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春―10 ビリビリ雲をやっつけろ
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件のポルターガイスト騒ぎからはや一週間。
それぞれの授業で課題提出や試験が終わり、後は評価を待つばかり、そしてその後は待望の夏休み!という大学全体が浮足立っているそのなか。
なし崩し的に活動一時中止となっていた「マホソラ」のメンツが久しぶりにA‐5特別教室・準備室に集まっていた。
予定では前期最後の活動だ。窓の外では、夏を思わせる明るい日差しが輝いている。
いつもより早めの開始時間であったが、この時期になるとすることも少ないのだろう、全員きれいにそろうことが出来た。
「ええと。ちょっとグダグダにはなってしまったんですけど。一応前期分の研究成果まとめということで、みなさんに発表してもらいたいと思います」
大半がお遊びのサークル活動ではあるが、大学側とてタダで場所を貸すわけにもいかない。そうして設けられているのが、年二回、試験でくそ忙しい時期に並行して前期・後期ごとの活動内容をまとめてレポートを提出する、という義務である。
「じゃあ、葉月先輩から時計回りで」
「……今期の日曜アニメ 『ホーリィ・プリンセス』は設定がぶっ飛んでいて斬新でよかったぞ。従来の『魔法使い』という既存の概念から大きく外れた設定が評価に値する」と葉月。
「ええ、プリンセスなのになぜかお寺の娘さんでしたし、使う魔法も西洋魔術ではなく東洋呪術で意外性がありました」続けるのは睦月。
「でもあの袈裟をドレスのように見立てたデザイン性はホントに高いですよね!キャラデザ考えた人はすごいと思います!」そして深雪。
……だめだ、頭が痛い。
深いため息とともに、ここから先は少しはマシになるのではないだろうかと期待をこめて叶は春人を見つめる。
「あ、もうボクの番?ええとね、そうだ『魔法使いの弟子』って知ってる?そう交響曲で有名だよね、でもあれ原作はゲーテでね、そのドイツの生んだ偉大なる文豪ゲーテの」
「なんか長そうなのでそういうのは専攻のほうでやってください、次」
「えっ」
「榊先輩は?」
「……恐らくだ、恐らく。魔法使いというモノが妖精や魔物とか、どういったものではなくあくまでも人間であるのなら、『魔力』というものは無尽蔵ではないのだと考えるのが妥当だ」
おお、やっとそれらしい発言が来た。なにしろ本物が言うのだ。説得力がある。
「その、『ホーリィ・プリンセス』では、主人公は魔力が尽きると魔法が使えなくなるだけで、敵の攻撃を避けたり、物理攻撃を加えたりは出来ていたようだが、実際の人間にそこまでパワーがあるのだろうか」
お前も観てたんかい!と叶は静かに心の中でつっこむ。いやだめだ、ここで話の腰を折るわけにはいかない。
「なにせ主人公は小学3年生の女の子じゃないか。なぜあんなか弱い女の子にそんな力があるんだっ……!?」
「はい、みなさんありがとうございました。みなさんが非常にあのアニメに傾倒されているのだということがよーくわかりました。あとはうまいこと私がまとめておきますので」
恐るべし、国民アニメ。
まあ、レポートなぞとりあえず提出しておけばまず大丈夫だとは聞いているので、適当にねつ造しておけば問題はないだろう。
叶が腹黒く打算していると。
「む……これはなんだ?」
と葉月の声。
「どうしたの?葉月……」
なにやら異変を告げる葉月に、いぶかしげに声をかけた睦月が見たものは。
ギュィィィン……
なにやら聞きなれぬ音を発しながらふわふわと宙に浮いている、黒い物体であった。
「な、なんですか?これは」
睦月はそれを視界にとらえると、誰にともなく疑問を投げかけた。
「さ、さぁ……」
いきなり出現したこの不穏な物体の正体など誰にもわかるはずもなく。困惑気味に返事をしたのは深雪だ。
その一方、返す言葉もない叶。
だって。ついこの間、不思議なことが起きたのは、いま皆でいるこの準備室とその隣の実験室だ。
やっぱりなにかいるんだココ!!
ひとりパニックになる叶をよそに、興味深々なのは葉月と、意外にも春人だ。
「なんだろう、これ。なんか小さな雲みたいだねぇ。ふわふわしてる」
「ふむ……雲か。人工的に作ることはできるが、しかしなぜここに急に現れたかが説明できんな」
「えっなんで二人ともそんな冷静なんですか。急にこんなの出てくるの怖くないですか!?やっぱり呪われてるんだぁこの部屋!!」
冷静な二人についてゆけず、ひとり荒ぶる叶に、
「やっぱり?前にもなにかあったのか?」
と疑問をぶつけてくるのは葉月。
あっ、そういえばあの時は橘姉妹はいなかったんだった。うっかり口を滑らせてしまったことを叶は後悔する。ええと、なんて説明すればいいんだろう。
思わず硬直してしまった叶を横目に、これはまずいと思ったのか榊が口をはさむ。
「今はそんな悠長なことしてる場合じゃないだろう、とにかくこの不明物体をどうにかしないと」
「それも一理ある」
ああ、よかった。ほっと叶は胸を撫で下ろす。これ以上この場をややこしくしてもロクなことはないだろうし。
「しかし何なんだこの物体は……」
知的好奇心を刺激でもされたのだろうか。葉月が無防備にもその黒いモヤモヤに触れようとしたその時。
バチッ……バチバチバチィッッッ!!
突如としてそれは、空気中に金色の稲妻を発生させた!
