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序章
②
イヴの発言に、ルイスは肩を震わせる。クツクツと笑う声が聞こえてきて、彼は再び横になった。何の冗談かと思ったに違いない。イヴは鉄格子に近づいた。
「本気です。私の護衛騎士になって」
無視される。横になったルイスの手足には鎖が巻かれている。逃亡防止に、足には重りがついて、立ち上がるのも難儀しそうだ。ルイスが捕まり監獄に入れられて一年になるという。粗末な服を着て髪と髭は伸び放題。かつて花の伯爵ともてはやされた面影は全くない。一年、ずっとこの生活なら、彼が浮浪者のようになってしまうのも無理はない。
いや、妹を無残に殺された時点で、彼は全てを捨てた。容姿など些末だろう。復讐心にかられ三年かけて、嫁ぎ先のトラッシュ男爵家の者を一人一人殺していった。ルイスが殺した死体はどれも酷い拷問を受けた跡が残されていたという。五体満足で見つかった死体は無かったとか。
「復讐を遂げたから捕まったと聞きました。だからもう死んでもいいと思ってるの?」
ルイスは答えない。こんな小娘の相手をするつもりはないのだ。悔しさよりも、悲しみが広がる。
イヴはもちろんルイスを知っていた。美しく凛々しい青年の姿を覚えているだけに、今の凋落した姿が痛ましかった。
ここに来たのも、護衛騎士になってもらう為じゃない。なんとか処刑を免れて生きて欲しかったからだ。
だから、無理やりにでも生きてもらう。イヴはあらかじめ看守から渡されていた鍵を開けて、鉄格子の内側に入った。
足音をひそめて傍らに座る。ドレスの裾が触れた感触で、ルイスはこちらに顔を向けた。
イヴと目が合う。黒い瞳は暗闇に沈んでいる。イヴが手を伸ばすと、ルイスは起き上がって距離を取った。じゃらりと鎖が鳴る。重さを感じさせない身軽さだった。
「ここまでよく入ってきたな」
「どうして?」
「殺されると思わないのか」
「どうして?貴方はトラッシュ男爵家の者だけを殺めた。無関係の私を殺すはずがないわ」
ルイスは鼻で笑いはしたが、何も言ってこなかった。長い髪で顔が覆われて、どんな表情をしているのかも窺えない。
きっぱりと言ってしまえる程には、ルイスを信用してはいるわけではない。最後に会ったのは5年も前だ。あの頃の思い出があるから、こうして助けようとしているわけではあるが、5年という年月がなくとも、人はコロコロ変わるのをイヴは嫌と言うほど経験してきた。
交渉しに来たと言ったものの、言葉で説得出来るとは思っていない。ましてや人を殺めた殺人鬼と交渉出来るとも思っていない。
イヴは虚勢を張りながら、機会を窺っていた。懐に忍ばせたとあるモノを使う機会を。
「私の護衛騎士になってほしい」
一歩、にじり寄る。ルイスはまた笑うかと思ったが、今度はそれすら無かった。
「私は求婚されています」
意を決して打ち明ける。
「父が…陛下が即位二十年の式典でこう言ったの。『娘を妻とした者を次の国王とする』と」
あの時を思い出すだけで吐き気がする。いつもの父のきまぐれだ。本気だとは思っていない。
父の子供は女が二人だけ。一人はイヴで、もう一人は腹違いの妹だ。だから次の王となる夫君を招く必要があるのは、幼い頃から分かってはいた。
イヴは今年で19歳になる。いまだに婚約者がいないのを周りの者が心配してくれてはいたが、父に問うても「そのうち」とだけでいつも終わっていた。
それが急にあんな宣言をしだして、寝耳に水もいい所だ。
贈り物やパーティーの誘いが一気に増えた。私的に面会に訪れる者が増えた。部屋を出れば何人もの人に囲まれて、散歩も出来なくなった。
それだけならまだ良い。問題なのは婚約者がいないまま、夫となる男を選べと言われたことだ。
それはつまり、無理やりにでも夫婦になってしまえば、王になれるということだ。
「貞操の危機に見舞われています。私をモノにすれば王になれると思われているの」
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