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13. 魂の色
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「なんだいこれは?」
レティはどこからともなく飛んできて目の前に突き刺さった黒い刀を見つめた。
その刀からは、凝縮された荒々しく鋭い魔力を感じる。
「てめえら、ずいぶんと好き勝手にやってくれたじゃねえか」
刀を見つめるレティの耳に、怒りをはらんだ男の声が聞こえた。
ふと前を見ると、エニカよりも奥、瓦礫の山の上に夕日を浴びながら立っている一人の男が見えた。
血だらけで、服もボロボロで、土と泥にまみれて、それでもなお揺るがない意志の炎を瞳に灯し立っている。
カイト・アルガーロ。15歳。
まだまだ子供で、学ぶべきことがたくさんあるただの学生だ。
本当ならば、無事に王都に着き、フィノール学園の試験を受け、最強の冒険者への一歩を踏み出すはずだった、ただの普通の学生だ。
一つ違ったのは、カイト・アルガーロという人間には、背負ったものをすべて一つも取りこぼさずに背負いきる覚悟があったということ。
ときには重荷を下ろすことも必要だろう。背負ったものに押しつぶされて進めなくなってしまっては本末転倒だ。
しかしカイトは、どんなに背負ったものが重かろうと、どんなに体に傷を付けられようと、一度背負ったものは決して手放さなかった。
その姿に心動かされた者が、少なくともここに一人いる。
「師匠!!!!!」
きっと生きていると信じていた。しかし確証はなかった。
もう一度、そのぶっきらぼうな声を聞きたい。
もう一度、その広く大きな背中を見たい。
この空を、共に飛びたい。
エニカは大粒の涙をボロボロと流しながら、カイトの姿を見つめた。
「まったく、本当にお前は泣いてばっかだな」
カイトは瓦礫を蹴って飛び上がった。体の疲れを感じさせない軽やかな跳躍。
その背中は、エニカの目の前に降り立った。
カイトはエニカのボロボロの体を見て、頭を優しくなでる。
「よく頑張ったな。お前は必ず立派な冒険者になるぜ。俺が保証する」
カイトはポケットに手を突っ込み、緑色に澄んだ六角柱の物体を取り出した。
「これは回復結晶だ。ある程度の怪我はこれを使えば直る。試験の後に必要になると思って1個だけ持ってきてたんだ。悪いな、お前が腕を怪我したときに使ってやれなくて、今の今までこれがあること忘れてたんだ。何せ今日はいろいろあったからな」
カイトが回復結晶のボタンを押すと、結晶を中心に球状の光の空間が形成された。
「ほら、これを握ってろ」
手渡された回復結晶は淡く緑色に光っていて、その周囲に広がった光の空間の中に入ると、エニカの傷が少しずつ塞がっていった。
「待ってください! 師匠は大丈夫なんですか!」
エニカと同様にカイトも全身傷だらけだ。
痛くないわけがない。苦しくないわけがない。今すぐ手当が必要だ。
そんな体を確認するようにカイトは肩を回し、首をゴキゴキと鳴らした。
「まあ、瓦礫から抜け出るのにちょっと苦労したけど、体は問題なく動くし、こんぐらいへっちゃらだ」
カイトはエニカに向かってニカッと笑うと、振り向いてレティの方に近づいた。
「それに俺はこれから、こいつらに落とし前をつけなきゃいけねえ」
カイトはレティたちをにらみつけ、片手を前に突き出した。
すると、レティの前に刺さっていた刀がひとりでに浮き上がり、カイトの手のひらに飛んでいった。
その刀の柄をしっかりとつかみ、カイトは目を尖らせる。
レティはカイトの姿を驚いたように見つめながらも、その口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「あんた、まさか生きてたなんてね。あの植物どもと一緒に山の下敷きになって、死んだとばかり思ってたよ。一人だけ生きてるなんて、運の良いこった」