「うわっ!?」
「大丈夫!?葉月」
「葉月先輩!!」
睦月と叶の声が重なる。一方言葉もない春人と深雪、そして榊。
「な、なんですかこの電気オバケはっ!」
狼狽する叶を尻目に、
「積乱雲を実験器具もなしに発生させたということなのか?」
と案外冷静な葉月はこの現状の特異性を再認識する。
「まあ、それこそ魔法みたいですね」
こんな状況だというのに肝が据わっているというか。睦月も呑気にそれに追随する。
ま、魔法?
そのフレーズを聞いて、叶は思わず榊のほうを向くと、彼は困惑していそうな、それでいて少し嬉しそうな、不思議な表情をしていた。
嬉しそう?なんでそう思ったんだろう。この状況のどこが嬉しいというのだろうか。
叶はパッと見の印象の違和感を拭えず、改めて榊を見た。
再度見た榊の表情はとにかくこの状況を何とかせねばなるまい、という意志の現れた顔となっていた。
気のせい……だったんだろうな。叶は無理やり自分を納得させる。それにこの黒い相手が雷を気軽に発生させてくる、という恐ろしい設定を知ってしまった今となってはそれどころでもなかったし。
ビリリリリリ……
例の黒いモヤモヤが、何やらその内面にパチパチと光る怪しい雷光を内包しながら部屋を浮遊し、気まぐれにポロポロと雷を彼ら目がけて落としてくる。
いや、字面だけで見ると大したことなさそうだけど。実際アレに当たったらたぶんタダじゃ済まされないんだからね!?
叶がそうキレるくらいにはその雷の威力は凄まじい。
その雷光が当たったこの部屋の様々な場所が軽く抉られ、ジュワジュワと煙を発している。
「ちょ、ちょっとコレどうしたらいいんですか!?」
狭い部室内で器用に雷光を避ける彼らであったが、いかんせん狭い場所である。
うまく雷光を避けたところで部屋の備品や壁、机やいすにガンガンその身を当ててしまい、それはそれで確実にダメージを蓄積されているところだった。
ああ、アザになるわこれ……。
解決の糸口の見えない中、慌てふためく彼らのもとに鶴の一声が投げ入られた。
「この部屋をさ、出ればいいんじゃないかな?」
そう言うのは春人だ。確かに言われていればそうである。特に叶はこの部屋と実験室に「何かいる説」を信じたくなくても信じざるを得ないところまで追い込まれていたから、誰よりもその案に賛成した。
「じ、じゃあ私いの一番で参ります!」
「あっカナエちゃんずるい」
発案者の春人を無視する形で準備室の扉を開け、外の世界へと逃げ出す叶。
ふぅ、これですべてが終わったわ……。
と思いきや。というのがこの世の定理である。
部屋から外に出、ようやく人心地ついた叶の目の前に、ぽこん、と現れたのは例の黒い塊。
「あれ……?」
ぽこん、ぽこん、ぽこん。
どうやらアレは一つだけではないらしい。
やたらと愉快な効果音とともに、黒い塊が叶の目の前にどんどん増産されていく。
「うわ、なんなんだこいつらは!」
同じくしてこの現象は部室内でも起こっているようであった。珍しく驚愕している葉月の声に、
「きゃっ」と怯える睦月の悲鳴が重なる。
ど、どうしよう。こいつらが一斉に電撃を放ちでもしたら、タダでは済まされない!
叶はまだ部室に残る皆の安否を心配して、再び扉の向こうへと戻る。
戻ったところで自分が何かできるとも思えないけど。でも自分だけ逃げる、などという選択肢はもとよりなかった。
つい先ほど誰よりも外に飛び出た自分のことは、とうに忘れたようである。
「葉月先輩、睦月ちゃん、大丈夫ですか!?」
「おお、それが案外無事でな。こいつら全然コントロールがなってないようでな。まったく我々に当たらん」
最悪の事態すら想定して部屋に戻った叶が見たものは、先ほどより増産された黒い塊たちが相変わらずポロポロと雷を落とすものの、どこに当たるともなくすぅっと消えていく光の刃であった。
なんでだろう、さっきまでガンガン私たち狙われてた気がするんだけど……。
いぶかしげに黒い塊を睨むように見つめる叶であったが、その先になんだか疲れた顔の榊が見て取れた。
ああ、なるほど。
どういう仕組みでだかは分からないが、どうやら榊がうまいこと対応してくれているようである。
だがそれもいつまでも続くまい。彼の体力の無さはこの場の大半が知っている。
どうしよう、どうしたら良い?必死に無い知恵を絞りだそうとする叶であったが、そこに頼もしい仲間の一声が投じられた。
「なに、こいつらの攻撃が当たらないなら別に大したことなどない。おおよそ雲などというモノは水蒸気の塊だ。ならばこんなもの、散らしてしまえばいいだろう」
「散らす?」
叶の頭に雲をティッシュのようにちぎりとって周りに散らかす子供の姿が浮かんだ。
「違う。上空の雲と同じだ。強い風でこの水蒸気どもを散り散りに分散させてやればいいのだ」
「そうかぁ、なるほど。さすがハヅキちゃん頭いいなぁ」
感心する春人に対し、
「べ、別にこれくらいその辺の気象予報士だって思いつくだろうが」
となぜか照れながら謙遜する葉月。
そんなに気象予報士はその辺に転がってはいないと思うけど。
でも、それなら話は簡単だ。榊先輩に風を起こしてもらえばいいだろう。
