羽化の囁き

神楽冬呼

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第4話 家出

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「…んで、何でオレのとこなんだよ」
恨めしそうな顔で和希はイスの背もたれに向かってまたがった。
「何て言うか、乗りかかった船的な?」
葵は床に正座して、和希の視線を上から受け止める。
ここは和希の部屋であり、元葵の部屋だ。
訳あって転がり込んでしまった。
「なんだそりゃ!満琉さんとこに行けばいいだろ?」
「満琉さんはほら根掘り葉掘り色々聞いてくるだろうし、今の私のメンタル…根掘り葉掘り、無理」
満琉は心配してくれるんだろうけど、何となく要との事は相談しにくい。
満琉の前世である天音《あまね》は、要の…蒼麻《そうま》の許婚だったのだ。
満琉は要に対しても、そういう気持ちがあったと思う。
「…そ、それに比べると、和希くんは説明なしでも事情わかってるし、ね?」
「ね?じゃねーよ…」
和希は背もたれに腕を置くと、困り果てたように頭を抱えた。
「オレがあいつに殺されるってーの」
和希はそう言うけれど、要は和希にはそれなりの信頼を寄せていると思う。
機嫌は悪くなるかもしれないけれど…
「和希くんは、男の人って感じしないから大丈夫だよ」
「なんだソレ…」
「んー、何というかね、弟みたいな」
葵がそう言うと、和希は頭を抱えたまま、急に動かなくなった。
悪い事を言ってしまったかと、床に手をついて葵はイスに近づく。
「仕方ねーな…」
すると、和希がポツリと呟くのが聞こえた。
「その代わり、葵が寝袋で寝ろよ」
怒ってる訳でも、困ってる訳でもない、頬がほころび口元は若干への字で、照れているように見える。
「うん、寝袋で平気」
葵はとりあえずホッとした。
「…ごめんね。面倒なこと頼んで…ちょっとだけ、ちょっとでいいんだ。要くんから離れて少し考えたくて」
何より見せたくない…
嫉妬でぐちゃぐちゃの自分。
要を疑っているわけではない。
有る事無い事言って仲を拗らせたい堂形 深鈴の策略だろうと、頭の片隅ではわかってはいるけれど…
なんであれ、堂形 深鈴がそのスタンスで要に迫っている事実が、有る事無い事想像させる。
和希にしたように、枝垂れかかるように身を寄せて、肩に手を置いて、耳元で囁く的な、色香たっぷりに要に触れているかと思ったら、もう…イライラが止まらない。
警護で一緒にいるとか、仕方ないことなのに、嫌で嫌でたまらないのだ。
「まーな、ここスローネにいるとあいつずっと葵にべったりだしな…距離置くのはいいんじゃね」
べったりしている意識はなかったけれど、こうなってみると同棲って色々と難しい。


堂形 深鈴は大学に通っている為、講義の時間は要が潜入して警護している。
今日は午後から講義があると言っていた。
図書館の仕事を終え、和希が葵を店に送り届けたあと、要と交代をする手筈になっていた。
満琉と夕飯を作りながら帰りを待ったが、頭の中が大混乱だった。
篠宮と要が同時に戻り、皆んなで食べている間は気も紛れたが…
要と一緒に部屋に戻り、いざ二人っきりになると、どうにも気持ちが騒ついて落ち着かなくなった。
篠宮や和希の報告から、堂形 深鈴が図書館に現れたことは要は知っている。
当然、どんな話になったのかを聞かれた。
「…婚約報告を」としか言えなかった。
「やはりその件ですか…」
要は溜息を吐く。
一緒にソファに座り葵はうつむいた。
やはりって言う事は、要が全く知らない話ではないと言うことだ。
「婚約の話が出たのは事実です」
要が葵に向き直る。
「ですが、親同士が勝手に決めたことです」
自分に膝を向けてくれているのはわかってはいても、葵は要に顔を向けることが出来なかった。
多分、そんな事ではないかと考えてはいたから、頷ける。
(…ん?あれ?親同士…親??)
葵はふと疑問にぶち当たる。
要の親と言えば、名ばかりの…
「親って、もしかして」
「そうです。あの祥吾さんです」
そうなのだ、世間体では要は祥吾の養子なので、彼が養父、父親にあたる。
「事もあろうに、当の本人は酒に酔いその約束をおぼえていませんでした」
要は呆れたように先程より深い溜息を吐く。
祥吾ならやり兼ねない。
「昨日、堂形さんにはお断りしたはずなのですが…」
そうだとしても、深鈴が図書館にまで乗り込んできたとなれば、堂形側の意向が強いのだろう。
深鈴は家の為、一族の為、血を深める為だと言い、要への気持ちを否定したけれど、何かが引っかかる。
挑発的な態度に敵意に満ちたあの瞳。
要を見る時はどんな目をするのだろうか。
警護の時、どんな距離感なのか…
深鈴は要にどんなふうに触れるのだろうか。
深鈴が言っていた『踏み込んだ関係』にならない理由…
今まで気にしていなかったけれど、気になると止まらない。
「葵さん?」
黙り込む葵に要が手を伸ばす。
いつものように自分の頬に触れようとする要の手を、葵は思わず反射的に避けていた。
葵自身、避けたことに驚き、要も驚いて目を見開いた。
互いに見つめ合ったまま数秒固まる。
(…私、なんで)
葵は戸惑いながら、ソファから立ち上がる。
「…ごめんなさい」
喧嘩らしい喧嘩をしたことがないし、意見がぶつかったこともない。
一緒に過ごして不快だと思えることなど、今まで何一つなかった。
それは、もしかすると、互いが踏み込んでいないからではないのだろうか。
頬に触れ、抱き合い、キスをする。
差し障りのない簡単な愛撫で、済ませてしまう関係だからなのか。
だから、踏み込めないのだろうか。
きっと、深鈴は…深鈴なら、あの強引さで要との距離を縮め踏み込んでいくのだと思う。
架南に似た、あの顔で、要に触れているのだろうか。
「ごめんなさい、要くん…ちょっと時間をください」
気持ちがぐちゃぐちゃで、胸が苦しくて、葵は滲み出る涙を必死にこらえる。
「少し、離れて考えたい…」
涙で視界が霞む。
要はどんな顔をしているのだろう。
「…わかりました」
声が近くで聞こえ、フワリと労わるように抱き寄せられた。
「警護の交代に行ってきますね」
染み入るような要の声に、胸が痛くなった。


