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第2章
分かった。何とかする
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不思議な卵型の物体は、レオンの宇宙船だと言う。
レオンに促されて宇宙船の中に足を踏み入れると、ゆっくりと卵の殻のような壁が閉じていき、元の継ぎ目一つない卵の形に戻った。
宇宙船内は広く、大きな動力室や、仰々しい操縦席のようなものはない。あるのはシンプルな家具だけだ。ただの家にしか見えないが、これで宇宙を自由に行き来できるらしい。見た目に反して、高い技術が使われているようだ。
「ソファへどうぞ。ゆっくりしてください」
朝人はソファに腰掛ける。ソファは柔らかく、体が包み込まれるように沈み込んでいく。座り心地は最高だ。
「朝人さん、寒いですか?」
「かなり寒いな。この部屋」
「私には適温なんですけどね。ソファを少し温めましょう」
レオンの言葉に反応し、ソファの表面が熱くなる。だが、熱すぎることはなく、温かいお風呂に浸かっているような気分になる。
「グリーゼ星の平均気温は、この星の基準でいうと零度くらいなんですよ。地球よりもずっと寒いんです」
「絶対行きたくないな」
「でも、綺麗ですよ。年中氷が舞っていて、どこもかしこも光っていて。動物はみんなモコモコしていて可愛いです」
レオンは朝人の向かい側に座り、自分の星について話す。懐かしむような目をして、穏やかに話す様子は見ていて微笑ましいが、今話したいことはそんなことじゃない。
「俺のランクが落ちた原因を知っているのか」
朝人が問いかけると、レオンは少し残念そうに肩をすくめた。もっと自分の星の話をしたかったようだ。
「朝人さんは、この辺りの気温が低下したから社会的地位が落ちてしまったんですよね」
レオンがまた、話してもいない朝人の事情を言い当てた。
もはや驚く気も起きなくなっている。出会って小一時間だが、自分もだいぶこの不思議な宇宙人に慣れてきている。
「どうやら俺は、寒いと病気にかかりやすくなるらしい。昔から寒いのが苦手なんだ。まあ、それが自分のランクに関わるほどの致命的なものだとは思っていなかったが」
「実は、昨日から急に寒くなったのは、この宇宙船から冷却した二酸化炭素を大量に放出して周辺の温度を下げているからなんです」
「おい、今すぐやめてくれ」
悪びれもせず言うものだから、朝人は思わず突っ込んだ。
「なんでそんな事を」
「いわば、グリーゼフォーミングと言いましょうか……」
「グリーゼフォーミング?」
「地球の環境をグリーゼ星に近づけているんです。グリーゼ星人にとって地球は暑すぎるので」
「そんな勝手な話があるか」
「返す言葉もありませんが……。こうしなければ、私はこの場所で数日と生きていられません。宇宙船の安全装置が働いているんです」
急激な気温の変化の原因は、宇宙人が地球の環境を変化させたためだという。まるで夢物語だ。それに、周囲の環境を好きに変えてしまえるほどの技術を、地球の人間は未だ持っていない。技術力の視点からいっても現実離れしている。昨日までの自分なら、こんな話を信じないだろう。
だが、事実として朝人のランクは落ちている。それがレオンの言うことが真実である証拠だった。
「レオンがいる限り、俺のランクはFのままってことか」
「そうなります」
レオンが深く頷いた。
朝人は一つため息をつき、間を置いた。
少し考えを整理しないと、情報量が多すぎる。
レオンは何も言わず、こちらの反応を待っているようだった。試されているような居心地の悪さを感じながら、情報を整理していく。
やがて朝人は口を開いた。
「さっき、レオンはこの星から出たいと言ってたよな。正直なところ、今すぐ出て行ってもらいたいんだが。出ていけない理由はなんだ?」
レオンは、自分たちは利害が一致するはずだとも言っていた。