そう叶は安易に考えたが、そこでハテと気が付いた。橘姉妹の前で力を大体的に披露するわけにはいかないのではないか、と。
現に榊はとてもとても嫌そうな顔をしている。というか、それ以前に単に風を起こすくらいなら自分たちでやってくれ、とその目は如実に語っていた。
まあ、なんでもかんでも人を頼るのは良くないことだ、と叶は平素の自分を棚の上どころか遥か上空に放り投げ、地道にレジメの束で黒い塊に風を送ることにした。
他のメンバーもそれに続く。同じくレジメや資料の束で扇ぐ葉月、春人。
やる気のなさそうなしぐさで手をパタパタと振り、しかし確実に黒い塊を消しているあたりひそかに力を使っているであろう榊。
一体どこから取り出したのか、神主がよく手にしている玉串をブンブン振って風を巻き起こしている睦月。
しかし一番活躍していたのは睦月だった。
運動部というのはさすがにすごい。嫌がっていた割に地道に鍛えてきたのだろう、と思わせる筋力をフルに活用して、深雪は素振りの要領でテニスのラケットをブンブンと振っている。
先に練習試合を消化してからここに参加しに来たとは思えないパワーである。
するとたちまち黒い塊が霧散していく。
「ひぇー……。すごいなみゆきちゃん」
自身の力を上回るペースであっという間に雷雲を消していく姿に、榊は素直に感心したらしい。
そんな榊の珍しい感嘆の声を受けて深雪はやる気を増したのか、さらにその威力を増していく。
これが恋する乙女の底力、というやつなのか……。
深雪の効力を目の当たりにして、すでに手を止めてしまった叶はごくりと唾を飲み込む。
ここまでのガッツは自分にはないかなぁ、と榊を追いかけてこの大学に進学したことなどとうに忘れて感心する。
そしてほどなく、ほぼほぼ深雪の力によって雷の脅威は過ぎ去ったのであった。
「ええと……。いろいろアクシデントもございましたが、とりあえず皆様方の意見は頂戴しましたので、レポートとしてまとめさせていただきます。これから夏季休暇に入りますが、予算も少ないサークルですので、やってみたかったんですけど特にサークル合宿などはありません。来年出来たらいいなと思っています。なので夏休みの間は、各々研究に勤しんでください。以上――」
「以上じゃない!」
せっかくあの超常現象をうまくごまかせたと思ったのに!ちぇっと内心舌打ちをする叶に、容赦なく的確な指摘を入れてくるのは葉月だ。
「一体全体なんだったんだ、あの積乱雲の突如の発生は。それにカナエ、以前にもココで何かあったかのような物言いをしていたが、前にも何かあったのか?」
まあそう思いますよね。はぁ、と深くため息をつく叶が協力を求めようと榊や深雪に目線を送れば、我関せずとばかりに二人に視線をそらされる。
くそーっ、なんだよ仲良しじゃないか二人とも!
仕方がない、ここは私の論理的叙述力をもってして、うまく言いくるめてやろうではないか!叶は鼻息荒く橘姉妹に向かっていく。
「で、棚がグワーって倒れてきたり、瓶がドピャーって飛び出てきたりして、私はポルターガイストか何かかと思ったんですけど」
嘘をつくときは、事実を織り交ぜること。昔何かで読んだ本に書いてあった。
だから定石通り叶は榊の力の部分は嘘をつき、それ以外はありのままを橘姉妹に話した。これできっとわかってくれるだろう。
「……カナエの話は擬音語が多く良くわからんのだが、つまりここ最近この界隈でポルターガイストが発生していて、すべて事態は勝手にうまい具合に収まってくれた、ということでいいのだな?」
ほらちゃんと理解してくれた!意気揚々な叶であるが、これは受け取る側が高度な理解力を示してくれたことに他ならないのだ、と叶以外のすべての人間が感じていた。
「そう、そういうことです!」
だが悲しいかな、鼻高々な叶には、その周りの様子は見えていないようだった。
「うむ……、前例の二件なら、まだポルターガイストで片付けられるのかもしれないが。しかし積乱雲を発生させる悪霊なんて聞いたことがないが。なあ睦月」
「そうね……別にこの部屋も、隣りの『お料理大好き部』の部屋のほうからも、特に悪い気は感じないけれど……」
葉月の問いかけに答える睦月。
え、今なんかサラリとすごいこと言ってませんでしたか?
「えっ、睦月先輩って、そーいうの『視える』ヒトなんですか!?」
叶の疑問を代弁してくれたのは深雪だ。
そうそう、そう捉えられる発言をしてましたよね!?
「ええと……なんとなく、なんだけど。ただその印象が正解かどうか、ほかに聞ける人もいないから。いまいちわからないのだけど」
確かに答え合わせ出来る人などそうそう居ないのだろう。だけどそう言う睦月の雰囲気には、それはきっと正しいのだろう、と思わせる何かがあった。
「まあアタシはそんな超常現象信じないけどな」
と突っ返す葉月であるが、しかし悪霊の有無を睦月に確認するあたり、案外その能力を高く買っているのだろうということは伺える。
ならば、だ。
「じゃあ、これらはポルタ―ガイストじゃなかったってことですよね!?」
喜びの悲鳴をあげるのは叶だ。
よかった、オバケじゃないならこれで「お料理大好き部」にもまた顔を出せる!
