【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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一章(エレオノール視点)

日陰者

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 エレオノールが皇太子ジョンと結婚したのは、十八歳を迎えた春だった。死んだ母が王族の血を引くという理由で、伯爵家としては破格の輿入れだった。分不相応だと思ったが、反対できる立場にないエレオノールは黙って運命を受け入れた。

 結婚した日、夫となった人はエレオノールの部屋に来なかった。つまり初夜を迎えなかったのだ。後で知ったことだが、愛人の元を訪れていたそうだ。
 エレオノールが婚約する前から、愛人とは関係を持っていたという。密かに教えてくれた女官は悪気が無かったのだろう。良かれと思ってエレオノールに明かしたのだろう。エレオノールはその瞬間から、暗い未来を想像した。

 その想像は予感でもあった。そして的中した。

 結婚して三年後、王が病で崩御した。新たな王となったジョンの戴冠式前の出来事だった。

「我が妻エレオノールは、王妃としての役目を到底果たせない。よって王妃の称号を剥奪する!」

 前夜祭の夜会での、突然のジョンの宣言。エレオノールは突きつけられた言葉に頭が真っ白になりながらも、ああやはり、と納得してしまってもいた。
 わざと夜会に遅れてくるようにと言われていた。わざわざ正装をしてくるように言われていた。
 正装とは、王妃である国章入りのブローチを胸に挿すことが義務付けられている。 
 戴冠式や各国の要人をもてなす際に使われる国章ブローチ。夜会で身につけるような軽薄な物ではなかった。

 ジョンはまさにブローチを指さした。

「エレオノール、ブローチをココットに渡せ」

 ブローチを渡す。つまり愛人が王妃になるということなる。彼の隣には愛人が腕を組んで勝ち誇った笑みを浮かべていた。あのどす黒い笑みが、エレオノールは初めて会った時から苦手だった。
 ジョンの命令を遂行しようと、ココット付きの侍女がエレオノールへ近づいてくる。ブローチを無理やり剥がすつもりなのだろう。エレオノールは無様にならないようせめてはと、背筋を伸ばした。

「──待て。乱暴はするなよ」

 ジョンの言葉に、侍女が立ち止まる。愛人のココットも何事かと眉をひそめた。

「エレオノールが自分でココットに付けてやれ」

 人を介さずに自らの手で王妃の座を明け渡せと。これ以上の恥辱は無かった。

「王妃を待たせるな。早くしろ」

 王妃とはココットを指していた。つまり自分はもう王妃ではない。無情なジョン新国王の言葉に、まだ傷ついている自分がいた。
 結婚して三年。初夜はすっぽかされたままだった。皇太子妃として公の場に出席してもジョンはエレオノールを無視してココットばかりと踊っていた。エレオノールはジョンと踊ったことすら一度もなかった。
 陰気な女め、と度々言われた。気に入られていないのは重々承知していた。だから、少しでもジョンの邪魔にならないよう息を潜めて過ごしてきた。ますます陰気な女となっても、ココットのようにテーブルの上に立ってスカートをはためかせるような下品な真似する気にはなれなかった。それならずっと陰気なままでいた方がマシだった。

 思えば、こうなる事を望んでいたのかもしれない。三年耐えた。エレオノールは二十二になっていた。これから何十年も陰気な生活を続けていける自信は無かった。

 動かないエレオノールに焦れて、ジョン自らが近づいてきた。エレオノールは慌てて彼が外す前に自らブローチを外した。
 ジョンは舌打ちした。

「グズめ!」

 言い様、ジョンはブローチを勢いよく奪い取っていった。反動でよろめき、その場に倒れ込む。女官の手をかりて立ち上がろうとして、大歓声が起こった。
 見れば、満面の笑みのジョンとココットが祝福を受けていた。ココットの胸にはブローチが煌めいている。照明の強さとあいまって眩しいくらいだった。
 実際に目がくらんでいた。めまいを起こしていた。
 大歓声に拍手も加わって、いよいよ盛り上がりをみせる。
 新国王万歳!と口々にはやし立てる。エレオノールの存在など無いかのように。三年の日陰者は、本当の影となって消えたのだ。




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