羽化の囁き

神楽冬呼

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第9話 証

(痛い……)
ベットから抜け出したものの、よろめいて葵はしゃがみ込む。
思った以上に腰が痛い。
あと、太腿の内側も筋肉痛のようだ。
思ったより処女喪失の痛みがないけれど、下半身がだるくて重い。
しかも、まだ内に何かが挟まっているような違和感がそれを実感させる。
(ほんとにしちゃったんだ…)
今更ながら色々と恥ずかしくなる。
前半は痛みを意識してしまったけど、後半は…
葵は体に受けた快感を思い出し、赤面する。
(あんなに気持ちいいものだなんてっ)
熱くなった頬を両手で隠し、葵はぶんぶんと頭を振った。
「…何してるんですか?」
背後から首筋を触れられ、葵は声にならない声を上げた。
「こんな格好で…」
要の手が首筋から肩へと滑り、軽く袖を通しただけのシャツを避ける。
露わになった肩に要の唇が触れる。
「……んっ」
葵は僅かに身を震わせた。
昨日の余韻なのか、触れられただけで下腹部が熱い。
すぐに洗面所に向かうつもりだったから、ショーツを履いてシャツに袖を入れただけの格好だったことに気づき、慌ててはだけた前を閉じる。
「せっかくいい眺めだったのに」
クスッと要が笑ったのがわかった。
「…要くん、あっち向いてて」
肩越しに要を見やり、葵は眉を寄せる。
要はベットに横たわり肩肘をついてこちらを見ていた。
「ここに来てくれたら、そうします」
ぽんぽん、と要がベットの上を叩く。
そこに行くと、何もされない訳がない…
葵は困り果てて唇を結び、顔を赤らめた。
嫌な訳ではないが、こんな朝陽が差し込む明るい場所で、今の格好を晒すのは恥ずかし過ぎる。
そんな葵を見て、要が嬉しそうに笑う。
「恥ずかしがらなくても昨日全部見ましたよ?」
そう言いながら要もベットを降り、背後から葵を抱き寄せた。
「今見えていないところも全部…」
「…要くん、意地悪」
腹部に回される要の腕の硬さを感じながら、葵はうつむく。
体中の感覚が、昨日のことを思い出し、意識してしまう。
「可愛いですね…」
その声ですら、鼓膜の奥をくすぐる。
要の柔らかい唇が、熱を帯びた舌が耳珠に触れ葵は思わず背筋を反らせた。
「あっ……」
耳朶を噛まれ、込み上げる熱が吐息に混じる。
首筋から肩へと優しく降りる唇の愛撫、そして顎へと回された手に誘導され、軽く身をよじる。
唇が重なる瞬間、要が息を飲むのがわかった。
顎から離れた手が、鎖骨の下、胸の膨らみの間へ…
要の指が肌を撫ぜる。
葵はその場所を見下ろし、目を疑った。
朱色に丸く縁取られた模様が、刺青のようにくっきりとそこにあった。


天使えの一族総帥を継承する為の『証』。
架南には現れることがなかった印…


前世で、天使えの一族総帥を継承するはずだった架南が、その許婚の海斗に蹂躙されても現れることがなかった『証』。
架南の生まれ変わりである葵に現れるかもと、期待を寄せられた時もあったが、架南と海斗の件が明るみに出てその期待も立ち消えていた。
蒼麻との間にも現れず、海斗との間でも現れることがなかっただけに、要との間に現れるとは全く思っていなかったのだ。
(…ついにって、見せて歩くことになるしなぁ)
葵は陽だまりのテーブル席で頬杖をつく。
『証』を見た要の動揺は明らかだった。
多分、今出ると何か都合が悪いことがあるのだろう。
しばらくは『証』を隠すことになった。
ついに床入りを果たしたのかと、冷やかされるのも嫌だし葵としても隠したいけれど…
やっとの初体験のラブラブモードが一気に冷めた気がした。
ハイネックセーターの襟を何となくいじりながら葵は溜息をつく。
要は学校、葵は昨日の一件があり強制的に休み、満琉は和希をお供に買い出し…暇だ。
腰と太腿が不調なのであまり動きたくないからお留守番を選んだけれど…
(買い出し、行けば良かったかな)
一人でいると色々考えこんでしまう。
するとそこに、派手な足音を立て祥吾が駆け寄ってきた。
「葵ちゃん、ごめん!」
驚いて身構える葵の足元に座り込んで祥吾が叫ぶ。
「ほんっとにすまない!」
祥吾が床に額をつけて土下座を始めた。
「祥吾さん、やめてください」
とりあえず何を謝られているのかもわからない。
イスを立とうとしたけれど、太腿の筋肉痛が痛くて葵は座り直した。
「いやいや、そもそも、今回の件は俺が酔って勘違いしたことで起きたようなもんだし」
祥吾の言葉に、ふと思い当たる。
酒に酔いその約束を覚えていない…
要が嘆いていた婚約の件。
「…てっきり、俺への縁談かと適当に承諾してさ。要だったとは!」
「要くん、断ってくれたし大丈夫ですよ」
縁談を適当に承諾するのはどうかと思うけれど、深鈴への嫉妬から気づけた部分もある。
「ベットの上で馬乗りはどうかと思いましたけどね…」
つい思い出したくない場面をフラッシュバックして、葵は呟く。
「ああー…、それはさ、荒療治ってぇか、必要な行程だったんだな」
祥吾が砂でも噛むような言い回しで、頭を掻いた。
『必要なことだったんですよ』
要もそんなことを言っていた。
「闇ってさ、人の欲に食いつくだろ?けどな、欲望を膨張させ表面化するまで時間かかったりすんだよ」
確か、早くても3日ほどかかると聞いたことがある。
欲が膨らみ、助長され、罪を犯す。
天使えの能力は、闇を狩り、人を救うもの。
「表面化しないことには要には祓えないんだな」
「…それで馬乗りなの?」
どう見ても、深鈴が要を肉体的に誘惑しているようにしか見えず、まるで映画のワンシーンのような場面だった。
「要を手に入れたいってぇのが、彼女の欲だったから、要が探りを入れて刺激する目的で、そのまぁ誘惑に乗った的な?」
「乗ったと言うか、乗られたんですよ」
目的も、必要性も、狙いもわかるけれど、葵はやはり釈然としない。
「アハハ、葵ちゃん上手いね」
祥吾はあっけらかんと笑う。
そんな祥吾を睨みつけ、葵はテーブルに向かって座り直す。
「深鈴さん、すごく辛そうだった…」
葵には良く分からなかったけれど、深鈴には深鈴の信じる信念みたいなものがあって、深鈴なりに必死だったのだと思う。
「もっと違う形はなかったのかなって」
恋愛感情なんて結婚に必死ないと深鈴は言っていた。
…本当にそうなのだろうか。


