2 / 22
2
マリエットは、前世の記憶を取り戻して直ぐ、まずは冷めきっていた自分の父親アルバス・ヴィストン公爵との関係を修復しに取りかかった。
「愛していた妻の命と引き換えにマリエットは産まれたのだから、当然、わたくしは疎まれているのよね」
マリエットの記憶の中の父アルバスは、マリエットを見る度に眉間にシワを寄せる姿が多かった。マリエットも怯えて、甘え方を知らずにいたので、義務的な受け答えのみの会話しかしていなかった。
そんなアルバスの娘への態度が、娘を軽んじても良いと捉えた一部の使用人から、マリエットは冷遇もされてもいた。
公爵令嬢という特権階級に産まれ、更にこの国の王子の婚約者に3歳で選ばれたマリエット。将来的にも約束された美貌も併せ持つが故の嫉妬と僻みが、マリエットへの言動や態度に出ていた。
だからこそ、公爵家の王都にあるタウンハウスの使用人のうち、マリエットに仕える侍女は、乳母のエレナとその娘コレットの2人だけだった。
「父親に急にグイグイいくのもダメよね。さりげなく少しずつ、実はパパに構って欲しいのよアピールをしましょう。それと、わたくし専属の使用人も替えてもらわないと」
今日はエレナとコレットは非番で、マリエットのお世話は別の侍女の日だったが、朝になっても侍女はマリエットを起こしにも来ない。
「はぁ……まぁ、いいわ」
ぶつぶつと計画を部屋の中で呟いたマリエットは、エレナとコレットがいない、いつも通り、自分で準備を済ませ、1人で食堂に移動をして朝食を食べ始めた。
朝食には遅れてアルバスも一緒に座るが、マリエットを見ると眉間にシワを一瞬だけ寄せて、会話は当然無い。
素早く朝食を終え、執事のヒューバートと今日の予定を話し合い、食後のコーヒーと共に新聞を読むと、さっさと執務室へと向かって行った。
マリエットは、今日の父親の予定をこっそり盗み聞き、ほくそ笑んでいた。
◆
マリエットの予定も忙しい。午前中はお勉強で、1時間置きに、ダンス、刺繍、算術、歴史を今日は勉強する。明日はダンス、語学、経済学、帝王学というハードスケジュールが、毎日交互にやって来る。幸いにも前世の記憶に近い貴族社会で、この国の情勢も安定している。周辺国も前世に比べて圧倒的に少なく覚えやすい名前だった。
「歴史が浅いから、前世よりも覚えやすいわ」
マリエットの頭の出来も若さ故の柔軟性のおかげで、知識はどんどん吸収した。
お昼ご飯の後は、お昼休憩とお昼寝の時間が用意されていて、午後3時から2時間だけ周辺国の言葉と文字、特産品や情勢の勉強だった。
ハードな午前中をこなし、お昼ご飯を素早く食べた後、マリエットはお昼休みに庭いじりをするために庭へと出た。
わざとスカートの裾部分に土つけ、薔薇を素手で根っこから引き抜いて、てのひらを傷だらけにする。この世界の薔薇は、一株ずつに根が着いていて、子供の力でも簡単に抜けた。
もちろん、マリエットに着いていなければならない侍女は周囲にはいない。
良く見ればみすぼらしい格好で、父親の書斎へと向かう。朝の予定では、書斎に資料を探しに来ているはずだ。
マリエットは、使用人に見つからない様に、スニーク行動は完璧だった。
コン コン とドアをノックすると、「誰だ」とアルバスの声に続き、「何でしょうか」と執事ヒューバートの声が聞こえた。ガチャと少しだけ開いた隙間から執事ヒューバートが覗く。マリエットの顔を見て、目を細めた。ちなみにヒューバートは、マリエットの侍女であるエレナの旦那だ。
「これはお嬢様。いかがなさいましたか?」
「…あの、えっと、……パパに…これを…」
両手で持って差し出した、少しクタクタになった薔薇の花。
「……おやおや。これは美しい。分かりました。旦那様、お嬢様が、お渡ししたいものがあるそうですよ」
「…………何? マリエットが…? 分かった」
「どうぞ、お嬢様。ご許可が貰えましたよ……おや……?」
両手で薔薇を掴んでトテトテと歩くマリエット。両手の土やスカートの汚れに、ヒューバートは視線を向け、薔薇には根っ子と土塊も、もちろんセットでついている。
恥ずかしくも嬉しそうに両手で薔薇を握るマリエットに、ヒューバートは目を丸くしつつも、微笑ましく何も言わなかった。
「………あの、これを……」
アルバスは、立ったまま何かの資料を持っていたが、チラリと薔薇を両手で持つマリエットに視線を向け、眉間のシワを作る。