と言うことは、レオンが朝人にこの話をしたのは、レオンにもこの星から出られない事情があり、助けを求めたいからではないだろうか。
「話が早くて助かりますね」
レオンが満足気ににっこりと笑った。
どうやら、朝人の答えがお気に召したらしい。
「私は、この星にくる予定ではなかったんです。ちょっとした宇宙旅行を楽しんでいたのですが、突然この星に呼ばれて、宇宙船の進路が変わってしまいました。なすすべもなく、地球に不時着した。そのせいで、燃料はもうありません」
「……燃料切れか」
「燃料さえあれば、すぐに出て行きますよ。この星に用はありませんし、宇宙船のグリーゼフォーミング機能で地球の環境を変えてしまうのも本意ではありません。長くいればいるだけ、この星への影響も大きくなってしまう」
「もっと寒くなるってことか?」
朝人が尋ねると、レオンが申し訳なさそうに肩をすくめた。
「残念ながら」
つまり、朝人にとってはますます困った事態になるというわけだ。レオンには地球から出て行ってもらう他なさそうだ。
「燃料はなんだ?」
「グリーゼ星で生産された高エネルギー体ですが、この星の技術レベルはあまり高くないようですので、同じものを作ることはできないでしょうね」
さらりと地球の技術力を辛口に評されるが、彼の発言に悪意はなさそうだ。確かに、技術力についてはグリーゼ星の方が上回っているようなので、反論のしようはない。
「ですが、似たようなものを見つけました」
レオンが立ち上がり、デスクの上に置かれていた丸いカプセルのような物体を手にする。
カプセルは金属製で、手のひらほどの大きさだ。
「そこの床に落ちていました。私の星では見ないものですが、これは何と言うのですか?」
レオンは首をかしげ、手にしたカプセルを不思議そうにためつすがめつしている。初めて見るおもちゃに興味を示す子供のように。
だが、それは朝人にはよく見覚えのあるものだった。
「アポフィスコアだ。雷のエネルギーをその中に閉じ込めて使っている」
朝人の答えを聞いて、レオンは感嘆のため息をついた。
「へえ。雷のエネルギーですか。興味深いですね」
レオンが手にしているのは、昨日ここで暴れていた男が使っていたコアの一つだろう。片付けられず放置されていたとすれば、警察も杜撰なものだ。
「うん。やっぱり、これを宇宙船の動力にできそうです」
「本当か」
朝人は思わず身を乗り出した。
このあたりにあるものでも動力になる。それは朗報だ。
「ただ、それは使用済みだな」
朝人はレオンからコアを受け取る。
コアには亀裂が入っており、力を込めると簡単にバラバラになった。中から粘つく液体が垂れてくる。
使用済みのコアを手にするのは初めてだ。まるで両生類が孵化した後の卵の殻のようで、気味が悪い。なぜ雷のエネルギーがねばねばしているのだろうという素朴な疑問が頭に浮かぶ。
「これはもう使えないのですか?」
「おそらく。コアの製造法なんて習ったことがないから知らないが、かなり特殊な製法を使っていて、再利用もできないと聞いたことがある」
「では、新しいものを手に入れることはできないでしょうか? 一つでいいんです」
「正直言って、かなり厳しいが……」
アポフィスコアの流通経路は国の管理下にあり、個人が売買できるものではない。例え一つであっても、手に入れることは難しいだろう。
とはいえ、出来ないと言ってしまえばそれまでだ。ずっとFランクのまま生きていくことになる。今のところレオンに地球から出て行ってもらう以外に、ランクを回復する有効な手立てもない。
「分かった。何とかする」
それが朝人の答えだった。
「だが、約束はできないし、手に入れられるとしても時間はかかるだろう」
朝人は正直に言った。何とかしたいのは山々だが、望みは薄い。
「はい、それで構いません。動いてくれるだけでも充分です」
「俺の人生がかかってるからな」
「私もですよ。このままだと見知らぬ土地で一生を終えることになりそうですから。私もできるだけのことはします」
