上 下
99 / 155
第三章

3の07 疑惑の聖女

しおりを挟む
「‥‥ハッ!
あッ! あぁッ!
レイ様ッ!
良かった、お会い出来た‥‥!」

「その者だけ叱ってどうする。
見れば新人。
教育・引継ぎがキチンとなされていなかったのであろう」

「ええ!
仰る通りですわ!
教育を見直させます!
やだ、私ったら、頭に血が上ってしまってッ!」

「話せるか?
忙しいなら出直す」

「どうぞどうぞ中へ!
お話しならいくらでも!
大した用事もなくて、全然ヒマですのよ!
それに、もし国王陛下の呼び出しがあったって、あなた様を優先致しますわ!」



神殿の門の内外でこの光景を目撃中の人達は、皆一様に目を真ん丸にしている。

聖女はいつもは伏し目がちでその唇は固く結ばれ、その声を耳にした事がある人の方が少ない。

言葉を発することなく佇むその姿は神秘的で神々しく美しく、人々の信仰心を集めて来た。

ところが今目の前にいる聖女は、発情期の動物の様に自分よりも背の低いゴブリンの周りを媚び媚びで身体を捩りながら練り歩き、胸の前で結んだ両手をくねらせ、ケツを振り、それはもう信じられない姿を晒している。


(あ、あれは本当に聖女か?
ソックリさんではないのか!?)


目撃者たちが同一の考えに囚われているのも気にせず、聖女はゴブリンを神殿に招き入れようと必死である。



「さあどうぞ!
異国の不思議な香りのお茶が手に入って、面白い味わいなんですのよ!
焼きたてのオレンジケーキも‥‥」

「この季節、庭園が見事だろう。
久しぶりに庭園を見たいと思う」

「勿論ですわ!
でわでわでわッ!
私、ご案内致しますわッ!
御手をどうぞッ!
なーんて‥‥キャッ!
恥ずかしいッ!
あ、お待ちになってぇッ‥」



言動のおかしい聖女を無視して門内を左に進み、庭園に向かうゴブリン。

ゴブリンなのに ”勝手知ったる ”感がスゴイ。

そのあとうしろで手を組み、弾むようなスキップで付いて行く聖女。

それは今まで畏れ敬って来た尊い聖女ではなく、まるで恋する一人の乙女‥‥



なっ、何だ!?

我等は一体何を見せられているんだ!?



訳の分からない不条理な夢を見て眼が覚め、しばらくボ~~ッとしてしまうあの感じの目撃者たち。



中でも神殿関係者たちは、


『そう言えば、なぜ彼女が聖女になったんだっけ?』

『神力を覚醒させた訳でもなく、ある日突然聖女に選ばれたんだったか?』

『明確な理由どころか曖昧な理由すら無い‥‥一体どういう事だ?』


など、今更ながら疑惑だらけの聖女出現に首をひねる。

そもそも、聖女はもう300年ほど現れていなかったのだ。


3年前、何があったのだった?


ザワつく人々を尻目に、聖女マーリンは期待と喜びに震えている。


3年間待ちに待って、遂に望みが叶うのだわ!

涙目で胸の前で両手を組み、庭園で立ち止まったゴブリンの言葉を待つ。
しおりを挟む

処理中です...