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第3話 婚約者
葵は本を沢山乗せたカートを押し、受付カウンターからフロアに出る。
棚へと本を戻しながら、葵は図書館に要が来てくれた時をふと思い出す。
1ヶ月ちょっと前、まだ要のことを好きだと自覚できてない頃だった。
ただ逢いたいと、そんな思いを持て余し、戸惑っていた頃。
(今も大して変わらないかな)
思いを持て余すところも、全然自分の思いを掴めないところも、あの頃から成長がない。
そんな葵を要はずっと支えてくれている。
この図書館も1ヶ月の休職後に戻ると、経営者が西園寺グループに移行していた。
少し離れた閲覧エリアのソファにもたれ、和希が手を振る。
おかげで、和希は職員IDをつけて大きな顔でフロアにいるのだ。
葵は和希に手を振り返し、棚の間を進む。
休職して半月経った頃に、図書館の仕事に戻りたいかと要から問われた事がある。
だからきっと要の根回しなのだ。
その要が昨日戻ってきてからどこか上の空で、考えこんでいる。
堂形 深鈴の依頼内容としては、簡単に言うとストーカーからの警護で、要と和希と篠宮で当面は堂形 深鈴の警護に当たると言う。
別に、要が始終ずっと堂形 深鈴を警護する訳ではないけれど…
いや、『仕事』な訳だから、仮に要一人で始終ずっとべったり警護でも仕方ないのだけれど…
…仕方ない、のか?
(それは嫌だ…すごく嫌だっ)
葵は声を抑えて棚に寄りかかる。
これは、きっと完全なるヤキモチだ。
架南に似た顔の、和服が似合い所作も淑やかで、しっかりと自分を持ち芯がある。
そんな人が、要と同じ時間を過ごし、要に…守られる。
側にいて守ってくれる、要は自分だけのヒーローだと知らず知らずに思い込んでいた。
あの腕の中は自分だけのものと自惚れていたのだ。
(バカみたい…)
嫉妬にまみれた自分は、酷く情けない。
溜息を吐いて、葵は再び棚へと本を戻し始める。
その棚の隙間から、向こう側を通り過ぎる女性が見えた。
白いワンピースに桜色の唇、流れる黒髪。
その女性は棚を回り込み、葵の横へと歩いてくる。
「お勧めの本はあるかしら」
口紅の色や髪型は違うが、堂形 深鈴である。
「深鈴さん…」
なぜここに来たのか、その疑問で頭がいっぱいになった。
今の時間は、要が学校、篠宮が警護のはず。
「日向 葵さんですわよね」
ニッコリと形のよい唇が笑みを乗せる。
瞳は笑っていない。
葵が小さく頷くのを見ると、堂形 深鈴は棚に並ぶ書籍を眺める。
「私は昨日、要様の婚約者になりましたの」
そして本を一冊、指先で引き出した。
引き出されただけで受け止めて貰えない本が、バサリと床に落ちる。
「ですから、ご挨拶に伺いましたのよ。要様の恋人の、日向 葵さん」
何を言っているのだろうか…
(婚約…、婚約者?)
葵は馬鹿みたいに婚約者の意味を考える。
考えるまでもないのに、違う意味を求めてしまう。
「…婚約者?」
「ええ」
「婚約者って…」
「そうよ」
「え?婚約??」
「…あなた、わざとやっているの?」
うわ言のように繰り返す葵に深鈴は眉をしかめ、睨みつけてきた。
「あ……いえ」
余りにも混乱してしまった。
昨日突然現れた人が、今日突然理解不能なことを言いに来た。
「すみません、頭がついていかなくて…」
要は昨日、堂形 深鈴の父親と会っている。
その場でその話になったと言うことなのだろうか…
婚約者と口にするからには、要も同意してのことなのだろうか。
同意したとしたら…
(私は、なんなのだろう)
昨日から要が上の空なのは、これのせい?
