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第一章

1の32 乱れる心

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「うっ、うっ、うっ、
ひっく、う、うっ‥」



ラメール王国を出港し、ブルーフィン王国へと向かう船の中。

大きい船とは言え、私、シレーヌは個室を使わせてもらっている。

その個室に逃げ込み、鍵を掛けて。

毛布にくるまって、ベッドの上で丸まって‥‥


恐かった‥‥

堪らなく嫌だった‥‥


涙が止まらない。

震えが止まらない。



時間が経つほどに、さっきの事が恐ろしく、悔しく。


船の甲板で抱きしめられてしまった時の恐怖と嫌悪感が私を苦しめる。

後ろから抱き締められ、全然その腕から逃れられなかった。

細身に見えた第二王子はとてつもなく力が強かった。


大国ブルーフィン王国の第二王子フラット殿下は、16才になったばかりだという。


まだ成人直後。

自分とたった3才しか違わないなんて、意外だった。

見た目も纏う空気も大人にしか見えないから、もっとうんと年上なのだと‥‥

やっぱり、私は年のわりに幼いのかもしれない‥‥


それにしても、第二王子は大人っぽい。

高い身長。

細身に見えるのに筋肉質の身体。

そう、スラリとした長い腕は、自分の体に回されて見れば実はガッシリとして逞しく、その力は‥‥


(きっと、私の事なんて、簡単に殺せる)


いや、そうじゃない。

彼は、私を殺したいんじゃなくて‥‥


背後から伝わって来た激しい鼓動。

頭上に感じた荒く熱い息。

彼は私を――


‥‥イヤッ!

気持ち悪いッ!


自分はまだ子供なのに、女として求められる事に凄まじい嫌悪感がある!



解ってる。

ここまで嫌悪するのはきっと『過剰反応』というヤツだろう。

自分が子供すぎるのだ。


女性に生まれた以上、少しでも条件のいい男性と結婚して子供を産み立派に育て上げ、嫁ぎ先の家を盛り立てる。

それが女性の義務であり幸せである。

貴族平民問わずにそれが常識で。

だから大国の第二王子に望まれるなど、幸運以外の何ものでもないはず。

拒否するなどバカ、罰当たり、身の程知らずにも程がある!

――と、誰もが言うだろう。


きっと自分も大人になれば、ここまでの嫌悪感は感じなくなるんだろう。


だけどそんな簡単に、すぐに大人になんかなれない。


大人になりたくないんじゃない。

単に大人なれないだけ。


そんな私に彼の態度は‥‥

ムリ、
恐い、
気持ち悪い、

受け入れられない!


‥‥逃げたい。
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