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1964.9.21 昭和島 3
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素っ頓狂な声を上げて、メグが白い封筒を凝視する。それで中身が見えるわけでもなかろうに、その顔はいつもはおっとりした表情のメグにしては鋭い。
「モノレールを揺らしたのは俺だ、とでも言ってきたんですか?」
「いや違う。さすがに天下の草加だって地震なんて起こせないだろう」
力なく順次郎は言うと、封筒の中身を広げた。
「今回はこう書いてあってな。『そろそろお目当てのものを頂こう。さもなくば娘を殺す。一億用意しろ。引き渡しは十月十日。方法は追って連絡する。草加次郎』」
少々難儀しながらも、順次郎が汚い文字で書かれた手紙を読み上げた。
「こんなの立派な脅迫です、やはり警察に相談したほうが――」
「『おっと、警察には言うんじゃない。言えば先日の比じゃないぞ』」
脅迫状を読み上げる父の手元を覗いて真理亜は呟いた。
「先日の比って……礼拝堂のことかしら」
うっかりモノレール、と言いかけて、真理亜は言葉を選び直した。なにしろモノレールは今のところ、爆破されたことになっていない。菅野が直してしまったからだ。けれど犯人がこの手紙を投函した時には、まさかそれが局地地震として片されてしまうだなんて夢にも思っていなかったに違いない。
「どうだろうな。けれど今回お前たちが海に落ちたのは、本当に偶然なんだろうか」
「それは」
真理亜はメグと思わず顔を見合わせてしまった。なんと返せば良いのだろう。脅迫状の内容を見る限りでは、爆弾魔の犯行の可能性はとても高い。
「だが、一応モノレールの車両もレールも点検が入ったそうだが、何も異常がなかったそうだ。ということはあくまでも偶然なのか?しかし、偶然にしては出来すぎている」
うーむ、と順次郎は考え込んでしまった。「どこまでが草加次郎の仕業なんだ?」
「順次郎様、爆弾魔は本当に草加次郎なんでしょうか」
頭を抱える順次郎にメグが声を掛けた。
「わかりませんけど、金額があまりに大きすぎやしませんか?去年、東横デパート爆破事件で草加次郎が要求したのは五百万ですよ。それを急に一億だなんて。犯人は本当にお金に困っているか、あるいは、ただの愉快犯なんじゃないかしら」
「愉快犯だと?そんなやつに真理亜の命などくれてやるものか!」
「犯人はどこまで本気なんでしょうね。ほら、この受渡日。十月十日って、オリンピックの開会式の日ですよ」
メグがその白く細い指で脅迫状を指さした。「十月十日」と書かれた文字がくねくねと踊っている。
「よりによってオリンピックだなんて。犯人はただの目立ちたがり屋なのかしら」
真理亜がその文字を眺めながら言った。新しいモノレールを壊そうとするぐらいなのだ。きっと目立ちたかったんだわ。あいにく菅野のおかげで、何もなかったことにされてしまったが。
「けれど、目立ちたがり屋が警察に言うなって何度も念押しするでしょうか。警察やマスコミに知られた方が、目立つじゃありません?」
「それは確かに。じゃあ、あくまでも犯人の狙いは金なのか?」
「そうなると思うんですけど」
「なら話は簡単だ。金の用意は初めている。十月十日には間に合うだろう」
あっさりと言いのける順次郎に、メグが目を丸くしながら聞いた。
「で、みすみすそんな大金を犯人に渡しちゃうんですか?まあ、気前のいいこと」
「それは……初めの方こそ菅野君が何とかしてくれるかと思っていたんだが、今回は爆弾魔の仕業じゃないとはいえ、娘を守る為に彼まで大変な目に遭わせてしまった。こんなことになるくらいなら、金なんて渡してしまったほうが早い」
「そんな。菅野さんの寄付は断った癖に、悪いことするやつにお金を払うだなんてどうかしてるわよ」