「あー…、でさ」
祥吾が躊躇いながらも葵の目の前のイスに座る。
「彼女を引き金が、婚約だったんだな…これがさ」
目を伏せる祥吾に後悔の念が滲み出る。
「半月くらい前に堂形氏と酒飲んで話が決まって、彼女の耳に入ったらしくて…すぐに堂形氏から正式な見合いの席を打診されたところで勘違いに気づいたんだが、要が『婚約者が別にいる』って即破断…で、そこから彼女がおかしくなったらしい」
「婚約者が別に??」
「…されたんだろ?プロポーズ」
祥吾が指を差してくる。
「…私?」
「他にいないだろ」
婚約者と言うフレーズがあまりに縁遠い。
確かにそれっぽいことを言われた覚えがあるけれど…
(そのつもりでいてください、って言われた時のあれかな?)
要の中ではすでに婚約者の位置付けだったと言うことなのだ。
「それでだ、彼女が初めてここに来た日、要だけが気づいたんだな、彼女の中の闇に」
「……え?」
あの時、要が見せた驚きはそれ?
言われてみると、愛しい相手を見る目ではなかった。
要はあの時、すでに事態を把握したのだ。
「そのあと、彼女の闇払いを堂形氏から依頼され、警護と称した見張りをした」
「…ストーカーいなかったんですか?」
「いたと言えばいた。彼女が仕込んだエキストラ」
「エキストラ??…え?偽装ですか?」
「警護の名目で要に近づきたかったんだろ」
「………」
要のことが好きかと尋ねた時の深鈴の顔を思い出す。
(好きなんだ、やっぱり…だけど認めたくないんだ、受け入れて貰えないって知ってしまったから)

それでも手に入れたい。
欲しくて、欲しくて、自分だけのものにしたくて、使える手は迷いなく使う。
恋は、時に人を狂わせる。

(私は嫉妬に囚われた…)
要を失いたくなくて、焦っていた。
「…私、呑気にヤキモチ妬いてバカですね」
葵は弱々しく呟き、視線を落とした。
「要くんが架南にそっくりな深鈴さんと一緒にいるのが嫌で嫌で…ほんと、心が狭いなぁ。ダメですね、こんなんじゃ」
ふふふ、と葵は情けなく笑う。
「それは、いいんじゃね?ほらアイツは、ヤキモチ妬かれて喜ぶタイプだし」
「そうかなぁ?」
「俺はヤキモチ面倒いけどね」
アハハ、と祥吾が笑うので、「そんな感じする」と葵も釣られて笑った。
「とにかくもう俺がさ、酒に呑まれたのが悪い訳だ」
「…お酒は程々にですよ、祥吾さん」
葵は口元を緩ませ、祥吾に微笑んだ。
思えば、こうして祥吾と二人で話すのは久方ぶりで懐かしく感じるほどだ。
「ほんと、すんません」
テーブルに手をつき頭を下げる祥吾が、上目遣いに葵の表情を窺う。
「んでさ……俺が言うのも何なんだけど」
「何ですか?」
「要と喧嘩したって?」
「まぁ、ちょっとだけ…」
「彼女との件で多少焦り過ぎたし、強引だったのは、ほら…彼女が架南に似てたから、葵ちゃんが気にしてると思ってさ、要なりに早く決着つけようとしたってーか…」
葵は思わず、きょとんとする。
これはもしかして、祥吾が要を擁護している?
「今は喧嘩してませんよ」
くすくすと葵は笑ってしまった。
意外過ぎる一面が、あまりに似つかわしくなくて微笑ましい。
カランカランと、店の扉が開く。
「あら?珍しいわね」
テーブル席で向かい合う二人を見て、満琉が嬉しそうに微笑んだ。
「あっ!コラ、おじさん、オレがいない間に何してんだよ」
満琉の買い出しに付き合わされた和希が、カウンターに荷物を放り出し駆け寄ってきた。
「おいおい、青年…おじさんはヤメテ」
「40近くはおじさんだろー」
「オレはまだピチピチだっ」
「ピチピチのおじさんなんかキモイってーの!」
突然賑やかになる店内に、陽射しが差し込む。
「葵ちゃん、お昼ご飯作るから手伝って」
満琉に呼ばれて、葵はカウンターへと向かう。
相変わらず腰がだるいし、筋肉痛は酷いけれど、それがとても幸せなものだと思った。
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