上で正座しながら聞いていた。
けっこう真面目な子だな、と青年はその横に座って話を続けた。
「あのさ…ゴキブリって悪い条件の中にいる奴ほど、過去の殺虫剤では死なないスーパーゴキブリになって行くだろ?あれと同じで僕達も辛い環境の中にいる人間ほど知らない内に、遺伝子レベルで自らを変えて、しかもジャンプ進化!こんな放射能の中でも生きられる耐性が付いた。その上僕らは「老化」と言う生命の宿命を乗り越えてしまってたんだ。」
「なんでだか知らないけれども、木も鳥も、あの時地上にいた生物は殆どこうなってしまっていたんだ。あの戦争から生き残った僕らはもう、三百年余りも生きてるよ。ぐえ~っ!」
彼女が青年の首を絞めて泣いていた。
「うわ~ん!アタシは何の為に大金はたいてこんな体になったのか分かりゃしない~!
こんなことなら、潔くしてれば良かった。ズルいわ神様は!
私はこんな姿になってまで生きようとしていたのに~!」
「死ぬはずのアンタ達が、私の一番欲しい物を、何にもしないで手に入れた!」
青年は彼女を突き飛ばして手を離させ、ゲホゴホ咳をしながら、激高しているサイボーグつるっぱげ女子から距離を取った。いくら不死でもこれはたまらない。「おちついて!ね?」
「ねえ君、それは違うかもしれないよ?神様は僕らから天国行きの切符を取り上げたのかもしれないし。」
泣きじゃくる彼女のツルツルした頭を撫でながら青年は慰めた。
凄いな涙まで出る機能付きかぁ、外面がハゲてなかったらベッピンさんだったかもね…
「…あなた、哲学者?」彼女が顔をあげた。
「うっ、三百年以上も生きてると皆こうなるんだよ!」
彼女は大分と落ち着いてきた。
「おとぎ話の人魚は永遠に近い時を生きる代わりに、死んだら天国に行けるはずの魂がないという。
今の僕らはまさにそれだ。神様は、この地球上で最悪の罪を犯し過ぎた僕らに愛想を尽かして、もう二度と帰って来るなと、僕らの魂をこの肉体の中に永久に閉じ込めたのかもしれない…」
「あれほど死を恐れた僕らなのに…こうなると死ねない事がかえって恐ろしくなってくるんだな。
けれどこんな世界になっても生命は道を探し出した。進化は最大の生きたいという魔法なんだ。」
「あなたやっぱり年寄りね。」彼女が笑った。あれ、今度はなんか可愛くなってきた、と青年は思った。
「ねえ君、心さえあれば十分なんだよ。たとえ脳だけでも君は人間だ。君も僕らと同じ魔法にかかった仲間なんだ。一緒においでよ。」と手を差し伸べた。
彼女は今度は素直に青年の手をとった。「ええ、そうね。」
二人で砂漠を歩きだす頃には、もう夜になっていた。
人魚の世紀へようこそ。
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