そう言って、レオンが右手を差し出した。
何だか見覚えのある光景だ。それも、ついさっき。朝人は手を出すべきか迷った。
「ああ、つい癖で。私の星では何か約束や取引をした時は、相手の本心を確かめるため握手をするのが通例なんです。一方的に心の内を探られるのは嫌でしょうから、やめておきましょう。そんなことをしなくても、朝人さんのことを信じるしか道はありませんからね」
レオンは差し出した手を引っ込めて、握手をする代わりににっこりと微笑んだ。
グリーゼ星では、隠し事はできなそうだ。
一体どんな世界観の中で生活しているのか。これまで宇宙科学に興味を持ったことはなかったが、そんな自分でも好奇心が湧く。
宇宙人とこうして直に話しているなど、天文学者が知ったらどれだけ羨ましがるか分からない。
「一つ質問があるんだが」
さっきレオンは、突然地球に呼ばれたと言っていたが、それはどういう意味か。レオンは来るつもりはなかったと言っているから、好意的に招かれたわけではないだろう。
そう尋ねると、レオンは考え込むような様子を見せながらも話し始めた。
「この宇宙船は、ワープ航法で移動します。到着地点はあらかじめ設定していたのですが、それが急に変更されました。昨日の夜のことです」
レオンによれば、宇宙船は昨晩までは何の問題もなく航行していたという。しかし、突如として目的地変更を告げるアラートが鳴った。
その時にはすでに目的地が近接していたために、航路を戻す時間もなく、宇宙船は着陸の準備に入ってしまった。一度着陸態勢をとると、安全装置が働き、進路を変更できなくなる。
まるで天地がひっくり返ったかのような揺れの中、レオンは地球にたどり着いたのだそうだ。
「私にも、何が何だか分かりませんでした。生きた心地がしませんでしたよ。こんなこと初めてで」
レオンが苦笑する。
「でも、到着したこの場所を見て、その理由が分かりました。この建物の床に、マークが書いてあったのを見ましたか? 地球の人には馴染みのないものだと思いますが」
レオンが言っているのは昨日のあの事件の折に、犯人の男の足元に描かれていた文様のことだろう。
気の触れた犯人が描いた、意味不明な図形。そう考えていたが、何か意味があったというのか。
「あの文様が何か知っているのか? 俺には気味の悪い図形にしか見えないが」
「気味が悪い……? そうですか? かっこいいと思うんですけど。やっぱり地球人とは感覚が違うのかな……」
レオンがぶつぶつと呟いている。何やらショックを受けているようだ。
「いや、今はそんなことを気にしている場合じゃありません。実は、床に書いてあるマークはグリーゼ星の宇宙船の発着地点を示すものなのです。ここに着陸するよう、宇宙船が制御されたのでしょう。かなりのエネルギーを使ったはずです。ワープ航法中の宇宙船に通信を飛ばしたわけですから。通信は成功し、このマークを認識した宇宙船が、自動的に地球を着地点に設定してしまったみたいですね」
確かに宇宙船は、気味の悪い文様の真上にあった。
偶然ではあり得ないだろう。レオンの言う通り、地球人には意味不明な図形が、グリーゼ星では意味を持つものなのだ。
「意図的にレオンの宇宙船をここに呼んだってことか」
「そうなります」
「この文様を描いた男は死んだ」
殺した、とは言わなかった。だが、レオンは特に追求はしてこなかった。握手をした時に、そのあたりの記憶はもう確認済みなのかもしれない。
「その男性が誰であれ、そもそも私には地球に知り合いなんていません。なぜこんなことをしたのか分かりません」
朝人にも、この一連の出来事の全貌は分からない。
しかし、分かったこともある。
昨日の男は、ただ自暴自棄になって暴れていたのではない。明確な目的を持っていた。グリーゼ星の宇宙人をこの廃工場に呼ぶ。そのために、どこからかアポフィスコアまで入手してきている。
