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第三章 富国編
第11話 模擬試合②
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第一試合が終了し、30分の休憩時間となった。両国の人々は軍で使うテントでそれぞれ休憩をとっていた。そんな中、シャルナーク王国のテントに来客があった。テリーヌはナルディアのもとへやってきた取り次ぎの護衛兵から話を聞き、ナルディアに報告する。
「お嬢様、ズラタンと名乗る将軍がお目通りを願っております」
ナルディアは休憩時間ということで椅子に座り、槍の手入れをしていた。テリーヌから話を聞いたナルディアは手入れを中断する。
「ふむ、ズラタンとな・・・?余の記憶にないな。とはいえ、何か事情があって参ったのだろう。通すがよい」
「かしこまりました」
テントの入り口付近で水分補給をしていたダルニアは不審者であった時のことを備えて剣に手をかける。しかし、それは杞憂で終わった。テントに入ってきたズラタンは剣を持っていない丸腰の状態であった。
「女王陛下、突然のご訪問を失礼いたします。また、そのご尊顔を拝することができ、誠に光栄に存じます」
ズラタンは丁重に礼を述べる。
「うむ、してズラタン、おぬしは余にどのような用があって参ったのじゃ」
「はっ、おそれながら申し上げます。これよりの試合、我が軍の兵士たちに見学させることをお許しください」
「ほお、おかしな方向から歓声があがっておったが、あれはおぬしの兵じゃったか」
ナルディアはズラタンの意図を即座に理解した。ナルディアも見学者たちのいない方向から声があがったことを不思議に思っていたのだ。そしてそれは、兵士たちが勝手にやっていたのだろうとズラタンの申し出で合点がいった。
「うむ、許可しようではないか」
「はっ、ありがたき幸せに存じます。それでは失礼いたします」
用件を果たしたズラタンはすごすごとナルディアのいるテントを後にする。
「ふむ、わざわざその程度のことで訪ねて参るとは・・・律儀な奴じゃの」
「お嬢様のおっしゃる通りです」
将軍が直々に出向いてきたことから、無理難題でも言われるのかと身構えたナルディアにとって、兵士たちを見学させてほしいという願いは拍子抜けに等しかった。しかし、マクナイトやミシェルを通じて報告すればいいことをわざわざ自分から出向く律儀なところ、兵士想いなところはナルディアの好感度を上げるには十分だった。
「くふっ、損な生き方をする男じゃな」
「そうですね」
自分からしなくていい苦労をする。そんな人を他人はいい人というだろう。合理的な生き方とは言えないが、本人がよければそれでいいのである。ナルディアから見学の許可を正式に得られたと聞いた兵士たちが感激したのはいうまでもない。
ーーーーー
30分の休憩を終え、第二試合の時間となった。次はダルニア対ニーズホッグの試合である。
「これよりダルニア対ニーズホッグの試合を執り行う」
ミシェルの横に控える官吏が休憩時間の終了を宣言する。この声を聞いた人々はぞろぞろと所定の見学位置へ戻る。先ほどとの違いといえば、こっそりと見学していた兵たちが堂々と見学していることくらいだろう。
「準備はいいわね?」
審判役のミシェルがダルニアとニーズホッグを見渡す。両者は武器を構え、ミシェルは試合開始を宣言する。
「殿の護衛として、負けるわけにはいかねぇ」
この試合は両者が剣を武器にしている。そのため、武器間の相性は存在せず、純粋な力のぶつかり合いである。ニーズホッグは真っ先に動き、ダルニアに斬りかかる。ダルニアはそれを受け止めて、鍔迫り合いに持ち込む。
「ふーむ、あやつもなかなかやるではないか」
