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確信犯的こっくりさん
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「こっくりさん、こっくりさん、おいでください‥‥‥わ」
西日に満たされた放課後の教室。ノートをちぎったお手製のウィジャ盤の上で、十円玉が『はい』に動いた。一緒に指を乗せている伊奈さんが、空いている左手と腿で拍手をした。こっちの気も知らないで無邪気なものだ。
早鐘を打つ心臓をなだめるように、深く息を吸う。
「早速本題を‥‥‥」
「待ってケンタくん、指が震えてる。こっくりさんは恐怖につけこむ低級霊らしいから、緊張しちゃダメ」
ほら、「狐狗狸」って書くでしょう、と伊奈さんが付け足す。いまどき、そして街中にそんな動物霊っているのだろうか、なんてズレたことを考えるのは焦っている証拠だ。
「簡単な質問で本物かどうか確かめようよ。えーと、『こっくりさん、こっくりさん、明日は何時間授業ですか』」
十円玉が『5』に止まった。すかさず黒板の予定表に目をやる。合ってるね、と伊奈さんが弾んだ声を出した。
恐怖が消えたわけではないが、安心した。これなら確かに相談に応えてくれそうだ。大人には言えない、昨日の事。
「‥‥‥『こっくりさん、こっくりさん、タケシが今日学校を休んだのは、季節の風邪か何かのせいですよね』」
『いいえ』に動く。
「顔引き攣ってるよ、ケンタくん。代わりに聞いてあげる。『昨日の肝試しのせいですか』」
答えは案の定『はい』だった。
昨日、タケシとあの神社に肝試しに行った。深夜零時に鳥居をくぐり、賽銭箱を乗り越えて土足で上がり込むと高揚感が身を包んだ。本当に施錠しないんだ、なんて言いながら奥へと進むと、それらしいものが懐中電灯に照らされた。その時ばかりは慎重に、深い色の布を捲った。鏡だった。それから、それから‥‥‥
「『ご神体の鏡をうっかり割っちゃったせいですか』」
「もうやめてよ伊奈さん!」
十円玉は『はい』から動かなかった。
「た‥‥‥『助かりますか、僕は』」
『いいえ』にするりと動き、汗が噴き出す。と、そこで違和感を覚えた。伊奈さんがすごく楽しそうにしている。
「‥‥‥伊奈さん、こっくりさんを教えてくれたことには感謝してる。でも、悪ふざけはよしてよ」
「えー、人聞きの悪いこと言うなあ。『こっくりさん、こっくりさん、私が十円玉を動かしていますか?』」
十円玉は『はい』に動いた。
てへぺろり、と伊奈さんは屈託なく笑った。くそ、最初から僕をからかう気だったんだ。なんだよ、てへぺろりって。しかし心の底からため息をつくと、これ以上ない安心感で頬が緩んだ。バカバカしい。もう帰ろう。
「なんか、呪文を唱えれば帰ってもらえるんだったよね。それ教えてよ伊奈さん。一応ルールは守らないと気持ち悪いし」
「えー、それじゃ最後に一つだけ質問やらせてよ」
悪ふざけを白状したばかりとは思えない真面目な顔つきで、伊奈さんはそう言った。
「い、いいけど」
つややかな睫毛が濡れているように光る。なんだか見ちゃいけないものを見ている気がして、目を逸らした。異性の同級生と二人っきりで放課後の教室に残っている現実を、今更ながら意識する。いま誰か教室に戻ってきたら、どうしようか。
「『こっくりさん、こっくりさん。あなたの正体はなーに』」
え。こっくりさんに正体を聞いてはならない。そのルールを守らないと大変なことになると教えてくれたのは伊奈さんなのに。
「な、何してんのさ伊奈さん。もう悪戯はやめ」
「お、動き始めた」
十円玉が動く先には‥‥‥『い』があった。口腔内に汗がにじむ。
「こっくりさんは小動物の霊を呼ぶ儀式だよ。でもこの町に狗や狸がいるとは思えないよね‥‥‥狐なら絶対にいるけれど。あの神社、お稲荷様を祀ってるからなあ」
『い』で折り返した十円玉は『な』に向かう。瞬間、その後の動きが判ってしまった。
「低級霊と神の遣いじゃ全然違うように思えるかもしれないけれど、狐の場合ランクがあるからね。低級霊は神の遣いの見習いみたいなものだ。何が言いたいかと言うと、きみが喧嘩を売った神様の遣いが今ここに来てるんだよ」
何を言っているのか判らないが、ヤバさは判った。十円玉に指を乗せたまま、あちこちに向けて叫ぶ。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そんな方向にはいないよ。それからケンタくんは勘違いしているけれど、稲荷様は狐じゃない」
思考が止まる。十円玉が『な』で止まっていた。
「おまけに、実にポピュラーな一般論を君は忘れてる。いいかい‥‥‥」
十円玉に力を込めても、ピクリとも動かない。
「狐は、人に化ける」