男を殺してしまった今となってはその目的は分からない。
だが、昨日からの様々な出来事は確かに繋がっているようだった。
レオンに促されて宇宙船の中に足を踏み入れると、ゆっくりと卵の殻のような壁が閉じていき、元の継ぎ目一つない卵の形に戻った。
宇宙船内は広く、大きな動力室や、仰々しい操縦席のようなものはない。あるのはシンプルな家具だけだ。ただの家にしか見えないが、これで宇宙を自由に行き来できるらしい。見た目に反して、高い技術が使われているようだ。
「ソファへどうぞ。ゆっくりしてください」
朝人はソファに腰掛ける。ソファは柔らかく、体が包み込まれるように沈み込んでいく。座り心地は最高だ。
「朝人さん、寒いですか?」
「かなり寒いな。この部屋」
「私には適温なんですけどね。ソファを少し温めましょう」
レオンの言葉に反応し、ソファの表面が熱くなる。だが、熱すぎることはなく、温かいお風呂に浸かっているような気分になる。
「グリーゼ星の平均気温は、この星の基準でいうと零度くらいなんですよ。地球よりもずっと寒いんです」
「絶対行きたくないな」
「でも、綺麗ですよ。年中氷が舞っていて、どこもかしこも光っていて。動物はみんなモコモコしていて可愛いです」
レオンは朝人の向かい側に座り、自分の星について話す。懐かしむような目をして、穏やかに話す様子は見ていて微笑ましいが、今話したいことはそんなことじゃない。
「俺のランクが落ちた原因を知っているのか」
朝人が問いかけると、レオンは少し残念そうに肩をすくめた。もっと自分の星の話をしたかったようだ。
「朝人さんは、この辺りの気温が低下したから社会的地位が落ちてしまったんですよね」
レオンがまた、話してもいない朝人の事情を言い当てた。
もはや驚く気も起きなくなっている。出会って小一時間だが、自分もだいぶこの不思議な宇宙人に慣れてきている。
「どうやら俺は、寒いと病気にかかりやすくなるらしい。昔から寒いのが苦手なんだ。まあ、それが自分のランクに関わるほどの致命的なものだとは思っていなかったが」
「実は、昨日から急に寒くなったのは、この宇宙船から冷却した二酸化炭素を大量に放出して周辺の温度を下げているからなんです」
「おい、今すぐやめてくれ」
悪びれもせず言うものだから、朝人は思わず突っ込んだ。
「なんでそんな事を」
「いわば、グリーゼフォーミングと言いましょうか……」
「グリーゼフォーミング?」
「地球の環境をグリーゼ星に近づけているんです。グリーゼ星人にとって地球は暑すぎるので」
「そんな勝手な話があるか」
「返す言葉もありませんが……。こうしなければ、私はこの場所で数日と生きていられません。宇宙船の安全装置が働いているんです」
急激な気温の変化の原因は、宇宙人が地球の環境を変化させたためだという。まるで夢物語だ。それに、周囲の環境を好きに変えてしまえるほどの技術を、地球の人間は未だ持っていない。技術力の視点からいっても現実離れしている。昨日までの自分なら、こんな話を信じないだろう。
だが、事実として朝人のランクは落ちている。それがレオンの言うことが真実である証拠だった。
「レオンがいる限り、俺のランクはFのままってことか」
「そうなります」
レオンが深く頷いた。
朝人は一つため息をつき、間を置いた。
少し考えを整理しないと、情報量が多すぎる。
レオンは何も言わず、こちらの反応を待っているようだった。試されているような居心地の悪さを感じながら、情報を整理していく。
やがて朝人は口を開いた。
「さっき、レオンはこの星から出たいと言ってたよな。正直なところ、今すぐ出て行ってもらいたいんだが。出ていけない理由はなんだ?」
レオンは、自分たちは利害が一致するはずだとも言っていた。
と言うことは、レオンが朝人にこの話をしたのは、レオンにもこの星から出られない事情があり、助けを求めたいからではないだろうか。
「話が早くて助かりますね」
レオンが満足気ににっこりと笑った。
