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序章
①
イヴ・エッジワーズは、監獄を訪れていた。看守に案内され暗く、薄暗い螺旋階段を登る。石造りの階段は一段一段が高く、何度かは裾を踏んでもたついてしまう。
「本当によろしいのですか?」
足元を照らす侍女が不安げに窺う。幼い頃から仕えている忠実な侍女は、亡くなった母に代わって、常に案じてくれている。イヴが最も信頼する侍女で、何でも話せる間柄だ。
けれども主と侍女との関係は変わらない。イヴが主である以上、常に彼女は従う側だ。助言を聞き入れても、己の考えは変えられない。
この監獄に足を踏み入れる前から、イヴは覚悟を決めている。今さら覆ることはない。
階段を登りきった奥の扉の前で看守は立ち止まる。
「この奥です」
「扉を開けて」
「鉄格子はありますが、近づくのは危険です」
「分かったわ。開けて」
急かして開けてもらう。侍女が先に入ろうとするのを制して、中に入る。つんと、カビくさいニオイが立ちのぼった。暗闇に沈んで、部屋は見渡せない。侍女から灯りを奪って先を照らす。看守の言った通り、鉄格子がはめ込まれていた。その奥に目を凝らす。
仰向けで大の字に横たわっている男。この男こそが、イヴが会いたかった人物だ。
起きているのか寝ているのか。男は微動だにしなかった。灯りを近づけても、全く反応しない。
「ルイス・ローゼン伯爵」
声をかける。イヴの呼びかけに、男はピクリと体を動かしたが、それだけで返事は無かった。
不遜な態度に侍女は顔をしかめる。
「ナセル王国第一皇女殿下であらせられますよ」
「サラ、いいの」
侍女のサラを下がらせる。看守も下がらせて、二人きりになる。己の呼吸が聞こえる程の静寂の中、イヴは声を震わせないよう努めた。
「ルイス・ローゼン伯爵。貴方は早くに両親を亡くし、唯一の肉親の妹を嫁ぎ先で暴行死させられてから、その一族郎党を皆殺しにした罪により、投獄されていますね」
イヴは慎重に言葉を選んで事実を述べた。過分な感情を表に出さないように、的確に伝わるように。
ルイスは仰向けのまま、反応を見せない。投獄の身でも身分は貴族なのでそれなりの部屋を与えられる筈だが、ベッド一つも無い。石畳の上に転がっている。恐らく、爵位剥奪の噂が届いているのだろう。まだ正式な通達はまだないが時間の問題だった。
「貴方は爵位を剥奪されます。平民となれば、貴族を殺した罪により死刑となります」
貴族は投獄されることはあっても死刑にはならない。だが平民となれば、死刑になるし拷問も行われる。
なによりこの男一人で妹の嫁ぎ先である男爵家を滅ぼしたのだ。こんな危険人物を生かしておくわけにはいかない、というのが、父であるナセル王の意向だ。男爵家を継ぐ者はおらず、ルイスを訴える者がいなくとも、世論がルイスの死を望んでいる。新聞にも大々的に取り上げられ、平民達の間でもルイスの残虐さを恐れていた。
「このまま死刑を望むつもりですか?」
イヴの問いかけに、ルイスの上体が起き上がる。背を向けたルイスは長い髪を邪魔そうにかき上げると、顔だけをこちらに向けた。
鋭い瞳を向けられ、イヴは息を呑んだ。人を何十人も殺してきた人殺しの瞳は、これまで王宮で蝶よ花よと育てられてきたイヴにとって失神しそうになるくらい恐ろしかった。
殺人鬼はイヴを品定めするように上から下まで視線を動かした後、顔を背けた。恐ろしい視線が無くなったイヴは、ホッとして胸を撫で下ろした。
「あの、ルイス…」
「うるさいぞ」
低く冷たい声。イヴはまた恐怖がぶり返して両手を握りしめた。
冷たいけれど、話をしてくれそうだと感じて、イヴはすかさず本題に入った。
「交渉しにきたの」
イヴは震える声を叱咤した。腹に力を込めて声を出した。
「ルイス・ローゼン。貴方には、私の護衛騎士になって欲しいの」
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