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第一章

1の18 私の人魚姫 1

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大国ブルーフィンの第二王子フラットはその端正な顔を俯けて、つい先ほどのやり取りを思い出している。



【‥‥譲歩しよう。
『后として』は前提に。
『留学生として』我が国に迎え入れる。
それで手を打て】

そう譲歩を口にした。

【それが嫌なら‥】

【『留学生』としてお世話になります】

【‥ッ!】



予想外の即答に、ローズレッドの瞳の奥を覗き込もうとするも‥‥

彼女の心の中は見えず、ただ私が囚われただけだった。


(負けた‥‥
『それが嫌なら今すぐ私の妃とする』
と宣言して唇を奪うつもりだったのに‥‥
即答して来るとはな‥‥
全く、まるで読めない‥‥
面白い!)



ここはラメール王国の港。

ブルーフィン王国へ向けて出港する為の準備にあと少しかかるというので、小さな島にしては大きく立派な港で待っているところだ。

王宮の謁見の間からすぐにシレーヌ姫を連れてここへ来た。

もうこの国に用は無い。

潰してやりたい気持ちもあるが、シレーヌ姫の心証を悪くしたくないし、放っておいても滅ぶだろう。

王家がダメ過ぎる。

いや、もうあんな奴らの事は忘れよう。

シレーヌ姫を連れ出せたのだから満足だ。


駆け付けて来た侍女と別れを惜しむシレーヌ姫を見ながら、一ヶ月前の嵐の海に想いを馳せる。


その日、『どんな嵐にも沈むことは無い』と言われていた船が沈んだ。

海に投げ出された私は必死に木片にしがみついた。

暴れる波。

荒れ狂う海。

人間がいかに小さいか、無力なのかを思い知らされる。

普段は王宮で多くの者にかしずかれている私だが。

荒れ狂う波は王子であろうが一乗組員であろうが平等に襲い掛かって来る。

同乗していた騎士達は私ではなく、兄上‥‥

第一王子を必死に探している。

優秀な第一王子の安否だけが気になる彼等の目に私は何度か映っているはずだが。

その視線は私を素通りし、別方向の海面へ移動し彼等が認める主を探し続ける。

私の命はどうでもいいか‥‥

全く‥‥ハッキリし過ぎだろう。


フッ‥‥まぁ‥‥

例えばどちらかが死ぬしかないとしたら、私が死ぬべきだと私自身も思う。

兄上はブルーフィンの至宝。

こんな所で海の藻屑と消えていい人ではない。

兄上さえご無事なら、それでいいと私も思えるのだ。


容赦の無い波に少しずつ皆から離されて行く‥‥

このまま波間に消えても誰も何とも思わないだろう‥‥

不規則な荒波が感覚を失った私の両手から木片を奪おうとした刹那――
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