どうやら、朝人の答えがお気に召したらしい。
「私は、この星にくる予定ではなかったんです。ちょっとした宇宙旅行を楽しんでいたのですが、突然この星に呼ばれて、宇宙船の進路が変わってしまいました。なすすべもなく、地球に不時着した。そのせいで、燃料はもうありません」
「……燃料切れか」
「燃料さえあれば、すぐに出て行きますよ。この星に用はありませんし、宇宙船のグリーゼフォーミング機能で地球の環境を変えてしまうのも本意ではありません。長くいればいるだけ、この星への影響も大きくなってしまう」
「もっと寒くなるってことか?」
朝人が尋ねると、レオンが申し訳なさそうに肩をすくめた。
「残念ながら」
つまり、朝人にとってはますます困った事態になるというわけだ。レオンには地球から出て行ってもらう他なさそうだ。
「燃料はなんだ?」
「グリーゼ星で生産された高エネルギー体ですが、この星の技術レベルはあまり高くないようですので、同じものを作ることはできないでしょうね」
さらりと地球の技術力を辛口に評されるが、彼の発言に悪意はなさそうだ。確かに、技術力についてはグリーゼ星の方が上回っているようなので、反論のしようはない。
「ですが、似たようなものを見つけました」
レオンが立ち上がり、デスクの上に置かれていた丸いカプセルのような物体を手にする。
カプセルは金属製で、手のひらほどの大きさだ。
「そこの床に落ちていました。私の星では見ないものですが、これは何と言うのですか?」
レオンは首をかしげ、手にしたカプセルを不思議そうにためつすがめつしている。初めて見るおもちゃに興味を示す子供のように。
だが、それは朝人にはよく見覚えのあるものだった。
「アポフィスコアだ。雷のエネルギーをその中に閉じ込めて使っている」
朝人の答えを聞いて、レオンは感嘆のため息をついた。
「へえ。雷のエネルギーですか。興味深いですね」
レオンが手にしているのは、昨日ここで暴れていた男が使っていたコアの一つだろう。片付けられず放置されていたとすれば、警察も杜撰なものだ。
「うん。やっぱり、これを宇宙船の動力にできそうです」
「本当か」
朝人は思わず身を乗り出した。
このあたりにあるものでも動力になる。それは朗報だ。
「ただ、それは使用済みだな」
朝人はレオンからコアを受け取る。
コアには亀裂が入っており、力を込めると簡単にバラバラになった。中から粘つく液体が垂れてくる。
使用済みのコアを手にするのは初めてだ。まるで両生類が孵化した後の卵の殻のようで、気味が悪い。なぜ雷のエネルギーがねばねばしているのだろうという素朴な疑問が頭に浮かぶ。
「これはもう使えないのですか?」
「おそらく。コアの製造法なんて習ったことがないから知らないが、かなり特殊な製法を使っていて、再利用もできないと聞いたことがある」
「では、新しいものを手に入れることはできないでしょうか? 一つでいいんです」
「正直言って、かなり厳しいが……」
アポフィスコアの流通経路は国の管理下にあり、個人が売買できるものではない。例え一つであっても、手に入れることは難しいだろう。
とはいえ、出来ないと言ってしまえばそれまでだ。ずっとFランクのまま生きていくことになる。今のところレオンに地球から出て行ってもらう以外に、ランクを回復する有効な手立てもない。
「分かった。何とかする」
それが朝人の答えだった。
「だが、約束はできないし、手に入れられるとしても時間はかかるだろう」
朝人は正直に言った。何とかしたいのは山々だが、望みは薄い。
「はい、それで構いません。動いてくれるだけでも充分です」
「俺の人生がかかってるからな」
「私もですよ。このままだと見知らぬ土地で一生を終えることになりそうですから。私もできるだけのことはします」
そう言って、レオンが右手を差し出した。
何だか見覚えのある光景だ。それも、ついさっき。朝人は手を出すべきか迷った。
