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15 一年前の事件7『ショコラ公爵家は大騒ぎ』
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「あら、あなた…
娘のピンチに今頃お出ましとは随分おっとりとなさっているのね…
で、モーブ猊下は本当にお帰りに?」
「あ…あぁ。
歓談中の陛下に風のように近付いて何か耳打ちされて。
陛下の顔色を真っ青にしてまた風の様にお帰りになられた。
――それで、何があったのだ?
私は仕事で呼ばれていたのだが…
プラリネ、ピンチって…大丈夫なのか?」
愛妻のトゲトゲしい言葉と態度に怯みつつ、愛娘プラリネを心配するショコラ公爵は、プラリネのキラキラした様子に驚かされる。
高位貴族である公爵家に生まれ、類まれな美しい容姿に恵まれた娘だが、第一王子の妻への執着に悩む複雑な家庭環境のせいか感情的な顔を見た事が無かった…
家でも外でも無表情とアルカイックスマイルの中間の表情は人形の様で。
皆に絶賛されればされるほど、この娘は生涯に一度でも人間らしい喜怒哀楽を感じる事が出来るだろうかと胸を痛めていたのだが――
今、心から怒ってる?
「大丈夫じゃありませんわ!
私大ピンチですわ!
モーブ猊下が帰られてしまったなんて――
今すぐお会いしたいのに!
お見掛けしていながらお引止め下さらないなんて、お父様は使えないにも程がありますわッ」
「えぇッ…《グサッ》
だ、だが、モーブ猊下はダークな感じのヒビ割れだらけの鉄の仮面を着けていて、多分変装の御積もり――お忍びだったのではないかと…
声掛けするのは憚られたし何しろ風の様にヒュッと来てヒュンッと去って‥」
「言い訳は聞きたくありませんわ!
私は帰ります!
モーブ猊下がいらっしゃらないのなら、ここに居続ける理由など皆無ですわ!」
いつも聞き取れないほど小声で自分の意思など無いかの様な娘が思いっきり声を張り、ハキハキと自己主張している…
よ、喜ぶべきなのだろうが思いのほか毒舌…あ、
サッサと歩き出してしまったプラリネをショコラ公爵夫妻が追う。
嵐の様にショコラ邸に戻り自室へ入ったプラリネは、ふと見た鏡を見て停止する。
「‥あら?
私、こんな髪飾りを付けていたかしら?」
「いいえ…でも綺麗…
プラリネ様の美しい金髪にとても似合っています!」
「本当…綺麗…あら?
これ生花だわ?
いつ、どこで…??」
「ウィスタリアの花ですね…」
「‥ハッ!」
「プラリネ様?
顔が真っ赤ですが?」
「い、いえ、何でも…
ねぇ、この花、枯れない様に出来ないかしら?」
「魔法師なら出来るかもしれません。
ショコラ公爵家お抱えの魔法師を呼びましょうか?」
「ええ、お願い」
(私に気付かれる事無く私の髪に花を挿せるなんてあの御方だけ…
ジェラート・ウィスタリア・モーブ猊下…)
プラリネは窓の外に神秘的に輝く美しい月を見上げる。
「…あの月に恋するようなものかしら…」
「えっ?プラリネ様?
何か仰いましたか?」
「愚かな事だわ」
「プラリネ様?」
「叶うはずない」
「まぁ?一体何が‥」
「恋よ」
「恋ですって!?」
「恋だと!?」
着替えの為部屋に入ったきりの娘を心配したショコラ公爵夫妻が驚きの声を上げる。
「お父様、お母様…
丁度良いところへ…」
「ええ、今夜の事を詳しく話してくれると言っていたのに中々ティールームに来ないから…まぁ、まだ着替えもしていないのね?」
「そんな事より恋って
…まさか第一王子ではあるまいな!?」
「――――――は!?
まぁ、まさか!!オッ
オェッおぞましい事仰らないで下さいませ!
例え天地がひっくり返ったって、私の気が触れたって、何が起こったって、ソレだけは絶ッッ対!ありませんわッ!!
100万回死んだ方がまだマシですわッ!!」
((やっぱり毒舌))
「で、では、誰に?」
「この世で一番素晴らしい男性ですわ」
「!…それでは、大国グミ王国の王太子との縁談を進めていいと?」
「‥チッ」
((!?‥『チッ』って言った!?
