羽化の囁き

神楽冬呼

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第5話 勃発

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ベットが軋んだ音を立てる。
深鈴の左膝が、脚の間へと下ろされた。
馬乗りになるしなやかな肢体。
コトンっと音を鳴らし深鈴のパンプスが足から外れ床へと落ちる。
白く細い指先が眼鏡を掴み、取り去った。
黒髪が一房、肩口を滑り落ち、朱色の艶やかな唇が弧を描く。
吸い込まれそうに大きく黒い瞳は緩やかに細められ、頬が薄っすらピンクに色付いた。
白い手のひらが両肩にあてがわれ、ベットに体を沈めようとするかの如く、体重がかけられた。
後ろ手に手をつき、それを支える。
こうして、またこの顔に見下ろされることになるとは思ってはいなかった。
ホテルの一室、ダブルベットの上、要は堂形 深鈴の体を受け止める。


こうなることは、想定内。
むしろ、都合の良い構図ではある。
だが、葵の別れ際の表情かおがこんな時に頭から離れない。
あれから葵の顔を見ていない。
あの後、深鈴の家を見張る最中、「葵を預かっている」と和希からメールが届いた。
それならばと朝まで見張りをしてから、誰もいない部屋に戻った。
距離を置きたいと言われてから自分の中に焦りを感じる。
葵の泣き顔が浮かんでは消える。
今頃、どうしているのか…
「こんな時に考え事かしら?」
ぐいっと深鈴が胸を突き出し、体を寄せてくる。
はだけた胸元から、象牙色の膨らみが覗いた。
「…こちらに集中してくださらない?」
恍惚と潤んだ瞳で顔を傾けると、深鈴は唇を寄せてくる。
要はその口元を、寸前で手のひらで受け止めた。
「深鈴さん、貴女は勘違いをしている」
要は眉ひとつ動かさず淡々と告げる。
「勘…違い?」
深鈴はゆっくりと顔を離した。
「何を勘違いしていると言うの?要様と私が子を成せば、より濃い一族の血を生めるではないですか…」
愕然とした表情で深鈴は頬を強張らせる。
「オレが子を成すとしたら、相手は貴女ではない」
「何を…何を言っているの?!」
深鈴が声を荒げた。
要の肩から手を放し、体を起こす。
「堂形の…一族の中でも転生者の多い、堂形の直系の娘なのよ!!」
「確かに、堂形には転生者は多い、…いえ、。だがそれも過去のこと。何より、堂形であれどでは血を深められない」
「どうして?!どうしてよっ!!」
深鈴が要の胸に震える両拳を打ち付ける。
怒りと混乱で血走った目に、薄っすらと涙が浮かんだ。
「…それは貴女がよくご存知のはずだ」
見開かれた瞳から涙が一筋溢れた。
「第一に、こちらとしては一族の再興も血を深めるつもりも更々ないのですよ」
要の言葉に深鈴は一層強く拳を握る。
西園寺グループは一族の転生者の為に作られた。
天使えあまつかえの一族は、ある呪縛により、魂を縛られ、一族の血筋の元にのみ転生する。
かつてはただただ、彼女の生まれ変わりを探し出す為だけに、長い年月をかけ探り当て血筋を集めた。
だが、呪縛ゆえに不遇な人生を送る転生者が多いと知るうちに目的が増えていった。
転生者を支え助ける為に組織を築き、今となっては取り崩せないほど日本経済に組み込まれる企業となっている。
「…転生を見守る為ですよ」
組織の中で、一族再興の声があることは知ってはいたが、こう言った形で表面化するとは思ってはいなかった。
深鈴は瞬きもせず茫然と要の言葉を聞いていた。
深鈴の中にあるのは、父親である堂形 昌也の教えだ。
一族の再興を目指し、より深い一族の血を増やす事。
血が深ければ記憶や能力の覚醒に至る転生者が増える。
覚醒に至る転生者を産みだす事、深鈴はそこに己の存在意義を見出したのだ。
堂形の家に生まれながら、転生者ではないことをコンプレックスとした深鈴の心の闇…
その闇が、闇を呼んだ。