「そんなことは私だって重々承知だ。けれど本当にお前になにかあったら遅いんだぞ!」
あやうく始まりかけた親子喧嘩の間を縫って、メグが呟いた。
「モノレールを揺らしたのは俺だ、とでも言ってきたんですか?」
「いや違う。さすがに天下の草加だって地震なんて起こせないだろう」
力なく順次郎は言うと、封筒の中身を広げた。
「今回はこう書いてあってな。『そろそろお目当てのものを頂こう。さもなくば娘を殺す。一億用意しろ。引き渡しは十月十日。方法は追って連絡する。草加次郎』」
少々難儀しながらも、順次郎が汚い文字で書かれた手紙を読み上げた。
「こんなの立派な脅迫です、やはり警察に相談したほうが――」
「『おっと、警察には言うんじゃない。言えば先日の比じゃないぞ』」
脅迫状を読み上げる父の手元を覗いて真理亜は呟いた。
「先日の比って……礼拝堂のことかしら」
うっかりモノレール、と言いかけて、真理亜は言葉を選び直した。なにしろモノレールは今のところ、爆破されたことになっていない。菅野が直してしまったからだ。けれど犯人がこの手紙を投函した時には、まさかそれが局地地震として片されてしまうだなんて夢にも思っていなかったに違いない。
「どうだろうな。けれど今回お前たちが海に落ちたのは、本当に偶然なんだろうか」
「それは」
真理亜はメグと思わず顔を見合わせてしまった。なんと返せば良いのだろう。脅迫状の内容を見る限りでは、爆弾魔の犯行の可能性はとても高い。
「だが、一応モノレールの車両もレールも点検が入ったそうだが、何も異常がなかったそうだ。ということはあくまでも偶然なのか?しかし、偶然にしては出来すぎている」
うーむ、と順次郎は考え込んでしまった。「どこまでが草加次郎の仕業なんだ?」
「順次郎様、爆弾魔は本当に草加次郎なんでしょうか」
頭を抱える順次郎にメグが声を掛けた。
「わかりませんけど、金額があまりに大きすぎやしませんか?去年、東横デパート爆破事件で草加次郎が要求したのは五百万ですよ。それを急に一億だなんて。犯人は本当にお金に困っているか、あるいは、ただの愉快犯なんじゃないかしら」
「愉快犯だと?そんなやつに真理亜の命などくれてやるものか!」
「犯人はどこまで本気なんでしょうね。ほら、この受渡日。十月十日って、オリンピックの開会式の日ですよ」
メグがその白く細い指で脅迫状を指さした。「十月十日」と書かれた文字がくねくねと踊っている。
「よりによってオリンピックだなんて。犯人はただの目立ちたがり屋なのかしら」
真理亜がその文字を眺めながら言った。新しいモノレールを壊そうとするぐらいなのだ。きっと目立ちたかったんだわ。あいにく菅野のおかげで、何もなかったことにされてしまったが。
「けれど、目立ちたがり屋が警察に言うなって何度も念押しするでしょうか。警察やマスコミに知られた方が、目立つじゃありません?」
「それは確かに。じゃあ、あくまでも犯人の狙いは金なのか?」
「そうなると思うんですけど」
「なら話は簡単だ。金の用意は初めている。十月十日には間に合うだろう」
あっさりと言いのける順次郎に、メグが目を丸くしながら聞いた。
「で、みすみすそんな大金を犯人に渡しちゃうんですか?まあ、気前のいいこと」
「それは……初めの方こそ菅野君が何とかしてくれるかと思っていたんだが、今回は爆弾魔の仕業じゃないとはいえ、娘を守る為に彼まで大変な目に遭わせてしまった。こんなことになるくらいなら、金なんて渡してしまったほうが早い」
「そんな。菅野さんの寄付は断った癖に、悪いことするやつにお金を払うだなんてどうかしてるわよ」
「そんなことは私だって重々承知だ。けれど本当にお前になにかあったら遅いんだぞ!」
あやうく始まりかけた親子喧嘩の間を縫って、メグが呟いた。
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