ナルディアはニーズホッグの力量を分析する。しかし、ナルディアはニーズホッグがダルニアの相手になりえないことを初撃で見抜いていた。
キーン、カーン
金属のぶつかり合う音が鳴り響き、両者が渡り合うこと数合、ニーズホッグの攻撃はことごとくダルニアが跳ね返されていた。ニーズホッグの攻撃は決定打に欠けており、ダルニアの防御を打ち崩すことができないかった。そこからさらに数合渡り合うも、徐々にニーズホッグの疲労の色が濃くなっていた。防衛に徹するダルニアはそこまで疲れていない。そして、勝負は一瞬のうちに決することとなった。
キーン
斬りかかったニーズホッグの剣をダルニアが受け流し、ニーズホッグに生じた隙を突いたのである。
「そこまでね」
大勢が決したと判断したミシェルがダルニアの勝利を宣言する。ダルニアは剣を収め、ニーズホッグは悔しそうに膝をつく。
「っかぁー全然だめだっ!」
「剣筋は悪くない。だが、あまりにも攻撃が雑すぎる。出来るだけ隙を作らないように訓練するといい」
ダルニアは戦いの中で感じ取った改善点をニーズホッグに説明する。ニーズホッグはその指摘を真摯に受け止め、ダルニアに礼を述べる。
「ご教授ありがとうございます!」
ニーズホッグはダルニアに向けて頭を下げ、マクナイトの下へと戻っていった。
「まだまだ修行が足りないな」
マクナイトは戻ってきたニーズホッグにニヤニヤしながら激励する。ニーズホッグは恥ずかしそうにしながら、その通りですと反論することなく受け入れる。
「なんだ、やけにしおらしいじゃないか。いつもの調子はどうした?」
「殿、力の差が圧倒的でした。あの力を前にしては、自分がどんなに小さい存在かを嫌でも認識しますよ」
「そうかそうか。それはよかったじゃないか。これでまたお前は自分のことを知ることができた。上には上がいるってわけだ。ひとまず、ダルニアを目標にすればいいんじゃないか」
ニーズホッグはマクナイトの言葉に苦笑いをする。そして、目標という言葉の意味を深く考える。マクナイトの言うように、ダルニアは良い目標である。その佇まい、剣捌きともに騎士団長の名に恥じないものである。次の試合、ダルニアがどのような動きをするのか。ニーズホッグはそこから出来るだけ多くのことを学ぼうと決意するのであった。
ーーーーー
休憩を経て、第三試合の開催が周知された。ダルニア対ベルクートの戦いである。なお、ジェレミーは気が乗らないという理由で試合への参加を放棄している。マクナイト自身もジェレミーの回答を想定していたため、不参加を了承した。
「それがしの名はベルクート、貴公のような武人と戦えることを誇りに思う」
「俺の名前はダルニア、改めて言うまでもないだろうが、シャルナーク王国の騎士団長を務めている。ベルクート殿の噂はかねてより聞いている。ベオルグ公国きっての勇将と戦えることを俺も誇りに思う」
「ダルニア殿、それがしは祖国を守れぬ愚将でござる。いまはこうして生き恥を晒してマクナイト殿のもとに身を寄せており申す。それゆえ、そのような評価はご容赦を」
ベルクートは頭を下げて勘弁してくれという意思を示す。いかに国を代表する将軍であっても、国を守ることが出来なければ無用な名声である。ベルクートは祖国を守れなかったことを心底恥じていた。ダルニアはベルクートのことが決して他人事には思えなかった。そして、ベルクートの抱える苦しみを察し、自分の姿を投影していた。
「それは俺とて同じこと。国王を守れずして何が騎士団長だ・・・」
ダルニアの言うことに、ベルクートはふっと笑みを浮かべる。
「どうやらそれがしらは似た者同士のようでござるな。これ以上の言葉は無用であろう。これよりは、戦いにおいて語り合おうではないか。いざ尋常に参る」
ダルニアは頷き、お互いに武器を構える。二人が戦闘態勢に入ったことを見届けたミシェルは試合の開始を宣言する。
