2240宇宙の雷音ディストピアの旅

美少年研究家

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第1章

「F」

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犯人『榛野一(はるのはじめ)』が警官に危害を加え、非常に危険な状態にあったため、やむをえず電子銃を発砲した。発砲回数は1回。電子線により、榛野はその場で即死した。
 電子銃の出力は最大値だった。これは、電子銃の不具合によるものであり、犯人の命を奪うことを目的としたものではない。

 廃工場の事件について、朝人は報告書だけでなく、反省文も提出する羽目になった。
 犯人の名前は、報告書を作る段階で初めて知った。榛野一、四十三歳、男性。Fランク。当たり前だが、全く知らない人物だ。
 朝人は電子銃を使い、犯人を死亡させるに至った経緯を文書にし、上級機動部の最高責任者である部長に提出した。
 犯人を死なせることは、当然褒められたことではない。それなりの理由を求められる。
 織は責任を感じていたようだった。やめろと言っても、何度も頭を下げてきた。自分のせいだと。だが、あの場で電子銃を使う判断をしたのは朝人自身だ。織に責任はない。

 処分は追って沙汰すると言われているが、おそらく『お咎めなし』だろう。
 上級機動部が対処する事件では、凶悪犯罪も多く、被害の拡大を防ぐために犯人を死亡させることは珍しくない。ほとんどの場合は、業務上やむを得ない処置と判断される。
 それに、犯人がFランクの人間だったことも考慮されるだろう。下位ランクは上位ランクの判断に従う義務がある。それが自分の命に関することであっても。
 処分に関しては心配いらない。だが、処分がなくても、人を死なせた事実までがなくなるわけではない。
 いい気分ではなかった。
 そもそも、あんな状況に陥らないよう、もっと慎重に対処するべきだったのだ。
 自分の甘さに苛ついていた。苛立っているのが周りにも伝わっていただろう。職場では織以外の人間から話しかけられることはなかった。触らぬ神に祟りなし、と皆が遠巻きに様子を伺っているのを感じた。そんな周囲の態度にも無性に苛ついた。

 肉体的にも精神的にも疲れ果て、自宅に戻る頃には深夜二時を回っていた。
 高級タワーマンションの一室。
 一人で住むには大きすぎる部屋に入る。真っ暗な部屋は、朝人が帰ってきたことを感知して自動で明かりをつけた。
「少し寒い」
 室内に肌寒さを感じ、朝人がそういうと、自動で暖房が入る。
 マンションには家事AIが導入されている。朝人の音声を認識して、大抵のことはこなしてくれる。
 食事を頼めばものの数秒で好みのものが提供されるが、今は食欲よりも睡眠欲がまさっていた。
「もう寝よう。それにしても寒いな。風邪でも引いたかな」
 暖房が必要になるような季節ではないはずだが。三十二区で雨にあたった上に、ひどく疲れているから余計に寒さを感じるのだろうか。
 朝人は寝室に入り、ベッドの上に身を投げた。
 しゅうしゅうと音がして、室内に酸素が送り込まれる。疲労回復を早めるため、室内の酸素濃度を上げている。どれだけ疲れて帰っても、明日の朝までに強制回復させられるようになっている。
 朝人は気絶するように眠りについた。

 朝人は名前の割に朝には弱かった。
 目覚ましが鳴るまで起きることはないし、なんだったら鳴っても起きない。ぐずぐずしていると、家事AIが遅刻の気配を察知して、ベッドのリクライニング機能を起動させ、ヘッド部分が起き上がる。それによって強制的に起こされる仕組みだ。
 だが、今日起こされたのは、目覚ましの音でも、ベッドのリクライニング機能でもなかった。
 突然、玄関の扉が乱暴に開けられる音がして、人の足音が響く。
 朝人は恐怖を感じて反射的に起き上がった。
「何だ?」
 ほとんど同時に、「侵入者です」という音声が流れ、警報ブザーが鳴り響いた。
 誰かが家に上がり込んできている。
 心臓が早鐘を打つ。
 まだ日は完全に昇りきっていない。こんな時間に部屋に上がりこんでくるなんて、一体誰が? 何のために? 
 玄関から寝室まではすぐだ。侵入者の狙いが朝人なら、すぐにこの部屋にやってくる。
 朝人は急いでベッドから出る。そして、寝室のドアが見える位置で身構えた。相手が室内に入ってきた時に、遅れずに反応できるように。
 すぐそばに迫ってきていた足音が止まる。
 ドアの向こう側に人の気配がする。朝人は全身を緊張させた。きっとこの部屋に入ってくる。