「ああ、つい癖で。私の星では何か約束や取引をした時は、相手の本心を確かめるため握手をするのが通例なんです。一方的に心の内を探られるのは嫌でしょうから、やめておきましょう。そんなことをしなくても、朝人さんのことを信じるしか道はありませんからね」
レオンは差し出した手を引っ込めて、握手をする代わりににっこりと微笑んだ。
グリーゼ星では、隠し事はできなそうだ。
一体どんな世界観の中で生活しているのか。これまで宇宙科学に興味を持ったことはなかったが、そんな自分でも好奇心が湧く。
宇宙人とこうして直に話しているなど、天文学者が知ったらどれだけ羨ましがるか分からない。
「一つ質問があるんだが」
さっきレオンは、突然地球に呼ばれたと言っていたが、それはどういう意味か。レオンは来るつもりはなかったと言っているから、好意的に招かれたわけではないだろう。
そう尋ねると、レオンは考え込むような様子を見せながらも話し始めた。
「この宇宙船は、ワープ航法で移動します。到着地点はあらかじめ設定していたのですが、それが急に変更されました。昨日の夜のことです」
レオンによれば、宇宙船は昨晩までは何の問題もなく航行していたという。しかし、突如として目的地変更を告げるアラートが鳴った。
その時にはすでに目的地が近接していたために、航路を戻す時間もなく、宇宙船は着陸の準備に入ってしまった。一度着陸態勢をとると、安全装置が働き、進路を変更できなくなる。
まるで天地がひっくり返ったかのような揺れの中、レオンは地球にたどり着いたのだそうだ。
「私にも、何が何だか分かりませんでした。生きた心地がしませんでしたよ。こんなこと初めてで」
レオンが苦笑する。
「でも、到着したこの場所を見て、その理由が分かりました。この建物の床に、マークが書いてあったのを見ましたか? 地球の人には馴染みのないものだと思いますが」
レオンが言っているのは昨日のあの事件の折に、犯人の男の足元に描かれていた文様のことだろう。
気の触れた犯人が描いた、意味不明な図形。そう考えていたが、何か意味があったというのか。
「あの文様が何か知っているのか? 俺には気味の悪い図形にしか見えないが」
「気味が悪い……? そうですか? かっこいいと思うんですけど。やっぱり地球人とは感覚が違うのかな……」
レオンがぶつぶつと呟いている。何やらショックを受けているようだ。
「いや、今はそんなことを気にしている場合じゃありません。実は、床に書いてあるマークはグリーゼ星の宇宙船の発着地点を示すものなのです。ここに着陸するよう、宇宙船が制御されたのでしょう。かなりのエネルギーを使ったはずです。ワープ航法中の宇宙船に通信を飛ばしたわけですから。通信は成功し、このマークを認識した宇宙船が、自動的に地球を着地点に設定してしまったみたいですね」
確かに宇宙船は、気味の悪い文様の真上にあった。
偶然ではあり得ないだろう。レオンの言う通り、地球人には意味不明な図形が、グリーゼ星では意味を持つものなのだ。
「意図的にレオンの宇宙船をここに呼んだってことか」
「そうなります」
「この文様を描いた男は死んだ」
殺した、とは言わなかった。だが、レオンは特に追求はしてこなかった。握手をした時に、そのあたりの記憶はもう確認済みなのかもしれない。
「その男性が誰であれ、そもそも私には地球に知り合いなんていません。なぜこんなことをしたのか分かりません」
朝人にも、この一連の出来事の全貌は分からない。
しかし、分かったこともある。
昨日の男は、ただ自暴自棄になって暴れていたのではない。明確な目的を持っていた。グリーゼ星の宇宙人をこの廃工場に呼ぶ。そのために、どこからかアポフィスコアまで入手してきている。
男を殺してしまった今となってはその目的は分からない。
だが、昨日からの様々な出来事は確かに繋がっているようだった。
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