ジリッ、ジリッ
ダルニアとベルクートはお互いの間合いを保ちつつ、少しずつ動く。その足音が沈黙に包まれた訓練場に響く。試合を見学する人々は、一切動きを見せない二人の様子に固唾を飲んで見守っている。
ジリッ、ジリッ
訓練場に響くのはひたすらに両者の足音のみである。腕に覚えのある見学者は、ゴクリと息を吞む。一切の動きはないが、二人から放たれる気迫が尋常ではなかった。そう、まるで気で殴り合っているかのように。
「・・・これでは埒が明かぬではないか」
勝負の行く末を見守っているナルディアは退屈そうにしている。お互いに打って出ることのできない膠着状態が長く続いていた。そして、試合を動かしたのは意外な人物であった。
「へっ、ヘっくち」
名もなき兵士のくしゃみである。
「ぬぉおおお」
「ふんっ」
キーン、カーン
静寂を破られ、お互いの気がわずかに乱れる。その隙を見逃す二人ではなかった。ベルクートは大鉞を振り下ろし、ダルニアは剣で受け止める。大鉞の攻撃範囲を考えると、ベルクートの懐へ入り込むことがダルニアの勝機である。さもなくば、攻撃の範囲で劣る剣では決定打に欠けてしまう。しかし、ベルクートはなかなか懐へ入り込ませてくれなかった。
キーン、キーン
両者の武器が交錯する。試合が始まってから早くも一時間。その間も休みなく打ち合いを続けている。一進一退の攻防である。
「いけーベルクート、そこだ!」
「ダルニア負けるな!押し返せ!」
見学者が口々に野次のような応援を飛ばす。やんややんやといわんばかりに見学者は沸いていた。敬称もすっかりなくなっているが、それはご愛嬌である。
カーン、カーン
そこからさらに一時間。両者譲らずの戦いを繰り広げていた。
「もっと踏み込め!」
「そこだ!その隙を突くんだ!」
野次馬たちの声援も相変わらず熱を帯びている。これほど試合が長引くとは思ってもみなかったミシェルは困惑気味である。その様子を見たナルディアはニヤニヤと笑みを浮かべる。ミシェルが困惑する場面などあまりないからだ。
カーン、キーン
ミシェルの困惑などお構いなしに両者は試合を続ける。
「っぐ、はぁはぁ・・・さ、さすがダルニア殿・・・剣でそれがしの攻撃をこれほど凌がれるとは・・・」
「はぁはぁ・・・ったく、それはそっくりそのままお返しする。こうも攻撃がうまくいかないとは・・・」
早くも試合開始から3時間が経過しようとしていた。両者は一進一退の攻防を繰り広げており、試合の決着はまだまだつきそうになかった。ダルニアとベルクートの疲労の色が濃くなるにつれ、ミシェルはますます困惑の表情を深めていた。このままではどちらかが倒れるまで試合を続けるのではないかと。その様子を眺めていたナルディアは、さすがに何とかせねばと思い、試合の収集をつけるためにミシェルのもとへ向かう。
「やれやれ、少しミシェルが不憫になってきたゆえ、余が手を貸してやろうではないか」
「ちょうどよかったわ。まさかこれほど拮抗した試合になるとは思ってなかったのよ。もうこの試合は終わりでいいわよね?」
「うむ、これ以上続ければ日が落ちてしまう。これは引き分けということで収めるべきじゃろうな」
「それしかないわよね」
ミシェルとナルディアの協議の結果、引き分けという結果で試合を終わらせることとなった。ミシェルは試合の中断を宣言するも、兵士を始めとした興奮冷めやらぬ野次馬たちの掛け声によって宣言がかき消される。声量を変えて再び宣言するもかき消される。3回ほど試合の中断を宣言したころだろうか。ミシェルは自分の声がダルニアとベルクートにまったく届いていないことに苛立ちを覚えていた。そして、ついに堪忍袋の緒が切れた。
キーン、カーン
ダルニアとベルクートの打ち合う音が響く中、キンという二人の織り成す音とは異なる短く甲高い音が鳴り響く。場の熱気が一気に冷める。ミシェルの円月輪が両者の武器の先端に当たっていたからだ。ダルニアとベルクートは突然のミシェルからの攻撃に試合を中断する。
