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終章
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しおりを挟む「すまない」
目を覚ましたエマが、痛そうに顔を背ける。そんなに強く叩いたつもりはなかったがペレは詫びた。
「一週間寝てたんだぞ」
エマは呆けたように目が虚ろで、反応が薄い。起きたばかりではこんなものだろう。ペレはガラスの吸いのみを持ってエマを後ろから支えるように起こした。
「水だ。飲めるか」
口に差し込むと、少しずつだが飲み始めた。ペレは、ほっとして再び横に寝かせた。
「医者を呼んてくる。待ってろ」
「…ペレさん」
弱々しく名を呼ばれ、ペレは膝を折って顔を近づける。
「わたし、長くないなら…傍にいて」
「何言ってる。目覚めたんだ。回復する」
ペレは安心させようと手を握った。相変わらず手は冷たく、力が全く入っていない。
「くるしい…視界が赤いの…」
息苦しそうにエマは訴える。ペレは直ぐに医者を呼びに走った。
「貧血ですね」
一応の診察を終えた医者は軽い口調で言った。拍子抜けしたペレは医者の誤診ではないかと疑った。
「本当か?」
「本当です。眠っている間に毒は抜けたようです。あとは滋養のあるものを食べさせれば、おのずと回復なさるでしょう」
毒が抜けたというのは本当のようで、医者はマスクをしていなかった。色香に当てられるからと、以前、医者が診察したときはマスクをしていた。
「貧血の薬を調合してもらいます。…ペレさん、一昨日から着替えておられませんね。そろそろ衣服を変えられては?」
言われてみればそうかもしれない。肌着は毎日交換しているものの、冬は特に着替えなくなる。清潔にしておくのは看病の基本だ。
「じゃあ着替えてくる。エマ、直ぐに戻る」
エマは小さく頷いた。顔面蒼白で、これが貧血だけが原因なのかと疑いたくるほどだ。
その疑問は当たった。医師と部屋の外に出ると、開口一番にこう言った。
「心の臓が弱っておいでです」
医師は声を落として言った。ペレを外に連れ出したのは、病人に知らせない配慮だったのだ。
「長くないのか」
「治療すればある程度は回復します。やはりアビアでないと十分に治療出来ません。しかし砂漠を今越えるのは、あのお方にとって危険過ぎます」
「ある程度ってなんだ。何年の話をしている」
「正確なことは言えませんが、今あの方は二十代で体力があります。しかし体力的に衰えてくる四十代、いえもしかしたら三十代で、命の危険が迫ってくるかと」
もって十年。ペレは閉まった扉を見返し、その場から離れた。
後ろをついてくる医師と話を続ける。
「お前より腕の良い医者はこの国にいないのか」
「私はアビアの者ですよ。この国のことは知りません。しかし、私もそれなりの医者と自負しております。やみくもに医師を探すより、アビアへ帰る手立てを探すほうが得策です」
砂漠を越えるには体力が無ければ無理だ。特に冬であれば余計に心臓に負荷がかかる。
大回りして海から越境も出来るが、冬の海は荒れて最悪沈没する恐れがある。
「春まで待つ。それしかない」
「でしたら、殿下のお力でアビアから薬を取り寄せてください」
ペレは舌打ちした。医者は申し訳ありませんと狼狽した。
深刻な懸念もあったが、それとは裏腹にエマは順調に回復していった。食事もよく食べたし、苦いと医者自らが言っていた薬も文句も言わずに飲んでいた。起き上がれるようになると直ぐに屋敷内を散歩して、みるみる回復していった。
医師いわく、見せかけの回復だという。走らせてはならないし、寒い外へ連れ出してはならない。心理的負荷などもってのほか。弱った心臓は、確実にエマの体にダメージを与えている。発作が起こったら、最悪死に至るという。
エマは、何も聞かなかった。あれからジョン王が失脚し退位を迫られ、塔に幽閉されていること。ココット王妃も同じく塔に幽閉されていたが、不自然な死を迎えたこと。軍部と結託し新たな男が王に名乗り出ているが、おそらくソイツはジョースターだろう。眠っている間に瞬く間に起こった出来事を、エマが聞かないからペレも言わなかった。
エマはペレの正体も聞かなかった。実はアビア国王の庶子だと明かしてしまっても良かったのだが、エマには全くその気がない。薄々感づいてはいるかもしれないがエマにとって気が楽だろうと、ペレは今でもペレのままでいる。
あの騒動を経て、エマは憑き物が落ちたように穏やかになった。それはまるで死を察したかのように何もかも超然とした穏やかさで、真っ青な横顔を見るたびに触れて確かめなければ気が済まなくなっていた。
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