1964年の魔法使い

鷲野ユキ

文字の大きさ
62 / 101

1964.10.8 遠野邸 1

しおりを挟む
「き、来たぞ!」
 順次郎の上げた素っ頓狂な声で、木々でさえずっていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「この白い封筒、間違いない!」
 いつもは郵便配達が来ると使用人がそれを受け取るのだが、前回警察署が爆破されてからというもの、順次郎が朝一番に郵便受けに現れるのがここ一週間の風景となっていた。
 この光景に目を丸くする配達員から封筒を奪うと、順次郎は玄関ホールをぬけて大階段をドタバタと駆け昇り、ダイニング・ルームへと息せき切って現れた。
「ようやく来たんですね!」
「お父様、中身は見られたの?」
 やってきた順次郎に、優雅に朝食を食べていた真理亜とメグが群がった。
 以前に送られたのと同じ、ごく普通の無地の白い封筒だ。一つ違うのは、それが速達で送られてきたことぐらいだろうか。切手の下には、今度はご丁寧に「遠野真理亜さま」と、例の読みづらい文字で書かれていた。
 順次郎が丁寧に封を開くと、やはり汚い字が羅列した白い紙が出てきた。
「『昨晩のニュースは見ていただけただろうか。私は本気だ。金の引き渡し方法についてお伝えする。十月十日、国立競技場での開会式で金を渡せ。金を持ってくるのは娘だ。貴女の大切な人を守りたければ、聖火に火を灯す時までに、会場内のC―85座席に金を持ってこい。秘密をばらされたくなければ、警察には言うんじゃない』……どういうことだ?」
「会場内の座席に、真理亜お嬢様にお金を持って来いって言ってるんですかね。でも、C―85の席だなんて、もうチケットは売り切れてるし……ああ、ジュン君があんなことしなければ、私だって開会式を見に行けたのに!」
 そう言いながら、メグが何とはなしに空の封筒を手に取った。
「それとも、犯人が開会式に招待でもしてくれるんですかね」
 封筒の中を覗き込むと、そこにはまさかの物が入れられていた。
「やだ、本当みたい」
「もしかして、チケットが入ってるのか?」
「え、ええ」
 驚いた顔でメグが中身を順次郎に見せ、そして真理亜に手渡した。そこには確かに、赤と金の円が描かれた、開会式のチケットが入っていた。
「しかし、犯人のやつはどうやってこれを手に入れたんだ?開会式の券なんて、一般人じゃよほど運が良くないと当たらないぞ」
 そう言う順次郎はいわゆる一般人枠ではなく、諸々のコネでちゃっかり数枚チケットを確保しており、それを身内や知人に配っている。
「それよりお父様、ここを見て頂戴」
 真理亜は渡されたチケットを握りしめながら身を乗り出し、父の握る脅迫状を指さした。
「大切な人って誰のことかしら」
「そりゃ、真理亜。お前に決まってる」
「けれどおかしいわ。だって、貴女って書いてあるんだもの」
 そう言って真理亜はその部分を指さした。
「本当だわ。貴方、なら男女問わずに使うけれど、わざわざ女性向けの字を選んでる」
 メグが首を傾げた。「それに、あて名は真理亜様宛になっているし、お金を持ってくるのは娘だなんて、まるで真理亜様を狙うのを諦めて、他に誰か人質でも取ったような言い回しじゃない」
 真理亜は考える。最初はお父様宛に出されていたこの手紙。けれど今回は、あて先が私になっている。犯人は私を狙っていたはずなのに、なぜ私宛で脅迫状を?しかも、大切な人を守りたければ、なんて。
「それに、この秘密って何のことだ?」
 愛想のない白い手紙をじろじろと睨みながら順次郎が言った。
「警察に言うと、誰の秘密がばらされるっていうんだ?」
「まさか、順次郎様、なにか秘密があるんじゃないんですか?」
 にやり、と笑ってメグが言う。するとなにやら慌てた様子で「ないぞ、ないない!神に誓って私にはなにもやましいことなどないぞ!」と順次郎が騒ぎ立てた。
「じゃあ、いったい誰の秘密だって言うんでしょう」
 そこで、不意に嫌な予感が真理亜の全身を駆け抜けた。秘密。誰にも言いたくない、言えないこと。人から気味悪がられるかもしれない、得体の知れない力。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

立花家へようこそ!

由奈(YUNA)
ライト文芸
私が出会ったのは立花家の7人家族でした・・・―――― これは、内気な私が成長していく物語。 親の仕事の都合でお世話になる事になった立花家は、楽しくて、暖かくて、とっても優しい人達が暮らす家でした。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

処理中です...