「もう試合は終わりよ。いいわね?聞こえた?聞こえたなら返事は?」
ダルニアとベルクートはなぜミシェルが不機嫌なのかは全く分からなかった。それもそのはずで、ミシェルの怒りの原因は野次馬たちの声のせいである。しかし、ミシェルの眉間に刻まれた皺が怒っていることを物語るには十分すぎるものであった。二人は異を唱えることなく、おとなしく返事をする。下手なことを言っては虎の尾を踏むことになりかねないと判断していた。
「おぬしらの試合が一向に終わらぬゆえ、余とミシェルで引き分けに決めたのじゃ。不満は残るじゃろうが、余とミシェルの顔に免じてほしいのじゃ」
ミシェルに変わってナルディアが説明する。これから同盟を結ぶのに、どちらかが倒れるまたは致命傷を負うなんて事態になったら幸先が悪い。こういった理由から中断させることになったとミシェルが説明を付け加える。ダルニアとベルクートは敬礼をもって恭順の意を示す。
「マクナイトももう満足でしょ?ダルニア一人であなたの配下とこれだけ渡り合っているのだから」
ミシェルは暗に試合そのものの終了をマクナイトに提案する。
「むっ、余は戦えるぞ?」
ナルディアは戦う気満々であることをアピールする。
「はぁ・・・。ねえ、ナルディア。あなたはシャルナーク王国の女王なのよ?少しは自覚しなさいよ」
ミシェルは呆れ気味にナルディアを諭す。ナルディアの横に控えるテリーヌもミシェルの言葉に乗じてナルディアを諫める。二人の意見を聞いて、ナルディアはしぶしぶ従う。
「あれほどの試合を見せられた以上、俺の方も異存はない」
この試合の発起人であるマクナイトが納得したことで、試合は終了することとなった。予想以上の盛り上がりを見せたこの試合は後々まで語り草となった。特に兵士たちは熱心にこの日の出来事を周囲に言いふらしていた。なお、ナルディアが戦うことなく試合が終わったという報告を受けたツイハーク王国のアスタリア女王と丞相のセオドールが安堵したのは言うまでもない。
「お嬢様、ズラタンと名乗る将軍がお目通りを願っております」
ナルディアは休憩時間ということで椅子に座り、槍の手入れをしていた。テリーヌから話を聞いたナルディアは手入れを中断する。
「ふむ、ズラタンとな・・・?余の記憶にないな。とはいえ、何か事情があって参ったのだろう。通すがよい」
「かしこまりました」
テントの入り口付近で水分補給をしていたダルニアは不審者であった時のことを備えて剣に手をかける。しかし、それは杞憂で終わった。テントに入ってきたズラタンは剣を持っていない丸腰の状態であった。
「女王陛下、突然のご訪問を失礼いたします。また、そのご尊顔を拝することができ、誠に光栄に存じます」
ズラタンは丁重に礼を述べる。
「うむ、してズラタン、おぬしは余にどのような用があって参ったのじゃ」
「はっ、おそれながら申し上げます。これよりの試合、我が軍の兵士たちに見学させることをお許しください」
「ほお、おかしな方向から歓声があがっておったが、あれはおぬしの兵じゃったか」
ナルディアはズラタンの意図を即座に理解した。ナルディアも見学者たちのいない方向から声があがったことを不思議に思っていたのだ。そしてそれは、兵士たちが勝手にやっていたのだろうとズラタンの申し出で合点がいった。
「うむ、許可しようではないか」
「はっ、ありがたき幸せに存じます。それでは失礼いたします」
用件を果たしたズラタンはすごすごとナルディアのいるテントを後にする。
「ふむ、わざわざその程度のことで訪ねて参るとは・・・律儀な奴じゃの」
「お嬢様のおっしゃる通りです」