そんな嬉々とした叶をよそに、現実的な発言をするのは春人だった。
「じゃあ、これらの現象の裏には、『誰か』が関わっている、ってことなのかな。どういった仕組でやったのかはわからないけど」
「そうだな、科学で説明できない非科学的なモノの仕業でないのなら、必ずそれを仕掛けた人物、もしくはそうなるべく環境があったということになる。だが聞いた話では偶然が重なって、というレベルで発生するようなアクシデントでもないだろう。『誰か』がそうなるよう仕向けた、と考えるほうが自然だ。もっとも、どうやったかの説明がまったくつかないがな」
「『誰か』、か……」
「そうだな、それこそ魔法使いのようなやつがいるのではないのかな、ココには」
なにやら含んだ笑みで葉月が言った。
それって、もしかして。
葉月先輩は――
叶が思うより早く。
いつものホンワカモードから、攻撃モードになったのが傍から見ていても露骨にわかる春人が物申す。
「どうやったか説明できないってハヅキちゃんは言うけど、説明できないっていうより、説明したくないんじゃないかな?」
「……それはどういうことですか?」
なにやら不穏な発言に、思わず口をはさむ睦月。
「確かにボクや深雪、カナエちゃんの目には超常現象に映ったのかもだけど。もしかしたら物理的なトリックがあったって考えるほうが『魔法使い』が実存するなんて発想より、よほど現実的だよね?」
「……ふん、キミはこんなサークルに所属しているくせに、ずいぶんと現実主義なんだな」
「だって、そうじゃなきゃ、ありえないじゃないか」
「べつにアタシは「犯人は魔法使いだ」とは言っとらんのだがな」
「でも、そう思われるようなことを言ってるよね?」
と追撃の手を緩めない春人。
どうやら彼は、榊の正体が葉月にバレているのではないか、というその一点において、葉月に食って掛かっているようである。
例えば、葉月が自作のトリックを発動させて、榊がどのような力を使うかを試しているのではないか、とすら思ったのかもしれない。
確かに思わせぶりな発言をしてはいるが、しかしこんなあからさまに自分が犯人ですとバレてしまうほど葉月は詰めの甘い人間であっただろうか。
叶にはそうは思えなかった。
「なんだかキミはアタシを疑いたいようだけれど、それならどうぞトリックとやらを夏季休暇の間せいぜい考えておいてくれ。アタシはアタシで原因を追究するから。これで長い夏も楽しめそうじゃないか。なあ、睦月」
「魔法なんて非科学的なモノ、葉月が本気で信じてくれてるとは思わないけど……。なのになんでそんなにハルトさんは躍起になってるのでしょうか?」
ニコニコと葉月の声掛けに返事する睦月。葉月が一連の首謀者かどうかは置いておいて、少なからず橘姉妹が何かを知っていることは間違いなさそうであった。
「あの、睦月ちゃん……?」
不安げに声を掛ける叶。だってこの二人をこのサークルに誘ったのは私だ。その気持ちは睦月にも伝わったらしい。
「大丈夫、私たちはいつだって叶さんの味方だから」
と睦月が返してくれた。
「フン、楽しい楽しい夏休み前にこんな空気になるとは思いもよらなかったがな。だが重ね重ね言うが、我々はカナエの味方だよ。キミたちが言いたくないのならそれで構わないのだが、敵はほかにいるということだけは認識しておいてくれ。まあおそらく、休暇中は何も起こらないと思うが」
そう言い残すと橘姉妹は「また後期にな」と部室を後にしてしまった。バタンと閉じられた扉の音だけが妙に響く。
後にはなにやら思案気な佐伯兄妹と、ぐったりとした榊、叶が取り残された。
「今の、どういう意味なのかな」
深雪がぽつりと漏らす。
「――少なくとも、二人は榊の力に気づいてるんじゃないかと、思う」
そう結論付けるのは春人だ。
でもなぜ彼女らが榊の力のことを知っているのか?叶は考える。
私、ネタバレするようなこと二人に言ったっけ?
そりゃあ、ちょっと榊先輩くらいの体型の成人男性が、空を飛ぶはどうしたらいいのかを聞いたことはあるけど。それでそこに結論付くかなぁ。
……いや、聡い葉月と睦月だ。そう思いついてもおかしくはないのかもしれない。
叶は合点する。そうすると。そうするとだ。私、似たような内容で、いろんな教授に話を聞きまわった気がするんだけど……。
記憶を掘り返す。確か、文化人類学の教授と、心理学の教授と、あと誰だっけ……。
叶が自身の記憶の淵を覗いていると、ぐったりとした榊がやおら口を開いた。
「確かにさ。やっぱりここ、何かいるんだと思うぞ」
えっまさかの超常現象肯定派!?
「ひ、ひぃぃちょっといきなりそういうのやめてくださいよ榊先輩」
涙目でクレームを入れるのは叶だが、そんな叶を尻目に榊は内心ひとりごちる。
「何か」はたぶん幽霊とかそういうのではなくて。
多分自分と同じ、力を使える者なのではないか、と。
「まあとにかくだ、俺は疲れたから早く帰ってメシ食って休みたい。夜にはバイトもあるからな」
榊はそんな思想を振り払うかのようにこう続ける。
とにかく疲れていてろくなことはない。頭も回らないし、身体も重い。春人や深雪がなにやらいろいろ考えてくれているようだけど、少なくとも俺はこの異常現象の犯人ではないし、おそらく葉月もそうではない。
案外これでも榊には人を見る目があるのだ。あの力のせいなのかは知らないが。
だから犯人はほかにいる、多分、俺と似た力の使える人間が。
そこまで理解できていれば今の榊には充分だった。相手を特定する術は今の段階ではない。ならば、うんうんと時間ばかり浪費することに意味も無かろう。
そうだ、時間は常に限りがあるんだ。だから俺はその分頑張って生きなければならないのに。
なのになんでこんなに、眠い……。
「あっ」