ガチャリ、と要は聞くはずのない音を聞いた。
この部屋はカード式オートロック、カードキーがなければ入れない。
誰かが立ち入るはずが…
「…ふふふ」
深鈴が小さく鼻で笑い、徐ろにシャツのボタンを外すと肩まではだけた。
そうして、要の体に屈み込むと耳朶に唇を這わせた。
「もう、手遅れ…」
深鈴が囁き、要はハッとする。
この足音、そして…
「…深鈴さん?」
葵の声。
深鈴の体を押し退けようとした時には、葵の声にならない悲鳴を聞いていた。
葵が身を翻し部屋を飛び出して行く。
迂闊だった。
深鈴が手配した部屋であれば、考慮すべきだった。
要は深鈴の体を跳ね除けて後を追う。
エレベーターのボタンを押す葵が見えた。
なりふり構っていられなかった。
エレベーターに乗り込もうとする葵の腕を強く掴み、そのまま中へと雪崩れ込む。
「イヤッ!放してっ…」
顔を隠すように伏せ、葵は要の手を振り払おうとする。
「葵さん!聞いてください」
「イヤ!聞きたくない!!」
振り回す葵の腕を抑えこむように、エレベーターの壁に押し付ける。
「聞いてくれないと、誤解を解けません」
「誤解だって何だって、ああなっていたことに違いはないじゃないっ」
普段聞いたことのない、葵の荒げた声。
掴んだ葵の手首が震えている。
「要くん、あの人にっ…」
伏せたままの葵の顔に髪がかかり隠して行く。
「あの人に触れられてたっ…何がどうだって、それがイヤ!堪らなくイヤ!!」
葵の絶叫が胸に突き刺さる。
「だから、放してっ!!」
「…嫌です」
直情的な葵の叫びが、自分の中にある熱を呼び起こしていく。
要は強引に葵の体を抱きすくめる。
「放しません、絶対に」
痛いくらい力を込めて、葵を抑え込んだ。
必死だった。
失ってなるものかと、あがらう熱情が止めどなく溢れ出る。
だからチカチカと照明の灯りが揺らぐまで、気づかなかった。
磁場が変化していることに。
身構えた瞬間、頭上で耳をつんざくような音が響き、天井で破裂音がした直後、ガクンと足元をすくわれるような衝撃に襲われた。
照明が消え、体中に重力がのしかかる。
シャフトの壁にぶつかりながら落ちるカゴが、鈍い金属音を立て葵の悲鳴をかき消して行く。
要は葵の頭を抱えるように体を抱きすくめて衝撃から庇った。
エレベーターには不測の落下時、定格速度の1.4倍で作動する非常止め装置がある。
(急停止するはず…)
要の予測通り、大きな衝撃を与え落下が止まった。
気づけば、葵を抱きすくめたまま、座り込んでいた。
壁に背中や頭を打ったらしく、軽い目眩がする。
「…葵さん、大丈夫ですか?」
葵の体に回す腕を緩め、声をかけると葵は顔を上げないまま体を離した。
「痛いところはないですか?」
要は葵の頭や肩、腕に触れ無事を確認する。
「…触らないで」
ぽつりと葵が小さな声で呟いた。
「まだそんなこと…」
今し方、エレベーター落下の恐怖にさらされながらもまだ根に持っていることに驚き、要は思わず口にして、すぐに後悔した。
ふいに顔を上げた葵の目が、見たことのない怒りを浮かべていた。
「そんなことじゃないもん!」
掠れた声が震えている。
涙を溜めて睨み上げてくる瞳がたまらない。
そんな葵の顔を見てしまうと、つい口元が緩んでしまう。
「…すみませんでした」
ぐしゃぐしゃになった葵の髪を整えるように、要は頭を撫ぜる。
「怒ったままでいいですから、触らせてください」
「要くん、笑ってる?…悪いと思ってないでしょう?」
「笑ってませんよ」
「笑ってるよっ」
葵は唇を尖らせ、ぷいっと横を向いた。
もっと構いたいところだけれど、そうもしていられない。
「和希と来てますよね?」
「…うん」
要は携帯を取り出し圏外を確認する。
これは呪縛が発動している。
自分と葵が共にいる事で発動する呪縛…共にいる限り何が起こるかわからない。
早く結界に守られた聖域…スローネに戻らなければ。
5メートルほど落ちた気がするので、地上には近いはずだ。
「和希はどこへ?」
「…あ、それは」
葵が言いにくそうに口ごもる。
「途中で巻いちゃったからわからない…」
「………え?」
日も暮れたこの時間、恐らく深鈴に呼び出されて来たのだろう。
「何てことしてるんですか…」
それで警護を巻いて単身乗り込むなどと…
「そっ、それはこっちのセリフですっ、要くんなんて、ホテルの部屋で二人っきりで何してたのよ!」
またも地雷を踏んでしまったらしく、葵が怒り出してしまった。
「深鈴さん、服がはだけてたしっ…要くんの耳にく、く…口紅ついてるし!!」
顔を両手で覆い、葵が叫ぶ。
葵は意外と執念深いらしい…
自分の耳を指で拭いながら、要は困り果てる。
確かに酷い現場を見せてしまったし、釈明の余地もないが、こうも嫉妬をぶつけられると抑えている衝動が抑えきれなくなる。
要は葵の手を掴み、顔の前から避けた。
「ならば…」
要の行動に虚をつかれ、葵は抵抗しなかった。
「もっと凄いことをしましょうか」
無防備な唇を奪う。
唇を深く合わせ、舌で分け入ると葵はいつも躊躇いがちに舌を避ける。
それを追うように更に深く唇を開かせた。
たどたどしい葵の舌に舌を絡ませる度、葵の体が小さく震え、呼吸いきが乱れて行く。
「……ん」
唇の隙間から溢れる吐息に体が熱くなる。
掴んだ手を放しても、葵は逃げようとはしなかった。
要は片手を葵の服の下に滑り込ませる。
滑らかな素肌が指先に触れると、葵がびくりと体を震わせる。
葵がとっさにブラのホックを外す腕を押さえた。
「…待って」
口付けから逃げ葵が体を引くのがわかった。
その勢いに乗せるように、葵の体を押し倒す。
紅潮した頬に荒い息遣い、涙に潤んだ瞳が戸惑いに揺れている。
手のひらから伝わる葵の体温はしっとりと纏わりついた。
「…要くんっ」
名前を呼ぶ声でさえ、衝動を刺激する。
「あっ…」
胸の膨らみに指を這わせると甘い声が漏れ、耳朶から首筋へ唇を這わせると波打つ鼓動に触れた。
「待って…、要くん」
「なぜ…?」
力なく腕を掴んで葵が吐息と共に言葉を吐き出す。
「声がっ、和希くんの…」
言われてみて耳を澄ますと、確かに和希の声がした。
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