将軍が直々に出向いてきたことから、無理難題でも言われるのかと身構えたナルディアにとって、兵士たちを見学させてほしいという願いは拍子抜けに等しかった。しかし、マクナイトやミシェルを通じて報告すればいいことをわざわざ自分から出向く律儀なところ、兵士想いなところはナルディアの好感度を上げるには十分だった。
「くふっ、損な生き方をする男じゃな」
「そうですね」
自分からしなくていい苦労をする。そんな人を他人はいい人というだろう。合理的な生き方とは言えないが、本人がよければそれでいいのである。ナルディアから見学の許可を正式に得られたと聞いた兵士たちが感激したのはいうまでもない。
ーーーーー
30分の休憩を終え、第二試合の時間となった。次はダルニア対ニーズホッグの試合である。
「これよりダルニア対ニーズホッグの試合を執り行う」
ミシェルの横に控える官吏が休憩時間の終了を宣言する。この声を聞いた人々はぞろぞろと所定の見学位置へ戻る。先ほどとの違いといえば、こっそりと見学していた兵たちが堂々と見学していることくらいだろう。
「準備はいいわね?」
審判役のミシェルがダルニアとニーズホッグを見渡す。両者は武器を構え、ミシェルは試合開始を宣言する。
「殿の護衛として、負けるわけにはいかねぇ」
この試合は両者が剣を武器にしている。そのため、武器間の相性は存在せず、純粋な力のぶつかり合いである。ニーズホッグは真っ先に動き、ダルニアに斬りかかる。ダルニアはそれを受け止めて、鍔迫り合いに持ち込む。
「ふーむ、あやつもなかなかやるではないか」
ナルディアはニーズホッグの力量を分析する。しかし、ナルディアはニーズホッグがダルニアの相手になりえないことを初撃で見抜いていた。
キーン、カーン
金属のぶつかり合う音が鳴り響き、両者が渡り合うこと数合、ニーズホッグの攻撃はことごとくダルニアが跳ね返されていた。ニーズホッグの攻撃は決定打に欠けており、ダルニアの防御を打ち崩すことができないかった。そこからさらに数合渡り合うも、徐々にニーズホッグの疲労の色が濃くなっていた。防衛に徹するダルニアはそこまで疲れていない。そして、勝負は一瞬のうちに決することとなった。
キーン
斬りかかったニーズホッグの剣をダルニアが受け流し、ニーズホッグに生じた隙を突いたのである。
「そこまでね」
大勢が決したと判断したミシェルがダルニアの勝利を宣言する。ダルニアは剣を収め、ニーズホッグは悔しそうに膝をつく。
「っかぁー全然だめだっ!」
「剣筋は悪くない。だが、あまりにも攻撃が雑すぎる。出来るだけ隙を作らないように訓練するといい」
ダルニアは戦いの中で感じ取った改善点をニーズホッグに説明する。ニーズホッグはその指摘を真摯に受け止め、ダルニアに礼を述べる。
「ご教授ありがとうございます!」
ニーズホッグはダルニアに向けて頭を下げ、マクナイトの下へと戻っていった。
「まだまだ修行が足りないな」
マクナイトは戻ってきたニーズホッグにニヤニヤしながら激励する。ニーズホッグは恥ずかしそうにしながら、その通りですと反論することなく受け入れる。
「なんだ、やけにしおらしいじゃないか。いつもの調子はどうした?」
「殿、力の差が圧倒的でした。あの力を前にしては、自分がどんなに小さい存在かを嫌でも認識しますよ」
「そうかそうか。それはよかったじゃないか。これでまたお前は自分のことを知ることができた。上には上がいるってわけだ。ひとまず、ダルニアを目標にすればいいんじゃないか」
ニーズホッグはマクナイトの言葉に苦笑いをする。そして、目標という言葉の意味を深く考える。マクナイトの言うように、ダルニアは良い目標である。その佇まい、剣捌きともに騎士団長の名に恥じないものである。次の試合、ダルニアがどのような動きをするのか。ニーズホッグはそこから出来るだけ多くのことを学ぼうと決意するのであった。
ーーーーー