「何言ってんだ。バルシーダたちは大人も子供も全員生きてるぞ」
「なに!?」
カイトが親指で後ろの瓦礫の方を指すと、瓦礫の隙間から大人のバルシーダたちがぞろぞろと這い出てきた。
怪我をしていたり泥で汚れていたりはするものの、全員無事に生き残っている。
「バカな!? あの爆発で一匹も死なないなんてありえない! それに子供はどうした! あいつらは例え生き残っていても、この夕日に焼かれて死ぬはずだ!」
「なんでか知らねえけど、生活スペースの奥に防空壕みたいな地下空間があってな。決して広くはねえが、避難するにはもってこいの場所だ。子供は全員その中で、この赤い夕日から身を守ってるよ」
「嘘だろ……クソ……! そんな場所があったのか、一体誰が……!」
計画が狂わされ歯を噛み締めるレティに、カイトはゆっくり近づいていく。
そのとき、カイトの足に何かが当たった。
見ると、ゼイム・ラートのノートが落ちている。
きっと、エニカが外に投げ出されたときにここに落としたのだろう。
カイトはそのノートを拾ってペラペラとめくった。
不意に目に映った最後のページ。
それを見て、カイトはふっと笑みをこぼした。
「きっと、こいつらの幸せを願った切実な思いが、届いたんだろうな」
──────────
『〇△年 1月1日
今日は地下の扉を閉ざすために採掘場に行った。
入る前には赤い物を身につけていないか、体にわずかでも傷ができ血が出ていないか、何度も何度も入念に確認した。
彼らは地下のマグタイトがあるエリアには入っていないようだったから、そのまま地下へ続く扉を内側からガチガチに施錠した。
決して彼らがマグタイトを見ないように固く固く閉ざした。
そして、地下から外に出られる抜け道を利用して帰った。
これで採掘場に行くのは最後にしようと思っていたが、一つ思いついたことがある。
もし災害か何かで山が崩れてしまったときのために、避難所を作ろうと思う。
俺一人の力で十分な広さのものを作れるかはわからないが、できることは何でもしたい。
彼らが少しでも安心して暮らせるのなら、俺はどれだけこの身を削ろうと構わない。
どうか彼らにはこれからずっと、穏やかに暮らしてほしい』
──────────
ゼイム・ラート。この男の願いが最後に、バルシーダたちの命を救ったのだ。
多くの命を奪った罪は消えない。
しかし、罪を背負って生きていくことを決めたその思いが、多くの命を救った。その事実もまた、決して消えはしないのだ。
カイトは振り向いて、瓦礫の上に立つバルシーダたちの方を見た。
「お前らはこのクソ野郎どもに復讐しなくていいのか? 今ならいくらでも攻撃できるぜ」
自分たちを暗く冷たい地下に落とし、消えない赤の記憶を植え付けた。
さらには山を爆破し、子供たちに刻まれた負の記憶を呼び覚まして殺そうとした。
どこまでも非道で残虐な赤い鷲。
この恨みや怒りを今すぐにでもぶつけたいはずだ。
今ならそれができる。その腕の砲門をあの化け物たちに向け好きなだけ岩を叩き付けることができる。
ようやくあの日の屈辱を晴らすことができる。
しかし、バルシーダたちは動かなかった。
その揺るがないまっすぐな立ち姿に固く折れない決意を感じ、カイトは再び正面を向いてバルシーダたちに背を向けた。
「そうか。お前らは手を出さないことに決めたんだな。復讐の連鎖を断ち切るために」
赤い鷲に切り刻まれた悲しみの過去。
ここでその復讐ができたらどれだけいいか。
しかし、復讐心にかられて恨みを晴らしてしまったら、さらにその復讐を受けまたあの悲劇を繰り返してしまうかもしれない。
自分の子供に、その復讐の連鎖が牙を剥くかもしれない。