まさかの寝落ち!スゥスゥと寝息を立てて寝始めてしまった榊に、叶は話すタイミングを失ってしまった。
これ以上張本人も、被疑者もいない中で論じる意義もないだろうということで、前期最後のサークル活動はこれでお開きとなった。
すっかり眠ってしまった榊をおんぶするのは深雪だ。M女子大でのテニスサークルがしんどいと言いながら、しっかりと活動は続けているようで今この場にいる誰よりも力強い。
恋する乙女、恐るべし。
なんだかモヤモヤするけれど。すべては後期に明らかになるのだろうか。
そんな思いを胸に、バイトまみれのパッとしない叶の夏が始まったのであった。
それぞれの授業で課題提出や試験が終わり、後は評価を待つばかり、そしてその後は待望の夏休み!という大学全体が浮足立っているそのなか。
なし崩し的に活動一時中止となっていた「マホソラ」のメンツが久しぶりにA‐5特別教室・準備室に集まっていた。
予定では前期最後の活動だ。窓の外では、夏を思わせる明るい日差しが輝いている。
いつもより早めの開始時間であったが、この時期になるとすることも少ないのだろう、全員きれいにそろうことが出来た。
「ええと。ちょっとグダグダにはなってしまったんですけど。一応前期分の研究成果まとめということで、みなさんに発表してもらいたいと思います」
大半がお遊びのサークル活動ではあるが、大学側とてタダで場所を貸すわけにもいかない。そうして設けられているのが、年二回、試験でくそ忙しい時期に並行して前期・後期ごとの活動内容をまとめてレポートを提出する、という義務である。
「じゃあ、葉月先輩から時計回りで」
「……今期の日曜アニメ 『ホーリィ・プリンセス』は設定がぶっ飛んでいて斬新でよかったぞ。従来の『魔法使い』という既存の概念から大きく外れた設定が評価に値する」と葉月。
「ええ、プリンセスなのになぜかお寺の娘さんでしたし、使う魔法も西洋魔術ではなく東洋呪術で意外性がありました」続けるのは睦月。
「でもあの袈裟をドレスのように見立てたデザイン性はホントに高いですよね!キャラデザ考えた人はすごいと思います!」そして深雪。
……だめだ、頭が痛い。
深いため息とともに、ここから先は少しはマシになるのではないだろうかと期待をこめて叶は春人を見つめる。
「あ、もうボクの番?ええとね、そうだ『魔法使いの弟子』って知ってる?そう交響曲で有名だよね、でもあれ原作はゲーテでね、そのドイツの生んだ偉大なる文豪ゲーテの」
「なんか長そうなのでそういうのは専攻のほうでやってください、次」
「えっ」
「榊先輩は?」
「……恐らくだ、恐らく。魔法使いというモノが妖精や魔物とか、どういったものではなくあくまでも人間であるのなら、『魔力』というものは無尽蔵ではないのだと考えるのが妥当だ」
おお、やっとそれらしい発言が来た。なにしろ本物が言うのだ。説得力がある。
「その、『ホーリィ・プリンセス』では、主人公は魔力が尽きると魔法が使えなくなるだけで、敵の攻撃を避けたり、物理攻撃を加えたりは出来ていたようだが、実際の人間にそこまでパワーがあるのだろうか」
お前も観てたんかい!と叶は静かに心の中でつっこむ。いやだめだ、ここで話の腰を折るわけにはいかない。
「なにせ主人公は小学3年生の女の子じゃないか。なぜあんなか弱い女の子にそんな力があるんだっ……!?」
「はい、みなさんありがとうございました。みなさんが非常にあのアニメに傾倒されているのだということがよーくわかりました。あとはうまいこと私がまとめておきますので」
恐るべし、国民アニメ。
まあ、レポートなぞとりあえず提出しておけばまず大丈夫だとは聞いているので、適当にねつ造しておけば問題はないだろう。
叶が腹黒く打算していると。
「む……これはなんだ?」
と葉月の声。
「どうしたの?葉月……」
なにやら異変を告げる葉月に、いぶかしげに声をかけた睦月が見たものは。
ギュィィィン……
なにやら聞きなれぬ音を発しながらふわふわと宙に浮いている、黒い物体であった。
「な、なんですか?これは」
睦月はそれを視界にとらえると、誰にともなく疑問を投げかけた。
「さ、さぁ……」
いきなり出現したこの不穏な物体の正体など誰にもわかるはずもなく。困惑気味に返事をしたのは深雪だ。
その一方、返す言葉もない叶。
だって。ついこの間、不思議なことが起きたのは、いま皆でいるこの準備室とその隣の実験室だ。
やっぱりなにかいるんだココ!!
ひとりパニックになる叶をよそに、興味深々なのは葉月と、意外にも春人だ。
「なんだろう、これ。なんか小さな雲みたいだねぇ。ふわふわしてる」
「ふむ……雲か。人工的に作ることはできるが、しかしなぜここに急に現れたかが説明できんな」
「えっなんで二人ともそんな冷静なんですか。急にこんなの出てくるの怖くないですか!?やっぱり呪われてるんだぁこの部屋!!」
冷静な二人についてゆけず、ひとり荒ぶる叶に、
「やっぱり?前にもなにかあったのか?」
と疑問をぶつけてくるのは葉月。
あっ、そういえばあの時は橘姉妹はいなかったんだった。うっかり口を滑らせてしまったことを叶は後悔する。ええと、なんて説明すればいいんだろう。
思わず硬直してしまった叶を横目に、これはまずいと思ったのか榊が口をはさむ。
「今はそんな悠長なことしてる場合じゃないだろう、とにかくこの不明物体をどうにかしないと」
「それも一理ある」
ああ、よかった。ほっと叶は胸を撫で下ろす。これ以上この場をややこしくしてもロクなことはないだろうし。
「しかし何なんだこの物体は……」
知的好奇心を刺激でもされたのだろうか。葉月が無防備にもその黒いモヤモヤに触れようとしたその時。
バチッ……バチバチバチィッッッ!!
突如としてそれは、空気中に金色の稲妻を発生させた!