そして和希の部屋に転がり込んだものの、全く気持ちが落ち着く気配がない。
イライラが増す一方である。
恋って厄介だ。
「ねぇ、和希くん…」
テレビを眺める和希に葵は声をかける。
「…んー?」
「和希くんって今まで何人くらい彼女いたの?」
「4、5人かなー、って何の質問だよソレっ」
クッションを抱きしめて床に座る葵に、和希は目を細める。
「いっぱいいたんだね」
「そーでもなくね?」
テレビの画面を眺めたまま、葵は淡々と話しかける。
「じゃあ、先輩に質問…」
「何の先輩なんだか」
「男女交際の先輩?」
「男女交際って死語じゃね?まー、いいや…で?」
イスを降りて、和希は葵の隣で胡座をかく。
「男の人は、処女は重いのかな?」
「………」
和希が黙り込んだので、葵は画面から和希へと視線を移す。
和希は眉を潜め、口を真一文字に結んで難しい顔をしていた。
葵が答えを待って和希を見つめていると、渋々口を開く。
「………あのさ。この状況、このタイミング、避けようぜ、そーいう話」
「だけど、聞ける男の人いないんだもん…祥吾さんとか篠宮さんとか、聞きにくいし」
「まー、そりゃそうだけど………アレだな、男による」
和希は歯切れの悪い物言いで、続ける。
「処女は面倒とか言う男は、責任とかとりたくないし、単純に楽しみたいとか…そんな感じ?んで、支配欲とか独占欲強い男は処女がいいって言うんだろーな」
意外としっかりと和希が答えてくれて、葵は驚いた。
「でも、結局さ、惚れたらそこまでだろ?処女だろーが、そうじゃなかろーが」
「…そっか」
今まで彼氏はいたけど、どうしてもキスより先へは踏み込めなかった。
踏み込みたいとも思わず、別れを告げられホッとしたこともあった。
触れて欲しい。
抱き締めて欲しい。
そんなふうに思ったことなどなくて、思い返すと恋愛感情があったのかすら、怪しい。
要と出会い、初めて直面する気持ちがたくさんある。
いつか、要となるだろう、と思いながら、自分自身では何も行動してこなかった。
以前、そう言う関係になるのは待って欲しいと言ったのも自分だ。
要の優しさに甘え、丸投げである。
「それにさ、あいつは後者だぜ?独占欲の塊!」
和希がニシシと笑う。
「そうかな?」
その笑い方があどけなくて、葵はつられて笑う。
そんな葵に和希がにじり寄った。
「なんなら、オレとする?」
葵は間近にある和希の顔を凝視し、目を細めた。
「和希くんって、そんな感じしない…全然全くドキドキもしない」
「…………だよな」
和希が深く納得して、テレビの画面に向き直る。
「もーちょい色気磨け…」
ボソッと呟いた和希の腕を葵は叩いた。
(色気か…)
葵は深鈴の艶やかな唇を思い出していた。
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