だから、どれだけ憎かろうと、どれだけ辛かろうと、拳を強く握り締め耐える。
全ては子供の未来のため。
子供に誇れる親であるため。
「お前ら本当に立派だぜ。その広い背中、しっかり子供に見せてやれよ」
その背中についた、復讐の鎖を断ち切る大きな翼で、子供たちに広い空を見せるため。
いつか、一人の少年が赤にまみれながら叫んでいた言葉。
バルシーダたちの未来に向けて放たれた言葉。
それは、しっかりと届いていた。
今までのどんな赤とも違う。強く優しく、そこには確かな温もりがあった。
赤とはそんな色だったか。少なくともバルシーダたちが今まで感じてきた赤は、まるで真逆のものだった。怒りと恐怖をかきたて、悲しみと苦痛に彩られた悲劇の色。
そうだったはずだ。それが赤という色だったはずだ。
しかし、今目の前に立つ男の赤からは、悲しみも苦しみも感じない。赤い鷲に対する怒りも炎への恐怖も湧き上がってこない。
そこにあるのは、安心と温もり。そして確固たる鉄の意志。
それは、強い魂の赤。
「そんじゃ代わりに俺が、お前らの思いを背負って戦ってやるよ」
カイトは黒切を固く握り締めた。
バルシーダたちの赤の記憶。
ゼイム・ラートの思い。
エニカの痛み。
その全てをこの刀に乗せて、戦う。
「なんだか知らないがあの植物どもは攻撃してこないみたいだね。あんたら本当にバカだよ! 植物どももそこのクソガキも、しょうもないもの守ろうとして傷ついてさ! 特にあんただよ小僧! おとなしくしていればいいものを、のこのこ出てきちまって、そこのバカなガキを守るためかい!」
レティはエニカを指さして言った。
「バカだよねえ! 頭も悪い、魔法もろくに使えない、あたいらのいいように弄ばれるだけの弱くて脆いバカな女だよ! そんな何の価値もないものを守って、あんたに何の得があるってんだい! そいつと比べたらねえ、あたいらの方がよっぽど賢く生きてるさ! 金もたんまり稼いでるし高度な魔法も使える! あたいらとそのガキとではねえ、格が違うんだよ!!」
卑しく口角をつり上げるレティを、カイトはまっすぐ見据えた。
「たしかにあいつは、弱虫で泣き虫で怖がりで頼りねえ」
今日一日、自分が見てきたエニカの姿を、カイトは思い出す。
「おまけに頑固で意地っ張りで騒がしい。虫が嫌いで暗闇が怖くて、なくした財布もろくに見つけられねえ」
軒下でうずくまって泣いていたエニカの顔。
脆く、弱々しく、触れたら消えてしまいそうだった。
「でもな、あいつは日陰で泣いてる子供に、手を差し伸べることができる」
いつかカイトがそうしたように。
その温かい手で、子供の涙を拭うことができる。
「人として大事なもん、ちゃんと持ってんだ!」
エニカのボロボロな姿。
血を流し、涙を流し、必死で大切なものを守り抜いた、その強い魂。
「てめえらとは、格が違えんだよ!!!」
強く刀を握り締め、カイトは叫んだ。
弱虫で泣き虫なエニカが、一人で敵に立ち向かうなんて、どれほど怖かっただろう。
その痛みに、苦しみに耐えるのが、どれほど辛かっただろう。
頼れる相手が誰もいなくて、どれほど寂しかっただろう。
伸ばした手の先に誰の姿もなくて、どれほど虚しかっただろう。
そんな中、傷ついた体で立ち上がるのは、どれほど勇気がいることなのだろうか。
その勇気を、その血と涙をバカにしていいやつなんて、この世にはいない。
カイトは黒切を持つ腕に魔力を集めた。
「エニカ、お前の師匠の魔法、ちゃんと見とけよ」
驚きをはらんだ目でエニカはカイトを見つめた。
いくら師匠になってほしいと頼んでも、面倒臭いと一蹴された。
そのカイトが、師匠という言葉を口にした。
エニカは泣きながら目を輝かせ、強く頷いた。
「はい……!」
カイトの体から、黒い瘴気が溢れ出す。
赤い鷲を地に叩き落とす。そのために、カイトは黒切を強く握り締めた。