休憩を経て、第三試合の開催が周知された。ダルニア対ベルクートの戦いである。なお、ジェレミーは気が乗らないという理由で試合への参加を放棄している。マクナイト自身もジェレミーの回答を想定していたため、不参加を了承した。
「それがしの名はベルクート、貴公のような武人と戦えることを誇りに思う」
「俺の名前はダルニア、改めて言うまでもないだろうが、シャルナーク王国の騎士団長を務めている。ベルクート殿の噂はかねてより聞いている。ベオルグ公国きっての勇将と戦えることを俺も誇りに思う」
「ダルニア殿、それがしは祖国を守れぬ愚将でござる。いまはこうして生き恥を晒してマクナイト殿のもとに身を寄せており申す。それゆえ、そのような評価はご容赦を」
ベルクートは頭を下げて勘弁してくれという意思を示す。いかに国を代表する将軍であっても、国を守ることが出来なければ無用な名声である。ベルクートは祖国を守れなかったことを心底恥じていた。ダルニアはベルクートのことが決して他人事には思えなかった。そして、ベルクートの抱える苦しみを察し、自分の姿を投影していた。
「それは俺とて同じこと。国王を守れずして何が騎士団長だ・・・」
ダルニアの言うことに、ベルクートはふっと笑みを浮かべる。
「どうやらそれがしらは似た者同士のようでござるな。これ以上の言葉は無用であろう。これよりは、戦いにおいて語り合おうではないか。いざ尋常に参る」
ダルニアは頷き、お互いに武器を構える。二人が戦闘態勢に入ったことを見届けたミシェルは試合の開始を宣言する。
ジリッ、ジリッ
ダルニアとベルクートはお互いの間合いを保ちつつ、少しずつ動く。その足音が沈黙に包まれた訓練場に響く。試合を見学する人々は、一切動きを見せない二人の様子に固唾を飲んで見守っている。
ジリッ、ジリッ
訓練場に響くのはひたすらに両者の足音のみである。腕に覚えのある見学者は、ゴクリと息を吞む。一切の動きはないが、二人から放たれる気迫が尋常ではなかった。そう、まるで気で殴り合っているかのように。
「・・・これでは埒が明かぬではないか」
勝負の行く末を見守っているナルディアは退屈そうにしている。お互いに打って出ることのできない膠着状態が長く続いていた。そして、試合を動かしたのは意外な人物であった。
「へっ、ヘっくち」
名もなき兵士のくしゃみである。
「ぬぉおおお」
「ふんっ」
キーン、カーン
静寂を破られ、お互いの気がわずかに乱れる。その隙を見逃す二人ではなかった。ベルクートは大鉞を振り下ろし、ダルニアは剣で受け止める。大鉞の攻撃範囲を考えると、ベルクートの懐へ入り込むことがダルニアの勝機である。さもなくば、攻撃の範囲で劣る剣では決定打に欠けてしまう。しかし、ベルクートはなかなか懐へ入り込ませてくれなかった。
キーン、キーン
両者の武器が交錯する。試合が始まってから早くも一時間。その間も休みなく打ち合いを続けている。一進一退の攻防である。
「いけーベルクート、そこだ!」
「ダルニア負けるな!押し返せ!」
見学者が口々に野次のような応援を飛ばす。やんややんやといわんばかりに見学者は沸いていた。敬称もすっかりなくなっているが、それはご愛嬌である。
カーン、カーン
そこからさらに一時間。両者譲らずの戦いを繰り広げていた。
「もっと踏み込め!」
「そこだ!その隙を突くんだ!」
野次馬たちの声援も相変わらず熱を帯びている。これほど試合が長引くとは思ってもみなかったミシェルは困惑気味である。その様子を見たナルディアはニヤニヤと笑みを浮かべる。ミシェルが困惑する場面などあまりないからだ。
カーン、キーン
ミシェルの困惑などお構いなしに両者は試合を続ける。
「っぐ、はぁはぁ・・・さ、さすがダルニア殿・・・剣でそれがしの攻撃をこれほど凌がれるとは・・・」