「うわっ!?」
「大丈夫!?葉月」
「葉月先輩!!」
睦月と叶の声が重なる。一方言葉もない春人と深雪、そして榊。
「な、なんですかこの電気オバケはっ!」
狼狽する叶を尻目に、
「積乱雲を実験器具もなしに発生させたということなのか?」
と案外冷静な葉月はこの現状の特異性を再認識する。
「まあ、それこそ魔法みたいですね」
こんな状況だというのに肝が据わっているというか。睦月も呑気にそれに追随する。
ま、魔法?
そのフレーズを聞いて、叶は思わず榊のほうを向くと、彼は困惑していそうな、それでいて少し嬉しそうな、不思議な表情をしていた。
嬉しそう?なんでそう思ったんだろう。この状況のどこが嬉しいというのだろうか。
叶はパッと見の印象の違和感を拭えず、改めて榊を見た。
再度見た榊の表情はとにかくこの状況を何とかせねばなるまい、という意志の現れた顔となっていた。
気のせい……だったんだろうな。叶は無理やり自分を納得させる。それにこの黒い相手が雷を気軽に発生させてくる、という恐ろしい設定を知ってしまった今となってはそれどころでもなかったし。
ビリリリリリ……
例の黒いモヤモヤが、何やらその内面にパチパチと光る怪しい雷光を内包しながら部屋を浮遊し、気まぐれにポロポロと雷を彼ら目がけて落としてくる。
いや、字面だけで見ると大したことなさそうだけど。実際アレに当たったらたぶんタダじゃ済まされないんだからね!?
叶がそうキレるくらいにはその雷の威力は凄まじい。
その雷光が当たったこの部屋の様々な場所が軽く抉られ、ジュワジュワと煙を発している。
「ちょ、ちょっとコレどうしたらいいんですか!?」
狭い部室内で器用に雷光を避ける彼らであったが、いかんせん狭い場所である。
うまく雷光を避けたところで部屋の備品や壁、机やいすにガンガンその身を当ててしまい、それはそれで確実にダメージを蓄積されているところだった。
ああ、アザになるわこれ……。
解決の糸口の見えない中、慌てふためく彼らのもとに鶴の一声が投げ入られた。
「この部屋をさ、出ればいいんじゃないかな?」
そう言うのは春人だ。確かに言われていればそうである。特に叶はこの部屋と実験室に「何かいる説」を信じたくなくても信じざるを得ないところまで追い込まれていたから、誰よりもその案に賛成した。
「じ、じゃあ私いの一番で参ります!」
「あっカナエちゃんずるい」
発案者の春人を無視する形で準備室の扉を開け、外の世界へと逃げ出す叶。
ふぅ、これですべてが終わったわ……。
と思いきや。というのがこの世の定理である。
部屋から外に出、ようやく人心地ついた叶の目の前に、ぽこん、と現れたのは例の黒い塊。
「あれ……?」
ぽこん、ぽこん、ぽこん。
どうやらアレは一つだけではないらしい。
やたらと愉快な効果音とともに、黒い塊が叶の目の前にどんどん増産されていく。
「うわ、なんなんだこいつらは!」
同じくしてこの現象は部室内でも起こっているようであった。珍しく驚愕している葉月の声に、
「きゃっ」と怯える睦月の悲鳴が重なる。
ど、どうしよう。こいつらが一斉に電撃を放ちでもしたら、タダでは済まされない!
叶はまだ部室に残る皆の安否を心配して、再び扉の向こうへと戻る。
戻ったところで自分が何かできるとも思えないけど。でも自分だけ逃げる、などという選択肢はもとよりなかった。
つい先ほど誰よりも外に飛び出た自分のことは、とうに忘れたようである。
「葉月先輩、睦月ちゃん、大丈夫ですか!?」
「おお、それが案外無事でな。こいつら全然コントロールがなってないようでな。まったく我々に当たらん」
最悪の事態すら想定して部屋に戻った叶が見たものは、先ほどより増産された黒い塊たちが相変わらずポロポロと雷を落とすものの、どこに当たるともなくすぅっと消えていく光の刃であった。
なんでだろう、さっきまでガンガン私たち狙われてた気がするんだけど……。
いぶかしげに黒い塊を睨むように見つめる叶であったが、その先になんだか疲れた顔の榊が見て取れた。
ああ、なるほど。
どういう仕組みでだかは分からないが、どうやら榊がうまいこと対応してくれているようである。
だがそれもいつまでも続くまい。彼の体力の無さはこの場の大半が知っている。
どうしよう、どうしたら良い?必死に無い知恵を絞りだそうとする叶であったが、そこに頼もしい仲間の一声が投じられた。
「なに、こいつらの攻撃が当たらないなら別に大したことなどない。おおよそ雲などというモノは水蒸気の塊だ。ならばこんなもの、散らしてしまえばいいだろう」
「散らす?」
叶の頭に雲をティッシュのようにちぎりとって周りに散らかす子供の姿が浮かんだ。
「違う。上空の雲と同じだ。強い風でこの水蒸気どもを散り散りに分散させてやればいいのだ」
「そうかぁ、なるほど。さすがハヅキちゃん頭いいなぁ」
感心する春人に対し、
「べ、別にこれくらいその辺の気象予報士だって思いつくだろうが」
となぜか照れながら謙遜する葉月。
そんなに気象予報士はその辺に転がってはいないと思うけど。
でも、それなら話は簡単だ。榊先輩に風を起こしてもらえばいいだろう。