レティはどこからともなく飛んできて目の前に突き刺さった黒い刀を見つめた。
その刀からは、凝縮された荒々しく鋭い魔力を感じる。
「てめえら、ずいぶんと好き勝手にやってくれたじゃねえか」
刀を見つめるレティの耳に、怒りをはらんだ男の声が聞こえた。
ふと前を見ると、エニカよりも奥、瓦礫の山の上に夕日を浴びながら立っている一人の男が見えた。
血だらけで、服もボロボロで、土と泥にまみれて、それでもなお揺るがない意志の炎を瞳に灯し立っている。
カイト・アルガーロ。15歳。
まだまだ子供で、学ぶべきことがたくさんあるただの学生だ。
本当ならば、無事に王都に着き、フィノール学園の試験を受け、最強の冒険者への一歩を踏み出すはずだった、ただの普通の学生だ。
一つ違ったのは、カイト・アルガーロという人間には、背負ったものをすべて一つも取りこぼさずに背負いきる覚悟があったということ。
ときには重荷を下ろすことも必要だろう。背負ったものに押しつぶされて進めなくなってしまっては本末転倒だ。
しかしカイトは、どんなに背負ったものが重かろうと、どんなに体に傷を付けられようと、一度背負ったものは決して手放さなかった。
その姿に心動かされた者が、少なくともここに一人いる。
「師匠!!!!!」
きっと生きていると信じていた。しかし確証はなかった。
もう一度、そのぶっきらぼうな声を聞きたい。
もう一度、その広く大きな背中を見たい。
この空を、共に飛びたい。
エニカは大粒の涙をボロボロと流しながら、カイトの姿を見つめた。
「まったく、本当にお前は泣いてばっかだな」
カイトは瓦礫を蹴って飛び上がった。体の疲れを感じさせない軽やかな跳躍。
その背中は、エニカの目の前に降り立った。
カイトはエニカのボロボロの体を見て、頭を優しくなでる。
「よく頑張ったな。お前は必ず立派な冒険者になるぜ。俺が保証する」
カイトはポケットに手を突っ込み、緑色に澄んだ六角柱の物体を取り出した。
「これは回復結晶だ。ある程度の怪我はこれを使えば直る。試験の後に必要になると思って1個だけ持ってきてたんだ。悪いな、お前が腕を怪我したときに使ってやれなくて、今の今までこれがあること忘れてたんだ。何せ今日はいろいろあったからな」
カイトが回復結晶のボタンを押すと、結晶を中心に球状の光の空間が形成された。
「ほら、これを握ってろ」
手渡された回復結晶は淡く緑色に光っていて、その周囲に広がった光の空間の中に入ると、エニカの傷が少しずつ塞がっていった。
「待ってください! 師匠は大丈夫なんですか!」
エニカと同様にカイトも全身傷だらけだ。
痛くないわけがない。苦しくないわけがない。今すぐ手当が必要だ。
そんな体を確認するようにカイトは肩を回し、首をゴキゴキと鳴らした。
「まあ、瓦礫から抜け出るのにちょっと苦労したけど、体は問題なく動くし、こんぐらいへっちゃらだ」
カイトはエニカに向かってニカッと笑うと、振り向いてレティの方に近づいた。
「それに俺はこれから、こいつらに落とし前をつけなきゃいけねえ」
カイトはレティたちをにらみつけ、片手を前に突き出した。
すると、レティの前に刺さっていた刀がひとりでに浮き上がり、カイトの手のひらに飛んでいった。
その刀の柄をしっかりとつかみ、カイトは目を尖らせる。
レティはカイトの姿を驚いたように見つめながらも、その口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「あんた、まさか生きてたなんてね。あの植物どもと一緒に山の下敷きになって、死んだとばかり思ってたよ。一人だけ生きてるなんて、運の良いこった」
「何言ってんだ。バルシーダたちは大人も子供も全員生きてるぞ」
「なに!?」
カイトが親指で後ろの瓦礫の方を指すと、瓦礫の隙間から大人のバルシーダたちがぞろぞろと這い出てきた。