「はぁはぁ・・・ったく、それはそっくりそのままお返しする。こうも攻撃がうまくいかないとは・・・」
早くも試合開始から3時間が経過しようとしていた。両者は一進一退の攻防を繰り広げており、試合の決着はまだまだつきそうになかった。ダルニアとベルクートの疲労の色が濃くなるにつれ、ミシェルはますます困惑の表情を深めていた。このままではどちらかが倒れるまで試合を続けるのではないかと。その様子を眺めていたナルディアは、さすがに何とかせねばと思い、試合の収集をつけるためにミシェルのもとへ向かう。
「やれやれ、少しミシェルが不憫になってきたゆえ、余が手を貸してやろうではないか」
「ちょうどよかったわ。まさかこれほど拮抗した試合になるとは思ってなかったのよ。もうこの試合は終わりでいいわよね?」
「うむ、これ以上続ければ日が落ちてしまう。これは引き分けということで収めるべきじゃろうな」
「それしかないわよね」
ミシェルとナルディアの協議の結果、引き分けという結果で試合を終わらせることとなった。ミシェルは試合の中断を宣言するも、兵士を始めとした興奮冷めやらぬ野次馬たちの掛け声によって宣言がかき消される。声量を変えて再び宣言するもかき消される。3回ほど試合の中断を宣言したころだろうか。ミシェルは自分の声がダルニアとベルクートにまったく届いていないことに苛立ちを覚えていた。そして、ついに堪忍袋の緒が切れた。
キーン、カーン
ダルニアとベルクートの打ち合う音が響く中、キンという二人の織り成す音とは異なる短く甲高い音が鳴り響く。場の熱気が一気に冷める。ミシェルの円月輪が両者の武器の先端に当たっていたからだ。ダルニアとベルクートは突然のミシェルからの攻撃に試合を中断する。
「もう試合は終わりよ。いいわね?聞こえた?聞こえたなら返事は?」
ダルニアとベルクートはなぜミシェルが不機嫌なのかは全く分からなかった。それもそのはずで、ミシェルの怒りの原因は野次馬たちの声のせいである。しかし、ミシェルの眉間に刻まれた皺が怒っていることを物語るには十分すぎるものであった。二人は異を唱えることなく、おとなしく返事をする。下手なことを言っては虎の尾を踏むことになりかねないと判断していた。
「おぬしらの試合が一向に終わらぬゆえ、余とミシェルで引き分けに決めたのじゃ。不満は残るじゃろうが、余とミシェルの顔に免じてほしいのじゃ」
ミシェルに変わってナルディアが説明する。これから同盟を結ぶのに、どちらかが倒れるまたは致命傷を負うなんて事態になったら幸先が悪い。こういった理由から中断させることになったとミシェルが説明を付け加える。ダルニアとベルクートは敬礼をもって恭順の意を示す。
「マクナイトももう満足でしょ?ダルニア一人であなたの配下とこれだけ渡り合っているのだから」
ミシェルは暗に試合そのものの終了をマクナイトに提案する。
「むっ、余は戦えるぞ?」
ナルディアは戦う気満々であることをアピールする。
「はぁ・・・。ねえ、ナルディア。あなたはシャルナーク王国の女王なのよ?少しは自覚しなさいよ」
ミシェルは呆れ気味にナルディアを諭す。ナルディアの横に控えるテリーヌもミシェルの言葉に乗じてナルディアを諫める。二人の意見を聞いて、ナルディアはしぶしぶ従う。
「あれほどの試合を見せられた以上、俺の方も異存はない」
この試合の発起人であるマクナイトが納得したことで、試合は終了することとなった。予想以上の盛り上がりを見せたこの試合は後々まで語り草となった。特に兵士たちは熱心にこの日の出来事を周囲に言いふらしていた。なお、ナルディアが戦うことなく試合が終わったという報告を受けたツイハーク王国のアスタリア女王と丞相のセオドールが安堵したのは言うまでもない。
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