戸惑う葵に深鈴がほくそ笑む。
「私は別に婚約者に恋人がいても構いませんのよ。ですが、お父様が世間体を気にされているのです」
深鈴の口元から一瞬で笑みが消える。
「別れてくださらない?」
堂形 深鈴の瞳の中にあるもの、葵はそれが何かを知る。
敵視、だ。
「あの…」
葵は恐る恐る口を開く。
「深鈴さんは要くんの事を好きなんですよね?」
深鈴は問われて、目を見開いた。
「あなた…何を言っているの?」
驚いた様子で問い返してくる。
「好きだ愛してるなどと一時の気持ちで結婚するなんて愚かだわ…家の為、一族の為に、血を深める為の結婚よ」
「…え?」
血を深める為、その言葉がやけに印象に残った。
「あなただって、一時的だからこそ彼とは踏み込んだ関係にならないのでしょう?」
「…踏み込んだ関係?」
何だろうか、深鈴の言葉は何もかもすんなり入ってこない。
拒絶反応なのだろうか。
「1ヶ月近く同棲していて、『まだ』なんですってね…それっておままごとみたいな同棲よね」
何を言われているのかがわかり、葵は顔を赤らめる。
「彼も、踏み込む気がないってことでしょう?」
くすくすと深鈴が笑い、口元に手を当てた。
誰から聞いたのか、なぜ知っているのか…
葵は動揺し、手にしていた本を落とした。
酷く惨めな気持ちになった。
「おい、あんた…」
背後からドスの利いた声が投げかけられた。
振り向くと頬をひきつかせ怒りを浮かべた和希が立っていた。
「うちの葵に何の用だよっ」
威嚇でもするかのように、和希は言葉を吐き捨てる。
「たしか、相良 和希さんでしたわね」
その威嚇を意に介さず、深鈴は和希に近づいた。
触れてしまいそうなほどの距離で和希の顔を覗き込む。
「うちのって、どういう意味かしら?」
その距離に面食らい、固まっている和希の肩へ深鈴は手を滑らせると、踵を上げ背伸びをした。
「ずぅ…っと前に行方不明になったお姉様と関係あるのかしらね」
和希の耳元で深鈴が囁く。
とたんに和希が深鈴を容赦なく突き飛ばした。
「あんたには関係ねーよ!」
よろけた深鈴が床に尻餅をつく。
「行こーぜっ」
和希が治らない怒りを露わに葵の手を掴み、その場を離れた。
「マジで嫌いだ、あいつ…」
吐き捨てるような和希の声。
葵は手を引かれながら、深鈴が言った言葉を思い出す。
(踏み込む気がない…そうなのかな)
要はキスから先に踏み込まない。
そう言ったことに不慣れな自分を気遣ってのことだと思っていたけれど…
違うのかもしれない。
血を深めるとは、どういう事なのか。
婚約が真実なのか…
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
棚へと本を戻しながら、葵は図書館に要が来てくれた時をふと思い出す。
1ヶ月ちょっと前、まだ要のことを好きだと自覚できてない頃だった。
ただ逢いたいと、そんな思いを持て余し、戸惑っていた頃。
(今も大して変わらないかな)
思いを持て余すところも、全然自分の思いを掴めないところも、あの頃から成長がない。
そんな葵を要はずっと支えてくれている。
この図書館も1ヶ月の休職後に戻ると、経営者が西園寺グループに移行していた。
少し離れた閲覧エリアのソファにもたれ、和希が手を振る。
おかげで、和希は職員IDをつけて大きな顔でフロアにいるのだ。
葵は和希に手を振り返し、棚の間を進む。
休職して半月経った頃に、図書館の仕事に戻りたいかと要から問われた事がある。
だからきっと要の根回しなのだ。
その要が昨日戻ってきてからどこか上の空で、考えこんでいる。
堂形 深鈴の依頼内容としては、簡単に言うとストーカーからの警護で、要と和希と篠宮で当面は堂形 深鈴の警護に当たると言う。
別に、要が始終ずっと堂形 深鈴を警護する訳ではないけれど…
いや、『仕事』な訳だから、仮に要一人で始終ずっとべったり警護でも仕方ないのだけれど…
…仕方ない、のか?