怪我をしていたり泥で汚れていたりはするものの、全員無事に生き残っている。
「バカな!? あの爆発で一匹も死なないなんてありえない! それに子供はどうした! あいつらは例え生き残っていても、この夕日に焼かれて死ぬはずだ!」
「なんでか知らねえけど、生活スペースの奥に防空壕みたいな地下空間があってな。決して広くはねえが、避難するにはもってこいの場所だ。子供は全員その中で、この赤い夕日から身を守ってるよ」
「嘘だろ……クソ……! そんな場所があったのか、一体誰が……!」
計画が狂わされ歯を噛み締めるレティに、カイトはゆっくり近づいていく。
そのとき、カイトの足に何かが当たった。
見ると、ゼイム・ラートのノートが落ちている。
きっと、エニカが外に投げ出されたときにここに落としたのだろう。
カイトはそのノートを拾ってペラペラとめくった。
不意に目に映った最後のページ。
それを見て、カイトはふっと笑みをこぼした。
「きっと、こいつらの幸せを願った切実な思いが、届いたんだろうな」
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『〇△年 1月1日
今日は地下の扉を閉ざすために採掘場に行った。
入る前には赤い物を身につけていないか、体にわずかでも傷ができ血が出ていないか、何度も何度も入念に確認した。
彼らは地下のマグタイトがあるエリアには入っていないようだったから、そのまま地下へ続く扉を内側からガチガチに施錠した。
決して彼らがマグタイトを見ないように固く固く閉ざした。
そして、地下から外に出られる抜け道を利用して帰った。
これで採掘場に行くのは最後にしようと思っていたが、一つ思いついたことがある。
もし災害か何かで山が崩れてしまったときのために、避難所を作ろうと思う。
俺一人の力で十分な広さのものを作れるかはわからないが、できることは何でもしたい。
彼らが少しでも安心して暮らせるのなら、俺はどれだけこの身を削ろうと構わない。
どうか彼らにはこれからずっと、穏やかに暮らしてほしい』
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ゼイム・ラート。この男の願いが最後に、バルシーダたちの命を救ったのだ。
多くの命を奪った罪は消えない。
しかし、罪を背負って生きていくことを決めたその思いが、多くの命を救った。その事実もまた、決して消えはしないのだ。
カイトは振り向いて、瓦礫の上に立つバルシーダたちの方を見た。
「お前らはこのクソ野郎どもに復讐しなくていいのか? 今ならいくらでも攻撃できるぜ」
自分たちを暗く冷たい地下に落とし、消えない赤の記憶を植え付けた。
さらには山を爆破し、子供たちに刻まれた負の記憶を呼び覚まして殺そうとした。
どこまでも非道で残虐な赤い鷲。
この恨みや怒りを今すぐにでもぶつけたいはずだ。
今ならそれができる。その腕の砲門をあの化け物たちに向け好きなだけ岩を叩き付けることができる。
ようやくあの日の屈辱を晴らすことができる。
しかし、バルシーダたちは動かなかった。
その揺るがないまっすぐな立ち姿に固く折れない決意を感じ、カイトは再び正面を向いてバルシーダたちに背を向けた。
「そうか。お前らは手を出さないことに決めたんだな。復讐の連鎖を断ち切るために」
赤い鷲に切り刻まれた悲しみの過去。
ここでその復讐ができたらどれだけいいか。
しかし、復讐心にかられて恨みを晴らしてしまったら、さらにその復讐を受けまたあの悲劇を繰り返してしまうかもしれない。
自分の子供に、その復讐の連鎖が牙を剥くかもしれない。
だから、どれだけ憎かろうと、どれだけ辛かろうと、拳を強く握り締め耐える。
全ては子供の未来のため。
子供に誇れる親であるため。