気品ある私達の淑女が今、『チッ』って言った!?))
《キッ!》
「今来てる縁談は全てお断りして下さいませ」
((!?‥《キッ!》って睨んだ!?
優しい私達の天使が今、《キッ!》って睨んだ!?))
「お父様とお母様にはガッッッッッッッッッッッッカリですわ!」
((どんだけ!?
どんだけガッカリされちゃったの!?))
「モーブ猊下です…」
突然俯いてモジモジと
頬を染めてしおらしく
やっと聞き取れる声で
彼の名を口にする娘…
「「‥え?」」
「この世で一番素晴らしい男性…」
ショコラ公爵夫妻は瞑目する。
自慢の娘は望んだ相手誰とでも結婚出来るだろう
――と思っていたが…
「‥それは月や太陽に恋するようなものだ」
「現実的な相手ではないわ」
「大国グミ王国の第一王女との縁談を断った御方だ」
「「諦め‥
プラリネッ!?」」
この後、ショコラ公爵夫妻はシクシク泣き出してしまった娘を慰めるのに手を焼いたそうな。
どこか嬉しそうに。
今までスキのない完璧な優等生で子供らしい所が全く無かった娘。
誰からも誉めそやされて来たけれど、本人が全く幸せそうじゃないのが辛かった。
だが、今目の前に居るのは、無茶な恋に憧れ翻弄されている年相応の少女。
ショコラ公爵夫妻は心の中でモーブ猊下に感謝する。
((娘はやっとちゃんと自分の人生を歩き始められた。
あなたに出会い、恋に落ちなければ、『一人の貴族令嬢』を演じるだけの生涯だっただろう…
大魔法師であるあなたは、娘に最高の魔法を掛けてくれた様だ…感謝する…
願わくば、あなたを想い涙が止まらない憐れな少女の想いを受け入れてやって欲しい――))
開け放たれた窓から風がソヨリと入って来る
見上げた月が微笑った様に感じたのは――
『気のせいだ』
どこかで誰かが呟いた
娘のピンチに今頃お出ましとは随分おっとりとなさっているのね…
で、モーブ猊下は本当にお帰りに?」
「あ…あぁ。
歓談中の陛下に風のように近付いて何か耳打ちされて。
陛下の顔色を真っ青にしてまた風の様にお帰りになられた。
――それで、何があったのだ?
私は仕事で呼ばれていたのだが…
プラリネ、ピンチって…大丈夫なのか?」
愛妻のトゲトゲしい言葉と態度に怯みつつ、愛娘プラリネを心配するショコラ公爵は、プラリネのキラキラした様子に驚かされる。
高位貴族である公爵家に生まれ、類まれな美しい容姿に恵まれた娘だが、第一王子の妻への執着に悩む複雑な家庭環境のせいか感情的な顔を見た事が無かった…
家でも外でも無表情とアルカイックスマイルの中間の表情は人形の様で。
皆に絶賛されればされるほど、この娘は生涯に一度でも人間らしい喜怒哀楽を感じる事が出来るだろうかと胸を痛めていたのだが――
今、心から怒ってる?
「大丈夫じゃありませんわ!
私大ピンチですわ!
モーブ猊下が帰られてしまったなんて――
今すぐお会いしたいのに!
お見掛けしていながらお引止め下さらないなんて、お父様は使えないにも程がありますわッ」
「えぇッ…《グサッ》
だ、だが、モーブ猊下はダークな感じのヒビ割れだらけの鉄の仮面を着けていて、多分変装の御積もり――お忍びだったのではないかと…
声掛けするのは憚られたし何しろ風の様にヒュッと来てヒュンッと去って‥」
「言い訳は聞きたくありませんわ!
私は帰ります!
モーブ猊下がいらっしゃらないのなら、ここに居続ける理由など皆無ですわ!」
いつも聞き取れないほど小声で自分の意思など無いかの様な娘が思いっきり声を張り、ハキハキと自己主張している…
よ、喜ぶべきなのだろうが思いのほか毒舌…あ、
サッサと歩き出してしまったプラリネをショコラ公爵夫妻が追う。
嵐の様にショコラ邸に戻り自室へ入ったプラリネは、ふと見た鏡を見て停止する。
「‥あら?