(それは嫌だ…すごく嫌だっ)
葵は声を抑えて棚に寄りかかる。
これは、きっと完全なるヤキモチだ。
架南に似た顔の、和服が似合い所作も淑やかで、しっかりと自分を持ち芯がある。
そんな人が、要と同じ時間を過ごし、要に…守られる。
側にいて守ってくれる、要は自分だけのヒーローだと知らず知らずに思い込んでいた。
あの腕の中は自分だけのものと自惚れていたのだ。
(バカみたい…)
嫉妬にまみれた自分は、酷く情けない。
溜息を吐いて、葵は再び棚へと本を戻し始める。
その棚の隙間から、向こう側を通り過ぎる女性が見えた。
白いワンピースに桜色の唇、流れる黒髪。
その女性は棚を回り込み、葵の横へと歩いてくる。
「お勧めの本はあるかしら」
口紅の色や髪型は違うが、堂形 深鈴である。
「深鈴さん…」
なぜここに来たのか、その疑問で頭がいっぱいになった。
今の時間は、要が学校、篠宮が警護のはず。
「日向 葵さんですわよね」
ニッコリと形のよい唇が笑みを乗せる。
瞳は笑っていない。
葵が小さく頷くのを見ると、堂形 深鈴は棚に並ぶ書籍を眺める。
「私は昨日、要様の婚約者になりましたの」
そして本を一冊、指先で引き出した。
引き出されただけで受け止めて貰えない本が、バサリと床に落ちる。
「ですから、ご挨拶に伺いましたのよ。要様の恋人の、日向 葵さん」
何を言っているのだろうか…
(婚約…、婚約者?)
葵は馬鹿みたいに婚約者の意味を考える。
考えるまでもないのに、違う意味を求めてしまう。
「…婚約者?」
「ええ」
「婚約者って…」
「そうよ」
「え?婚約??」
「…あなた、わざとやっているの?」
うわ言のように繰り返す葵に深鈴は眉をしかめ、睨みつけてきた。
「あ……いえ」
余りにも混乱してしまった。
昨日突然現れた人が、今日突然理解不能なことを言いに来た。
「すみません、頭がついていかなくて…」
要は昨日、堂形 深鈴の父親と会っている。
その場でその話になったと言うことなのだろうか…
婚約者と口にするからには、要も同意してのことなのだろうか。
同意したとしたら…
(私は、なんなのだろう)
昨日から要が上の空なのは、これのせい?
戸惑う葵に深鈴がほくそ笑む。
「私は別に婚約者に恋人がいても構いませんのよ。ですが、お父様が世間体を気にされているのです」
深鈴の口元から一瞬で笑みが消える。
「別れてくださらない?」
堂形 深鈴の瞳の中にあるもの、葵はそれが何かを知る。
敵視、だ。
「あの…」
葵は恐る恐る口を開く。
「深鈴さんは要くんの事を好きなんですよね?」
深鈴は問われて、目を見開いた。
「あなた…何を言っているの?」
驚いた様子で問い返してくる。
「好きだ愛してるなどと一時の気持ちで結婚するなんて愚かだわ…家の為、一族の為に、血を深める為の結婚よ」
「…え?」
血を深める為、その言葉がやけに印象に残った。
「あなただって、一時的だからこそ彼とは踏み込んだ関係にならないのでしょう?」
「…踏み込んだ関係?」
何だろうか、深鈴の言葉は何もかもすんなり入ってこない。
拒絶反応なのだろうか。
「1ヶ月近く同棲していて、『まだ』なんですってね…それっておままごとみたいな同棲よね」
何を言われているのかがわかり、葵は顔を赤らめる。
「彼も、踏み込む気がないってことでしょう?」
くすくすと深鈴が笑い、口元に手を当てた。
誰から聞いたのか、なぜ知っているのか…
葵は動揺し、手にしていた本を落とした。
酷く惨めな気持ちになった。
「おい、あんた…」
背後からドスの利いた声が投げかけられた。
振り向くと頬をひきつかせ怒りを浮かべた和希が立っていた。
「うちの葵に何の用だよっ」
威嚇でもするかのように、和希は言葉を吐き捨てる。
「たしか、相良 和希さんでしたわね」
その威嚇を意に介さず、深鈴は和希に近づいた。
触れてしまいそうなほどの距離で和希の顔を覗き込む。
「うちのって、どういう意味かしら?」
その距離に面食らい、固まっている和希の肩へ深鈴は手を滑らせると、踵を上げ背伸びをした。
「ずぅ…っと前に行方不明になったお姉様と関係あるのかしらね」
和希の耳元で深鈴が囁く。
とたんに和希が深鈴を容赦なく突き飛ばした。
「あんたには関係ねーよ!」
よろけた深鈴が床に尻餅をつく。
「行こーぜっ」
和希が治らない怒りを露わに葵の手を掴み、その場を離れた。
「マジで嫌いだ、あいつ…」
吐き捨てるような和希の声。
葵は手を引かれながら、深鈴が言った言葉を思い出す。
(踏み込む気がない…そうなのかな)
要はキスから先に踏み込まない。
そう言ったことに不慣れな自分を気遣ってのことだと思っていたけれど…
違うのかもしれない。
血を深めるとは、どういう事なのか。
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