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序章
⑥
「ローゼン伯爵は…」
「伯爵ではない。爵位は剥奪した」
「ではルイスと呼びます。彼は、近年稀に見る大罪を犯しました。彼に殺された者はすべて無残な死に方だったと聞きます。死刑と法が定めたのなら、それは実行されるべきでしょう」
「そこまで分かっておるのなら何故だ」
「私は昨日、見知らぬ男に襲われかけました」
父は、トントンと叩くのを止める。
「だからなんだ」
「幸い別の部屋に逃げたため難を逃れましたが、一歩間違っていたら、私は無体を受けていました」
「運が悪かったな、その男」
父がにやりと笑うのを見て、愕然とする。愕然として、気を取り直す。傷つくな。父のゴミ思考は、今に始まったことではない。
「私の護衛が手引きしておりましたので、全員解雇しました。平民も貴族も信用なりませんので、そのどちらでもないルイスを護衛にしました。つきましては陛下には、それをお認めいただきたく」
イヴの話に、父の笑みが深まる。
「その罪人を護衛になぁ」
「ルイスの首には白翡翠の首環をはめております。これにはどんな命令も従う術式が組み込まれており、既に私を守るように申し付けております」
「白翡翠とな。そのような代物があったとは知らなんだ」
「伯父上から譲り受けました。私以外には術を解けません」
ほう、と父は顎の髭を撫でた。何やら面白いものを見つけた時の下卑た笑みを浮かべている。隣の王妃に目配せすると、互いに頷いた。継母の王妃も、父に負けず劣らずの狸だ。
「忠実な護衛を得たということか。であれば、護衛は他に必要ないな。今後、お前の護衛はそこにいる罪人一人で賄ってもらおう」
「へ、陛下、それは到底無理です。せめてもう2人は必要です」
「到底無理な願いを聞いてやったのだ。こちらの要求も呑んでもらわねばなるまい」
王妃が扇を開き、口元を隠す。
「陛下のおっしゃる通りですよ。イヴ、そこなる罪人は、トラッシュ男爵家を滅ぼしたのです。罪人を護衛にしたとなれば、他の護衛の兵士達の面目が立ちません。誰も貴女の護衛になりたくないはず。彼らの顔を潰して、そこの罪人を護衛にした報いですよ」
優雅に扇であおぐ姿に煽られ、イヴは頭に血が登る。厭味ったらしい言い方が、いちいち癇に障る。
かと言ってここでゴネるのは得策ではない。言質は取った。取り敢えずはルイスの護衛を認めさせることは出来た。これ以上は望むまい。イヴは言いたくもない礼を述べて王との謁見を終えた。
部屋に戻るなり、ルイスはさっきの長椅子に気だるげに座り込んだ。侍女のサラは眉をひそめたが、イヴが許しているから何も言わなかった。
イヴは窓近くの小椅子に腰かけて、サラを呼び寄せる。
「ルイスは正式に私の護衛になったわ」
「それは、ようございました」
「でも護衛は彼一人しか駄目だって言われてしまったの」
「そんな…」
青ざめるサラの手を取る。そっと両手を重ねた。
「この離宮でしばらくは暮らすわ。王宮からは離れているし、訪問客は正面から入ってくる。あそこよりは安全だわ」
「そうですね。しかし、護衛がいないのであれば、外出も出来ません」
ルイスを護衛にしたものの、伯爵だった彼が誰かを守る実務をこなせるか
は不透明だ。今だって椅子に座り込んでしまっているし、選んでおいてなんだが、頼りない。
そう言えば、とサラは机に顔を向ける。
「ラードリー辺境伯から手紙が届いておりました」
「伯父上から?」
机の銀皿を取り、イヴの前に差し出す。皿の上には手紙とペーパーナイフが置かれていた。手紙を開けてみると、そこに書かれてある内容に目を見張った。
「どうしたのですか?」
サラの問いかけに、イヴはよろよろと顔を上げる。不安げな顔を察して、サラは声を落とす。
「ルイスを下がらせますか?」
「お願い」
ルイスを部屋の外に追い出し、サラに手紙を読ませる。目を通したサラも驚きの表情を見せた。
そこに書かれてあったのは白翡翠の首環に関することだった。白翡翠の命令を下せるのは一つだけで、命令を取り下げるには、とある条件が必要になる。
──命令を取り下げるには、命令した者の命を差し出さなければならない。
イヴは直ぐに手紙を折り畳んで懐に隠した。こんなものルイスに見つかったら殺される。
「もうじき日が暮れます。燭台に火が灯されますから、その時に燃やしましょう」
サラの耳元のささやきに、小さく頷く。白翡翠の首環を伯父上から届けられた時に確認すべきだった。使用説明書なんてものはなく、ただ何でも命令をきく便利アイテムだと書かれていた。それにまんまと飛びついてしまった。
いや、伯父上を責めるのはお門違いだ。あの時、イヴはなんとしてもルイスを助けたかった。己の命を差し出すと事前に分かっていたとしても、イヴはルイスに首環をかけただろう。
「イヴ様…おいたわしいことです。どうせなら私が命令すればよかった」
「でも、腹はくくれたわ。これくらいの覚悟でも無ければ、すべき事が出来ないもの」
どんな形でもルイスを助け出せた。わがままはこれっきり。これから、イヴはどんな手を使っても女王となる。その道を進んでいく。これきしで弱くなるな。イヴはルイスを呼び戻すようサラに伝えた。
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