私、こんな髪飾りを付けていたかしら?」
「いいえ…でも綺麗…
プラリネ様の美しい金髪にとても似合っています!」
「本当…綺麗…あら?
これ生花だわ?
いつ、どこで…??」
「ウィスタリアの花ですね…」
「‥ハッ!」
「プラリネ様?
顔が真っ赤ですが?」
「い、いえ、何でも…
ねぇ、この花、枯れない様に出来ないかしら?」
「魔法師なら出来るかもしれません。
ショコラ公爵家お抱えの魔法師を呼びましょうか?」
「ええ、お願い」
(私に気付かれる事無く私の髪に花を挿せるなんてあの御方だけ…
ジェラート・ウィスタリア・モーブ猊下…)
プラリネは窓の外に神秘的に輝く美しい月を見上げる。
「…あの月に恋するようなものかしら…」
「えっ?プラリネ様?
何か仰いましたか?」
「愚かな事だわ」
「プラリネ様?」
「叶うはずない」
「まぁ?一体何が‥」
「恋よ」
「恋ですって!?」
「恋だと!?」
着替えの為部屋に入ったきりの娘を心配したショコラ公爵夫妻が驚きの声を上げる。
「お父様、お母様…
丁度良いところへ…」
「ええ、今夜の事を詳しく話してくれると言っていたのに中々ティールームに来ないから…まぁ、まだ着替えもしていないのね?」
「そんな事より恋って
…まさか第一王子ではあるまいな!?」
「――――――は!?
まぁ、まさか!!オッ
オェッおぞましい事仰らないで下さいませ!
例え天地がひっくり返ったって、私の気が触れたって、何が起こったって、ソレだけは絶ッッ対!ありませんわッ!!
100万回死んだ方がまだマシですわッ!!」
((やっぱり毒舌))
「で、では、誰に?」
「この世で一番素晴らしい男性ですわ」
「!…それでは、大国グミ王国の王太子との縁談を進めていいと?」
「‥チッ」
((!?‥『チッ』って言った!?
気品ある私達の淑女が今、『チッ』って言った!?))
《キッ!》
「今来てる縁談は全てお断りして下さいませ」
((!?‥《キッ!》って睨んだ!?
優しい私達の天使が今、《キッ!》って睨んだ!?))
「お父様とお母様にはガッッッッッッッッッッッッカリですわ!」
((どんだけ!?
どんだけガッカリされちゃったの!?))
「モーブ猊下です…」
突然俯いてモジモジと
頬を染めてしおらしく
やっと聞き取れる声で
彼の名を口にする娘…
「「‥え?」」
「この世で一番素晴らしい男性…」
ショコラ公爵夫妻は瞑目する。
自慢の娘は望んだ相手誰とでも結婚出来るだろう
――と思っていたが…
「‥それは月や太陽に恋するようなものだ」
「現実的な相手ではないわ」
「大国グミ王国の第一王女との縁談を断った御方だ」
「「諦め‥
プラリネッ!?」」
この後、ショコラ公爵夫妻はシクシク泣き出してしまった娘を慰めるのに手を焼いたそうな。
どこか嬉しそうに。
今までスキのない完璧な優等生で子供らしい所が全く無かった娘。
誰からも誉めそやされて来たけれど、本人が全く幸せそうじゃないのが辛かった。
だが、今目の前に居るのは、無茶な恋に憧れ翻弄されている年相応の少女。
ショコラ公爵夫妻は心の中でモーブ猊下に感謝する。
((娘はやっとちゃんと自分の人生を歩き始められた。
あなたに出会い、恋に落ちなければ、『一人の貴族令嬢』を演じるだけの生涯だっただろう…
大魔法師であるあなたは、娘に最高の魔法を掛けてくれた様だ…感謝する…
願わくば、あなたを想い涙が止まらない憐れな少女の想いを受け入れてやって欲しい――))
開け放たれた窓から風がソヨリと入って来る
見上げた月が微笑った様に感じたのは――
『気のせいだ』
どこかで誰かが呟いた
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