そう叶は安易に考えたが、そこでハテと気が付いた。橘姉妹の前で力を大体的に披露するわけにはいかないのではないか、と。
現に榊はとてもとても嫌そうな顔をしている。というか、それ以前に単に風を起こすくらいなら自分たちでやってくれ、とその目は如実に語っていた。
まあ、なんでもかんでも人を頼るのは良くないことだ、と叶は平素の自分を棚の上どころか遥か上空に放り投げ、地道にレジメの束で黒い塊に風を送ることにした。
他のメンバーもそれに続く。同じくレジメや資料の束で扇ぐ葉月、春人。
やる気のなさそうなしぐさで手をパタパタと振り、しかし確実に黒い塊を消しているあたりひそかに力を使っているであろう榊。
一体どこから取り出したのか、神主がよく手にしている玉串をブンブン振って風を巻き起こしている睦月。
しかし一番活躍していたのは睦月だった。
運動部というのはさすがにすごい。嫌がっていた割に地道に鍛えてきたのだろう、と思わせる筋力をフルに活用して、深雪は素振りの要領でテニスのラケットをブンブンと振っている。
先に練習試合を消化してからここに参加しに来たとは思えないパワーである。
するとたちまち黒い塊が霧散していく。
「ひぇー……。すごいなみゆきちゃん」
自身の力を上回るペースであっという間に雷雲を消していく姿に、榊は素直に感心したらしい。
そんな榊の珍しい感嘆の声を受けて深雪はやる気を増したのか、さらにその威力を増していく。
これが恋する乙女の底力、というやつなのか……。
深雪の効力を目の当たりにして、すでに手を止めてしまった叶はごくりと唾を飲み込む。
ここまでのガッツは自分にはないかなぁ、と榊を追いかけてこの大学に進学したことなどとうに忘れて感心する。
そしてほどなく、ほぼほぼ深雪の力によって雷の脅威は過ぎ去ったのであった。
「ええと……。いろいろアクシデントもございましたが、とりあえず皆様方の意見は頂戴しましたので、レポートとしてまとめさせていただきます。これから夏季休暇に入りますが、予算も少ないサークルですので、やってみたかったんですけど特にサークル合宿などはありません。来年出来たらいいなと思っています。なので夏休みの間は、各々研究に勤しんでください。以上――」
「以上じゃない!」
せっかくあの超常現象をうまくごまかせたと思ったのに!ちぇっと内心舌打ちをする叶に、容赦なく的確な指摘を入れてくるのは葉月だ。
「一体全体なんだったんだ、あの積乱雲の突如の発生は。それにカナエ、以前にもココで何かあったかのような物言いをしていたが、前にも何かあったのか?」
まあそう思いますよね。はぁ、と深くため息をつく叶が協力を求めようと榊や深雪に目線を送れば、我関せずとばかりに二人に視線をそらされる。
くそーっ、なんだよ仲良しじゃないか二人とも!
仕方がない、ここは私の論理的叙述力をもってして、うまく言いくるめてやろうではないか!叶は鼻息荒く橘姉妹に向かっていく。
「で、棚がグワーって倒れてきたり、瓶がドピャーって飛び出てきたりして、私はポルターガイストか何かかと思ったんですけど」
嘘をつくときは、事実を織り交ぜること。昔何かで読んだ本に書いてあった。
だから定石通り叶は榊の力の部分は嘘をつき、それ以外はありのままを橘姉妹に話した。これできっとわかってくれるだろう。
「……カナエの話は擬音語が多く良くわからんのだが、つまりここ最近この界隈でポルターガイストが発生していて、すべて事態は勝手にうまい具合に収まってくれた、ということでいいのだな?」
ほらちゃんと理解してくれた!意気揚々な叶であるが、これは受け取る側が高度な理解力を示してくれたことに他ならないのだ、と叶以外のすべての人間が感じていた。
「そう、そういうことです!」
だが悲しいかな、鼻高々な叶には、その周りの様子は見えていないようだった。
「うむ……、前例の二件なら、まだポルターガイストで片付けられるのかもしれないが。しかし積乱雲を発生させる悪霊なんて聞いたことがないが。なあ睦月」
「そうね……別にこの部屋も、隣りの『お料理大好き部』の部屋のほうからも、特に悪い気は感じないけれど……」
葉月の問いかけに答える睦月。
え、今なんかサラリとすごいこと言ってませんでしたか?
「えっ、睦月先輩って、そーいうの『視える』ヒトなんですか!?」
叶の疑問を代弁してくれたのは深雪だ。
そうそう、そう捉えられる発言をしてましたよね!?
「ええと……なんとなく、なんだけど。ただその印象が正解かどうか、ほかに聞ける人もいないから。いまいちわからないのだけど」
確かに答え合わせ出来る人などそうそう居ないのだろう。だけどそう言う睦月の雰囲気には、それはきっと正しいのだろう、と思わせる何かがあった。
「まあアタシはそんな超常現象信じないけどな」
と突っ返す葉月であるが、しかし悪霊の有無を睦月に確認するあたり、案外その能力を高く買っているのだろうということは伺える。
ならば、だ。
「じゃあ、これらはポルタ―ガイストじゃなかったってことですよね!?」
喜びの悲鳴をあげるのは叶だ。
よかった、オバケじゃないならこれで「お料理大好き部」にもまた顔を出せる!