「侵入者です、侵入者です」

 警報ブザーが鳴り続けている。音声は分かりきったことを何度も繰り返すだけだ。
 朝人はひとつ深呼吸をした。
 ドアノブがかすかに動く。来るぞ、と朝人はドアの動きに集中する。
 ドアが完全に開かれ、数人の人影が室内になだれ込んでくる。
 相手は銃を持っていた。電子銃だ。分が悪い。
 だが、相手か態勢を整える前に奪ってしまえばーー
 朝人は床を蹴り、人影に近づく。電子銃を構えている男の腕を捻り上げ、銃を奪おうとする。
 しかし、
「道下首席!」
 と、聞き覚えのある声で呼びかけられ、動きを止めた。
「え? お前……」
 朝人が腕を捻り上げている相手は、自分の部下だった。
 名前は覚えていないが、上級機動部に最近入ってきたばかりの新人だ。
「い、痛いです……」
 新人が涙目でそう言うので、朝人は腕を離してやった。
「これは何の冗談だ?」
 朝人は周囲を見回す。寝室に入ってきたのは全部で五人。その全員が上級機動部の人間だった。
 そして新人以外の四人は、電子銃を朝人に向けている。
「どういう事だ、説明しろ」
 朝人がもう一度言うと、銃を構えている男性部員が、口を開いた。
「道下首席……。いえ、道下さん」
 その男性部員にも見覚えがあった。何度か仕事を一緒にしたこともある。その時は、朝人に憧れていると言い、一緒に仕事ができて光栄だと、嬉しそうな表情で話していたと記憶している。
 だが、今はその男性部員の表情に、朝人に対する敬意は見えない。申し訳なさそうな表情をしているが、朝人に向けた銃口にぶれはない。きっと彼は、必要になればいつでも引き金を引くだろう。
「ここから出て行ってください」

 脈絡もなくそう言われ、思わず朝人は吐き捨てるように笑った。
「それはこっちのセリフだ。ここは俺の家だ」
 出ていくべきは、侵入者たちの方だ。しかし、彼らは首を横に振った。
「いいえ。すぐに出てください。後の片付けは、上級機動部でやっておきますから」
「話が噛み合わないな。何で俺が家から追い出されるんだ」
「それは、住む資格がないからです」
「は?」
 間抜けな声を出したと自分でも思う。
「道下朝人。コスモランクはF。ここはAランク居住区です。あなたに住む資格はありません。直ちにここを出ないと、僕たちはあなたを捕まえなくてはならなくなります」
 朝人はすぐには意味を飲み込むことができなかった。
 言葉を返すこともできず、立ち尽くす。

 しばらく沈黙が続き、
「何を急に……」
 ようやく言えたのは、それだけだった。
 自分のランクが変わるなど、それも最下位になるなんて、夢でもありえない。
 だが、上級機動部の面々にランクを確認するよう促され、朝人は自身の手の甲を見た。

「F」

 手の甲に刻まれていたのはFの一文字。
 信じがたいことだが、自分のランクが変わっている。一晩のうちに、最上位から最下位へ。
 全身から力が抜けていくのを感じる。現実に頭がついていかなかった。
「これは、違う。何かの間違いだ」
 情けない、すがりつくような声。
 自身の部下にそんな姿を見せるなんて、普段だったらありえない。だが、ひどい動揺が、朝人に平常心を失わせていた。
「コスモシステムに間違いはありません。道下さんもよくご存知でしょう」
「それは……。そうかもしれないが、でも」
「コスモシステムに従わないことは、国の秩序を乱すこと。逆らえば罪になります。僕たちだって、あなたを監獄送りにはしたくありません。道下さん、従ってください」

 朝人に選択肢などなかった。
 国の秩序を乱す者がどうなるか、朝人自身が一番よく分かっている。似たようなセリフを、朝人だって何度も犯罪者たちに向けて言ってきた。
 それを、昨日まで机を並べていた同僚たちから、自分が言われることになろうとは。裏切られたような気分だった。システムにも、人間にも。

「分かったよ」
 声が震えないように、精一杯の力を込めた。
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