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二章(ジョン視点)
7.運命の日
しおりを挟む王立歌劇場で『プリマヴェーラ』を演るらしい。ココットのお気に入りの演目だ。ジョンはココットを誘って早速、劇場を訪れた。
ココットは全身真っ赤のドレスに身を包んでいる。赤はココットの好きな色だ。衣装も何種類も持っていて、どれがどれだかジョンには区別がつかなかった。
赤い衣装が金髪によく映える。ウエーブがかった美しい金髪をなびかせて颯爽と歩く姿は人目を引いた。
支配人自らの案内によりロイヤルボックスへ座る。王の到着を待っていた観衆が、ジョンとココットに向かって拍手を送る。
ジョンは得意げに手を振り返してやると、会場はどっと沸いた。これではどちらが主役か分からない。
注目されるのが好きなココットも得意げな顔でソファに座り、女官に扇で仰がせている。
「ココットも手を振ってやれ」
「遠慮しておきますわ。下々の者を熱狂させてこの場を暑くさせたくないんですもの」
「ははっ」
ココットにキスしようとすると、拒まれる。
「化粧が崩れますわ」
「俺のご機嫌取りをしてはくれないのか」
「私の為にここに呼んでくださったのでしょう?私の機嫌を取るべきでは?」
「傲慢な女だ」
軽くキスするに留める。王の為に用意されたソファに腰掛けて、注がれたシャンパンを飲んでいると、一つの席が目についた。
サイドのボックス席だった。女と男が抱き合っている。恐らくは口づけを交わしているのだろう。男の背に女は腕を回していた。赤い手袋が目に付く。王の到着の歓迎にも参加せずに、二人で愛を育んでいるらしい。
女は赤いドレスを着ていた。特殊な素材なのか、光に反射して遠目でもはっきり見えた。
男女が離れる。男の背中越しに女の髪が流れ落ちる。黒髪だった。そして顔が現れる。ジョンは目を見張った。
──あの姿は…!
驚愕と共に照明が落ちる。壮大な音楽とともに幕が上がる。何も知らない隣のココットが歓喜の声を上げる。いくら国王であろうとも、上がった幕を止められない。周囲の熱狂に邪魔されて、ジョンはその姿を見失ってしまった。
劇など全く頭に入ってこなかった。劇中はどうしても客席は暗くなる。観客席が少しでも明るくなるたびに、ジョンは例のボックス席に目を向けた。
見間違いかもしれなかった。だが、そのボックス席がカーテンで閉ざされているのを発見すると、まさかという思いがこみ上げてくる。
エレオノールだった。婚姻関係を結んでいたとき、ほとんど会うことは無かったが、三年、同じ王宮で過ごした。会わなくなって四ヶ月経った程度で、姿形は忘れない。
いつかのあの愚かな二人組を思い出す。娼婦に身を落としたと言っていた。あの時はそんなはずないと一笑に付したが、あの様を見てしまったら本当なのかもしれないと疑いたくなる。
最初目撃した時は、エレオノールだと断言出来たが、一公演終わる頃には本当に本人だったのだろうかと自分を疑い出していた。
──赤いドレスだった。真っ赤な。エレオノールが好む色合いではない。物静かな女だ。男と口づけを交わし男の背に手を回し甘えるような仕草をするような女では無かった。
やはり見間違いだったのだ。男も知らないあの女が、あんな真似出来るわけがない。
たが、だがもしということがある。いや、そんな筈はない。一人で考えていても埒が明かない。ジョンは息をついた。
「どうされまして陛下?」
カーテンコールの拍手を送りながら、ココットが顔を寄せてくる。思いを馳せていたジョンは、我に返って咳払いした。
「なんでもない」
「お顔の色が悪く見えます」
「気にするな」
ちらりと視線をボックス席へやる。カーテンはもう開いていた。だがそこにはもう誰も座っていなかった。
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