「お前ら本当に立派だぜ。その広い背中、しっかり子供に見せてやれよ」
その背中についた、復讐の鎖を断ち切る大きな翼で、子供たちに広い空を見せるため。
いつか、一人の少年が赤にまみれながら叫んでいた言葉。
バルシーダたちの未来に向けて放たれた言葉。
それは、しっかりと届いていた。
今までのどんな赤とも違う。強く優しく、そこには確かな温もりがあった。
赤とはそんな色だったか。少なくともバルシーダたちが今まで感じてきた赤は、まるで真逆のものだった。怒りと恐怖をかきたて、悲しみと苦痛に彩られた悲劇の色。
そうだったはずだ。それが赤という色だったはずだ。
しかし、今目の前に立つ男の赤からは、悲しみも苦しみも感じない。赤い鷲に対する怒りも炎への恐怖も湧き上がってこない。
そこにあるのは、安心と温もり。そして確固たる鉄の意志。
それは、強い魂の赤。
「そんじゃ代わりに俺が、お前らの思いを背負って戦ってやるよ」
カイトは黒切を固く握り締めた。
バルシーダたちの赤の記憶。
ゼイム・ラートの思い。
エニカの痛み。
その全てをこの刀に乗せて、戦う。
「なんだか知らないがあの植物どもは攻撃してこないみたいだね。あんたら本当にバカだよ! 植物どももそこのクソガキも、しょうもないもの守ろうとして傷ついてさ! 特にあんただよ小僧! おとなしくしていればいいものを、のこのこ出てきちまって、そこのバカなガキを守るためかい!」
レティはエニカを指さして言った。
「バカだよねえ! 頭も悪い、魔法もろくに使えない、あたいらのいいように弄ばれるだけの弱くて脆いバカな女だよ! そんな何の価値もないものを守って、あんたに何の得があるってんだい! そいつと比べたらねえ、あたいらの方がよっぽど賢く生きてるさ! 金もたんまり稼いでるし高度な魔法も使える! あたいらとそのガキとではねえ、格が違うんだよ!!」
卑しく口角をつり上げるレティを、カイトはまっすぐ見据えた。
「たしかにあいつは、弱虫で泣き虫で怖がりで頼りねえ」
今日一日、自分が見てきたエニカの姿を、カイトは思い出す。
「おまけに頑固で意地っ張りで騒がしい。虫が嫌いで暗闇が怖くて、なくした財布もろくに見つけられねえ」
軒下でうずくまって泣いていたエニカの顔。
脆く、弱々しく、触れたら消えてしまいそうだった。
「でもな、あいつは日陰で泣いてる子供に、手を差し伸べることができる」
いつかカイトがそうしたように。
その温かい手で、子供の涙を拭うことができる。
「人として大事なもん、ちゃんと持ってんだ!」
エニカのボロボロな姿。
血を流し、涙を流し、必死で大切なものを守り抜いた、その強い魂。
「てめえらとは、格が違えんだよ!!!」
強く刀を握り締め、カイトは叫んだ。
弱虫で泣き虫なエニカが、一人で敵に立ち向かうなんて、どれほど怖かっただろう。
その痛みに、苦しみに耐えるのが、どれほど辛かっただろう。
頼れる相手が誰もいなくて、どれほど寂しかっただろう。
伸ばした手の先に誰の姿もなくて、どれほど虚しかっただろう。
そんな中、傷ついた体で立ち上がるのは、どれほど勇気がいることなのだろうか。
その勇気を、その血と涙をバカにしていいやつなんて、この世にはいない。
カイトは黒切を持つ腕に魔力を集めた。
「エニカ、お前の師匠の魔法、ちゃんと見とけよ」
驚きをはらんだ目でエニカはカイトを見つめた。
いくら師匠になってほしいと頼んでも、面倒臭いと一蹴された。
そのカイトが、師匠という言葉を口にした。
エニカは泣きながら目を輝かせ、強く頷いた。
「はい……!」
カイトの体から、黒い瘴気が溢れ出す。
赤い鷲を地に叩き落とす。そのために、カイトは黒切を強く握り締めた。
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