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美貌の暗殺者
懺悔
しおりを挟む新年を三日ほど過ぎたばかりの、街全体が凍り付くような寒い朝の日だった。
――その街は希望という言葉さえ虚しい。
住民は皆、疲れた顔で常に飢えてぎらぎらしていた。
スラム街の道端には浮浪者の凍死体が転っていて側には子供たちが素足で蹲っている。
どの顔も薄汚れ、飢えの為に痩せ細り泣く気力も無い。
その救いがない光景の中をブーツの踵を鳴らしながら歩いて来た者がいる。
まだ若い男だろう。
全身黒ずくめの服装で、緩くウエーブがある肩までのブラウンの髪。
サングラスを掛けているが、それでも美貌を隠せない。
どこか危険な香りを纏った男を皆、恐れの目で見守っている。
男は教会の前で不意に足を止め、重々しい扉の前に立ち、両手で勢いよく開け放った。
朝の礼拝の最中で讃美歌を歌っていた声が止まり、一斉に此方を見る。
救いが無いこの街では、信仰に縋るしか生きていけないのだろう。
座席はほぼ満席になっていた。
神聖な儀式の最中に無遠慮に入って来た男に、何事かと咳きひとつ聞こえなくなった。
「神父は何処?」
近くに居たシスターに聞くと怯えた顔をして震える指で奥を指し示す。
「ありがとう」
男が礼を云うとは思わなかったのだろう。意外な顔をしたシスターを残し、真っ直ぐ奥にある懺悔室へと向かう。
電話ボックス程しか無い狭い空間の中に日々の後悔やら罪の告白を神に明かし許しを乞う場所。
男は鼻を鳴らし、歪んだ笑いを顔に張り付けて予告なくドアを開けた。
中で両手を組み神父に告白していた男の襟首を掴み引きずりだす。
「乱暴はしないで下さい」
神父が慌てて言うが男は何食わぬ顔をして言った。
「懺悔したいんだ」
その言葉を聞いた神父は、ふっと微笑み手を差し出し懺悔する様に言った。
「レイジ、私に懺悔するのではなく神に懺悔するのです」
「オレは神にではなくアンタに懺悔したいんだ。今日また人を殺して来た。この両手は血塗られていて、どんな事をしても綺麗にならない……」
レイジの美しい顔が苦しそうに歪められ瞳からは涙がとめどなく溢れ落ちてゆく。
聞いている神父も未だ青年と見える年で。でも、神に一生を捧げた故か穏やかで落ち着いて話を聞いている。
「なぁ、オレは天国じゃなく、地獄に堕ちるんだろ?」
まるで、それを望んでいるかの様に神父には聴こえた。
「神は、神は……レイジ」
神父は、レイジの耳元で密かに。耳をすましていなければ聴こえない位の微かな声で、囁いた。
「君はレイジ、地獄に堕ちるよ。その罪の重さ故に……」
そして、その美貌故に。
レイジの苦悩に歪んだ顔が救われた様に晴れやかな表情になり、微笑みすら浮かべ。
神父に伝える。
「ありがとう」と。
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