丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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帰る道

帰る道-4

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「ここは霊能事務所じゃないんだが」
一言置いて、男が向かいに腰かける。明るい照明のもとで見てもやっぱり全身黒で、しかもこの真夏に長そで。そのくせ汗一つも掻いてない。

「それに、休憩所でもない。茶を飲みたけりゃ下の喫茶店に行ってくれ」
「ちょっとランちゃん、久しぶりに人が来たんだから、そんな言い方しないの」
その脇で、ミサキが甘えた声で男の腕に縋りつく。
うーん、どういう関係なんだろう、この二人。

「ほんとに困ってるみたいだし、話だけでも聞いてあげなさいよ。じゃなきゃこんなとこ来ないでしょ?」
廻された腕を振りほどきながら、全身黒男――ランちゃんが悪態をついた。
「こんなところで悪かったな」
「でも知らなかったわぁ。ランちゃんにも知り合いがいたなんて」
「そんなんじゃない」
「そんなんじゃありません」
いきなり知り合い扱いされて、思わず僕も声を上げる。

「あら、そうじゃないの?だって、前に会ったことあるんでしょ?」
ミサキが目を見開いて言った。よく見ればこの人の目は不思議と赤くて……カラーコンタクトでも入れてるのかな、と僕はぼんやり思いながら唇を尖らせた。

「違います、この人とはたまたま……。そうだ、あなた、あの時あんなところで何してたんです?」
ずっと気になっていた。あの後調べてみたけれど、あのあたりには民家なんてない様だった。せいぜいあったのは墓地とお寺くらいで、そのことが余計僕を不安にさせたのだけれど。

「別に俺がどこで何をしてようが君には関係ないだろ」
「あります、変なこと言っていなくなっちゃうし」
「もしかして、それが気になってわざわざ俺を探し出したのか?」
暇なんだな、とぼそりと言われ、僕は思わず声を荒げる。
「そんなわけないじゃないですか。てかあなたの事務所だって知ってたら来ませんでしたよこんなとこ」
「じゃあ偶然だっていうのか?」
「当り前でしょう」
「偶然、か……」

そこで男が黙ってしまったので、拍子抜けして僕は口を閉じる。そうだ、これは単なる偶然だ。とはいえ僕だって、まさか再びあの男と顔を合わせる羽目になるだなんて思ってもみなかった。
というより、闇に消えた男のことを、人間とも思えなかった。それこそ近くの墓地に戻っていった、何か幽霊の類にすら思ったほどだ。

それがこうして目の前でソファに背を持たれ掛け、気難しそうに眉を寄せ偉そうに腕を組んでいる。
そのことに安堵したような、そうでもないような。

「まあ、これも何かの縁だし。ランちゃんだってせっかく起きれたんだから、話だけでも聞いてあげなさいよ」
じゃないと外の「無料相談中」って広告嘘ばっかりだって言いふらされちゃうわよ、とミサキが笑みを浮かべて男にすごむ。
「あれは、お前が勝手に」
「事件がなくてつまらないって言ってたのはランちゃんでしょ。ほら早く、お客さんに名刺出して」
「いちいちうるさいな」
まるで母親かの如くにミサキにせかされて、『ランちゃん』はしぶしぶと胸元から一枚の紙きれを出す。そして僕の前に無造作に置いた。

そこには、『丸藤探偵事務所 所長 丸藤 蘭がんどう らん』と書かれていた。わざわざふりがながふられているのは、僕みたいに読み間違える人が多いからなんだろう。

「……まるふじ、じゃないんだ……」
思っていたよりずいぶん厳つい名に僕が驚いていると、「君も名乗れ」と偉そうに言われた。その態度にムッとしながらも、
「益田、直央」とだけ返す。
ちら、と丸藤さんが視線をこちらに寄越す。なんだか、不思議なものを見るような目つき。そんな風に僕には見えた。

「何か?」
「いや。……君はこちらの人間じゃないんだなと思って」
「ああ、イントネーションね。きれいな標準語だものねえ」
丸藤さんの隣で、ミサキが手を合わせる。「もしかして東京の人?」
「もと、だけど。先月こっちに越してきて」
「あらそうだったの。東京ねえ、一度行ってみたいわぁ」

そう憧れの声で言うミサキだって、オネエ口調を除けばあまり訛っているようにも聞こえない。それに同じ日本だ、東京くらいみんな、少なくとも一度は来たことあるんじゃないのだろうか。僕は思った。例えば修学旅行だとか。

「で、東京と違ってこっちは幽霊がわんさか出ると」
「そういうわけじゃ」

丸藤探偵の嫌味に、僕は思わず両手を握りしめる。とはいえ、確かにその件で相談しに来たのではあるけれど。
「……いや、でも。そうかもしれません」
「とりあえず聞くだけは聞いてやる」

丸藤さんに促され、僕は口を開いた。
「祖母の家に、何かがいるみたいなんです」
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