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一章
①
イヴが離宮に住み始めて2週間が経った。王宮へは顔を出さず、こもりきりだ。あれから何人もイヴを目当てに訪ねてくる。一応は世間話程度に付き合いはするが、当たり障りなく接して早めに帰ってもらっている。
ルイスは護衛として、面会の場には相手の視界に入る位置で待機している。イヴやサラがいる時だけは相変わらず長椅子で休んだり寝そべったりしているが、それ以外は己の役目を果たしている。態度はともかく仕事はこなしている。
ルイスだけが護衛だから、夜は隣の部屋で休んでもらっている。婚前の女性が扉一つ隔てて男性と隣同士の部屋というのは、世間体的に問題があったので、これは秘密だ。事件があったのは離宮でも周知の事実だから、取り次ぎの部屋にも女性の使用人を置いている。
王宮では夜会が毎日催されている。第一皇女が参加しないわけにはいかないのだが、毎日のドレスの費用も馬鹿にならない。断っていた。
しかし今日は王妃の生誕祭。出ないわけにはいかない。イヴはルイスを伴っていやいや参加した。
晩餐会には参加せず、その後に行われる舞踏会にだけ顔を出した。出来るだけ滞在時間を少なくする苦肉の策だ。
今日の舞踏会では、ルイスは騎士の服に身を包んでいた。公式の場では正装が基本となる。普段と同じ護衛の服では無礼とされる。第一皇女の護衛に騎士の服でないのはあり得ない。よって、貴族でなくとも特例としてルイスは騎士の服が与えられた。
イヴが入場すると、人がサーッと引いていった。
──どういうこと?
普段なら、イヴが現れると人だかりが出来る。うっとおしいくらいに。この国の第一皇女で、夫となった者は次の王になれる。いくらイヴが気に食わなくとも、未来の王妃に対して、人が集まらないなどあり得ない。
舞踏会はすでに始まり、音楽に合わせて男女が踊っている。
イヴが周囲を見回すと、誰もが顔を背けた。関わり合うのを避けられている。
人混みで賑わう会場で、ぽっかりとイヴの周囲だけ空いている。不審に思いながらも、取りあえず王と王妃に挨拶に赴いた。
二人は一段高い壇上に座している。王の間と同じ要領で、壇下で挨拶する。
「王妃様の生誕祭にお招きいただき、真にお祝い申し上げます」
王の許しを得てカーテシーを解くと、王妃がお気に入りの扇で口元を隠し、王に耳打ちしていた。
「…ほう、それは頼もしい」
思わせぶりに、王は笑みを浮かべている。イヴの前で交わされるやり取りに、何やら不穏な空気が漂っている。
「皇女よ、そなたが選んだ番犬は十二分に役目を果たしているそうだな」
十二分?頭を傾げたくなる。ルイスは確かに衛兵の役目は果たしてくれているが、わざわざ父や王妃に伝わる程の働きではなかった。
違いますと言うわけにもいかず、話を合わせておく。
「陛下のお許しのおかげです」
「しかし手厳しいのではないか?これこのように、誰もがお前から逃げているようでは、優秀な夫君すらも見つけられないのではないか?」
王の発言に王妃も、ほほほ、と声を上げる。二人して笑い合う姿に、イヴは置いてきぼりだ。
音楽が終わり、パートナーが解消される。次の演奏が始まるまでの繋ぎにリュートがかき鳴らされる。
「さぁ曲が始まるぞ。最初のパートナーは番犬が務めるがよい」
王の指名に、後ろに控えていたルイスが、淀みなく感謝の口上を述べる。本来なら最初のパートナーは侯爵家が選ばれる。ただの護衛であるルイスは、いわばイヴの雇われ人「身内」だ。誰もパートナーがいない時に仕方なく踊る相手ともされ、嘲笑の対象となる。
──わざと恥をかかせようってわけね。
父の嫌がらせは今に始まったことではない。十二分に役目を果たしている、の真意は分からないが、きっと同じ理由で、イヴに言ったのは間違いない。
昔から辛酸をなめさせられてきた。これくらいはまだ軽いほうだ。
王の命令通りにルイスと踊る。体をホールドされ、ルイスのリードに身を委ねる。
──ルイスと踊るのは、これで2回目だわ。
前の時はまだ、イヴは幼い子供だった。つたないステップをするイヴに優しい眼差しを向けてくれたルイスを今でもはっきり覚えている。
昔の記憶を思い出している場合ではなかった。王の意味深な発言を早く把握しておかなければ、次の対処が出来ない。
「貴方、何したの?」
「仕事だよ、お嬢さん」
「からかわないで」
ルイスはそれきり黙ってしまった。面倒くさそうに遠くを見つめたりなんかして、取り合ってくれない。
護衛任務以上はしないつもりらしい。イヴは問いただすのを諦めて、ダンスに専念した。
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