そんな嬉々とした叶をよそに、現実的な発言をするのは春人だった。
「じゃあ、これらの現象の裏には、『誰か』が関わっている、ってことなのかな。どういった仕組でやったのかはわからないけど」
「そうだな、科学で説明できない非科学的なモノの仕業でないのなら、必ずそれを仕掛けた人物、もしくはそうなるべく環境があったということになる。だが聞いた話では偶然が重なって、というレベルで発生するようなアクシデントでもないだろう。『誰か』がそうなるよう仕向けた、と考えるほうが自然だ。もっとも、どうやったかの説明がまったくつかないがな」
「『誰か』、か……」
「そうだな、それこそ魔法使いのようなやつがいるのではないのかな、ココには」
なにやら含んだ笑みで葉月が言った。
それって、もしかして。
葉月先輩は――
叶が思うより早く。
いつものホンワカモードから、攻撃モードになったのが傍から見ていても露骨にわかる春人が物申す。
「どうやったか説明できないってハヅキちゃんは言うけど、説明できないっていうより、説明したくないんじゃないかな?」
「……それはどういうことですか?」
なにやら不穏な発言に、思わず口をはさむ睦月。
「確かにボクや深雪、カナエちゃんの目には超常現象に映ったのかもだけど。もしかしたら物理的なトリックがあったって考えるほうが『魔法使い』が実存するなんて発想より、よほど現実的だよね?」
「……ふん、キミはこんなサークルに所属しているくせに、ずいぶんと現実主義なんだな」
「だって、そうじゃなきゃ、ありえないじゃないか」
「べつにアタシは「犯人は魔法使いだ」とは言っとらんのだがな」
「でも、そう思われるようなことを言ってるよね?」
と追撃の手を緩めない春人。
どうやら彼は、榊の正体が葉月にバレているのではないか、というその一点において、葉月に食って掛かっているようである。
例えば、葉月が自作のトリックを発動させて、榊がどのような力を使うかを試しているのではないか、とすら思ったのかもしれない。
確かに思わせぶりな発言をしてはいるが、しかしこんなあからさまに自分が犯人ですとバレてしまうほど葉月は詰めの甘い人間であっただろうか。
叶にはそうは思えなかった。
「なんだかキミはアタシを疑いたいようだけれど、それならどうぞトリックとやらを夏季休暇の間せいぜい考えておいてくれ。アタシはアタシで原因を追究するから。これで長い夏も楽しめそうじゃないか。なあ、睦月」
「魔法なんて非科学的なモノ、葉月が本気で信じてくれてるとは思わないけど……。なのになんでそんなにハルトさんは躍起になってるのでしょうか?」
ニコニコと葉月の声掛けに返事する睦月。葉月が一連の首謀者かどうかは置いておいて、少なからず橘姉妹が何かを知っていることは間違いなさそうであった。
「あの、睦月ちゃん……?」
不安げに声を掛ける叶。だってこの二人をこのサークルに誘ったのは私だ。その気持ちは睦月にも伝わったらしい。
「大丈夫、私たちはいつだって叶さんの味方だから」
と睦月が返してくれた。
「フン、楽しい楽しい夏休み前にこんな空気になるとは思いもよらなかったがな。だが重ね重ね言うが、我々はカナエの味方だよ。キミたちが言いたくないのならそれで構わないのだが、敵はほかにいるということだけは認識しておいてくれ。まあおそらく、休暇中は何も起こらないと思うが」
そう言い残すと橘姉妹は「また後期にな」と部室を後にしてしまった。バタンと閉じられた扉の音だけが妙に響く。
後にはなにやら思案気な佐伯兄妹と、ぐったりとした榊、叶が取り残された。
「今の、どういう意味なのかな」
深雪がぽつりと漏らす。
「――少なくとも、二人は榊の力に気づいてるんじゃないかと、思う」
そう結論付けるのは春人だ。
でもなぜ彼女らが榊の力のことを知っているのか?叶は考える。
私、ネタバレするようなこと二人に言ったっけ?
そりゃあ、ちょっと榊先輩くらいの体型の成人男性が、空を飛ぶはどうしたらいいのかを聞いたことはあるけど。それでそこに結論付くかなぁ。
……いや、聡い葉月と睦月だ。そう思いついてもおかしくはないのかもしれない。
叶は合点する。そうすると。そうするとだ。私、似たような内容で、いろんな教授に話を聞きまわった気がするんだけど……。
記憶を掘り返す。確か、文化人類学の教授と、心理学の教授と、あと誰だっけ……。
叶が自身の記憶の淵を覗いていると、ぐったりとした榊がやおら口を開いた。
「確かにさ。やっぱりここ、何かいるんだと思うぞ」
えっまさかの超常現象肯定派!?
「ひ、ひぃぃちょっといきなりそういうのやめてくださいよ榊先輩」
涙目でクレームを入れるのは叶だが、そんな叶を尻目に榊は内心ひとりごちる。
「何か」はたぶん幽霊とかそういうのではなくて。
多分自分と同じ、力を使える者なのではないか、と。
「まあとにかくだ、俺は疲れたから早く帰ってメシ食って休みたい。夜にはバイトもあるからな」
榊はそんな思想を振り払うかのようにこう続ける。
とにかく疲れていてろくなことはない。頭も回らないし、身体も重い。春人や深雪がなにやらいろいろ考えてくれているようだけど、少なくとも俺はこの異常現象の犯人ではないし、おそらく葉月もそうではない。
案外これでも榊には人を見る目があるのだ。あの力のせいなのかは知らないが。
だから犯人はほかにいる、多分、俺と似た力の使える人間が。
そこまで理解できていれば今の榊には充分だった。相手を特定する術は今の段階ではない。ならば、うんうんと時間ばかり浪費することに意味も無かろう。
そうだ、時間は常に限りがあるんだ。だから俺はその分頑張って生きなければならないのに。
なのになんでこんなに、眠い……。
「あっ」
まさかの寝落ち!スゥスゥと寝息を立てて寝始めてしまった榊に、叶は話すタイミングを失ってしまった。
これ以上張本人も、被疑者もいない中で論じる意義もないだろうということで、前期最後のサークル活動はこれでお開きとなった。
すっかり眠ってしまった榊をおんぶするのは深雪だ。M女子大でのテニスサークルがしんどいと言いながら、しっかりと活動は続けているようで今この場にいる誰よりも力強い。
恋する乙女、恐るべし。
なんだかモヤモヤするけれど。すべては後期に明らかになるのだろうか。
そんな思いを胸に、バイトまみれのパッとしない叶の夏が始まったのであった。
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