「『許して‥‥‥くれませんか‥‥‥』」
『い』『い』『え』
伊奈さんは一言一言をはっきりと区切って言った。口が裂けそうな笑顔だった。
西日に満たされた放課後の教室。ノートをちぎったお手製のウィジャ盤の上で、十円玉が『はい』に動いた。一緒に指を乗せている伊奈さんが、空いている左手と腿で拍手をした。こっちの気も知らないで無邪気なものだ。
早鐘を打つ心臓をなだめるように、深く息を吸う。
「早速本題を‥‥‥」
「待ってケンタくん、指が震えてる。こっくりさんは恐怖につけこむ低級霊らしいから、緊張しちゃダメ」
ほら、「狐狗狸」って書くでしょう、と伊奈さんが付け足す。いまどき、そして街中にそんな動物霊っているのだろうか、なんてズレたことを考えるのは焦っている証拠だ。
「簡単な質問で本物かどうか確かめようよ。えーと、『こっくりさん、こっくりさん、明日は何時間授業ですか』」
十円玉が『5』に止まった。すかさず黒板の予定表に目をやる。合ってるね、と伊奈さんが弾んだ声を出した。
恐怖が消えたわけではないが、安心した。これなら確かに相談に応えてくれそうだ。大人には言えない、昨日の事。
「‥‥‥『こっくりさん、こっくりさん、タケシが今日学校を休んだのは、季節の風邪か何かのせいですよね』」
『いいえ』に動く。
「顔引き攣ってるよ、ケンタくん。代わりに聞いてあげる。『昨日の肝試しのせいですか』」
答えは案の定『はい』だった。
昨日、タケシとあの神社に肝試しに行った。深夜零時に鳥居をくぐり、賽銭箱を乗り越えて土足で上がり込むと高揚感が身を包んだ。本当に施錠しないんだ、なんて言いながら奥へと進むと、それらしいものが懐中電灯に照らされた。その時ばかりは慎重に、深い色の布を捲った。鏡だった。それから、それから‥‥‥
「『ご神体の鏡をうっかり割っちゃったせいですか』」
「もうやめてよ伊奈さん!」
十円玉は『はい』から動かなかった。
「た‥‥‥『助かりますか、僕は』」
『いいえ』にするりと動き、汗が噴き出す。と、そこで違和感を覚えた。伊奈さんがすごく楽しそうにしている。
「‥‥‥伊奈さん、こっくりさんを教えてくれたことには感謝してる。でも、悪ふざけはよしてよ」
「えー、人聞きの悪いこと言うなあ。『こっくりさん、こっくりさん、私が十円玉を動かしていますか?』」
十円玉は『はい』に動いた。
てへぺろり、と伊奈さんは屈託なく笑った。くそ、最初から僕をからかう気だったんだ。なんだよ、てへぺろりって。しかし心の底からため息をつくと、これ以上ない安心感で頬が緩んだ。バカバカしい。もう帰ろう。
「なんか、呪文を唱えれば帰ってもらえるんだったよね。それ教えてよ伊奈さん。一応ルールは守らないと気持ち悪いし」
「えー、それじゃ最後に一つだけ質問やらせてよ」
悪ふざけを白状したばかりとは思えない真面目な顔つきで、伊奈さんはそう言った。
「い、いいけど」
つややかな睫毛が濡れているように光る。なんだか見ちゃいけないものを見ている気がして、目を逸らした。異性の同級生と二人っきりで放課後の教室に残っている現実を、今更ながら意識する。いま誰か教室に戻ってきたら、どうしようか。
「『こっくりさん、こっくりさん。あなたの正体はなーに』」
え。こっくりさんに正体を聞いてはならない。そのルールを守らないと大変なことになると教えてくれたのは伊奈さんなのに。
「な、何してんのさ伊奈さん。もう悪戯はやめ」
「お、動き始めた」
十円玉が動く先には‥‥‥『い』があった。口腔内に汗がにじむ。
「こっくりさんは小動物の霊を呼ぶ儀式だよ。でもこの町に狗や狸がいるとは思えないよね‥‥‥狐なら絶対にいるけれど。あの神社、お稲荷様を祀ってるからなあ」
『い』で折り返した十円玉は『な』に向かう。瞬間、その後の動きが判ってしまった。
「低級霊と神の遣いじゃ全然違うように思えるかもしれないけれど、狐の場合ランクがあるからね。低級霊は神の遣いの見習いみたいなものだ。何が言いたいかと言うと、きみが喧嘩を売った神様の遣いが今ここに来てるんだよ」
何を言っているのか判らないが、ヤバさは判った。十円玉に指を乗せたまま、あちこちに向けて叫ぶ。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そんな方向にはいないよ。それからケンタくんは勘違いしているけれど、稲荷様は狐じゃない」
思考が止まる。十円玉が『な』で止まっていた。
「おまけに、実にポピュラーな一般論を君は忘れてる。いいかい‥‥‥」
十円玉に力を込めても、ピクリとも動かない。
「狐は、人に化ける」
「『許して‥‥‥くれませんか‥‥‥』」
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