1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.8.31 遠野邸 4

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 けれどもう彼と自分はもう二度と会うことはないのだろう。そう思ったら、いちずに約束を守っている自分がなんだか馬鹿らしくなってきた。それに相手はメグさんだ、彼女が、自分の仕える人間の話を、ペラペラと他人に喋るような人間ではないだろう。彼女になら話したって――。
「今朝、お父様が東京駅の火事の話をされていたでしょう?」
「え、ええ。けれどお嬢様は火事とは関係なかったんでしょう?無事だって聞いて、安心しました」
「あの時、爆発した車両のすぐそばに私はいたの」
「ええ?」
「爆風に巻き込まれて、危うく大けがをするところだった」
「そんな。でも、何事もなかったっておっしゃっていたではないですか」
「無事だったのは本当。あの時、吹き飛んだ私を、菅野さんが助けて下さったの」
「へ?」
 キョトンとした顔でメグが真理亜を見つめた。「じゃあ菅野さんが、身を挺してお嬢様を助けてくださったんですか?それは大変!でもニュースじゃ、怪我人なんていなかったって」
「信じてもらえないとは思うけど……。菅野さんが、不思議な力で私を守ってくれたの。そして、燃え盛る炎を消して、私だけじゃないわ、他の人たちのことも助けてくれたの」
 鼻をすすりながら真理亜は言った。我ながら説得力のない話だ。自分だってそう思う。けれど事実なのだから、他に言いようもなかった。
「はぁ……その、不思議な力とは?」
「わからないわ。私に言っても分からないって。ご自分でも良くわかっていらっしゃらなかったみたい」
 先からメグの顔は驚きの為か口があんぐりと開いたままだ。普段は女優さんみたいにきれいな笑みを浮かべている顔に見慣れているだけあって、その表情はまるで別人のように真理亜には見えた。それほど、このあり得ない話を突然聞かされて混乱しているのだろう。
「菅野さんからは言わないでと言われたわ、約束もしたの。私だってこんな話、誰にもするつもりはなかった。けれど、もう菅野さんは……」
 そこで再び涙が頬を伝った。そこで改めて真理亜は感じたのだった。ああ、私、あの人のことが本当に好きだったんだわ――。
「真理亜お嬢様、その、お取込み中に申し訳ないのですが、ちょっと理解が追い付きませんで……」
 わあっと涙に顔を伏せてしまった真理亜に、オロオロとメグが口を開いた。
「ええと、その、菅野さんという方は超能力者みたいな方なんでしょうか」
「わからないの。まるで魔法使いや超能力者みたいねって言ったら、そんなわけないって返されてしまったわ」
「じゃあその方は、ご自分でも不思議な力のことが良くわからないんですね」
 優しいメグは、そんなことはありえない!と叫ぶようなこともせずに、とりあえず真理亜の話を受け止めてくれたようだった。
「ええ、ご自分でも気味の悪い力だと」
「ということは、あまりその不思議な力のことが好きではないんですね。それでも真理亜様を助けてくださった」
「ええ、そうなの。私には菅野さんが、お金をお父様からだまし取るような人には見えないわ!きっと何か御事情があるのよ。なのにお父様ったら……!」
 真理亜は今朝の、冷たい父親のことを思い出して再び涙を流した。そして、自分が力になれない無力さを悔やんだ。
「それならお嬢様、ご本人に直接確認されたらいいんじゃありませんの?」
「え?」
「順次郎さまの言い分も、お嬢様の言い分も、所詮はただの空想です。本当は菅野さんが何を考えてるかなんて、わかるわけがないじゃないですか」
 あっけらかんとメグが言い放った。
「お嬢様は、このまま菅野さんに会えなくていいんですか?」
「……嫌よ、私、次は彼の役に立つって決めたんですもの」
 メグに吹っかけられて、しとしとと流れていた真理亜の涙が止まった。そうよ、このまま泣いていても仕方がないわ。私一人じゃお金は用意できないけれど、それでも本当にそのお金が必要なのならば、なにか出来ることがあるかもしれないじゃない、たとえばそう、それこそ働いてでも稼げばいいのだから。
「それでこそお嬢様ですよ、真理亜お嬢様の瞳に涙は似合いません。いつも晴れててくださらなくっちゃ」
「でもメグさん、私は菅野さんがどこにいるのかもわからないの。お仕事は八丁堀でされているようだけど、お父様を通じて連絡を取れると思っていたから……」
 今父親に菅野の居場所を聞いたところで、教えてくれるはずもないだろう。自分から紹介したくせに、もうアイツとは関わるなぐらいのことは言いそうだ。
「大丈夫、私がお調べします。遠野電機の社員だってことは分かっているんです、調べるのは簡単ですよ」
 そう言ってメグが豊かな胸を叩いた。
「それに、ちょっとツテもあるんです。楽しみに待っていてくださいね」
 そうメグが得意げに言った頃には、しとしとと降っていた雨は止んだようだった。
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