「…なんだ……薔薇…?」
「きょ、今日は、パパの…お、おたん、じょうび…プレゼントを……取ってきたの……」
「……ぁ、あぁ……、そ……うか。もう、そんな時期か……」
今日はアルバスの誕生日だと、マリエットは事前に調べていた。
「お、おめでとうございます……パパ」
差し出される薔薇に、アルバスの眉間のシワが少しだけ緩められたが、薔薇の花以外の場所に目が移り、眉間のシワが濃くなっていった。
「……マリエット、この花は、誰と用意をしたんだ?」
「……? 1人で、です…」
「……そうか。ヒューバート」
「かしこまりました。お嬢様、花瓶を一緒に用意致しましょう。執務室へ戻るので、そこに飾りましょうね。それと、手も洗って、お洋服も着替えましょう」
「…あ……はい…」
マリエットは、今気づいたとばかりに、片方の手を広げて土汚れを見てから顔を恥ずかしげにうつむかせた。
「待ちなさい、傷があるじゃないか!」
広げられたマリエットの手の傷を見て、アルバスの表情が怒りに染まる。マリエットから薔薇をそっと受け取ると、薔薇がトゲも抜かれずにそのままであるのを確認し、本が置かれた小さな丸いテーブルに置いた。
アルバスはマリエットの手に、ポケットから取り出した真っ白なハンカチを握らせた。 その手は少し震えてはいたが、嫌悪からのものではない。優しい手付きで、マリエットの両手にハンカチを握らせているのを、マリエットは気が付いていた。
「傷の手当ても、してきなさい」
「はい……」
ヒューバートの後に続くマリエットが落ち込んでいる様に見えたアルバスは、その小さな後ろ姿を呼び止めた。
「……マリエット」
「……?」
マリエットの振り返る姿が愛しい妻を思い起こさせたアルバスは、懐かしげに口元を緩ませ「薔薇を、ありがとう」と自然に言葉が出ていた。
マリエットも、自然に子供らしく微笑んで「はい!」と返事を返していた。
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】わがまま婚約者を断捨離したいと思います〜馬鹿な子ほど可愛いとは申しますが、我慢の限界です!〜
As-me.com
恋愛
本編、番外編共に完結しました!
公爵令嬢セレーネはついにブチ切れた。
何度も何度もくだらない理由で婚約破棄を訴えてくる婚約者である第三王子。それは、本当にそんな理由がまかり通ると思っているのか?というくらいくだらない内容だった。
第三王子は王家と公爵家の政略結婚がそんなくだらない理由で簡単に破棄できるわけがないと言っているのに、理解出来ないのか毎回婚約の破棄と撤回を繰り返すのだ。
それでも第三王子は素直(バカ)な子だし、わがままに育てられたから仕方がない。王家と公爵家の間に亀裂を入れるわけにはいかないと、我慢してきたのだが……。
しかし今度の理由を聞き、セレーネは迎えてしまったのだ。
そう、我慢の限界を。
※こちらは「【完結】婚約者を断捨離しよう!~バカな子ほど可愛いとは言いますけれど、我慢の限界です~」を書き直しているものです。内容はほぼ同じですが、色々と手直しをしています。ときどき修正していきます。
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています
みゅー
恋愛
アレクサンドラ・デュカス公爵令嬢は舞踏会で、ある男爵令嬢から突然『悪役令嬢』として断罪されてしまう。
そして身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王太子殿下には婚約の破棄を言い渡された。
それでもアレクサンドラは、いつか無実を証明できる日が来ると信じて屈辱に耐えていた。
だが、無情にもそれを証明するまもなく男爵令嬢の手にかかり最悪の最期を迎えることになった。
ところが目覚めると自室のベッドの上におり、断罪されたはずの舞踏会から1週間前に戻っていた。
アレクサンドラにとって断罪される日まではたったの一週間しか残されていない。
こうして、その一週間でアレクサンドラは自身の身の潔白を証明するため奮闘することになるのだが……。
甘めな話になるのは20話以降です。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。