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実家へ
しおりを挟む実家に戻る。客間に通されて、随分と待たされる。椅子も用意されず、窓際で立ち尽くす。
知らせは既に届いているらしい。身一つで帰ってきた娘に、父は会わなかった。
代わりに母がやって来る。五年ぶりに会った母は、少しふくよかに見えた。主人が座る長椅子にゆったりと腰かけ、ゆっくりと煙草に火をつける。アンの肺が弱いのを知っていて、二人きりになるといつも煙草を吸うくせがあった。
「平民となったお前をここに置いておくことは出来ません。即刻、出ていけと、お父さまは仰せです」
冷たい物言いは昔からだ。アンはただ母を見据えた。
「ブラッドは元気ですか?ナタリアは」
弟と妹の名を口にすると、母は拒絶の顔を強めた。
「お前には関係ないことよ。平民となったのだから、呼び方には気をつけなさい」
「母さま」
「お前にそう呼ばれる筋合いは無いわ!忌々しいあの女の娘を、娘と思ったことは一度もない!」
本当の母はアンが十の頃に亡くなった。今目の前にいるこの人は、元々は父の愛人だった人だ。
「いつも澄ましたような顔をしているアンタが気に食わなかったのよ!王妃なんかになった時は腸が煮えくり返りそうだったけど、今の転落を思えば愉快で滑稽だわ」
本性を現した継母はちょうど使用人が持ってきた紅茶を手に取りアンに浴びせた。まともに顔にかかりアンは顔を覆う。
「あっはっは!いい様だわ!」
「……本日はお願いがあって参りました」
「跪いたら聞いてあげる」
アンは顔を拭って立ったまま続けた。
「私に娼館を紹介してください」
「……娼館だって?」
「母さまなら、伝手があるはずです。どうかお教えください」
嘲笑っていた継母の声が、更に大きくなる。その高笑いが落ち着くまで、アンは待ち続けた。
「ははっふふっ。まさか、自分から言い出すとはねぇ。最高だわ。その潔さは買ってあげる」
すっかり上機嫌になった継母は、煙草を消しハンカチを取り出すと、アンの顔を優しく拭き始めた。
「ごめんなさいね。もっと早くに言ってくれたら、こんな酷いことをしなかったのに。赤くなってるわ。火傷していないといいけれど」
気遣うような素振りを見せて、使用人を呼ぶ。
「火傷の薬を塗ってやって頂戴。それと着替えも。これから元王妃さまは花を売るそうですから、うんと綺麗ににしておやり」
別室に通される。部屋に入って扉が閉まった途端、わっと泣き出したのは案内してくれた使用人だった。部屋には彼女とアンしかいない。アンは彼女の背中をさすった。
「泣かないでメイリー。良かったわ元気そうで」
「お、お嬢様…!こんなのあんまりです!誰もお嬢様を助けないなんて…!」
この使用人は、昔から屋敷に忠実に仕える者で、アンともよく遊んでくれた。夏に庭師と三人で川へ行き、釣りをしたのを昨日のことのように思い出された。
「そう言ってくれるだけで嬉しいわ。替えの服を用意してくれますか?上等な物でなく、質素なものをお願いします」
「お嬢様…私の家においでください。父は商工会の会員です。お嬢様をお世話出来ます」
「大丈夫。心配しないで」
「あのような場所にお嬢様を行かせられません」
震える肩を撫でる。大きい人だと思っていたが、細い肩だった。アンが成長したからなのか、この人が衰えたからなのか。両方だろう。
「もう王妃でもなく貴族でもないけれど、まだしなくちゃならないことがあるの。大事なことで私じゃないと出来ないと思うの」
「…どういうことですか?」
「言えないの。ごめんなさい。本当に心配しないで」
失敗するかもしれないから言えない、とは言えない。アンは微笑んで見せた。
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